1989/09/05 - 1989/09/17
58位(同エリア664件中)
itaruさん
- itaruさんTOP
- 旅行記368冊
- クチコミ25件
- Q&A回答21件
- 315,001アクセス
- フォロワー52人
この旅行記のスケジュール
1989/09/14
1989/09/15
1989/09/16
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
ヨーロッパに行ったから次はアジアかな。大学2年の春休みに初の海外を経験したことで、「いろいろ世界を観てみたい」という気持ちは強くなる。とはいえ、学生なので資金が豊富にあるわけじゃない。夏休みの時期は航空券代やホテル代も高い。それほどお金をかけず、10日前後で旅するなら、近場がいい。最初に考えたのは中国。経済発展前の中国は外国人と人民の二重価格はあるものの、物価は総じて安い。旅しやすいとはいえないけど、発展途上の大国を見るのも面白そう。なんて思っていたら、1989年6月に起こったのが天安門事件。日々の報道を見れば、これは旅どころではない、というのは良く分かる。ならば同じ東アジアということで、隣の国にでも行ってみよう。下関からフェリーが出ているので、国内を旅しながら行くのも面白いかも。ということで、初の海外一人旅は京都、下関経由で韓国を訪れることになりました
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今ではノービザどころか、仁川空港では出入国印すらなくなっているけれど、1989年当時は韓国もVISAが必要でした。まあ、他国のように東京の大使館でしかVISAが取得できないわけではなく、全国11カ所にある領事館で申請が可能。当時は神奈川県在住だったので申請先は横浜でVISA代は3100円だった
-
京都には夜行バスで移動。3列シートで快適だったはずですが、初めての夜行バスということで思ったように眠れず。しかも、予定より早く5時台に京都駅に到着したので眠い目をこすりながら、どうしようか。それでもコンビニで朝食と漫画を買って、時間をつぶしたり。で、街が動き出したら行動開始。バスの一日乗車券を購入し、大原の三千院へ。当時はインバウンドなんて関係ないので、バスはガラガラで3人しか乗っていなかった
三千院 寺・神社・教会
-
それでも車や観光バスでやってくる人はいるわけで、境内はそこそこの人で賑わっていました
-
三千院で心を落ち着けて?写経も。貴重な体験をすることができました
-
喧騒とは無縁の大原。中学の修学旅行はメジャーなところしか巡っていなかったので、また違った京都の表情を観ることができたのは新鮮でした
-
せっかくなので三千院から長閑な田園の道を歩いて
-
音無の滝へ
音無の滝 自然・景勝地
-
平清盛の娘で安徳天皇の母、建礼門院徳子が平家の菩提を弔った寂光院。大原では三千院と並んで有名な寺院のはずだけれども、こちらを訪れる人はわずか
寂光院 寺・神社・教会
-
侘び寂び、ではないけれど、静寂に包まれた寺をゆっくり巡りました。その後は街中に戻ってせっかく京都に来たのだから、京大を見学してからYHにチェックイン。こちらのYHは当時から日本人よりインバウンドの方たちで賑やか。といっても、ほとんどが欧米の人だったけれど
-
翌9月7日は午前中は清水寺や知恩院など東山周辺を散策。ただ一度訪ねたことがあったので写真はなし。で、午後に新幹線とローカル線を乗り継いで下関へ。で、翌日のフェリー乗り場など下調べをしてからYHへ。夜景の綺麗なYHだったなあ。5人くらいしか、宿泊している人はいなかったけれど。で、翌日は少しばかり下関の街歩き。そういえば、長府を歩いて功山寺も訪ねていたんだっけ
功山寺 寺・神社・教会
-
長府の街歩きは早めに終えて、2時くらいにはフェリーにチェックイン。この頃は堅実でした。今ではぎりぎりの行動ばかり。痛い目にもあってますが……。フェリーにはYHで会った韓国に渡るという大学生と乗船。彼は前夜遅くにYHにやってきたのだけれど、初の一人旅で心細かったので、釜山まで同行できる人がいるということでちょっとホッとしたのを覚えている。で関釜フェリーが下関を離れます
関釜フェリ- 乗り物
-
フェリーを降りて韓国へ入国。と、ここでヨーロッパとは全然違う、まだまだ発展途上だった韓国の洗礼?を受けることに。当時は日本語を操る怪しげなおっさんが多かった。ガイドするといいながら、飯をおごらされたり、子供に土産が欲しいと言われたり。当時は全く免疫がなくて、どう対応していいのか分からず
