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週末プチ一人旅シリーズ、滋賀県にある小谷城と賤ケ岳に行ってきました。個人的には二週間前の近江八幡・安土、6月の長浜と合わせて、勝手に2019年滋賀三部作と思っています。

小谷城と賤ケ岳

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2019/09/14 - 2019/09/15

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Miyatan

Miyatanさん

週末プチ一人旅シリーズ、滋賀県にある小谷城と賤ケ岳に行ってきました。個人的には二週間前の近江八幡・安土、6月の長浜と合わせて、勝手に2019年滋賀三部作と思っています。

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  •  18きっぷシーズンも終わったので、今回は北陸おでかけパス、電車乗り継いで8時半頃に滋賀県の河毛駅に到着。ちなみに長浜駅より北、福井県境まで今では長浜市になっています。駅自体は無人駅ですが、駅に隣接してコミュニティハウスがあって、そこで観光案内もしていて、レンタサイクルも借りれます。

     18きっぷシーズンも終わったので、今回は北陸おでかけパス、電車乗り継いで8時半頃に滋賀県の河毛駅に到着。ちなみに長浜駅より北、福井県境まで今では長浜市になっています。駅自体は無人駅ですが、駅に隣接してコミュニティハウスがあって、そこで観光案内もしていて、レンタサイクルも借りれます。

    河毛駅

  • 小谷城の最寄り駅もあり、駅前には浅井長政とお市の方の像が。

    小谷城の最寄り駅もあり、駅前には浅井長政とお市の方の像が。

    河毛駅

  • そして駅入口には、浅井三姉妹のイラストが。

    そして駅入口には、浅井三姉妹のイラストが。

    河毛駅

  •  自転車を10分ほど走らせて、まずは小谷城戦国歴史資料館でまずは予習。ちなみに内部は撮影禁止。小谷城や浅井氏の歴史、浅井三姉妹の事が書かれていた。

     自転車を10分ほど走らせて、まずは小谷城戦国歴史資料館でまずは予習。ちなみに内部は撮影禁止。小谷城や浅井氏の歴史、浅井三姉妹の事が書かれていた。

    小谷城戦国歴史資料館 美術館・博物館

  •  10時のシャトルバスで小谷城へ。

     10時のシャトルバスで小谷城へ。

  • ガイドさんがついて、城跡について色々と解説してくれた。遺構はそこまで残っているわけではないが、浅井長政は結構人気があるみたいで、史跡は整備され色々と研究されている。

    ガイドさんがついて、城跡について色々と解説してくれた。遺構はそこまで残っているわけではないが、浅井長政は結構人気があるみたいで、史跡は整備され色々と研究されている。

    小谷城跡 名所・史跡

  • 2011年の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が放映されていたころは、観光客でごった返していたらしいです。今はそこまでではないです。

    2011年の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が放映されていたころは、観光客でごった返していたらしいです。今はそこまでではないです。

    小谷城跡 名所・史跡

  •  とりあえず、日本5大山城のうちの四つ目まで訪問できたので、あとは島根県にある尼子氏の月山富田城だけです。

     とりあえず、日本5大山城のうちの四つ目まで訪問できたので、あとは島根県にある尼子氏の月山富田城だけです。

    小谷城跡 名所・史跡

  • 小谷城本丸跡

    小谷城本丸跡

    小谷城跡 名所・史跡

  • 赤尾屋敷跡、浅井長政自刃して最期を遂げた場所です。<br /><br /> 一応解説すると、浅井長政は北近江の戦国大名で、織田信長が妹のお市を嫁がせ、織田家と同盟を結んでいた。一方で浅井氏は越前の朝倉義景とも同盟を結んでいた。浅井長政としては朝倉家と織田家は仲良くしてほしかったが、一方で信長と朝倉氏は犬猿の仲。信長が朝倉氏を攻撃すると、浅井氏は朝倉氏との同盟を重視し織田氏との同盟を破棄し、信長軍を挟み撃ちにし、信長軍は命からがら逃げかえる。その後姉川の合戦で信長は朝倉・浅井連合軍の勝利し、そのまま越前・一乗谷の朝倉氏を滅ぼす。その後小谷城を攻撃し、浅井長政は自害、奥方のお市の方と三人の娘は城から脱出して織田家の保護を受ける。お市の方は織田家家老の柴田勝家と再婚。本能寺の変で信長が討たれると、織田家の後継者争いで羽柴秀吉と柴田勝家が対立。賤ケ岳の合戦で秀吉が勝家に勝利し、そのまま勝家の本拠地である越前北庄城を攻撃、勝家とお市の方は自害し、三人の娘は秀吉に保護される。長女の茶々は秀吉に嫁ぎ(後の淀君)秀頼を生み、次女の初は京極氏に嫁ぎ、三女の江は最終的に二代将軍徳川秀忠に嫁ぎ、三代将軍徳川家光の母となる。その後家康は大坂冬の陣、夏の陣で大坂城を攻撃し、淀君と秀頼を自害に追い込む。言ってみれば、初と江からみれば、信長が父の仇、秀吉が母(及び義父)の仇、家康が姉の仇になるという複雑な家系。ちなみに秀忠~家光の家系は途中で後継ぎがいなくなった(それゆえに八代将軍吉宗が紀州から迎え入れらえる)のですが、お江の娘の血を引く九条家という公家が、大正天皇の奥さんなので、昭和天皇以降の直系の皇室は浅井長政と徳川家康の血を引くことになるみたいです。それを考えると歴史って不思議。最後はちょっとした豆知識でした。

    赤尾屋敷跡、浅井長政自刃して最期を遂げた場所です。

     一応解説すると、浅井長政は北近江の戦国大名で、織田信長が妹のお市を嫁がせ、織田家と同盟を結んでいた。一方で浅井氏は越前の朝倉義景とも同盟を結んでいた。浅井長政としては朝倉家と織田家は仲良くしてほしかったが、一方で信長と朝倉氏は犬猿の仲。信長が朝倉氏を攻撃すると、浅井氏は朝倉氏との同盟を重視し織田氏との同盟を破棄し、信長軍を挟み撃ちにし、信長軍は命からがら逃げかえる。その後姉川の合戦で信長は朝倉・浅井連合軍の勝利し、そのまま越前・一乗谷の朝倉氏を滅ぼす。その後小谷城を攻撃し、浅井長政は自害、奥方のお市の方と三人の娘は城から脱出して織田家の保護を受ける。お市の方は織田家家老の柴田勝家と再婚。本能寺の変で信長が討たれると、織田家の後継者争いで羽柴秀吉と柴田勝家が対立。賤ケ岳の合戦で秀吉が勝家に勝利し、そのまま勝家の本拠地である越前北庄城を攻撃、勝家とお市の方は自害し、三人の娘は秀吉に保護される。長女の茶々は秀吉に嫁ぎ(後の淀君)秀頼を生み、次女の初は京極氏に嫁ぎ、三女の江は最終的に二代将軍徳川秀忠に嫁ぎ、三代将軍徳川家光の母となる。その後家康は大坂冬の陣、夏の陣で大坂城を攻撃し、淀君と秀頼を自害に追い込む。言ってみれば、初と江からみれば、信長が父の仇、秀吉が母(及び義父)の仇、家康が姉の仇になるという複雑な家系。ちなみに秀忠~家光の家系は途中で後継ぎがいなくなった(それゆえに八代将軍吉宗が紀州から迎え入れらえる)のですが、お江の娘の血を引く九条家という公家が、大正天皇の奥さんなので、昭和天皇以降の直系の皇室は浅井長政と徳川家康の血を引くことになるみたいです。それを考えると歴史って不思議。最後はちょっとした豆知識でした。

    小谷城跡 名所・史跡

  •  その後、小谷城近くにある須賀谷温泉に行き、日帰り入浴へ。赤茶色のお湯でいい湯でした、でも解説よく見ると源泉20℃らしい。加温しているはず、一応法律上は温泉になるそうです。

     その後、小谷城近くにある須賀谷温泉に行き、日帰り入浴へ。赤茶色のお湯でいい湯でした、でも解説よく見ると源泉20℃らしい。加温しているはず、一応法律上は温泉になるそうです。

    須賀谷温泉 温泉

  •  その後北陸線で木ノ本駅に移動。ここは一応有人駅。長浜と敦賀の間では多分一番大きな町で、北陸自動車道のインターもあり、北國街道の旧宿場町でもある。街並みがとてもレトロ。

     その後北陸線で木ノ本駅に移動。ここは一応有人駅。長浜と敦賀の間では多分一番大きな町で、北陸自動車道のインターもあり、北國街道の旧宿場町でもある。街並みがとてもレトロ。

    木ノ本駅

  •  駅近くにある「つるやパン本店」へ。有名店で、県外ナンバーの車も大量にパンを買いに来ていた。ただ本店の前は狭いながらも国道で交通量が多くて、目の前に駐車するとかなり邪魔かも、少し離れたパン工場近くに駐車場あるみたいです。昔懐かしのパン屋という感じで、サラダパンで有名。

     駅近くにある「つるやパン本店」へ。有名店で、県外ナンバーの車も大量にパンを買いに来ていた。ただ本店の前は狭いながらも国道で交通量が多くて、目の前に駐車するとかなり邪魔かも、少し離れたパン工場近くに駐車場あるみたいです。昔懐かしのパン屋という感じで、サラダパンで有名。

    つるやパン 木之本本店 グルメ・レストラン

  •  コッペパンにマヨネーズを塗り、刻んだ沢庵を挟むという、、、何とも不思議な食感、、、でも意外とおいしかったです。でも多分、北陸自動車道のサービスエリアや、平和堂(滋賀県が誇る大手スーパー、ちなみに福井県にも数店舗あります)でも買えたような。 <br /><br /> ちなみサンドウィッチは、パンにマーガリンと魚肉ソーセージがはさんであります。

     コッペパンにマヨネーズを塗り、刻んだ沢庵を挟むという、、、何とも不思議な食感、、、でも意外とおいしかったです。でも多分、北陸自動車道のサービスエリアや、平和堂(滋賀県が誇る大手スーパー、ちなみに福井県にも数店舗あります)でも買えたような。

     ちなみサンドウィッチは、パンにマーガリンと魚肉ソーセージがはさんであります。

    つるやパン 木之本本店 グルメ・レストラン

  • つるやパンの向かいには、木之本宿本陣が。

    つるやパンの向かいには、木之本宿本陣が。

    木之本宿 名所・史跡

  • 北國街道宿場町のレトロな街並みが残っていて素敵です。ちなみに結構交通量多いのでご注意を。

    北國街道宿場町のレトロな街並みが残っていて素敵です。ちなみに結構交通量多いのでご注意を。

    木之本宿 名所・史跡

  •  すぐ近くにある木之本地蔵院へ。目の神様らしいです、参拝客結構多かったです。

     すぐ近くにある木之本地蔵院へ。目の神様らしいです、参拝客結構多かったです。

    木之本地蔵院 寺・神社

  • 古くなった眼鏡を納めています。

    古くなった眼鏡を納めています。

    木之本地蔵院 寺・神社

  •  その後線路の反対側(琵琶湖がある方向)に渡り、賤ケ岳へ。ひたすら国道8号線を歩き、木之本インターを越えてもさらに歩いて30分位でリフト乗り場に着きます。バスもあるけど二時間に一本くらい。改めて考えるとレンタサイクルが賢いかも、交通量多いので要注意ですが。ちなみにJRの駅は木ノ本ですが、地名は木之本町だったりします、今では長浜市の一部ですが。

     その後線路の反対側(琵琶湖がある方向)に渡り、賤ケ岳へ。ひたすら国道8号線を歩き、木之本インターを越えてもさらに歩いて30分位でリフト乗り場に着きます。バスもあるけど二時間に一本くらい。改めて考えるとレンタサイクルが賢いかも、交通量多いので要注意ですが。ちなみにJRの駅は木ノ本ですが、地名は木之本町だったりします、今では長浜市の一部ですが。

  • 織田信長の後継者争いである羽柴秀吉と柴田勝家の争い「賤ケ岳の合戦」の舞台。このとき秀吉方で活躍した賤ケ岳の七本槍は有名です、熊本城を作った加藤清正や、広島城を作った福島正則、など。なので加藤清正は熊本の、福島正則は広島の町の基礎を築いたともいえます。

    織田信長の後継者争いである羽柴秀吉と柴田勝家の争い「賤ケ岳の合戦」の舞台。このとき秀吉方で活躍した賤ケ岳の七本槍は有名です、熊本城を作った加藤清正や、広島城を作った福島正則、など。なので加藤清正は熊本の、福島正則は広島の町の基礎を築いたともいえます。

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • 最近復活した賤ケ岳リフト。

    最近復活した賤ケ岳リフト。

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  •  リフトでのぼり、200mほど歩いて賤ケ岳の頂上へ。

     リフトでのぼり、200mほど歩いて賤ケ岳の頂上へ。

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • 賤ケ岳古戦場は今ではすっかりのどかで、琵琶湖や、余呉湖が一望できます。ちなみに琵琶湖と余呉湖は近くにあるのですが、つながっていません、まったく別の湖です。余呉湖の方が標高が45mほど高いみたいです。

    賤ケ岳古戦場は今ではすっかりのどかで、琵琶湖や、余呉湖が一望できます。ちなみに琵琶湖と余呉湖は近くにあるのですが、つながっていません、まったく別の湖です。余呉湖の方が標高が45mほど高いみたいです。

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • (記念の一枚)

    (記念の一枚)

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • (賤ケ岳山頂から琵琶湖を眺める)

    (賤ケ岳山頂から琵琶湖を眺める)

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • (賤ケ岳山頂から木之本市街地を眺める)

    (賤ケ岳山頂から木之本市街地を眺める)

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • (賤ケ岳山頂から余呉湖を眺める)

    (賤ケ岳山頂から余呉湖を眺める)

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • 賤ケ岳合戦図、ボランティアのおじさんが色々と解説してくれました。

    賤ケ岳合戦図、ボランティアのおじさんが色々と解説してくれました。

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  • リフトは下りの方が景色いいです。

    リフトは下りの方が景色いいです。

    賤ケ岳古戦場 名所・史跡

  •  翌日、福井駅近くにある北庄城跡にも寄ってみました。柴田神社という神社があり、柴田勝家を祀っていて、勝家公と、お市の方、浅井三姉妹の像があります。あと、画家の平山郁夫は、柴田勝家の子孫らしいです。北庄城と福井城は微妙に離れているのですが、結局柴田勝家が北庄城を越前の中心として築いたことが、福井の町の基礎を築いたとも言えます。そして朝倉氏の一乗谷は埋もれていく、と。 <br /> とまあ、戦国マニア的な話でした。

     翌日、福井駅近くにある北庄城跡にも寄ってみました。柴田神社という神社があり、柴田勝家を祀っていて、勝家公と、お市の方、浅井三姉妹の像があります。あと、画家の平山郁夫は、柴田勝家の子孫らしいです。北庄城と福井城は微妙に離れているのですが、結局柴田勝家が北庄城を越前の中心として築いたことが、福井の町の基礎を築いたとも言えます。そして朝倉氏の一乗谷は埋もれていく、と。
     とまあ、戦国マニア的な話でした。

    柴田神社 寺・神社

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