2010/08/07 - 2010/08/12
457位(同エリア662件中)
パンダ番長さん
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- 旅行記55冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 12,664アクセス
- フォロワー2人
四川旅行の2日目。成都から九塞溝へ。九塞溝観光の1日目。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
-
<いよいよ観光初日の朝>
朝4時のモーニングコールで起こされる。目覚時計も4時セットしておいたがまだ鳴っていない。
目は開けたが、眠気が強く体を起こす気力がない。そうしていると目覚時計が鳴った。
仕方なく、体を起こす。冨田君は早々に顔を洗いに行っている。私も続いて顔を洗う。
少しは目が覚め、荷物の整理に掛かる。このホテルには、また8月10日、11日と宿泊するが、今日は一旦チェックアウトを行う。その為に全ての荷物を持ち歩く必要がある。
初日の観光以外に必要ない物は極力旅行カバンに詰め込む。
身支度を行い、少し早いが5時30分頃には2人で部屋を出て1階のロビーに下りる。フロントでチェックアウトを行い、ソファでみんなが揃うのを待つ。
我々の直ぐあとに多根井君も集合した。多根井君が来たのとほぼ同時にガイドの巴さんもロビーに現れた。
このホテルに宿泊していた様である。
巴さんに聞くと、あと4人このホテルからいっしょに空港に向かうと言う。その4人を待つ。
程なく、2人の若い夫婦が現れ、そのあとに30歳過ぎの女性2人組が現れた。この7人がこの羅曼大酒店からのツアー客である。全員が揃い、巴さんがフロントから朝食のお弁当を受け取り、バスに全員で乗り込む。先程巴さんがフロントで受け取ったお弁当がみんなに配られる。
これからもうひとつのホテルであるシェラトンホテルに向かう。
しかし、驚いた事にシャラトンホテルは我々の羅曼大酒店から数百mのところであった。
バスは直ぐにそのホテルの玄関に到着し、そこで停車、巴さんのみが降り、我々はここで待つ事になる。
先程貰ったお弁当を開けて見ると、以下のものが入っていた。
<8月8日(日)朝食(羅曼大酒店のお弁当)>
①市販のクッキー(袋入り)
②りんご1個とプチトマト5個
③魚肉ソーセージ2本
④純浄水(ミネラル水)
⑤紙パックのミルク(ピーナッツ味のミルク)
非常に簡単なものである。しかし、パンなどが入っていないのは残念である。
このバスの中で何を食べたら良い物か、これでお腹の調子が悪くなっても困る。
袋入りの市販のクッキーとりんごはそのままデイバックに入れ、プチトマトとミルク(ピーナッツ味のミルク)を飲む事にした。そう考えているとシャラトンホテルの面々がバスに乗り込んで来た。
このホテルからは12人が乗り込み、総勢で19人となった。時刻は5時10分である。
バスが再び走り出し、一路空港を目指す。バスは人民中路を南に進み、天府公園の横を抜け、人民南路に入った。人民南路に入り、少し走ると昨晩も見た特徴的な街灯が見えて来る。モクレン?の蕾形の街灯である。
その道を抜け、南河を越えると高速道路に入る。
そのバスの中で先程のお弁当のプチトマトを食べる。思いの外甘いプチトマトである。
また、紙パックのミルクを飲む。これについては少し勇気がいった。もしかするとお腹を壊す可能性がある。
冨田君は飲まないと言う。私も恐る恐る一口飲むと少し甘ったるいが非常に美味しい。
結局、空港に着くまでに全部飲んでしまった。早朝である為か、バスは20分程で空港に到着した。
しかし、降りた場所は昨日の空港と少し雰囲気が違う。
巴さんに聞くと、ここは成都空港の旧空港口であるという。国内線の限られた便の運行をここで行っているそうだ。九寨溝黄龍空港行きはここで搭乗手続きを行う。
<まさかの搭乗出来ない事件>
空港の中に入ると、狭いカウンター前は人で満員状態である。巴さんが全員のパスポートを集め、全員に荷物をカウンター前に移動する様に指示をする。巴さんに言われた場所に荷物を移動させ、巴さんのチェックインの作業を待つ事になる。
しかし、すごい人である。早朝であるのにカウンター前は大行列が出来ている。
そのひとつに巴さんが並んでいる。時刻は5時50分。やっとカウンターのチェックインが開始され、徐々に人がチェックインを済ませ、その場を離れて行く。搭乗予定の機は確か6時30分であるので、もう余り時間に余裕がない。まだ、巴さんは列の真ん中付近である。 -
6時15分頃にやっと巴さんがカウンター前まで来て係員とやり取りを行っているが、荷物を処理する気配がない。
暫くして、巴さんが我々のところに来て、予定の6時30分に乗れない事を告げる。
どうもダブルブッキングになっていた様で、19人という大人数なので調整が付かなかった様である。
巴さんによると次の7時40分発の便に変更すると言う。予定より1時間の遅れである。
しかし、この時点では誰もこの後の事態を創造出来なかった。続けて巴さんが次の7時40分発のチェックインをカウンター前で行っているが、何か揉めている様子である。
時刻は既に7時を廻り、この空港に来てから1時間半になろうとしている。しかし、未だに7時40分発の搭乗券が取れない状況である。その内にこのカウンター前に人がいなくなり、我々だけが取り残される状況になる。
再び、巴さんが7時40分発の搭乗券も確保出来なかった様である。
巴さんは航空会社のパソコンの故障を理由にしていたが、明らかに我々よりも後に来た人達がチェックインを済ませていた事からパソコンの故障とは考えられない。
既に7時40分発の便も予約で満席状態であった為に我々のチケットが確保出来なかったと思われる。
私と同じ考えの人がツアー同行者の中にいて、その旨を巴さんに問い質すと巴さんは半分の人の搭乗券確保は出来たが全員の搭乗券確保が出来なかった事を吐露した。そして、これは明らかに航空会社側のミスであると言う。確かに航空会社側のミスではあるが、もう少し早く説明が欲しいものである。
まだ、今回のツアー同行者に短気な人は先程巴さんを問質した人くらいで良かった。
多分多くの人は状況判っていたと思う。それを口に出すかどうかだけである。ツアーである限り、このガイドの巴さんに任せるほかない。 -
結局、8時過ぎに10時20分発の便の搭乗券が取れる事が判明した。
しかし、搭乗券が発行されるまでは安心は出来ない。この10時20分発の便で九寨溝黄龍空港に飛んでも予定よりも4時間遅れである。この4時間の遅れをどの様にして取り戻すのであろうか?