釜山タワー 建造物
-
適当にあしらうこともできず、初めての国の見知らぬ街で、位置関係も分からず一人になったら、どうしようか? なんて、当時は頼りない心境でいたのを思い出します。今、考えると港からバスターミナルに直行したフェリーで一緒だった彼と一緒に行動すれば良かったのだけれども
-
釜山タワーや李舜臣像などスポットで写真を撮ってもらうことはしたけど、余計な出費をしてしまったもの。まあ、これも今となってはいい経験ですが
李舜臣将軍銅像 モニュメント・記念碑
-
てなわけで、釜山を観光する気力がなくなり、翌日には高速バスに乗って慶州へ。バスターミナルを降りたところで、客引きに呼び止められて宿を決めてしまうところがまだまだ青かった
-
ともかく韓国の古都を歩こうということで古墳公園へ。ここでも日本語のうまいおじさんから「ガイドするよ」。で、ガイドしたら土産物屋に連れて行かれる。まあ、ちょっと土産が必要だったし、ガイド料は要求されなかったからいいんだけどね
路東洞 路西洞古墳公園 史跡・遺跡
-
ここの見どころは統一新羅以前の貴重な古墳で内部が公開されている天馬塚。ところで、当時の歩き方には「古墳のてっぺんに登ると気持ちい」などと、トンデモな投稿が堂々と載ってました。さらに「暗黙の禁止事項かもしれません。ただ、登ってはいけないとの看板はありませんでした」とも。いやあ、今ではとても載せられない
大陵苑 (天馬塚) 広場・公園
-
634年に建てられた東洋で最古とされる天文台の瞻星台
瞻星台 モニュメント・記念碑
-
金氏の始祖神話の舞台とされる鶏林。なんだけど、歴史的なことを知らないので静かな公園、ってのが正直な感想かな
鶏林 史跡・遺跡
-
鵜林の近くにあるのが、新羅最初の王宮だったとされる半月城の城跡。といっても残っているのは世界最古?の冷蔵庫ともいうべき石氷庫だけ
半月城 石氷庫 史跡・遺跡
-
そして半月城の離宮として造園された臨界殿址と雁鴨池へ
雁鴨池 広場・公園
-
芬皇寺は瞻星台と同じく634年に建てられた韓国最古の仏教遺跡
芬皇寺 寺院・教会
-
石塔の裏手にあるのが普光殿。と、いろいろ街中の史跡を巡ったところで国立博物館へ。ここで別の日本人の学生と意気投合。翌日は南山にハイキングに行ってみようかということに。で、彼が当時、外国人旅行者の宿として有名だった旅館に泊まっているとのことで、翌日から宿を変えることに
-
しかし、慶州2日目は雨の中、とりあえず新羅の朝鮮統一の立役者の金庚信の墓へ
-
天気が悪いので南山ハイキングはやめにして
-
バスで仏国寺へ。韓国らしい荒っぽいドライバーの運転に悪酔いしそう
仏国寺 寺院・教会
-
仏国寺の本殿「大雄殿」。なかなか規模の寺院だけれども、往時は10倍もの広さだったとか。さすが韓国が誇る仏教寺院だけのことはある、なんてことを考えながらも、しきりに声をかけてくる土産物店にちょっと辟易
-
当然ここまで来たら石窟安まで足を伸ばす。バスという手もあるけれど、雨が上がったので軽く歩いてみようか、ってことで山道を歩きだす。が、雨は再び降り始めるし、石窟庵の周りは濃い霧に包まれていて……。30分ほど登ったけど、ここは素直にバスで来ればよかったかなと思ったもの。そういえば、日本の学生服の集団?がいると思って良くみたら、堀越学園の生徒たち。修学旅行かあ、って驚いた
石窟庵 寺院・教会
-
翌12日は晴れ。これなら南山を歩くのもいいかな、ってことで昼飯用に菓子パンを購入して出発
-
街中からまず向かったのは
-
五陵。新羅初期の王や王妃の墓とされている王陵で歴史的な価値は高い。わけですが、古墳公園をはじめ、ここまでいくつも陵墓を観ているので多少飽きたかも
五陵 史跡・遺跡
-
五陵からしばらく歩いていくと
-
3人の王の陵墓が連なる三陵へ。で、ここから南山のハイキングで山の中へ
三陵 史跡・遺跡
-
この山道、結構ハードです。今はどうか良く分からないけれど、迷いそうなところもある。もう少し気楽に登れるのかと、思っていたけれどそんなことない。息を切らせながら、新羅仏教の聖地を歩くと数々の石仏たちが目の前に現れる。頭のない仏様や
南山石仏群 史跡・遺跡
-
鼻を削られた仏像も
-
標高は500mもないくらいだけど、ここまで来るのは大変
-
巨大な岩に彫られた三陵磨崖如来大座像。こうした浮彫の仏像ってそれまで見たことなかったので、かなり印象深かったのを覚えている
-
南山頂上までやってきたのでパンを食べてエネルギー補給。さて降りようかと思ったら、雨が降ってきた。勘弁してよ
