2019/08/17 - 2019/08/17
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たびたびさん
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今日一番のお楽しみは、夏油温泉の鬼剣舞かがり火公演なんですが、それは夜なので、まずは水沢市街の散策をします。一度、水沢は訪ねたことがありましたが、小さな町かと思ったら意外にあれこれあって、中途半端に終わっていたんですよね。いつかまた訪ねる必要があると思っていたので、今回がいい機会になりました。
ちなみに、旧水沢市は、江刺市、前沢町、胆沢町、衣川村と合併。奥州市となったことで、焦点がぼけた感じもしなくはないんですが。。奥州市全体としての歴史や観光なら、「えさし藤原の郷」があったり、藤原清衡の生誕地でもある江刺の方に目が向くでしょう。それに加えて、胆沢はアテルイに勝利した坂上田村麻呂が築いた胆沢城だし、衣川は、みちのくの雄、安倍氏が拠点を構えた地として有名。平泉のもうひと時代前の古代のロマンがムンムンしていて、強烈な魅力があります。そういうことで、私も前回は、そっち方面が中心の探訪になりました。
https://4travel.jp/travelogue/11187139
これに対して、水沢は「みちのくの小京都」と称される城下町。水沢城を居城とした留守氏(水沢伊達氏)1万6千石の城下町です。留守氏は、仙台藩伊達家の一門。一国一城制により、水沢城は城ではなくなりましたが、いすれにしても、明治維新に至るまで留守氏の統治が続いています。そうした落ち着いた街だったこともあってでしょうか。高野長英・後藤新平・斎藤實という水沢三偉人も生んでいて、改めて考えてみると意外に全国区。東北でも異彩を放っているように感じました。一見地味だけど、丁寧にみていくと味わい深い。渋い水沢をお伝えできればと思います。
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東京から水沢駅へは、新幹線の一ノ関駅で乗り換えです。
アップル・ハウスは、一ノ関駅から歩いて5分の街中パン屋さん。朝早くから開いているので、ここで朝飯用のパンを購入。一ノ関にあってはありがたい存在です。 -
小さなお店ですが、奥の方では何人かのおばちゃんが忙しそうに働いていて、けっこう活気も感じました。
途中下車の時間では、一ノ関はこれで限界。
すぐに、水沢駅に向かいます。 -
水沢公園は、水沢駅から歩いて10分ほど。園内には陸上競技場や野球場があって、規模は意外に大きいです。
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しかし、それがあるために、池のある日本庭園のような場所や桜のエリアもありますが、いわゆる憩いの場所は限られる感じ。
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イチオシ
夏だったからかもしれませんが、整備もちょっと雑な感じかなと思いました。
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で、ここの見どころは、公園の一角にある高野長英記念館。
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この記念館は、幕末の先覚者、高野長英の偉業を顕彰する記念館。
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ちなみに、高野長英は、シーボルトとの師弟関係もあった蘭方医。「戊戌夢物語」を著し、幕府の異国船打払令を批判。蛮社の獄で捕らえられるも脱獄。全国あちこちに逃れたということが強烈な印象です。
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ただ、著述や医療の道具類などの展示品を見ると、蘭方医としての活動があくまで主体。医者としての真摯な取組が強く感じられました。
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幕府への批判は、医学を学ぶ中で知り得た情報から波及したもの。
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そこの部分を拡大して、先駆者と祭り上げるのはちょっと行き過ぎた解釈のような気もしました。渡辺崋山もしかりかな。
つまり、モリソン号事件に触発されて蛮社の獄で鎖国政策に反対する人間を厳しく取り締まった幕府も、アヘン戦争を経験した清で出版された「海国図志」等から西洋の実力を知り、鎖国の限界を悟る。この辺りは単純に時間の問題だったような気もします。 -
それに対して、幕末の思想家として知られる佐久間象山・横井小楠・橋本左内・吉田松陰らは、あるべき日本の在り方を考える。科学や軍事技術の習得から社会体制まで。その視線は、まったく違っていたように思います。
そして、佐久間象山のように科学技術を重視した一方で、後者の3人は社会体制により目を向ける。横井小楠・橋本左内は、幕府も外様もないみたいなことをしきりに説くのですが、やはり、草莽崛起論といった幕藩体制の否定をしなければ西洋には追いつけないと論じた吉田松陰こそが慧眼。最も西洋の本質を見抜いていたのではないか。私は、そう考えています。 -
続いて、公園の奥にある駒形神社へ。
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こちらは、雄略天皇の御代(456年頃)、籠神社(京都府宮津市)から宇賀御魂大神を勧請したとか。景行天皇の御代に、日本武尊が東征に際し、蝦夷平定のために創建したとかと。いずれにしても、かなり古い歴史を持った神社。
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境内は清々しくて、落ち着いた雰囲気がやっぱりあるなと思います。
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市街の方に戻って。
まちの駅水沢は、駐車場も広いし、建物も立派。 -
産直や地元の名産品のお土産などの販売も充実していて、道の駅にほぼ近い感じです。ほか観光案内みたいなところもありますが、水沢駅からも離れているし、観光客への認知度はイマイチなのかなあ。正直、お客さんはまばらです。
