2019/11/09 - 2019/11/10
91位(同エリア158件中)
あおしさん
「四国三郎」の源流を訪ねる旅、2日目。
大川村から出発します。
白滝鉱山の跡、紅葉が見ごろの瀬戸川渓谷に寄った後、吉野川の源流を目指しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー
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-
お世話になった旅館「筒井」
50歳くらいのおじさんとおばあさんにいろいろ大川村のお話を伺いました。
大川村唯一の旅館であり、食堂です。 -
旅館の前には早明浦ダム湖。
雲が多いですが、雲海になっているようです。 -
大川村中心部。
旅館の隣にあるのが村役場、さらに福祉センターや商店があります。 -
今の大川村中心部はダム湖ができた後に造られたもの。
昔からの大川村中心部や村役場は早明浦湖に沈んでいます。
早明浦ダム湖が渇水すると、湖の底から村役場などが現われてくるシーンがニュースでよく報道されます。 -
近くの橋から見た大川村。
今ではほとんどの村民の方がこの中心部周辺に住んでいます。 -
まずは中心部から5キロほど離れた白滝鉱山跡へ。
ここにはかつての小学校を利用した教育レクレーション施設である「白滝の里」があります。
ここには昨晩食堂にやってきた外国人の女性や、村の外から「留学」してきている小中学生15人ほどが暮らしています。自然教育センター白滝 宿・ホテル
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白滝鉱山跡。
この山々に鉱山があり銅を産出していました。 -
かつてはこの山々の鉱山に3000人ほどの人が住み、住宅、商店街、繁華街から劇場まであり、とてもにぎわっていたそうです。
今ではそれらの建物なども残っておらず、当時の面影をうかがわせるものは何もありませんでした。 -
大川村中心部に戻ります。
ダム湖を橋で渡ったところにある大川村小中学校。
村の小中学生が15人ほど、県外からの「留学生」が15人ほど、全校生徒30人とのことです。
それにしても小学生、中学生が親元を離れて「留学」とは。 -
大川村から車がすれ違いもできないような細い道を山奥に30分ほど進んでいくと、黒丸という集落につきます。
こんな山奥でも人が住んでいるんですね。瀬戸川渓谷 自然・景勝地
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黒丸集落は瀬戸川渓谷の入り口になります。
ちょうど紅葉が見ごろということで、黒丸の集落の人や地元の女子高生が出店をやっていました。 -
出店では地元でとれたお米のおにぎりといのしし鍋を無料でふるまっていました。
私も頂きました。 -
山々はすっかり紅葉で色づいていました。
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瀬戸川渓谷を川沿いの道を車で奥にすすむと、滝が見えてきました。
「アメガエリの滝」です。
アメゴがこの滝を登ることができないことから、名付けられたそうです。 -
さらに進むと吊り橋が見えてきました。
車を駐車場に駐車して、遊歩道を歩いてみます。 -
巨大な岩がありました。
おそらく30mほどの大きさでしょう。 -
この巨岩と紅葉のコントラストが素晴らしい
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さらに奥に行くと、紅葉の中の滝も見ることができました。
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瀬戸川渓谷で紅葉を楽しんだ後、再度大川村に戻り、吉野川沿いの県道を上流に向かって走っていきます。
途中、大川村行のマイクロバスと行き違い。
1日2本しかないそうですが、免許を持たない大川村の人の大切な足です。小金滝 自然・景勝地
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県道を進んでいくと、高知と愛媛を結ぶ国道と合流します。
さすがに国道は快適。
左手には吉野川の大橋ダムによる大橋ダム湖が見えます。道の駅 木の香 道の駅
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「…長沢の集落に入って、11時26分、バスは本流にかけられた橋のたもとで停った。
長沢は本川村(現在はいの町)の中心集落で、戸数130戸、人口290というが、見た限り50戸あるかなしの山峡の小集落としてしか映らない。しかし村役場や診療所は新しい建築で、堂々としている。
次に乗るのは最終ランナーの寺川行のバスである…」(宮脇俊三さんの紀行文「ローカルバスの終点へ 寺川」より)
長沢は現在はいの町に合併された旧本川村の中心です。
山峡の町ですが、高知への国道が通じているので、大川村よりはアクセスは便利。本川新郷土館 美術館・博物館
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「12府15分発のマイクロバスで最終目的地の寺川へ向かう。これまた客は私1人であった。運転手は『朝の長沢行と夕方の寺川行には小学校の生徒と診療所に通う年寄りが4人くらい乗りますが、昼の便は誰も乗りませんね』」
宮脇さんはマイクロバスで走ったところを、私は長沢集落からはまたダム湖沿いの道を奥に走ります。+ -
「道は細く険しくなり、山側は岩を掘り抜き、ダム湖側は絶壁という危なかっしい箇所が多い。スリルを感じる。しかし、林相は深く濃く、スギやヒノキの大木が見事だ」
大川村の道以上に貧弱な道路で車もすれ違いもできないほどの幅です。