今日は昼から九寨溝の散策であったが、それも出来るのかどうか不安である。
さすがにみんな疲れて椅子に腰掛けたままである。この空港に着てから既に3時間が経過している。
8時40分になり、荷物が処理され始め、やっと搭乗券が発行され、みんなにパスポートの返却と共に手渡される。飛行便はCA4477便で搭乗予定時間は9時50分、搭乗ゲートはC7。私の座席は40Aで冨田君は全然違う場所であった。みんなバラバラなのかも知れない。
しかし、取り敢えず搭乗券が貰え、ほっとする。 -
<成都空港内での時間待ちとCA4477便>
全員に搭乗券が行き渡り、巴さんについて手荷物検査所のある2階に移動する。
手荷物検査所でパスポートと搭乗券を提示し、手荷物検査を受ける。ここでもベルトのバックルが金属探知機に引っ掛かるが、何の支障もなく通過する。ここでまた全員が揃うのを待つ。
全員が揃い、出発エリアに移動する。この建物は非常に古く、また待合場所も然程ない。その古い建物の通路を移動する。この建物を通り抜けると新しく出来た空港ターミナルに繋がっていた。
実際に我々が搭乗するゲートもこの新しいターミナル内にある。チケットにも空港見取図が記載されているが、Cエリアはチェックインを行った古い建物に一番近くに出来た新しいウイングである。
成都空港の国内線ウイングはこのCエリアとBエリアの2ヶ所である。
そのCエリアウイングの丁度中間辺りにC7ゲートがある。時刻は9時過ぎである。 -
先程、このCエリアの端に本屋があった。その展示に“竹簡”があった。
もう一度詳しく見てみたく、冨田君に荷物を預け、多根井君といっしょに見に行く事にした。多根井君もその前を通った時に興味を引いたみたいである。その本屋に2人で向かう。
そして並べられた竹簡を見るが、どうも展示されていた竹簡は姓名判断内容の物ばかりである。本屋内を探しても同様のものしか置いていない。読み物的な物の竹簡はない様である。
一通り本屋を見て、興味を引いたのはやはり竹簡と三国志演義の画本集である。
三国志演義の画本集は古くから見ていた中国の土産のひとつで、今回は是非買って帰る事にする。
しかし、これは出来るだけ旅行の最後に購入をする。何と言っても重い。小さい画本集ではあるが、それでも1kg以上は裕にある。
多根井君とそろそろ戻る事にしたが、少しお腹も空いて来たので、麺類でも食べる事を相談し、一旦冨田君のところへ戻る。そして食事に誘うが、冨田君は食べないとの事で、多根井君と2人でC7ゲート近くの麺類店に入る。
店の名前は華卓飯店で、写真で料理などの紹介がされている。中には日本のうどんもある様だ。
我々2人は店の中央の席に座り、メニューを見る。中華風の麺が数種セットで紹介されている。
この中から適当な物を選ぶ事にした。私も多根井君も日本でも馴染み深い“排骨麺セット”を注文した。飲物付きの麺セットである。
先の本屋での竹簡の話をしながら、料理が出来るのを待つ。程なく料理が運ばれて来た。
少しイメージした物とは違った。麺の上に乗っているものと思っていたが、排骨が皿に乗って出て来た。
麺の色も少し茶色っぽいもので、日本そばの色を少し薄くした様な色をしている。
-
その麺の中には茹でたもやしが入っている。スープもあっさりした鶏ガラのスープで、非常に食べ易い。
排骨も味が濃くなく、それだけ食べても非常に美味しい。あっと言う間に2人とも食べ終わった。
時刻は9時30分である。もうそろそろ搭乗ゲート付近に戻らなくてはいけない。2人で精算を済ませる。
2人で合計120元、1人60元(約860円)である。少し高いか?多根井君と急いでC7ゲートに戻る。
冨田君から荷物を受け取ると、搭乗が遅れるとの事を聞かされる。
そう言えば、ターミナル脇に機体がまだ来ていない。またまたここでも時間のロスである。
何時になったら九寨溝黄龍空港に辿り付けるのやら?
何時搭乗が開始されるかも判らないので、この搭乗ゲート近くの待合場所で待つしかない。
しかし、既に待合場所の席は満席で座るところもない。冨田君が気をきかせてくれて座らせてくれるが、少し座らせて貰い、再び立って待つ事にした。
9時50分頃に30分程度搭乗が遅れる旨の情報が巴さんよりあった。
しかし、依然搭乗ゲート脇には機体は来ていない。10時10分頃に熱いジャスミン茶とビスケットの差し入れが巴さんよりあった。航空会社が用意してくれた物である。今回のダブルブッキングの埋め合わせか?また、ゆで卵も進められるが、それは遠慮した。
ジャスミン茶のみを頂き、ビスケットはデイバックに入れる。
10時30分頃になり、やっと搭乗機が搭乗ゲート脇に到着する。慌しく荷物の搬入を行っている。
まだ、搭乗は開始されない。待つ事更に20分、やっと10時50分になり搭乗が開始された。
列を作り、搭乗順番を待つ。席が後ろの方なので出来る限り早く乗りたい。列に早く並べたので、機内で立ち止まる事なく、席まで辿り付ける。そして窓側の席に入る。
機体はB757-200型で、この機体も真ん中に通路が1本で、両サイドに3席シートが並ぶ。
隣に誰が来るのかと思っていたら、何と多根井君であった。これなら気兼ねしない。まあ朝が早かったので、この機内で寝ようと考えていたので誰が隣でもいっしょではあるが?
シートベルトをすると、寝る態勢に入った。先程、麺類を食べたのでお腹も満腹で、直ぐに寝られた。
少し寝たと思い起きると、まだ機体は離陸していないどころか、ターミナルも離れていない。
時計を見ると11時15分過ぎである。搭乗してから25分経過している。また何をしているのか?
暫くして、やっとターミナルを離れ始め、空港内を移動する。しかし、またここからが長かった。
滑走路脇まで来たが、停止し、結局成都空港を離陸したのは、何と11時55分であった。
機体に乗ってから更に1時間以上を要したのである。 -
今日の最初の予定からすると、6時30分成都発であったので5時間半の遅れである。半日、この成都空港で時間を潰した事になる。
機体が上昇する中で再び寝入る。また、丁度30分間くらい寝て目が覚めた。
窓の外を見ると、高い山々の峰が眼下に見えている。高度が低いのか、山が高いのか良く判らなかったが、雲などを見るとやはり山が高い様である。私が寝ている間に純浄水ペットボトルと何やら怪しげな菓子風の食べ物が配られた様で、多根井君が私の分も貰ってくれていた。その内、徐々に高度が下がり始めた。窓の外を見ると、山々の峰が直ぐ近くに見えている。眠山山脈であろうか?
