みちのくの古代巡りとちょい紅葉の旅(四日目)~鳥海柵跡から胆沢城跡の水沢地区は古代の香りがムンムン。そして、長駆して訪ねた江刺地区こそが奥州藤原氏のルーツ。えさし藤原の郷に岩谷堂羊羹ほかB級グルメもバッチリです~
2016/11/04 - 2016/11/04
17位(同エリア87件中)
たびたびさん
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この日回ったのは、奥州市。広域合併によって生まれた市で、その中核は水沢市と江刺市。昨日、回った衣川地区も奥州市の一部です。
奥州藤原氏は平泉で栄華を誇ったのですが、そのルーツは藤原清衡が生まれた江刺地区。清衡の父藤原経清の築いた豊田館跡に清衡産湯の跡も残ります。歴史公園「藤原の郷」も意外に本格的。平泉では少しいい加減な扱いをされている伽羅御所が立派に復元されていたり、平泉じゃなくて、本当はこっちが本家なんだよとでもいいたげな意欲的な施設でした。
そして、その前に回った鳥海柵跡に胆沢城跡は、古代みちのくの歴史舞台の中心。その広大なスケールは今でもロマンをかきたててくれるものがありますね。
一方で、こうした歴史と同居した市街地である水沢地区と江刺地区。駅からのアクセスはイマイチの江刺地区のB級グルメを楽しんだり、幕末以降、偉人を輩出した水沢地区のプライドにも少し触れて。私にとっての空白地帯がこれでまた一つきれいに埋まったような気がしました。
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前泊した水沢から、金ヶ崎駅に到着。駅ビルに入る町の商工会ですが、ここで自転車を借りて、今日一日を観光するんです。業としてやっているわけではないんですが、ネットの情報どおり、お願いすると普段は職員の人が使っているような自転車を貸してくれました。ただ、タイヤはかなりすり減っているし、結構な中古品なんですが、まあ仕方がありません。
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さて、まず向かったのは鳥海柵跡です。
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奥州藤原の祖の一つにあたる安倍氏の造った館のようなもの。胆沢城が徐々に機能しなくなり、その代わりに安倍氏のもとに実権が集まっていたことを示す遺構です。安倍氏は、前九年の役で、清原・源氏の連合軍に敗れましたが、それ以前はこのように広大な館を構えていたことは特筆に値すると思います。現在もまだ発掘は続いているよう。ちょっと工事現場のような感じになっています。
昨日の衣川地区の遺跡から始まって、またまた想像が膨らみます。 -
続いては、胆沢城へ。ここは、当然、大和朝廷の東北支配を語る中では外せない場所の一つですよね。
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年代で言えば、802年。陸奥国の多賀城が造られたのが神亀元年(724年)で、その後、坂上田村麻呂が活躍。基礎を固めて、さらに北の地に築いたのが胆沢城です。
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胆沢城は、永保3年(1083年)の後三年の役の頃まで約150年の間、鎮守府として機能することになりました。
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跡は見渡せないくらい広大なもの。
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イチオシ
ちょっと想像できないくらいの大スケールです。
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そして、奥州市埋蔵文化財調査センターは、胆沢城跡に建つ博物館。
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多くの発掘品を保存展示していますが、
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それだけではなく、
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大和朝廷の東北支配について全体を語る内容になっていて、
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その美しい見せ方も素晴らしいと思います。
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現場に近い場所に建つので、交通の便は必ずしも良くありませんが、
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不便さを十分補って余りある施設だと思います。
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さて、ここから江刺地区を目指します。なかなか距離があって、やっぱりこれは一日かかる行程です。
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江刺の市街地はそれなりの広さがあるので、どこが昔からの街なのかすぐにはよくわかりません。ここが中心部ですね。やっと見つけましたが、なるほど、それらしい雰囲気ですよ~
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ところで、江刺には岩谷堂羊羹という岩手県を代表する銘菓があって、菊正堂もそのお店。
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きれいなしっかりした構えです。
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砂糖が固まってジャリっとした食感の残る昔ながらタイプをお土産にしました。この食感は九州だと小城羊羹みたいですが、味わいはもっとすっきりしていて癖がない。とっても食べやすい羊羹だと思います。
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この地区にはおだんご屋さんもあって、それもチェックします。一軒目は丸桝だんご店。
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おばちゃんが一人で切り盛りしている小さなおだんご屋さんです。
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イチオシ
だんごは棒状に伸ばしたお餅を包丁で切った感じ。素朴な醤油だけの味付けなので、このもっちりしただんごのおいしさが基本。長く残してほしい江刺の味だと思います。
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二軒は、まるかん餅店。こちらはもう少し大きなお店です。
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店内のイートインスペースで餡餅と焼きだんごとだんごを三種類いただきました。