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で、目についたのは、岩手のお土産の定番の一つ、南部せんべい。いろんなメーカーがしのぎを削っていますが、水沢のまちの駅でのイチオシは羽沢製菓の南部せんべい。しっかり丁寧な包装がいい感じ。
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この後、カボチャの南部せんべいを小腹がすいた時に少しづついただきました。小さいサイズに見えましたが、食べるとやっぱり南部せんべい特有のボリューム感があるのがいいところです。
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ここから市内の名物パン屋さんを二軒。
こがねパンは、水沢駅からだと少し歩いた国道沿い。観光客には少し縁遠い場所かもしれません。 -
しかし、ここのパンは地元では大人気。ピロシキとかカレーパンとか、揚げパン系のパンが特にお勧め。ふわふわの生地に豊かな味わいがたまりません。
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もう一つのパン工房マルキも人気のパン屋さん。ここもアクセスはイマイチだと思いますが、次々お客さんがやってきます。
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敢えて言えば、惣菜系のパンが得意なのかなあ。メンチカツを挟んだパンをいただきましたが、ふわふわ生地との相性が抜群。
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店内も清潔で、とってもいい気持ちです。
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さて、市街の散策を再開して。
日高神社へ。始まりは、弘仁元年(810年)。第52代嵯峨天皇の勅命によるもの。アテルイが降服し、胆沢城が坂上田村麻呂によって造営されてから8年後の創建で、胆沢鎮守府の神社だったといわれますが、なるほどなかなか立派な構えです。 -
参道を入ってすぐには見上げる大木の姥杉。
前九年の役で安倍一族を征討した祝宴で、源義家が使った杉の箸を地面に刺したものが根付いて巨木になったという伝説もあるようです。ほか、源義家が安倍貞任を討った太刀を洗った場所と伝わる「太刀洗川の碑」もあったようですが、それはよくわかりませんでした。 -
消防記念館は、日高神社の外周裏手に建つ小さな建物。江戸の末期から明治、大正にかけての消防機器など消防に関する資料を保存する施設なんですが、開館は毎年4月29日日高火防祭の日だけ。結局、この日も外観を確認しただけで終わりです。
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そして、今度は斎藤實記念館へ。
こちらは、2・26事件で暗殺された斎藤實を記念して、 -
イチオシ
斎藤實の旧宅の敷地に建てられました。
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ちなみに、斎藤實は、海軍大臣から朝鮮総督。5・15事件の後に内閣総理大臣へ。満州事変への対処、満州国を認めなかった国際連盟からの脱退。帝人事件で内閣総辞職。2・26事件の際は内大臣でした。
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展示は、氏の業績を示す華麗な内容。
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朝鮮での暮らしぶりは華やかだし、
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自身の人間性を厳しく磨いていった歩みもリアルに感じれます。
適当な言葉が出てきませんが、あえて言えば高貴な印象といったところでしょうか。 -
夫人の春子もなかなかの女性であったこととか。
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昭和11年に起きた2・26事件の説明展示は事件の詳細を時間の経過とともに解説していてかなり充実。斎藤實も君側の奸と見なされたわけですね。
当時は世界恐慌から引き続いて、国内でも東北の大飢饉とかで貧困の中、娘の身売りだって珍しくなかった時代。そこに統制派と皇道派の路線対立から、皇道派が暴発。皇道派は閉塞した社会を打破するための正義の決起のつもりだったのでしょうが、皇道派を抑え込んだ統制派が力を持ったことは、結局、軍部と軍国主義の台頭であり、アジアへの侵略戦争の道を開いただけ。
日本は悲惨な敗戦となったのですが、やっぱり今でも全体主義の怖さは完全には消えていないかも。警戒を緩めてはいけないのではないかとも思います。
ここで、右翼のテロや軍部のクーデターという意味での事件と関連の資料館等を紹介しておきます。
世界大恐慌から金解禁:浜口雄幸首相(濱口雄幸生家記念館https://4travel.jp/domestic/area/shikoku/kochi/kochishi/kochi/museum/10015743/、浜口首相遭難現場https://4travel.jp/domestic/area/kanto/tokyo/tokyo/marunouchi/hotplace/11558422/)、井上準之助蔵相(清溪文庫https://4travel.jp/domestic/area/kyushu/oita/kuju/hita/tips/10832761/)
515事件:犬養毅首相(犬養木堂記念館https://4travel.jp/domestic/area/chugoku/okayama/okayamashi/okayama/museum/10015438/)、高橋是清大蔵大臣(高橋是清邸https://4travel.jp/domestic/area/kanto/tokyo/tama/kokubunji/hotplace/11377597/)
この中だと、犬養木堂記念館はまだ行ったことがなくて、いつか行かないといけないのかなと思っています。 -
ほか、自宅や所蔵書籍とかも含めて興味深く拝見しました。
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意外につましい暮らしぶりだったかなと
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イチオシ
思います。