もう山の峰すれすれに飛行している。峰々の間の谷には道なのか、川なのか判らないが細い筋が見えている。
その様な景色を眺めていると突然衝撃があり、山の頂上に着陸した。 -
<やっと到着した九寨溝黄龍空港>
九寨溝黄龍空港に到着したのである。時刻は12時40分前である。
本当に山の頂上に空港が造られている。まだ、造られて間もないのか、この空港も滑走路脇などの整備がされていない。また、驚いたのは滑走路が1本しかない為に着陸停止後、その滑走路でUターンをして、ターミナルに向かっている。
通常なら滑走路脇にある誘導路に入るが、この空港はまだその誘導路も出来ていない様である。
この5月連休で訪れた大理空港の様な空港である。
程なく、機体はターミナルに到着した。後ろの方なので、機体を降りるのに時間が掛かる。
殆ど最後の方で機体を降りる事になった。どうせ荷物が直ぐに出て来ないので、早く降りてもいっしょではあるが?
さすがに新しい空港らしく、ターミナル内は近代的な造りで非常に綺麗である。
ターミナルの2階部分から1階の手荷物受取所に移動する。やはり荷物はまだ出て来ていない。
この九寨溝黄龍空港は標高3650mのところにある空港である。
2003年に完成したが、整備や増築を繰り返し、現在に至る。また現在もなお増築中の未完成な空港である。しかし、この九寨溝黄龍空港の完成により、今まで成都から九寨溝までバスで10時間以上要していた行程が、この空港から1時間半に短縮され、非常に多くの観光客が訪れる様になった。
ここでやはり10分程待つ事になった。やっとの事、旅行カバンを回収し、全員でバスに移動する。 -
空港を出るとその前は観光バスが遠くの方までずらりと並んでいる。
これだけの人が九寨溝または黄龍に行くのである。その内の1台に乗り込む。
先程書いた通り、この空港の標高は3650mであるが、今現在は酸素の薄さも、体の異常も感じない。
時刻は13時10分である。要約、バスに荷物が積み込む終わり、いざ出発である。空港が山の頂上部分に造られているので、ここからは山を下る事になる。 -
<九寨溝黄龍空港から川主寺の街へ>
山を下り、始めたところで巴さんからこれからの予定が告げられる。
これから空港下の街である川主寺の辺りで昼食を摂り、その後九寨溝に移動すると言う。
昼食場所まではここから約30分との事。
山を下り始めると道路脇にぽつぽつと民家が見え出す。これらの民家はチベット(西蔵)族の民家である。
綺麗に積み上げられた石垣の上に家が建てられている。また、チベット仏教(ラマ教)の祈祷旗のタルチョが旗めいている。この祈祷旗の名前が今まで判らなかった。
5月連休に雲南地方に行った際にも各所でこのタルチョを見かけたが、それがチベット仏教に関する物である事は判ったが、何という名なのかが判らなかった。これを冨田君が“タルチョ”であると教えてくれた。
またタルチョは、青 白 赤 緑 黄 の五色で、並びも決まっている様で青が空 、白が雲、赤が火(太陽)、緑が水、黄が大地 を意味している事を巴さんが説明してくれた。
良く見ていると旗の中に何か絵が描かれているものがある。何の絵が描かれているのか、判らなかったが、帰国後調べると、“ルンタ”という風の馬が描かれていると言う。
チベットではタルチョが旗めき、その風に乗りルンタ(風の馬)が仏の教えを世界中へ広めてくれると言われている。なんとも神秘的な世界である。
また、山の中腹に差し掛かると、放牧された家畜がいる。ヤクである。このヤクも雲南で見かけた。
また、更に標高が下がると畑が現れてきた。背丈の小さな作物が栽培されている。何なのかは良く判らないが、後で巴さんの説明で、その作物が“胡麻”である事が判明した。
この辺りでは作物の殆どが、“はだか麦”か“胡麻”だと言う。それらの畑を横に見ながら、山を下る。
丁度、前に大きな川を挟み街が見えて来た。ここが川主寺の街である。
ここで巴さんから川主寺の説明が行われる。
川主寺は古くから金、銀などの貴金属や宝石の産地として有名で、明代から開発が進められ、清代においては中国で最も重要な金産出地であった。
また、毛沢東の共産党軍(紅軍)と蒋介石の国民党軍との所有権を争う激戦地ともなり、共産党軍は所有となってからは、この川主寺の街を直轄地として管理を行って来た。
現在もその流れを汲み、中国共産党の直轄地である。
その名残で、川主寺を望む丘の上には、その際の毛沢東の紅軍長征を記念して紅軍長征記念碑が立っている。
特に宝石としては、トルコ石、猫目石(キャッツアイ)、琥珀が有名で、また冬虫夏草の産地としても有名であると言う。
街の中に入ると、道路や建物は工事中のものは多い。これは2年前の2008年5月に起きた四川大地震(中国では、その日付に因んで“512大地震”と言われている)の為に多くの建物や道路が崩壊した為に現在、国が資金を出して修復作業を行っていると言う。本当に道などは街の中心に来ても、至る所でまだ舗装もされていない。
今日は、この街には立寄らないが、後日この街では宝石店に立寄る予定になっている。
この街を通り抜け、九寨溝とは逆の黄龍方面にバスは走り、紅軍長征記念碑の近くを通り抜け、山に再び登り始める。山に登り始めた辺りで、バスはその道路脇にある小さな店の前に入る。
ここが今日の昼食場所である。 -
<かなり遅れた昼食:山野軒>
バスを降りると、店の大きな文字が目に入る。“山野軒”とまだ造って間もないと思われる入口部分の屋根の部分に大きな文字で書かれている。これも地震で壊れたものを修復した後なのかも知れない。
また、店の前の道路を挟んだ山肌の中腹には、立派なチベット族の民家が数件立っている。
この店の人達の家なのかも知れない。このレストラン(食堂)の横には、土産物屋もある。時刻は13時30分である。 -
店には誰も客はいない。時間がずれているせいであろうか?