それでも数キロ置きに、民家が数軒の集落がありました。 -
「前方の山肌に集落が見えた。なぜあんなところに?と首をかしげたくなるような高みである。寺川の集落であった」
ここが人の住んでいる最後の集落、寺川集落。
家は5,6軒ほどでしょうか。
ただ、無人の家もありそうです。 -
寺川のバス停。
宮脇さんの紀行はここで終わりです。
よくぞ、こんな山奥までバスがあるものだ、と思っていましたが、あとで本川の郷土館の方に聞くと、通学する子どもがいなくなったので、長沢~寺川のバス路線は廃止されたそうです。 -
私はさらに山奥に入って、吉野川の上流を目指します。
車で来ることができる最後の場所、「源流橋」です。 -
ところが、台風で倒木などで遊歩道は危険とのことで、立ち入り禁止になっていました。
せっかくここまで来たことだし、行けるところまで行ってみよう。 -
台風による倒木が遊歩道をふさいでいます。
まあ、このくらいならなんとかなる。 -
遊歩道が山崩れでこれは歩くのはしんどい。
まだ明るいからいいものの、帰りは暗くなりそうだし、そうなると道に迷い遭難しかねないな。 -
源流までは1時間半とのことですが、30分ほど歩いたところで沢に出ます。
景色もよかったので、ここでUターンとしました。
最後まで行けなかったのは少し残念だったけど、十分吉野川沿いを楽しめました。 -
宿泊は須崎プリンスホテル。
土曜日とはいえ、地方都市のホテルにしては宿泊代が高かったなあ。Hotel バンダガ 宿・ホテル
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昼の12時までにレンタカーは高知駅前に返す予定です。
須崎から高知へ向かう途中の佐川という町に寄り道。
佐川は土佐藩家老・深尾氏の領地で。小さいながらも当時の武家の町の雰囲気が残っていました。
この「青山文庫」は佐川の下級郷士出身の幕末の志士、田中光顕がつくった資料館。
彼は武市半平太の土佐勤王党に参加し、武市、坂本龍馬、中岡慎太郎等の土佐藩の同志のほとんどが幕末若くして死んだのに対して、昭和14年、97歳まで長生きした人です。
昭和時代には「維新志士の生き残り」「最後の元勲」としてマスコミ等に語り部としてインタビュー等も受けていました。
この資料館には土佐藩の志士や田中光顕が交流のあった長州藩の志士である高杉晋作、伊藤博文(初代内閣総理大臣)等の手紙等の資料が展示されています。佐川町立青山文庫 美術館・博物館
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田中光顕の昭和時代のインタビューはこんな感じです。
「一死君国のため脱藩した志士達は、全部土佐言葉丸だしで、オンシ、オラを使ったよ。それは、年齢の後先はなかった。身分の上下も越えて、みんなオンシ、オラだった。わたしが坂本君や中岡君にオンシが、オラがといい、坂本君も中岡君も、わたしにオンシが、オラがで話したよ。オンシ、オラが勤皇志士の合言葉であった。なつかしいのう。もっとも武市瑞山先生(半平太)は別じゃった。瑞山先生は一枚上であったので、みなが瑞山先生とか、武市先生とか呼んだ。例の墨絵の龍というのがあるだろう。瑞山先生は、墨絵の龍に似ているというので、墨龍の異名があった。それで、墨龍先生とも呼んだ。今ひとつは、アゴがうんと長かったので、アゴ先生と呼んだ。このように、瑞山先生には、必ず先生をつけて呼んで、呼び切りにしたり、オンシ、オラで話すものは一人もいなかった。陰で、噂をしてもアゴ先生といったよ。さすがに勤皇党の首領だけあって、皆が畏怖尊敬していたよ。ただ、坂本君だけは、瑞山先生の前であぐらをかいて、アゴが、アゴがと放談をやっていた。この時には、瑞山先生も顔をほころばせて、アザが、アザがとからかっていた。とにかく、瑞山先生は桁違いの大人物であった」 -
レンタか―を高知駅前に返却。
高知駅前の観光案内所「こうち旅広場」では、大河ドラマ「龍馬伝」での坂本家が復元されていました。こうち旅広場 名所・史跡
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少し時間があるので、高知市内の観光地を巡る「MY遊バス」に乗って、桂浜へ行くことにします。
MY遊バス 乗り物
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坂本龍馬記念館前でバスを降ります。
久しぶりに来たのですが、新しく新館ができてより広く、展示も充実していました。高知県立坂本龍馬記念館 美術館・博物館
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坂本龍馬記念館のある周辺は長宗我部元親の居城・浦戸城があったところです。
豊臣秀吉に降伏し、戦争の日日が終わると、元親は海や港が目の前のこの地に浦戸城を築いて、本拠を岡豊城から移したのでした。
長宗我部氏が関ヶ原の合戦で滅亡し、山内一豊が土佐藩主になると、山内一豊は高知城を築いて、浦戸城は廃城になりました。浦戸城跡 名所・史跡
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東京上野の「西郷さん」と並んで、有名な桂浜の「坂本龍馬」の銅像です。
日本でもっとも巨大な銅像だそうです。
太平洋をむいて建てられており、海を愛した坂本龍馬にふさわしい銅像です。坂本龍馬銅像 名所・史跡
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桂浜。
青い太平洋に面した場所です。
たくさんの家族連れが海を楽しんでいました。桂浜 自然・景勝地
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