2006/10/04 - 2006/10/14
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とらぶらあさん
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どうしてもサハラ砂漠のど真ん中で寝てみたく、2006年10月に旅行会社のツアーに参加しました。
旅行記を前半までで終えていて、今更ながらですが、内戦が続きあの時にお世話になったガイドさん、ツーリストポリスさん、ローマ遺跡が今どうなっているのか気になって新たに投稿することにしました。
当時はカダフィーさん存命でしたが、それほど圧政だったとは感じ取ることはできませんでした。
日本人は年間5000人ほどしか入国していない、と聞きました。
早く平和が戻ってきますように。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
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砂漠ツアーからトリポリに戻りました。
ガダメスの旧市街は ↓こちらです
https://4travel.jp/travelogue/10353827 -
ジャマヒリーヤ博物館にはフェニキア時代・ローマ帝国時代・ギリシャ時代の貴重な展示物が無造作に並べられていました。
この後で行ったローマ遺跡の、門冠などは模造したものですが、本物は博物館内に保存されています。 -
大理石で造られていたため近寄ると表面がキラキラしています。
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先住民
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ローマ遺跡「レプティス・マグナ」に行きました。
アフリカ初のローマ皇帝となったセプティミウス・セウェルスの出身地です。
ローマ時代以前にもフェニキア人が交易のために入植して栄えていたそうですが、
ポエニ戦争でローマに取って代わられた地です。
かなり前のことですから記憶が曖昧ですが、ポエニ戦争以前の地層も見学できました。 -
セプティミウス・セウェルス門
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ほとんどは新規に造られたものだそうです。
発掘された実物はジャマヒリーヤ博物館に保存されています。 -
劇場
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遺跡発掘作業に使われたトロッコのレールが残っていました。
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ガイドさんの説明では「この大理石の柱をナポレオン軍がフランスに持ち帰ろうとしたが、あまりに重くて諦め、ここに捨てた。」
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凄い建築技術だと思いました。
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天井もあったけど崩落した、と説明。
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メデューサがゴロゴロ
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トイレですが、当時は着物の裾が長かったので隠せたそう。
男性にとって、ここでゆっくり大をしながら隣の人と世間話をするかっこうの場だったとか。 -
サウナです。
崩れている柱のしたから蒸していた。 -
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浴場
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排水口もしゃれている、と説明されました。
生活の余裕がうかがえました。 -
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次はサブラタの遺跡です
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何から油を搾っていたのか忘れましたが、大規模工場だったようです。
保管場所もしっかり造られていました。 -
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オイルを輸出していたのか?
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浴場 ローマ人は日本人以上にお風呂好きだったようです。
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劇場への通路
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花形俳優の楽屋
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3層構造のすばらしい劇場でした。
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夜のトリポリはラマダン明けで賑わっていました。
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街の中にも遺跡の一部が
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皆さんどうかご無事で。
言葉が出ません。 -
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トリポリさようなら
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