我々は店の奥のテーブルに案内される。既にテーブルには何品かの料理が載っている。
また、ここでは標高が高い為とこれから九寨溝を歩く(高地を歩く)為に、昼間のビールは厳禁との事で、お茶での食事となる。この昼食で出て来た料理は以下の通りである。
<8月8日(日)昼食:山野軒にて>
①中国風オムレツ
②玉葱と牛肉の煮物
③木耳と鶏肉の煮物
④ふきと人参と魚のつくねの煮物
⑤ぜんまいと唐辛子の煮物
⑥カリフラワーの煮物
⑦松茸と唐辛子の煮物
⑧茶樹茸と葱の煮物(茶樹茸という日本では見ない茸。漢方薬にも使用される)
⑨舞茸のスープ
⑩青菜の塩炒め
⑪麻婆豆腐
⑫卵焼飯
巴さんから地元チベット族の料理と聞かされていたが、さすがに山菜類や茸がメインである。 -
また、唐辛子を利かせた料理が多く、うっかり唐辛子の部分や種が付いたものを口にすると非常に辛い。
麻婆豆腐が出たが、これは本場四川の麻婆豆腐と違い、唐辛子の辛さである。これは食べられる辛さである。
また、変わった物では後で巴さんに確認して貰ったが、“茶樹茸”という茸が出て来た。
見た目は椎茸に近いが色が黄色っぽく、椎茸と違いシャキシャキとした食感の茸である。
巴さんによると漢方薬にも使用される茸だそうだ。また、全体に煮物料理が多く、温かい料理は少なかった。
それでもみんなお腹が空いていたのか、私以外は勢力的に食べていた。
30分程で食事を終え、店を出て、隣の土産物屋を見る事なく、トイレなどを済ませ、バスに乗り込む。
とにかく早く九寨溝に着きたい。ここからまだ九寨溝までは1時間半程掛かる予定である。 -
<目指すは九寨溝!>
バスは再び、山を下り、川主寺に街を抜け、九寨溝方面に走り出す。
川主寺の街はずれの村に大きなチベット仏教の寺院が見えて来た。
黄金に輝く外観を持つ立派な寺院が周りの建物の中心に建っている。巴さんに聞くと周りの建物も寺院であると言う。巴さんの説明ではチベット族の人達は収入の多くを寺院に寄付すると言う。それがひとつの信仰の証となっているのである。
なぜ、それ程の寄付が行なえるかと言うと、チベット族の人はお金持ちが多いのだそうだ。
そのひとつの収入源が“ヤク”である。多くのチベット族の人がこのヤクを飼っている。
このヤクは非常に高く売れ、1頭が約1万元以上だそうだ。多い人でこのヤクを100頭以上飼育していると言う。
また、もうひとつがパシュミナ山羊である。このパシュミナもこの地方の特産のひとつで、チベット族の大きな収入源になっているそうだ。
その様な話を聞いている間に、バスが村はずれ差し掛かると周りの風景は、畑に変わる。
丁度、もう少しで収穫時期を迎えるはだか麦の黄色く色付き始めた穂が綺麗である。
また、山の中腹にはタルチョが風に旗めいている。このタルチョは後ろの山を神聖化している証で、お祈りの後に麓をタルチョで飾る事が多いのだそうだ。
反対側に目をやると、川の浸食で豪快に削られた崖と河岸段丘が見えている。
その河岸段丘の狭い土地も耕され、はだか麦や胡麻の畑となっている。この様な景色が暫くの間続いたが、バスは次第に山々の間に入っていく。
この頃になり、お腹も満たされ、みんな寝ている人が多い。私もいつの間にか寝てしまっていた。
30~40分程寝ていたのか、バスは渓谷の間を走っている。両側には見上げる程の高さの山々が聳えている。時刻は15時過ぎである。
空を見ると怪しげな雲が出てきている。すると突然雨が降り出した。それも見る見る内にスコールの様な雨になる。遠くの空は晴れているが、このバスの上には黒い雲が垂れ込めている。
このスコールの様な雨が10分くらい続いた。幸いにもバスの進行方向とは違う方向に雲が移動しているので、九寨溝では雨は大丈夫であろう。
雨が止んで走る事、5分程で突然山間に街並みが見えて来た。大きな建物が多いので、ホテルであろうか?
もうこの辺りから九寨溝の宿泊、観光の施設が立ち並んでいるのである。
その中を走る事数分で、我々の泊まる新九寨賓館が見えて来た。
また、そこから数分でやっと今日のメインの目的地である九寨溝の大型バス駐車場に到着した。我々の乗っている観光バスでは九寨溝内に入る事は出来ない。
時刻は15時20分である。ここからはバスを降り、歩いて入口まで行く。 -
まだ入口まではかなりの距離があるみないだ。同じ様に歩いている観光客が多い。歩道の横には小川が流れているが、凄い水量である。水は非常に綺麗な色をしている。
歩道を歩く事約5分で九寨溝の入口前のタクシーが沢山並ぶ、大きな駐車エリアに到着した。 -
<1日目の九寨溝観光の開始!>
ここから歩道を右に折れ、小川に架かる橋を渡り、入口脇に建つ建物に向かう。本当に周りの山々は驚く程高く、この場所だけが抉られる様に狭い平地になっている。
建物までの途中で平らな石を積み上げた土台の上に、“世界自然遺産”、“世界生物圏保護区”、“国家重点風景名勝区”の文字が刻まれた記念碑が立っている。
それを過ぎ、建物前で集合し、ここで巴さんが入場手続きを行なうのを待つ。
丁度、待っているところが公園の様になっており、近くにパンダの絵がある。
その前でみんなが記念写真を撮っている。パンダ前が非常に混雑しているので、私はその場で九寨溝の入口側をバックに撮る事にした。 -
10分程で巴さんが戻り、ひとりひとりに九寨溝のチケットと九寨溝の中を走る乗合バスのチケットを手渡してくれる。このチケットは半券が絵葉書になっている。
それが行き渡り、いざ入口へ。
公園の脇を通ると反対側の山の斜面に競馬場にある様な大きなオーロラビジョンがあり、九寨溝の風景を映している。
しかし、この様なものは景観には相応しくない感じがする。
少し歩くと前方に大きな入口が見えて来る。
入口建物の上にはこれまた草書体の“九寨溝”の赤文字看板が見えて来る。
入口は丁度、右手にあるらしく、その場所に向かい、丁度1人が通れるくらいの柵で仕切られた通路を通り、入口へ。そこで入場券をチェックされ、中に入る。
入ったところは大きな駐車場になっており、乗合バス(混載エコバスと言うらしい)がここから出る。
今日はこの乗合バスで九寨溝内の観光を行なう。
乗車は右手奥の場所からなのか、そこを目指し、巴さんに付いて歩く。反対側には乗客を降ろしたコバルトブルーの車体にパンダの絵が描かれた乗合バスが止まっている。 -
そのバスは我々の前に来るのかと思ったが、そうではなく、別のグリーンのバスが多くの観光客を乗せ、九寨溝から下りて来て、乗客を降ろした後、我々の前に停車した。
