溝の口・武蔵小杉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 川崎市中原区小杉御殿町1にある西明寺には山門の屋根に菊の飾り瓦と思われる飾り瓦が上がっている。花弁は16弁である。<br /> 京都御所や皇居・乾門の菊の飾り瓦と同じように見える。北条時頼を開祖にし、江戸時代には徳川家の寺とされた西明寺ではとても菊の飾り瓦を上げる寺格ではないように思える。<br /> 隣の泉澤寺の仏像公開に来ていたボランティア2人に西明寺山門の屋根に上がっている菊の飾り瓦について聞いてみたが、16弁かどうかを言うだけで、さすがに飾り瓦に少しは詳しいという人は誰もいなかった。<br /> しかし、何と境内にある「龍宿山金剛院西明寺縁起」には、「文化三年(一八〇六)仁和寺宮一品親王より菊桐御紋章幔幕を下付された」とある。なるほど。<br /> なお、鎌倉・薬王院の本堂の屋根に上がる飾り瓦は菊の花に見えたが、橘の花だという。鎌倉・上行寺本堂の屋根に上がる飾り瓦は菊の飾り瓦のようにも見えるが蕾のない牡丹の花かも知れない。また、鎌倉・円応寺山門の屋根に上がる飾り瓦は蕾付き菊の花の飾り瓦であるが、花が上向きで意匠が全く異なる(https://4travel.jp/travelogue/10394809)。<br />(表紙写真は西明寺山門の屋根に上がる菊の飾り瓦)

西明寺の飾り瓦と御所・皇居の飾り瓦

5いいね!

2019/11/15 - 2019/11/15

225位(同エリア315件中)

0

12

ドクターキムル

ドクターキムルさん

 川崎市中原区小杉御殿町1にある西明寺には山門の屋根に菊の飾り瓦と思われる飾り瓦が上がっている。花弁は16弁である。
 京都御所や皇居・乾門の菊の飾り瓦と同じように見える。北条時頼を開祖にし、江戸時代には徳川家の寺とされた西明寺ではとても菊の飾り瓦を上げる寺格ではないように思える。
 隣の泉澤寺の仏像公開に来ていたボランティア2人に西明寺山門の屋根に上がっている菊の飾り瓦について聞いてみたが、16弁かどうかを言うだけで、さすがに飾り瓦に少しは詳しいという人は誰もいなかった。
 しかし、何と境内にある「龍宿山金剛院西明寺縁起」には、「文化三年(一八〇六)仁和寺宮一品親王より菊桐御紋章幔幕を下付された」とある。なるほど。
 なお、鎌倉・薬王院の本堂の屋根に上がる飾り瓦は菊の花に見えたが、橘の花だという。鎌倉・上行寺本堂の屋根に上がる飾り瓦は菊の飾り瓦のようにも見えるが蕾のない牡丹の花かも知れない。また、鎌倉・円応寺山門の屋根に上がる飾り瓦は蕾付き菊の花の飾り瓦であるが、花が上向きで意匠が全く異なる(https://4travel.jp/travelogue/10394809)。
(表紙写真は西明寺山門の屋根に上がる菊の飾り瓦)

  • 常楽寺山門屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

    常楽寺山門屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

  • 常楽寺山門屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

    常楽寺山門屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

  • 閑院宮邸跡正門(東門)の飾り瓦。15弁か?

    閑院宮邸跡正門(東門)の飾り瓦。15弁か?

  • 閑院宮邸跡正門(東門)の飾り瓦。16弁だ。

    閑院宮邸跡正門(東門)の飾り瓦。16弁だ。

  • 大宮御所の菊の花の飾り瓦。16弁だ。

    大宮御所の菊の花の飾り瓦。16弁だ。

  • 大宮御所の菊の花の飾り瓦。16弁だ。

    大宮御所の菊の花の飾り瓦。16弁だ。

  • 京都御所日華門脇回廊の菊の花の飾り瓦と菊のご紋の丸瓦。16弁だ。

    京都御所日華門脇回廊の菊の花の飾り瓦と菊のご紋の丸瓦。16弁だ。

  • 皇居旧女官局(表)門に上がる菊の飾り瓦。

    皇居旧女官局(表)門に上がる菊の飾り瓦。

  • 皇居旧女官局(表)門に上がる菊の飾り瓦。

    皇居旧女官局(表)門に上がる菊の飾り瓦。

  • 皇居乾門の屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

    皇居乾門の屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

  • 皇居乾門の屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

    皇居乾門の屋根に上がる菊の飾り瓦。16弁だ。

  • 「龍宿山金剛院西明寺縁起<br />西明寺の名は遠く弘法大師が勅命を受て渡支(八〇四)した際の宿坊の寺号に発し<br />帰国後大師の東国御巡化の砌りこの地に留錫し高弟泰範上人に命じ堂宇を建立す<br /><br />その後北条時頼公(一二六三)の信仰篤く当時は最明寺とも称した記録がある<br /><br />近世徳川家康公も小杉御殿の隣地西明寺を崇敬し境内を殺生禁制の地と定め<br />祈祷料として御朱印地を寄進された。<br /><br />文化三年(一八〇六)仁和寺宮一品親王より菊桐御紋章幔幕を下付された<br /><br />当時の本堂(大正十四年焼失・昭和九年新築)の外、十一面観世音菩薩を安置する観音堂(一七〇七再建・昭和三十六年改築)があり、寛永五年(一六二八)長谷川丹後守寄進の鰐口が現存している<br />また鐘楼堂(昭和三十八年改築)、閻魔堂等七堂伽藍があったと伝えられる<br /><br />多摩川の両岸にわたり二十有余の談林として真言密教の法鼓を鳴らし今日に至っている<br />   最明寺時頼百首抄より<br /> 我が心 かがみにうつす ものならば さこそ姿の見にくかるべし<br />略」。<br />一部に句読点(。、)があったりして可笑しな縁起看板だ。

    「龍宿山金剛院西明寺縁起
    西明寺の名は遠く弘法大師が勅命を受て渡支(八〇四)した際の宿坊の寺号に発し
    帰国後大師の東国御巡化の砌りこの地に留錫し高弟泰範上人に命じ堂宇を建立す

    その後北条時頼公(一二六三)の信仰篤く当時は最明寺とも称した記録がある

    近世徳川家康公も小杉御殿の隣地西明寺を崇敬し境内を殺生禁制の地と定め
    祈祷料として御朱印地を寄進された。

    文化三年(一八〇六)仁和寺宮一品親王より菊桐御紋章幔幕を下付された

    当時の本堂(大正十四年焼失・昭和九年新築)の外、十一面観世音菩薩を安置する観音堂(一七〇七再建・昭和三十六年改築)があり、寛永五年(一六二八)長谷川丹後守寄進の鰐口が現存している
    また鐘楼堂(昭和三十八年改築)、閻魔堂等七堂伽藍があったと伝えられる

    多摩川の両岸にわたり二十有余の談林として真言密教の法鼓を鳴らし今日に至っている
       最明寺時頼百首抄より
     我が心 かがみにうつす ものならば さこそ姿の見にくかるべし
    略」。
    一部に句読点(。、)があったりして可笑しな縁起看板だ。

この旅行記のタグ

5いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP