2019/11/14 - 2019/11/14
350位(同エリア637件中)
naoさん
兵庫県宝塚市小浜(こはま)は、三方を大堀川に囲まれた、いわば天然の要害ともいうべき地形を活かして、明応年間(1492年~1501年)に創建された浄土真宗毫攝寺(別名:小浜御坊)の寺内町として成立しました。
戦国大名が覇を競い合っていたこの時代に、浄土真宗の信徒たちが守護大名や戦国大名などの権力者に対抗した一向一揆の時代で、小浜もその拠点の一つとして、町の三方に門を設けて防御を固めていました。
江戸時代になって西国街道(山陽道)の正式な宿場町として整備されると、大坂から有馬温泉に通じる湯ノ山街道や京伏見街道、西宮街道なども交差する交通の要衝として発展します。
かつては宿場町の風情がただよう町並みが残っていましたが、平成7年1月の阪神・淡路大震災でその町並みの多くが失われてしまい、現在は僅かに数棟を残すのみとなっています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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阪急宝塚線売布神社駅に着きました。
ここから10分あまり南に歩いて、宝塚市小浜の町並みを目指します。 -
宝塚市の汚水桝の蓋。
市の花「スミレ」の周囲に散りばめられているのは「音楽と文化の街」のロゴマークである鐘だそうです。 -
蓋の絵柄は同じですが、文字がアルファベットに変わっています。
ちなみに、受枠にある矢印は下水の流れる方向を示しているそうです。 -
宝塚市小浜の町並みに入りました。
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こちらは、宝塚市立歴史民俗資料館となっている旧和田家住宅です。
摂津・丹波型と呼ばれる妻入角屋本瓦葺の建物は、江戸時代の民家の姿を今に伝える、貴重な歴史遺産として一般公開されています。 -
和田家は代々旧米谷村の庄屋を務めた家柄で、この建物は江戸時代の中頃に建てられ、築後300年余り経っているとのことで、宝塚市内に現存する最も古い邸宅の一つに数えられるそうです。
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三和土から見た内部の様子です。
各部屋の間は「納戸構(なんどがまえ)」と呼ばれる、高さ約20センチメートルの高敷居で仕切られています。 -
この建物も平成7年1月の阪神・淡路大震災で被災し、半壊の状態になっていましたが、平成8年に市内最古級の民族遺構を保存するための修理が行われ、その後、当家の御当主より寄付を受けた宝塚市が、平成11年に資料館として開館しました。
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こちらは角屋座敷で、接客空間として使われました。
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扇面や短冊を模様貼りした屏風。
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主屋と土蔵。
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「兵庫」や「西の宮」の文字が刻まれた道標が庭に立てられています。
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虫食いの木をくり抜いた火鉢。
埋木や楔で保全されています。 -
では、旧和田家住宅をおいとまして、町並みを歩きます。
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町角に立つ「右 大坂 尼の道」と刻まれた道標。
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大堀川に架かる国府橋。
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国府橋から見た大堀川。
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国府橋を渡って、すぐに大堀川に沿って西へ下りると、「いわし坂」と呼ばれる坂道が延びています。
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小浜がまだ瀬戸内海の浜だった大昔は、いわしの荷揚げ場だったことからこの名が付けられたとの言い伝えが残っています。
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大堀川から国府橋を見上げた光景です。
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では、町並みへ戻ります。
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国府橋を渡ったところにある北門跡です。
小浜宿の防備を固めるため、三ケ所の出入口に置かれた門のひとつで、火伏せの神として知られる愛宕神社の祠が置かれています。 -
敷地の奥まったところに、白漆喰塗籠めの虫籠窓のある町家が建っています。
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季節外れの朝顔が咲いています。
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こちらは、嘉吉元年(1441年)の創建と伝えられている皇大神社です。
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水鉢の水面が、水鏡のように周りの景色をくっきりと映し込んでいます。
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本殿の前に鎮座する阿形の狛犬と・・・
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吽形の狛犬。
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境内にそびえるムクノキの巨木。
では、町並みへ戻ります。 -
焼杉板を外壁に張った町家です。
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格子をはめた町家の玄関先には・・・
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吊り行燈が下げられています。
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こちらは、西宮街道の南の入口にある南門跡です。
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西宮街道は、別名を馬街道とも呼ばれていました。
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南門跡のすぐ横には、小浜宿の標柱と巨大な旅籠行燈が設けられています。
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説明板そのままの、大変古い道標です。
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この先に首地蔵がおられるようなんですが、桜の向こうにそろそろ見えてくるんでしょうか・・・。
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こちらの、西宮街道沿いの高台にいらっしゃるのが首地蔵です。
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首から上だけの大きなお地蔵さまが2体並んだ光景は、少し異様に感じます。
この首地蔵に関しては、洪水の際に武庫川の上流から流れてきたという説や、伊丹の殿様が持病の頭痛を治してもらったお礼にお祀りしたなど、いろんな諸説がありますが、いずれも詳しいことは判っていないようです。 -
小さな石仏ですが、このように並ばれると壮観です。
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でも、やっぱり親近感を覚えるのはこちらのお地蔵さまです。
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では、町並みへ戻ります。
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皇大神社前を東に曲がって、坂道を上ります。
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上がってきた坂道に沿って立派な土塀をめぐらせた町家です。
鳥居が立っているのが皇大神社です。 -
宝塚市小浜の町並みです。
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こちらは小浜宿資料館です。
館内には、江戸時代の小浜宿を再現したジオラマなどが展示されていて、小浜の歴史を知ることができます。 -
小浜宿資料館の前から町並みを見返した光景です。
遠くに皇大神社が見えています。 -
軒先に旅籠行燈を置いた町家です。
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こちらは、戦国武将山中鹿之助を祖先とする山中家住宅です。
こちらにある井戸「玉の井」は、名水として名高いことで知られていて、有馬温泉へ頻繁に通った豊臣秀吉も、この井戸から汲んだ水で千利休に茶を点てさせたと言われています。 -
こちらは、江戸時代初期から造り酒屋を営んでいた井川家住宅です。
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江戸時代の小浜宿は、宿場町のみならず酒造りが盛んな町でもありました。
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井川家は「菊仁」という銘柄の酒を造っておられました。
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この建物は、阪神・淡路大震災時に倒壊を免れ、貴重な文化遺産として保存されています。
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代官所跡には、高札場が復元されています。
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正面に「右 中山 大坂道」と刻まれた道標。
側面には「左 三田有馬」と刻まれています。 -
格子が見どころの町家です。
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こちらは、京伏見街道の東の入口にある東門跡です。
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小浜宿は、小浜大工の町としても知られており、京都御所の蛤御門の再建にも関わっているので、さしずめこの門を通って京都へ行ったんでしょうね。
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こちらは、小浜大工を紹介する小浜工房館ですが、施設の設置目的や運営方法等のあり方について検討するため、現在休館中とのことです。
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見事な黒塗りの出格子をしつらえた町家です。
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こちらのお宅も軒先に旅籠行燈を置いておられます。
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一方、こちらの町家は・・・
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木肌を活かした出格子がしつらえられています。
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小浜の町並みをぐるっと回って、国府橋まで戻って来ました。
では、阪急の売布神社駅へ向かいます。 -
売布神社駅への道すがら、宝塚市の花「スミレ」をあしらった小ぶりの汚水桝の蓋を見つけました。
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