2019/12/08 - 2019/12/08
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ドクターキムルさん
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横須賀市田戸台にある田戸台分庁舎には旧横須賀鎮守府司令長官官舎が残っており、昨日と今日はその公開日である。晴天となったので出掛けてみた。
旧横須賀鎮守府司令長官官舎の建物の洋館内部は(、外部からも見える)ステンドグラスの他は質実剛健で質素な感じさえした。ここの長官官舎の企画設計に当たった海軍技師の桜井小太郎氏はロンドン大で学んだのであるから洋館は見慣れており、これ以下にはできなかったのであろう。また、門側の部屋の暖炉が八角の45°傾いた側に設置してあるのは初めて目にした。一方、ホールの暖炉は一般的な向きに設置されている。それにしてもなぜ、これほど屋根が高い洋館を2階建てにはしなかったのか?
一方、和館の日本家屋は何の特徴もなく、鎌倉市鎌倉山1で扇湖山荘や長谷3で旧山本条太郎別邸を見学した後であるから、評価して点数を入れられるほどではない。どんな大工であっても建てたならばこの程度の日本間にはなる。ただ、関東大震災(大正12年(1923年))でも倒壊しない2階建ての日本建築を建てることは無理であったに違いない。今回は2階の座敷は公開されなかったが、和洋折衷の建物では見ることがない2階建ての和館であるので本当に見てみたかった。あるいは、耐震性を増すために天井の梁なども(天井板に遮られているであろうが、)見られるのであれば見てみたかった。
一般的な和洋折衷の家屋としては異例な形の建物でありながら、そうしたことに全く気が付かずに一般公開している海上自衛隊も海上自衛隊だ。
付け加えると、今日12月8日は日本海軍が真珠湾を攻撃した日、太平洋戦争の開戦記念日である。その時に大失態をやらかした駐米大使の野村吉三郎の像があったが、この大失態が米国を憤慨させ、以降の日本各地への大空襲や広島、長崎への原爆投下の一因になったとも言われている。それにしても歴史的な日にその歴史の中心にいて失敗した人物の像を見ることになるとは、全くのところ思いの及ばないことである。
(表紙写真は長官官舎の洋館のダイニング)
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玄関の石敷にタイル。
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ホールにスタインウェイ社製グランドピアノ。
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ホール。
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ホール。
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長官官舎の洋館のダイニング。
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長官官舎の洋館のダイニング。
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テラス。
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テラス。
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南極の石。
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「一寸赤心惟報告」の軸。
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「平八郎書」と花押がある。「東郷平八郎書」の石碑などは見たことがあるが、「東郷」抜きの書は初めてだ。
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「一寸赤心惟報告」。「東郷平八郎書」とあるが、実際の書には「東郷」の名は省かれている。「東郷」の名のない「平八郎」の書とは?
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八角の部屋の45°の面に暖炉を設置している。
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ドアの横に野村吉三郎の胸像。
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「野村吉三郎之像」。
野村吉三郎(明治10年(1877年)~昭和39年(1964年))は日米開戦時の駐米大使であった。日本で米英蘭との開戦が決定された後も真珠湾攻撃の日まで日米交渉に奔走し、その裏で戦争準備を着々と進めていたことに対して、「卑怯な騙し討ちだ」と米国民の感情を逆なでした。また、米国への宣戦布告も真珠湾攻撃の前までに間に合わないという大失態もやらかして、米国民の感情を一層悪化させてしまった。こうした米国民の感情悪化が後の日本各地の爆撃(空襲)や広島、長崎への原爆投下になってしまったという指摘もある。 -
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廊下の幅が狭くなって和館の廊下へ。
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和館入口。
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2階への階段。
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和館階段横の廊下。
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和館の廊下。
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座敷。
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座敷。
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座敷。
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座敷。
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座敷の床の間。
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和館廊下の窓。
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和館廊下の天井。
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奥。寄棟の平屋。
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奥のトイレなど。
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