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後藤新平旧宅に向かう途中の銘菓処高千代は、ちょっと高級っぽいお菓子屋さん。
敷地も悠々と広いし、店内もきれいで喫茶コーナーがあったりして余裕があります。 -
イチオシ
いただいたのは、おやき風のおまんじゅう。
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おやきの感じはそうでもないんですが、おまんじゅうとしてのおいしさは餡子の出来とかも含めて秀逸。見た目と同じく実力を兼ね備えたお店です。
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さて、後藤新平旧宅は、水沢市街の中心。水沢城は市街の開発で跡かたもありませんが、ここは水沢城からでも至近の場所です。
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旧宅は、江戸中期に造られた寄棟、茅葺きの下級武士の住宅で、県指定有形文化財。
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水沢城主であった留守家の奥小姓であった家柄ですが、この式台玄関とか最低限の格式も感じられる一方、
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室内はがらんとした
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飾りっ気のない空間。
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イチオシ
静かな暮らしぶりがリアルに想像できました。
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奥州市武家住宅資料館もすぐの場所。
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江戸末期の内田家旧宅の立派な門構えの施設です。
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後藤新平旧宅よりも
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イチオシ
もう一回り大きくて、
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身分もこっちの方が高かったんでしょうね。
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つまり、足軽奉行を勤めた家柄で、家臣筆頭の余目家に次ぐ96石2升の禄高。家老に次ぐ大番頭の職についたこともあるようです。
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ただ、この武家屋敷も見どころですが、
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私は、別館で拝見した江戸時代の水沢城の町並みと現在を俯瞰する地図が印象的。
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城下町水沢といっても、水沢城が市街の開発でほとんど跡形もなくなっているのがよくわかりました。
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係の人がいて丁寧に説明してくれました。
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もう一つ気になっていた水沢区乙女川先人館は、水沢市街の端。乙女川が流れる脇のちょっと小高い場所に建物が建っていました。流域の自然を紹介したり偉人を紹介したりの内容だったようですが、もう廃館みたいな感じ。展示もなくて、部屋の中は雑然としていました。
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先人館は、がっかりでしたが、ここで昼飯。
水沢市街には田舎にしてはちょっといい感じの食堂がいくつかあるんですが、西京庵もそんな一つ。 -
100年以上の歴史を持つという老舗です。
玄関から奥に通されましたが、木の香りもなかなかいいですね。 -
看板商品はうなぎなので、ランチうな丼をいただきました。
ただ、出てきたうな丼ですが、うなぎがちっちゃ。あーれーって感じなんですが、よく見ると焼き色とか芸術的な仕上がりで、実はとっても美しい。脂のうまみもしっかり感じられて、やっぱり老舗の片鱗が感じられたと思います。 -
水沢駅の方に戻ってきて。
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商業施設水沢メイプルに入ってすぐの回進堂は、岩谷堂羊羹のお店です。本来は江刺の方ですけどね。
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南部藩は南部せんべい。仙台藩は羊羹というくらいで、これは仙台藩の気風を表すもの。羊羹としての特徴は、敢えて言えば甘さの加減かな。程よい甘さが特徴です。
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これで水沢はおしまい。
水沢駅から、北上駅に向かいましょう。 -
北上駅に到着。ここで、夏油温泉の迎えを待つのですが、それまでの時間を使って、周辺の探索を少し。
駅前にある若山牧水歌碑ですが、脇の方の植え込みの中にあるので、知らないと気が付かないかもしれません。
歌は、「幾山川こえさり行かば寂しさのはてなむ國ぞけふも旅ゆく」
明治40年、牧水22歳の時。早稲田の英文科学生の時に郷里宮崎へ帰る途中、岡山県と広島県との県境、二本松峠の茶屋「熊谷屋」に泊まり詠んだ歌です。北上との関係はないようにも思いますが、筆跡は北上の門下生、福地房志邸に宿泊した際、残されたものだそうです。 -
ここから少しグルメチェック。
やおや果フェは、北上駅からは少し離れますが、北上の市街中心部。フルーツきやなぎの店内でやっているジュースバーとかのお店。楽しみにしていたのですが、フルーツきやなぎは開いていても、やおや果フェはお休み。夏なので、変則の休みだったみたいです。残念。 -