その乗合バスに全員で乗り込む。結局、そのバスに乗り込だのは我々の団体だけで貸切の状態になった。
バスはこれから九寨溝内を上がる。
バスが動き出すと巴さんからこの九寨溝の簡単な説明が行なわれる。
九寨溝の名前は字の如く、“九”9つの、“寨”チベット族の村(中国語“寨”は村の意味)、“溝”谷間(峡谷)で、纏めると9つのチベット族の村のある谷間である。今はその内の3つの村しか残っていないと言う。
更にもう少しこの九寨溝の説明を付け加えると、九寨溝は大きく分けて3つの峡谷からなっている。
その3つが、“則渣洼溝”、“日則溝”、“樹正溝”である。
また、この3つの峡谷の中を5つのエリアに区分され、それぞれ“宝鏡崖景区”、“樹正溝景区”、“日則溝景区”、“則査窪溝景区”、“原始森林生態景区”と呼ばれている。この中に114の高山湖沼(中国では海子(ハイズー)と呼ばれる)、47の泉、17の滝、5つの湿地、11の急流が点在する。
中国古代の伝説によると、大昔、力持ちの男神ダガが、雲で宝鏡を磨き、愛する仙女に贈った。 -
ところが悪魔の悪戯で、宝鏡が仙女の手から落ち、割れてしまい、散らばった多くの破片が森の中で美しい湖沼となったと言う。
九寨溝は1992年12月に世界自然遺産に登録、更に1997年10月に国際生物圏保護区にも登録された中国の国家重点名勝区(5A景勝地)である。
今日はその観光の1日目で、3つの峡谷の一番手前の“樹正溝”の散策である。
元々この場所は森林伐採所で、人民政府の森林伐採人がこの場所の非常に素晴らしい景観を発見したのが、この九寨溝が世に知られる様になったきっかけであるそうだ。
そうなればチベット族の人々は九寨溝の様な景観は当たり前と考えていたのであろうか?
それを考えるとこの広大な中国国内には、まだこの様な素晴らしい景観が未だ発見されずにあるのではないか?
その様な事を考えていると、バスの車窓左手に大きな岩の山肌が見えて来た。この様な大きな岩の壁は日本では見た事がない。
巴さんの説明では何も無かったが、この岩の壁が“宝鏡岩”という九寨溝の最初の名勝である。
本当に名前の如く、大きな岩の鏡の様である。バスがかなりのスピードを出している事と道が小刻みにカーブしている為にバスの中から写真に撮る事は無理であった。
その内に左手は林に遮られ、道路脇に小川の流れが見えて来る。かなりの水量がある。
その小川を眺めていると、雨が降り出してきた。バスが進むに連れて激しさを増し、遂にはまたスコールの様な雨になった。残念である。
入口では晴れていたが、山の天気は判らないものである。雨が降りしきる中を更に少し走ると、左手は大きく開け、一面に葦が生い茂っている。その中に1本の川が見えて来る。
この川はコバルトブルーの川である。水は緩やかに流れている。残念な事に雨が激しい為にかなり景色が見にくい。この辺り一面が広大な湿地帯なのであろう?
それを見ていると巴さんが右手を見る様に言う。右手を見ると我々が進む谷間と交差する別の谷間の少し奥に家々が見えている。これが九寨溝に残る村のひとつである“荷葉寨”である。
この集落は谷間に沿ってかなり上の方まで家々が立ち並ぶ。その“荷葉寨”を横目に更にバスは上る。
暫く何も無かったが、またまた左手に今度は、小さな木々が川の中に根を下ろした光景が見えて来る。
これが、“盆景灘(ぼんけいたん)”である。
川の中の木々が盆栽の様に見える事からこの名前が付けられたそうだが、正にその通りの光景である。
この場所は川と言っても岩の表面を水が流れている感じである。その光景が終わると、また葦が増え、左手奥にその葦が池の周りに生えた“芦葦海(ろいかい)”が見える。
また、その直ぐ先には、比較的大きな湖(池)の“火花海(ひばなかい)”が見えて来る。
雨が降っているので、名前の由来の太陽光が湖面に反射してキラキラと火花が出ている様に見える様な光景は見る事が出来ない。
しかし、この湖は今日の散策ルートに入っているので後でゆっくりと見る事が出来るであろう、その時に期待しよう!
この辺りから左手に湖が幾つか見えて来るが、道路脇の木々が邪魔をして見えたり、見えなかったりを繰り返す。なお左手には、“双龍海(そうりゅうかい)”“臥龍海(がりゅうかい)”と続いている。
そしてバスの右手前方にタルチョが旗めく場所が見えて来、その右手奥には家々も見えて来た。
ここが今日の九寨溝散策のスタート地点の“樹正寨”の村である。 -
バスは村の少し手前のバス停留場所に停車する。
その前には見えていた大きなタルチョが何本も風に旗めいている。依然雨は激しく降っている。
この中を散策しなければならないとは最悪である。リュックの中から早々に傘を取り出し、バスを降りてそれを差す。この雨の中でも多くの人が未だ帰らずに散策をしている。 -
<樹正寨からの九寨溝散策のスタート!>
巴さんについて、我々も散策を開始する。バス道を横切り、木で出来た遊歩道の階段を下りる。
階段は上る人と下りる人で非常に混雑している。更に互いに傘を差している状態ですれ違うのも大変である。
やっとの事、階段を下りるとそこには、古めかしい小屋があり、その下を川が流れている。
ここで一旦、集合が掛かる。時刻は16時5分である。
この小屋は水車小屋で、実際に使用されていた小屋だと言う。今は観光客の休憩ホイントの様になっている。
その前には大きな金色のマニ車がある。この前でも多くの人が記念撮影を行っている。 -
全員が揃っているのを巴さんが確認し、いざここからが散策である。
まずは樹正群海の中を散策する。
木で出来た遊歩道が丁度、この樹正群海を横切る橋の様に対岸まで延びている。
その遊歩道の下を水が流れ、遊歩道の両サイドに樹正群海の木々が生い茂っている。
浅い川の中に林が出来ている感じで、この樹正群海の木々も然程大きな木々はない。
対岸に至ると今度は樹正群海を左手に見ながら、緩やかではあるが、山を下る感じである。 -
依然雨が降っているので写真を撮るのも大変である。樹正群海を左手に見ながら遊歩道を巴さんがどんどん進んで行く。もう少しゆっくりと歩いて貰わないと写真も撮れない。しかし、1本道であるので、こちらはこちらのペースで歩き、景色を堪能する事にした。
その内に樹正群海が終わり、遊歩道も木々が生い茂る木立の中を通る様になって来た。左手には樹正群海から続く、湖沼が見えているが、どの辺りなのかがはっきりしない。まだこの辺りは樹正群海の中である。
