2019/11/29 - 2019/11/30
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足みじかおじさんさん
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友と二人で熊野三山と熊野古道を巡るハイキングでした。
二人の都合と二日続きの晴天予報が両立した11月末の金、土曜日の1泊2日となりました。
初日は速玉大社や那智大社、那智の滝とまわり、二日目に猪鼻王子~熊野本宮大社の中遍路(なかへち)をハイキングしました。
(1) 猪鼻(いのはな)王子~伏拝王子の熊野古道
計画立案段階では、“小広トンネル”までバスで行って、中遍路の熊瀬川王子~発心門王子~熊野本宮大社という古道の踏破を検討しました。しかし、それは標準タイムで6時間を超えるロングコースであったことと、岩神王子手前の“仲人茶屋跡”から湯川王子までが平成23年の土砂崩れなどで閉鎖されて以来、未だに復旧されていないことなどもあって諦めました。
その代わりに、熊野古道の中で最も人気の高い発心門王子から本宮大社までを楽しむことにしたのです。
本宮大社では、大社の駐車場の他に、隣接する大きな土産物販売所の駐車場やバスターミナルにも大きな駐車場があるので、余裕をもって駐車できました。
もっとも、土曜日だったせいで、我々が駐車場から出ようとした午後4時ごろには、駐車スペースを探す車が何台もありました。
本宮大社バスターミナルで龍神バスに乗り、終点の発心門王子バス停に8時50分に到着しました。下車したのはハイカーばかりで、欧米など外国人を含む30~40人ほどいたでしょうか。
当日のスケジュールに時間的余裕があったので、そこから南方面にある猪鼻王子まで足を伸ばしました。片道たった15分の道のりですが、私たち2人だけとなりました。
途中、急傾斜地を横切るのに道幅が30cmほどしかないような所もありましたが、人の踏み跡がしっかりとしていることを確認して通過しました。
杉の木立が深くて薄暗い所に、ひっそりとたたずむ猪鼻王子を見つけました。小さな苔むした石の仏像と高さ高さ1mほどの石碑です。
昔の熊野古道の大半は、このように人の踏み跡を確認しながら進む旅人を、この道で間違いないよと元気づけるような、いわば道標のような役割を「王子」が果たしていたのではなかったのかという気がしました。
熊野古道を世界遺産に申請する前に、関係市町村は古道の整備に力を入れ、また指定されてからは訪れる観光客が一層増えたので、その整備を続けています。
今回、伏拝王子で出会った土地の人から聞いた話です。
紀伊半島は、よく知られているとおり今も昔も豪雨地帯です。よって過去には、豪雨によって古道が荒れるとその場所で修復される場合以外に、別の場所に付け替えられるケースも少なからずあったそうです。
言い換えれば、熊野古道の姿やルートは固定されたものではなく、常に変化してきたということでした。
発心門王子からの古道は集落の中であれば舗装され、集落の外では土の未舗装道となります。未舗装道の方が、当然古道らしき雰囲気がありますが、舗装道となる集落内でも、新しく建てられた家を見かけることはほとんどなく、昭和時代の懐かしい景色が残されていました。
(2) 伏拝 (ふしおがみ) 王子~熊野本宮大社の熊野古道
伏拝王子で、トイレ付休憩所と一体となっている建物内で、喫茶飲食店が営業していました。
立派なトイレや休憩所など利益を生まない建物施設を民間企業が設置して経営しているとは思えず、逆にこの建物が公設としたら、営利企業1社だけを独占的立場で経営させるということも考えらえられません。
不思議に思って、中から出てきた女性従業員に尋ねてみました。
答えは、近辺住民のボランティアグループが古道利用者にサービス提供しているとのこと。その答えを聞いて納得しました。
説明してくれた女性は60歳前後で、非常に明るくて、誰にでも気さくに話の出来る人でした。
それだけでなく、熊野古道案内人としての資格を持っている人でした。
昭和50年代にその資格を得るため、全ての熊野古道を踏破したそうです。足腰に自信のある男性志願者たちに彼女も加わって、同じスピードで歩き通したそうです。当時女性の案内人志願者は他におらず、女性の古道案内人第1号になったとのこと。先の猪鼻王子に関連しての、熊野古道がその姿、場所を頻繁に変えてきたという話も彼女から聞いたものです。
話を聞いている最中に、本宮大社方向から数人の若者のグループが何も入っていない白袋を手に持ってやってきました。しばらくして、女性も含む同じような若者グループが次々とやって来て、総勢数十人になろうかという規模です。
我々も休憩を終えて、本宮大社方面へ歩き始めました。
また同じようなグループとすれ違いました。若者だけではなく、中年男性もちらほらいました。
そのうちに、白袋に何やら詰め込んで担いでいく若者に追い越されました。これがチャンスと、その若者に何を担いでいるのかと尋ねました。
すると、これは古道を修復するための単なる土で、修復か所まで運んでいるのだと答えました。
その時に歩いていた所もそうでしたが、傾斜のある道を歩きやすくするため段差を設けてあり、その段差の土が流され、崩れないよう丸木などでせき止めてあります。それでも激しい雨で溝が掘れたりえぐれたりするため、しばらく経つと歩きにくくなります。
そうしたか所で土を補充し、または段差そのものを造り直すなどして修復します。その修復作業には場所がら機械力を持ち込めないためすべて手作業となるとのこと。多数必要な作業者をネットでボランティア募集していたので、その若者たちが応募したということでした。
さらに進むと、ちょうど修復作業をしている場所に差しかかりました。
我々が近づくと、作業していた若者たちは手を止めて、「どうぞ、どうぞ」と歩き続けるよう促しました。
「どうもありがとう、ありがとうございます」
と礼を言いつつ通り抜けました。
私たちが快適にハイキングを楽しめるのも、このようなボランティアに支えられてのことだと改めて知り、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
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