続いてのケーキの国アリスは、洋菓子店。しかし、訪ねてみると一般住宅で、ケーキ作りの好きな素人さんがやっているようなお店。近くまで行っても、それとすぐには分かりませんでした。おまけに、この日は予約でもう手一杯なんだとか。ありゃりゃ、これも残念。事前に電話を入れて訪ねた方がいいようです。
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夏油温泉はバスがないわけではないのですが、曜日が限られます。私は、夏油温泉観光ホテルの湯治場の宿泊だったので、本来は迎えに来てもらえなかったのですが、たまたまその日は通常の宿泊客がいたので、便乗して迎えに来てもらうことができました。
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だらだらとぶな林を抜けていくと一気に山深くなっていく。そこまでの距離ではないと思いますが、北上の奥座敷といってもかなり雰囲気は変わりますよ~
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今回泊まる夏油温泉観光ホテルは、夏油温泉の一番奥の方。
温泉が目的だし、湯治棟の方に泊りました。 -
やっぱり、部屋はかなり質素ですね。
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イチオシ
さて。。
温泉は、以下の三つ。がらんとした大きな空間の内湯はガラス窓からいっぱいに外光を取り入れて、開放感が抜群。泉質も、無色透明ですがなにか名湯の感じがして、これだけ山の中でも人がわざわざ通ってくるのは分かります。
白猿の湯
【泉 温】源泉 62.3 ℃
【泉 質】カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉(低張性中性高温泉)
【適応症】動脈硬化症、きりきず、やけど、慢性皮膚病
蛇の湯
【泉 温】源泉 66.5 ℃
【泉 質】含弱放射能-ナトリウム・カルシウム-塩化物泉(低張性中性高温泉)
【適応症】通風、動脈硬化症、高血圧症、慢性胆嚢炎、胆石症、慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、やけど、虚弱児童
新太郎の湯
【泉 温】源泉 45.3 ℃
【泉 質】カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉(低張性中性高温泉)
【適応症】動脈硬化症、きりきず、やけど、慢性皮膚病
これが白猿の湯で、 -
手前が蛇の湯。
秘湯感が半端なくて、清々しい空気はさわやかでちょっと別次元。ドン詰まりのような場所にある温泉ですが、古くからこの温泉を目指してくる愛好家の気持ちはよくわかる。間違いなく名湯だと思います。 -
で、今夜のお楽しみは鬼剣舞。
会場の元湯夏油の方に向かいましょう。 -
ちなみに、夏油温泉には、元湯夏油と夏油温泉観光ホテルの二つの宿。
こちらの元湯夏油は、大湯、滝の湯、疝気の湯などの四ヶ所の混浴露天風呂と女性専用風呂が一ヶ所。 -
ただ、名物は何といっても大湯です。私は、夏油温泉観光ホテルの方に泊ったので、日帰り温泉でこちらの大湯に入ろうと思ったんですが、地元の人に聞くと大湯は熱いので、ほぼ入れないということ。それを聞いて断念しました。
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ほか、天狗の岩は、夏油温泉の見どころの一つ。ホテルからも歩いて行ける範囲だったのですが、自然災害のためにアクセス道路が通行止め。元湯夏油のロビーに天狗の岩のパネルが展示されていて、それを確認するだけになりました。日本最大の石灰華ドーム。しかし、実物を見ないとスケール感は実感できないように思います。
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かがり火が焚かれて、いよいよですね。
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鬼剣舞は展勝地の桜祭りでも見たことがあったのですが、こちらの公演も気になっていて、夏油温泉の宿泊もこの公演に合わせた次第です。
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お囃子の方もスタンバイですね。
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公演会場は、元湯前の駐車場。
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駐車している車がバックなので、
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シチュエーション的にちょっとどうかなと思いましたが、
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公演が始まると
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熱気を帯びた踊りのパーフォーマンスで全く問題なし。
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はあはあと息を弾ませて、
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力いっぱいに演じる姿に
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改めてけっこう感動しました。
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時間は30分くらいと短いですが、
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十分楽しめます。
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ジャンジャカ、ジャンジャカ。
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ジャンジャカ、ジャンジャカ。
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弾むように
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跳ね回る。
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腰の動きと