湖沼の中には木がそのままの形で水中に残っている。その木々に石灰が付着し、腐敗を防いでいるのである。
非常に神秘的な光景である。色も信じられない様なコバルトブルーである。
その色は光の強弱で微妙に変化している。 -
人間の目とは本当にすばらしく、写真ではこの時間毎に微妙に変わる色を撮る事不可能である。
この樹正群海のところで少し開けた場所に出たので、ここで冨田君と記念撮影などを行う。
しかし、同じ様な湖沼群が続くので、どこまでが樹正群海なのかも良く判らない。
そう思っていると遊歩道脇に案内板を見つけた。
丁度、この辺りから臥龍海である。
湖沼の水の色も大きく変ってきた。水深が少し深いのか、コバルトブルーが濃くなり、見た目は深緑色の様な色に見える。この辺りまで来た時に雨が小降りになって来た。もう直ぐ雨が止みそうである。 -
臥龍海とは龍が湖沼に伏せている様に見える事から付けられた名前であるが、丁度、光の加減か、あまりその様なものは湖沼には見えない。しかし、非常に水は透明度が高く、水没した木が鮮やかに見えている。
また、木の枝や幹には石灰が付着し、まるで石の様に見える。
遊歩道が再び徐々に木立の中に入ると、その木々の隙間から見える湖沼の色がまた光の変化で変わる。
木陰に入る方がより鮮やかなコバルトブルーの色に湖面が見える。
更に遊歩道を進むと、一旦湖沼群が見えなくなり、その変わりに遊歩道脇に小川の様に木々の間を流れる川が現れる。少し落差のある場所ではその小川が小さな滝状になり、綺麗である。
この辺りの木々の切れ間からもまだ臥龍海が見えている。
更に遊歩道を下る。もうすっかり雨は止んだ。少しの雨で助かった。再び、木立の中を当分の間歩く。この辺りの風景も非常に綺麗である。 -
丁度、日が差して来て、木漏れ日の中に木々が映える。すると木々の間から少し大きな湖沼が見えて来る。
これが、双龍海である。この湖沼は大きく、地図では火花海と隣接している。
双龍海と火花海は引っ付いているのではないのか? -
双龍海という名前から2匹の龍が隠れている様に見えるのであろうが、こちらからはその1匹の龍らしきものしか判らない。
しかし、この湖沼も非常に綺麗なコバルトブルーの湖面である。また、岸辺近くには多くの水没した木々が見える。
もうこの辺りまでかなりの距離を歩いている。時刻は16時40分頃である。
再び、木立の中に入り、小川が木立の中一杯に広がる形で流れている。
その木立を抜けると、今度は一面に葦の生える場所が現れる。この辺りから芦葦海である。
比較的流れが緩やかな川幅の広い場所で、その大部分が葦で覆われている。遊歩道近くの川には多くの木が水没し、その廻りには多くの水草が生えている。
水草が流れに靡くのも、水の透明度が高いので非常に綺麗である。ここのコバルトブルーは少し淡い感じで、また綺麗である。この辺りまで来ると遊歩道も平坦になり、非常に歩き易い。 -
葦の草原を横に見ながら進むと、丁度、この葦の川が細くなったところに遊歩道の橋が架かっている。
その場所で少し休憩を取る事になり、記念撮影会が始まる。我々も巴さんにお願いし、この川をバックに写真を撮って貰う。聞くと、巴さんはプロの写真家だと言う。 -
もう空も晴れ渡り、周りの山々が綺麗に見える。すると、上流の方から川面付近に靄が立ち、それが徐々に広がって行く光景に出くわす。どの様な条件が整うとこの様な現象が起きるのかは判らないが、徐々に我々の橋に向かい、川面の靄が広がってくる。非常に幻想的な景色である。
この橋からバスの道路に出て、ここで乗合バスを捕まえる様である。少しするとバスが下りて来た。
巴さんが手を挙げ、合図を送るもバスに無視され、止まる事なく行ってしまった。
どうもバスが満員だったのか、それともノンストップで入口まで戻るバスだったのか、どちらかである。
続けて、またバスがやって来た。今度のバスは巴さんの合図に止まり、我々を乗せてくれた。
全員で乗り込み、次の盆景灘に行くのであろうと思っていたら、バスは盆景灘では止まらない。
巴さんに盆景灘には行かないのかと聞くと、明日に行くとの事で、今日は予定も遅れたので観光はここまでか?と思っていたら、巴さんがバスを止め、我々に降りる様に言う。 -
バスを降りた場所の前には、石の案内板があり、“色獏女神像”と書かれている。眼前には葦の草原が広がっている。
ここから右手の山の斜面下に見える岩場部分が女神に見える事からその岩場に付けられた名前だと巴さんが説明するが、巴さんもどこがどう女神に見えるのか判らないらしい。我々が見ても女神には見えない。
ここで暫く時間を潰し、再び乗合バスが来るのを待つ。
バスは頻繁に走っているので直ぐに乗れたが、さすがに帰る時期帯なのか、巴さんが手を挙げても素通りするバスが数台あった。どれも満員状態のバスである。何台目かのバスが止まってくれ、満員のバスに乗り込む。バスにも乗れ、これで入口を目指すだけである。暫くすると、宝鏡岩が右手に見えて来る。 -
この前を過ぎると、もう入口前の駐車場である。時刻は17時40分。
入場したところとは反対側から入口を出る。まだ、入口前の公園部分には多くの観光客が屯している。
我々は入口脇に建つ建物横を通り、再び入場手続きを待っていた辺りで再び集合する。ここでトイレ休憩を取る事になった。10分程休憩し、我々のバスが止まる大型バス駐車場を目指す。
行きに中国の名勝地のランクを表す石碑が見つけられなかったが、帰りの際にその石碑を見つけ、写真に撮る。確かに5Aである。
これで5月連休に行った、玉龍雪山風景区、石林風景区に次いで3つ目の5A名勝地である。 -
そこから道路沿いの歩道を大型バス駐車場へ向けて歩くも、途中で公安警察官により、歩道から橋を渡り、土産物屋が並ぶ通りに入る様に指示される。
巴さんが何か文句を言っている様であったが、その区画の歩道は通行止めになっていた。
仕方なく、観光客で賑わう土産物屋が並ぶ通りに入る。土産物屋が並ぶアーケードの手前で屋台店が出ている。大きな鉄板で何かを焼いている。丸いパンの様なものである。
巴さんに聞くとチベット族の主食で、はだか麦を粉に挽き、練ったものを焼いているとの事で、インドのナンの様なものである。焼く事で少し膨らんでいる。
そして土産物屋の並ぶアーケードの中に入る。土産といっても九寨溝に関するものは殆どなく、主にチベット族に関するものが多く、織物やマニ車の模型、宝石類の彫刻品などが多い。
