2018/09/14 - 2018/09/27
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HOUKOUさん
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洛陽二日目。
洛陽観光の定番「龍門石窟」で観光をスタートし、あとは足(バス)まかせ。
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(2018/9/21~旅行8日目)
今日はこの旅でやっと初めて青空を見る気がする。 -
ホテル近くの地元民向けの食堂で食事。
洛陽は「湯(スープ)」料理が有名だそうだが,その一つがこの「胡辣湯」。 -
今日は午前中「龍門石窟」を見学し,後は成り行き任せとしている。
前述のように,ホテル前の大交差点は地下鉄工事で本来のバス停の場所が周辺に散らばって移転していて,龍門方面行きのバスがなかなか見つけづらい。
結局,昨日降りたバス停から昨日と同じバスに乗り,「高鉄龍門駅」でバスを乗り換え石窟近くへたどり着いた。 -
事前情報どおり,バス停から石窟入口まで延々歩かされる。
石窟は河の東と西の両サイドにあるが,見るべきものは圧倒的に東側(東側)に集中している。 -
ただしほとんどのものが風化が激しく,はっきり言って「雲崗石窟」より全体的に見劣りする。
また石窟の位置に高低差があり,階段を上り下りしなくてはいけない石窟も多い。
苦労して登ってみても,薄暗い石窟の中に風化が進んで表情もわからない石仏が佇んでいるだけというものもあった。 -
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そんな中にあって圧倒的な存在感があったのは,やはり有名な奉先寺洞・毘盧遮那仏である。
造作された時代の権力者である則天武后の容貌になぞらえたとも言われていたが,今ではその説は否定されている。 -
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橋を渡り東山石窟を見て回る。
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起伏が激しく。こちらは更に風化は破壊(文革?)が進んでおり感銘度は低い。
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洛河支流の伊河のほとりを歩いて「香山寺」に向かう。
途中,歴史上の人物の銅像が建っているなかで三蔵法師の像もあった。 -
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「香山寺」は,白居易ゆかりの寺であるが,蒋介石の別荘として使われたこともある。
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また則天武后はその行いとは裏腹に,仏教を深く信仰したびたびこの寺に詣でたという。
石楼。 -
中には,宋之問の応制(則天武后の命に応じて詩を賦したもの)が掲げられている。
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しかし,それよりも何よりもここは白居易(白楽天)晩年のゆかりの寺で有名である。
白居易は晩年洛陽に住まいした。
その邸宅は,唐洛陽城の東南の角近くの「履道坊」であった。
邸宅の広さは,3千坪とも推定される大邸宅である。
その官僚人生の中でも,九江に左遷されるなどの憂き目にもあったが,晩年は比較的高い地位の名誉職におさまり,洛陽で自適の生活を送ったのだ。
この点,この詩人は「バランス感覚」が優れていたのだろう。
彼が崇敬する陶淵明や,杜甫,李白の不遇で激動の一生涯とはこの点で異なるのである。
詩人は九江に左遷されたころから仏教への傾倒を深め,心の安寧を求めたようだ。
「遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き」「心泰く身寧きは是れ帰する処」と得心する。
晩年は,この「香山寺」にたびたび赴いた。 -
「白居易墓」
「陶淵明墓」など多くの中国の偉人達と同じように,実際の墓は別な場所であるらしい。
白居易は,平安時代より日本で特に愛誦された。
墓標の横には日本人による記念碑などが据えられていた。 -
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もちろん近くには数多くの詩碑が配置されている。
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「長恨歌」後段。
何度涙を流したことか。
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