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体全体を
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ばねのようにしならせる。
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そして、
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時々、頭を振る独特の動き。
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ジャンジャカ、ジャンジャカ。
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ジャンジャカ、ジャンジャカ。
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ジャンジャカ、ジャンジャカ。
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山深い温泉地で
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鬼たちが
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イチオシ
若い力を
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出し尽くす。
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はいはい。
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イチオシ
最後のポーズも決まりました。
ありがとうございましたあ。 -
翌朝は気持ちの良い快晴。いいですねえ。
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では、朝イチで新太郎の湯に入りましょう。
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新太郎の湯は、予約をして、順番に貸切をする方式。
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河原の脇で一人ゆっくりと入りますよ~
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どうですか。この解放感。
しかし、どうかな。湯加減とかちょっと落ち着かない。 -
イチオシ
大浴場は男女が入れ替わってますよ~
朝の感じがいいですね。私はやっぱりこっちの方が好きかな。木のぬくもりとじんわり温まる湯加減が爽やかな朝の空気と相まって、秘湯感も半端ない。やっぱりこれぞ夏湯温泉といった気持ちよさですね。 -
玄関横にこんな湯もありましたけど。これは新太郎の湯までいけないお客さん用の露天風呂かな。
いずれにしても、以上で夏油温泉はおしまい。また北上駅まで送ってもらいます。 -
これは、北上市街から夏油温泉に向かう途中の入畑ダム展望広場。美しいダム湖の風景が突然現れました。ダムは、平成2年、夏油川に建設された多目的ダム。堤高80m、堤頭の長さは233m。堂々としたスケールもですが、緑がかった湖の色と周囲の緑のコラボが素晴らしいです。
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振り返って見えるのは、夏油高原スキー場。この辺りでは一段高い山の頂上付近にあって、けっこう手前の方からもその姿が見えています。シーズンオフでも、きちんと整備されているのがよくわかる。最近は暖冬で雪不足のスキー場が増えていますが、ここはその心配がないので、最近人気が集まっているという話でした。
さて、北上駅からは遠野に向かいます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- fuzzさん 2020/05/01 14:40:05
- 岩手県人なのに岩手をあまり知らない・・・
- たびたびさん、こんにちは。
よぐ岩手さおでってけで、ありがとうござんす。
県南は北上に住んでいた事があります。
息子の中学の謝恩会や私の結婚式にも鬼剣舞の演技がありましたが、どちらもまともに見ていません。謝恩会は鬼剣舞の次がPTAの出し物で準備中(笑)結婚式は私のお色直し中の時間の演技(笑)岩手県人なのにまともに見たことがないんです。
なかなか見る機会がなくて。
一度、じっくりと演技を見てみたいです。
岩手は何にもなくて、その何もないところが良いと思いますが(#^.^#)
オラが岩手を紹介して下さってありがとうございますた。
fuzz
- たびたびさん からの返信 2020/05/01 22:36:42
- RE: 岩手県人なのに岩手をあまり知らない・・・
- fuzzさん、またまたコメントいただき、ありがとうございます。
岩手の旅も一区切りついていたはずだったんですが、調べるとやっぱり未知の場所はあちこちあって、なかなか尽きることがない。今回の旅も最後は二戸で締める予定。南部氏のもう一つの歴史に触れて、これも興味深い旅になりました。おいおいアップしますので、またよろしくお願いします。
たびたび
-
- よっちゃんさん 2020/04/25 20:58:27
- すごいです。
- 旅行記すごい内容です。いろんな人物も出ているのですね。その中に横井小楠が出てきてびっくりしました。熊本以外にはあんまり知られていないと思っていたものですから。歴史にグルメに伝統芸能などすごい知識に感心しています。まとめるのに時間もかかるでしょう。
- たびたびさん からの返信 2020/05/01 22:21:57
- RE: すごいです。
- 日本の歴史が好きだし、特に幕末はたまりませんね。黒船が来航して世の中が一気に動き出すんですが、忘れてならないのは、すでに国内では変革の機運が相当に熟成されていたこと。幕藩体制の緩みから人の移動がそれを加速していて、横井小楠もそのネットワークの中に入っていた人物。人が人を呼ぶみたいな感じでしょうか。
時代を動かしたのは、血気にはやる維新の志士たちだけではないというのも忘れてはならないことだと思います。
たびたび
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