また、さすがに四川省である、パンダグッズも多い。
九寨溝の入口付近で小学校低学年くらいの子供が付けていたパンダ帽子とパンダの手袋なども至るところに置いてある。
また、Tシャツなども種類豊富である。これらを見ながら、このアーケード内を進む。
しかし、誰もまだ観光初日でもある為か、土産物を買う人はいない。
100m程のこのアーケードを抜けると、大型バス駐車場である。巴さんが我々の乗るバスを探す。
少しバスを探すのに時間を要したが、無事バスを発見し、みんなで乗り込む。そして今日の夕食場所のシェラトン九寨溝ホテルを目指す。時刻は18時5分になっている。 -
<シェラトン九寨溝ホテルでの夕食:キノコ鍋>
バスは再び九寨溝の入口方面に走り、入口前を過ぎ、更に走る。
バスで走る事5分程でシェラトン九寨溝ホテルの玄関に到着した。
玄関前にはチベット民族衣装を着た楽隊が並び、我々を出迎えてくれる。
我々がバスから降りると演奏を開始してくれた。この歓迎の演奏をホテルの入口で聞き、終わるとみんなでホテル内に移動する。 -
楽隊はどうするのかと見ていると我々がホテル内に入るとさっさと片付け、どこかに消えてしまった。
我々だけの為に出迎えてくれたのである。
巴さんにロビーで少し待つ様に言われる。すると、このホテルにあるマッサージ施設からチラシが配られた。
日本語で書かれたもので、足底マッサージもある。
それを見ていると、巴さんが戻り、みんなに付いて来る様に言われ、ロビーからフロント右手の通路奥にあるレストランに移動する。
このレストランが今日の夕食場所の“珍珠廳”である。時刻は18時25分である。 -
料理はキノコ鍋である。キノコ鍋の具は以下の通りである。
<8月8日(日)夕食:シャラトン九寨溝ホテル“珍珠廳”>
①キノコ鍋料理(以下は具材)
(1)舞茸Ⅰ/(2)舞茸Ⅱ/(3)しめじ/(4)大根/(5)白菜/(6)冬瓜
(7)豆腐/(8)春雨/(9)椎茸/(10)衣笠茸Ⅰ/(11)衣笠茸Ⅱ(煮込み処理)
(12)松茸Ⅰ/(13)松茸Ⅱ/(14)牛肉/(15)羊肉/(16)木耳/(17)麺
一品料理
②白菜キムチ
③メンマ
④キュウリの漬物
⑤焼豚
⑥草魚のかば焼き風
⑦烤鳥肉
⑧フルーツ(りんご/ネーブル/すいか/メロン)
鍋が1人に1つ用意されている。自分のペースで具を鍋に入れられるので非常に食べ易い。 -
また、少し薬膳風ではあるが、非常に美味しい。
非常に茸の種類が多く、何の茸なのか判りにくかったが、意外にポピュラーなものであった。
変わったものでは衣笠茸くらいか?この衣笠茸は日本ではあまり見ない。
しかし、5月連休の雲南旅行で、この衣笠茸は数回食べた。
食事の途中で隣の席に座っていた中年女性の2人組の人に、私が食事内容のメモを取っているのを見つけられ、何の為にメモを取っているのか?と質問された。
私が海外の世界遺産に行くと旅行記を書いている事を話すと興味津々の様で、色々と聞いて来られた。
この様な会話をしながら、楽しく食事を行い、結構長い間食事に時間を費やした。
結局、食事を終えたのは19時35分であった。 -
<我々の宿泊ホテル:新九寨溝賓館のチェックインと足底マッサージ>
先程の足底マッサージについて、巴さんから我々の宿泊するホテルでは出来ない事を聞き、また巴さんもここの施設を推奨するので、冨田君と相談し、ここで足底マッサージを予約しておく事にした。
我々は一旦宿泊する新九寨溝賓館に行き、チェックインを行い、再度シェラトン九寨溝ホテルに戻り、マッサージを受ける事になった。
すべて巴さんが送り迎えを行ってくれると言う。
まずはシェラトン九寨溝ホテルに泊まられる12人のチェックインが終わるのをロビーのソファで待つ。
それが終わり、我々7人はバスに再び乗り込み、宿泊ホテルの新九寨溝賓館に向かう。
九寨溝の入口を間に丁度反対方向にホテルはある。シェラトン九寨溝ホテルから約20分で新九寨溝賓館に到着。時刻は20時。巴さんにパスポートを渡し、チェックインをお願いする。
我々は暫らくホテルロビーで待つ。このホテルも決して悪くない。
意外にチェックインに手間取っている。
やっとチェックインが終わり、巴さんが各人にルームキーと朝食券を配る。朝食券は2日分が各人に渡される。これを1階奥のレストランで出す様に言われる。
明日の集合時間が巴さんより、8時と告げられる。巴さんにはロビーで待って貰い、我々は部屋に行き、荷物を置いて来る事にする。
部屋は4階の1445室である。エレベーターで4階に上がり、廊下を歩く。
廊下の照明はセンサー反応の物で、我々が歩くと照明が点いて行く。それにしても迷路の様な廊下である。
部屋に到着し、部屋に荷物を入れ、再び1階ロビーにエレベーターで下りる。
巴さんと合流し、もう1人の多根井君が下りて来るのを待つ。このホテルからマッサージに行くのは3人である。程なく、多根井君も合流し、巴さんと共にタクシーでシェラトン九寨溝ホテルに向かう。時刻は20時30分。
途中で明日の夜に何か他のオプショナルがないのか、巴さんに聞くと民族舞踊歌謡ショーが、これから行くシェラトン九寨溝ホテル内にある劇場で行われていると言う。 -
それは良い!是非、見に行きたい旨を言うと明日の昼頃には確認を行うと言う。
その様な話をしているとシェラトン九寨溝ホテルに到着した。時刻は既に20時50分である。
これからマッサージが直ぐに出来るのであろうか?マッサージの店はホテルの地下にある。
巴さんと共に地下に下り、店のカウンターで話をして貰うと直ぐに出来る様だ。巴さんは1階で終わるのを待っていてくれると言う。
巴さんと別れ、冨田君、多根井君と店員に案内され、奥の部屋に行く。
案内された部屋は壁沿いに椅子が置かれ、非常にゆったりと中央部分が空けられた部屋である。
入口脇の壁際のソファ椅子に冨田君と並んで座り、多根井君は我々と向き合う形で反対側の壁際のソファ椅子に座る。
マッサージをしてくれるのは若い女の子達である。みんな民族衣装を着ている。
しかし、衣装が2種類ある。我々についてくれた女の子が着ている淡いクリーム色を基調とした服の子と濃紺を基調とした服を着た子がいる。
まず、最初に私のところに女の子が足湯用のお湯を運んで来た。足を付けると少し熱いが私は問題なく、女の子にOKを出す。
しかし、次にお湯を持って来られた多根井君と冨田君は熱かったらしく、水でお湯を薄めていた。
その後、各自の前に女の子が座り、お湯に何かを溶かし込んでいる。何か薬草成分なのか?