-
少し迷いながらも統一殿へ。新羅が百済、高句麗との三国時代を制して朝鮮と統一したことに記念し、新羅の英雄を祀るとともに南北統一を願うものだという
統一殿 史跡・遺跡
-
幸い、激しく雨が降ることはなかったので歩いて街へ。ここで日本への帰国便のチケットを探す。できればソウル→成田が欲しかったのだけれど、適当な便がない。結局手に入ったのは釜山→名古屋(小牧)という微妙なもの。それでも、当時としては格安の103ドル(当時のレートで15000円ほど)で手に入ったので文句はないか
-
13日、バスでソウルに移動のはずが……。ちょうど韓国の旧盆(チュソク)にあたってしまい、朝にバスターミナルに行ったのに昼過ぎの14時40分のバスしか買えない。しかも、時間にバスターミナルに行っても渋滞でダイヤは滅茶苦茶。途方に暮れていたら、親切な地元の日本語のできる大学生が声をかけてくれて助けてくれた。チケットを翌日の朝に変更は地元の人の助けなしではできなかった。
ともあれ、14日には大きな問題もなくソウルへ。そして「こんなに人がいないの」という閑散としている首都に衝撃を受けつつ、YHにチェックインしたら、大韓航空のオフィスで航空券のリコンファーム(当時は必要でした)してから少しばかり街歩き。で、最初にやってきたのは徳寿宮徳寿宮 城・宮殿
-
16世紀末に建てられ、19世紀末から20世紀初頭にかけての朝鮮王朝末期には歴史の舞台ともなったこの王宮。ふだんなら高層ビルをバックにしたビジネス街の中の静かな空間という感じ。ただ、この時はチュソクなんで周りは静かだし、王宮内はカップルだらけだし。何だかなあ、何て思いつつ
-
徳寿宮から向かったのは国立中央博物館(中央の尖塔のある建物)。当時の博物館は旧朝鮮総督府を改装したもの。でしたが、日韓の微妙な関係もあって、1996年には爆破解体されてしまうことに……。遠景だけでなく、近くで撮った写真も残しておけば良かった
-
15日は水原に出て韓国民俗村へ。その前に帰国日に釜山に移動するためのチケットも購入。ホントは寝台車で釜山まで移動したかったんだけど、空きがなかったらしく座席の夜行で釜山に向かうことに。疲れそう。まあ、それはともかく、韓国の伝統集落を再現した民俗村を楽しみましょう
韓国民俗村 テーマパーク・動物園・水族館・植物園
-
雨で公演場使わなかったけれど
-
伝統舞踊の農楽や
-
伝統音楽を聴いたり
-
伝統的な船の再現を観たり
-
婚礼行列
-
思った以上に楽しめた
-
で、翌16日はロッテワールドへ。う~ん、何故に一人旅なのにこんなところに行ったんだろう。今考えても不思議なんだけど
ロッテワールド テーマパーク・動物園・水族館・植物園
-
17日は実質最終日。雨が降る中、ソウルの街を歩きます。釜山行きの列車の出る清涼里駅を確認してから東大門の市場へ。でもチュソクなんで賑わいは……。辛うじて屋台が営業しているだけ。でも屋台のおばちゃんは流暢な日本語で語りかけてくる。まだまだ日本語話せる人が多かったですね。などと思いつつ、この後は韓国の故宮巡り。最初は韓国儒教の中心となった宗廟へ
宗廟 寺院・教会
-
次にハングルをつくった李氏朝鮮の4代王・世宗が父のために建立し昌慶宮へ
昌慶宮 城・宮殿
-
さらに隣接する昌徳宮へ
昌徳宮 城・宮殿
-
当時はハングル、英語、日本語のガイドツアーで宮殿内を見学する形だった。ただ到着した時には日本語のツアーがなかったので英語を選択することに
-
で、最後にソウル観光の定番の一つ景福宮へ。ここは日本人の団体ツアーの人が多いこと多いこと。国宝に指定されている敬天寺十層石塔や
景福宮 城・宮殿
-
即位儀礼などの公式行事が行われた勤政殿
-
賓客との宴会が開かれた慶会楼
-
斎寿閣など一通り観光したら
-
最後は明洞でご飯でも食べようと思い、移動するとYHで一緒だった日本人とばったり出会う。じゃあ、皆で参鶏湯を食べようとなって、そこそこ豪勢な夕食となりました。で、せっかくなんで最後に南大門を見学。火災で焼失したこの門も1989年はまだまだ健在でした。この後は宿に戻って荷物を受け取り、夜行列車で釜山へ。そのまま空港に向かい、大韓航空便で名古屋小牧空港、さらに名古屋から新幹線とローカル線を乗り継いで家に帰り着きました
崇礼門 (南大門) 建造物
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
慶州(韓国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 韓国の旅
0
60