それを溶かし、暫らくの間、女の子がふくらはぎ部分まで手でお湯を掛けてくれた。
そして、ふくらはぎなどのマッサージを行ってくれた。そのマッサージを行いながら、片言の日本語で飲物を進められる。10元(約140円)と高くもなく、熱心に進めるので注文をする事にした。
飲物は烏龍茶を注文する。直ぐに脇のテーブルに茶葉の入った耐熱グラスが置かれる。 -
まだ茶葉は上部に浮いた状態である。それを飲もうとすると女の子に制止される。どうも茶葉が沈降するまで待つ様に言っている。丁度、茶葉が沈降する頃が飲み頃なのであろう。
15分程足湯に浸かっていたが、足湯はこれで終了し、足を拭き、今度はクリームを付け、片足をタオルで巻き、もう一方の足のマッサージが開始された。
少しマッサージをした後、何やら小さな瓶に入った物を出して来て、また片言の日本語で、これが薬酒である事を説明する。また、これを使ってマッサージを行っても良いかと聞いている。
いくら掛かるのかを聞くと、プラス20元(約280円)と言うので使用しても良いとOKを出す。
それを足の甲やふくらはぎなどの膝から下の大部分に塗り付けていた。紹興酒の様な匂いが香る。
アルコール分が多いのか、ひんやりとする。
その薬酒でマッサージを行って貰っていると、冨田君を担当している女の子は日本語が達者なのか、冨田君が、彼女達が着ている服装がチャン(姜)族の衣装である事を聞いた。
それならもうひとつの民族衣装はチベット(西蔵)族の衣装であろう。
この子達はチャン族なのである。チャン族と聞いて私が思い出すのは封神演戯などの太公望呂尚である。
その後も足のマッサージを行いながら、片言の日本語で話しかけて来るが半分くらいしか判らない。
良く判るのは、“だいじょうぶ?”“痛い?”くらいである。
まぁ、それが判ればマッサージをして貰う分には支障がない。
足だけでたっぷり1時間を行って貰い、最後に“サービス”との事で、薄い白の靴下を履かせてくれる。
そして足を置いていた台に座らせ、今度は肩を揉んでくれる。小さな体なのになかなか力強く揉んでくれた。
ついでに頭や目の周りもマッサージをしてくれた。
丁度、肩のマッサージを始めた頃に部屋の一方の壁際に置かれた大型テレビではBS NHKの23時(中国時間では22時)のニュースが始まっている。そして22時15分頃にマッサージが終了した。
3人で少しずつ終了時間は違ったが、3人が終了していっしょにマッサージ店のフロントに向かう。
今回のマッサージの料金は、マッサージ料が260元(約3700円)、お茶代が10元(約140円)、薬酒代が20元(約280円)の合計、290元(約4120円)である。
各自それを支払い、1階のロビーに上がる。
ロビーのソファでは巴さんが自前のパソコンでインターネットを行なっていた。
我々を見て、それを止め、ホテルのフロントに向かい、タクシーの準備をして貰う。
我々3人が後部席に、巴さんが助手席に乗り込み、タクシーがシェラトン九寨溝ホテル前を出発する。
もう時刻は22時を廻っているが、こんな山奥の道でも意外に交通量は多い。
殆どがこの辺りに宿泊している観光客とは思うが?約15分で新九寨溝賓館に到着した。
巴さんが態々ホテルのロビーまで送ってくれ、そこで礼を言い、別れる。
巴さんは再びタクシーでシェラトン九寨溝ホテルに戻るのである。
<ホテル売店での土産物見学と就寝までの時間>
我々3人はそのまま部屋には戻らず、ホテルの1階にある土産物屋を覗く事にした。3人で店に行く。
小さな店ではあるが、四川省の有名な物産品は大概の物は置いてある。
また、パンダグッズも充実している。多根井君は友達から三国志の蜀の国の武将の“姜維”に関するグッズを購入して来てほしいと言われているそうで、私に聞いて来る。
多根井君は然程三国志に詳しくないので、“姜維”の事も詳しくは知らないそうだ。
しかし、その友達もマニアックである。確かに三国志ファンの中には“姜維”ファンも多いが、それはあくまでも日本での事で、中国でどれ程“姜維”が、人気があるのかは判らない。
ましてやそのグッズを製作し、販売して売れるとは思い難い。関羽や諸葛亮に関する物ならいざ知らず。
店員に聞いても“姜維”の事すら判らない様子である。
それでもいっしょに“姜維”に関するものを探していたら、何と京劇の面の図柄が並んだ扇子に京劇の“姜維”の面の図柄が乗っている。探せばある物である。
しかし、多くの京劇面の中の1つとして描かれているだけなので、土産物としては興味がなさそうである。
散々探したが、それくらいしか無かった。
結局、誰もお土産は買わず、飲物としてレモンティーだけを10元(約140円)で購入し、店を出て、部屋に戻る。部屋には22時50分になっていた。
今日も非常に長い1日になった。朝4時に起床して、もう19時間近く経っている。
早々に冨田君がシャワーを浴び、私も冨田君が終わると続けてシャワーを浴びた。
それでも時刻は既に23時30分過ぎである。
ここから私は頭が自然に乾くまで今日の行動などをメモに纏める。
寝たのは今日も日付が変わった0時30分頃となった。明日(と言っても既に今日であるが)は少しゆっくりで、起床は6時にしている。
明日は1日中九寨溝の観光である。
今回はここまで! 明日は九塞溝観光2日目。
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