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焼きだんごはきりたんぽのように半殺し風の柔らかい仕上がり。みたらし団子のような甘辛いタレが最高にうまいです。だんごはもっちりキリリとした醤油味がいいし、餡餅の餡子の甘さもくっきり感あり。メリハリの利いたラインナップになりました。
ちなみに、だんごにもみたらしのタレはないのかと尋ねると「それはない。そんなのおかしいでしょ。だんごは醤油です」みたいな返事が返ってきて、ちょっと唖然。適当に揃えたラインナップかと思ったら、長い間に出来上がったラインナップだったんですね。
だんごには醤油。これだけ洗練されたみたらしのタレなのにそれはだんごには使わない。私からするともったいないように思えたのですが、そんなに簡単なものではない。この地方の趣向の一端が感じられたように思います。 -
続いての菊泉堂も、菊正堂と並ぶ江刺地区の岩谷堂羊羹のお店。
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小さなお店ですが、訪ねると愛想のいい女将さんが出てきて、うちは羊羹屋ですからとまずは何種類もの羊羹を試食させてくれました。滑らかな味わいがどれもさすがなんですが、イチオシは黒砂糖の羊羹。香りがよくて芳醇な味わい。おみやげはそれにしました。
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これは同じ一角にある黒壁ガラス館です。
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滋賀県の長浜に同じような施設があるのですが、聞くとその長浜から指導を受けて、ガラス製品などを作り始めたのだとか。工房はちょっと廃れてきているようですが、
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通りのステンドグラスのモニュメントやここにも展示してあるガラス製品などそれなりに文化は根付いているようにも感じました。
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B級グルメの最後は八重吉煎餅店。こちらも、江刺地区の名物店で、亀の子せんべいというのが看板商品です。
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お店に入ると正面すぐではご主人が一枚一枚せんべいを焼いている真っ最中。
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その奥に売り場があって、これもレトロな美しさが只者ではありません。
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さて、せんべいの形ですが、どちらかというとかりんとうのような味わい。花巻の方でも平たいかりんとうがあって名物になっていますが、それに通じるものがありますね。真っ黒な黒糖のコーティングがあるのに、食べると意外にも最初に塩味が来て、ゴマの香りもするような。いろんな裏切りのあるせんべいです。
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そして、八重吉煎餅店の奥を入った屋根裏部屋にギャラリー亀の子館というのがあります。
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ただ、てっきり煎餅に関係した内容かと思ったら、まったく関係ない世界の野生動物を被写体にした、写真のようなリアルな絵。
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切手の原画に使われたものもあるようですが、
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なんというか。まったくこれにも意表を突かれた気持ちです。
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ここからは観光スポットに戻りまして、
これは菊田一夫記念館。 -
戦時中、ここに疎開していた劇作家、菊田一夫に関する資料館です。
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代表作の鐘の鳴る丘シリーズに出てくるとがった屋根の時計台のモデルとなった建物もこの近く。それはこの後訪ねるとして。
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氏の書斎の復元展示に
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映画化された作品のポスターなども多数。一つの文化を作った足跡の大きさを感じることができると思います。
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もう一つの建物には地元のお祭り関係の展示。
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東北はあちこちで熱いお祭りがありますね。
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イチオシ
先ほど触れた時計台がこの明治記念館。菊田一夫作の「鐘の鳴る丘」に出てくる、とがった屋根の時計台のモデルとなった建物です。
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擬洋館造りの建物は、正直、こんな片田舎に場違いな感じもしなくはないのですが、菊田一夫のお蔭でこちらの名所になりました。
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元は病院のようですが、中に入ってもそこが病院なのか全く名残りはありません。
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係の人がいて、ちょこっと説明をしてくれました。
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少し移動して。
藤原清衡産湯の泉は、江刺の市街中心部からはちょっと離れています。 -
近くまで、標識があったのですが、最後は近所の人に聞いてやっと発見。山すそのあぜ道の脇みたいな場所ですが、しっかり守られてきた感じの井戸がありました。安倍氏が敗れ、安倍氏に付いた藤原経清が殺されると、清衡は安倍氏の娘である母が今度は安倍氏を滅ぼした清原氏に嫁ぐことで清原氏の養子となる。その後、清原氏の後継争いを勝ち残って、奥州藤原氏の初代となるのです。それは長い長いドラマの連続。清衡の不思議なパワーが感じられる場所ではないかと思います。
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ほど近い場所にある豊田館跡は、清衡の父、藤原経清が築いた館跡。小山の上にちょっと平らな場所があるだけのことでしたが、実際は清衡の産湯の泉あたりまで含めた、もっと広い範囲が敷地であったと思われます。
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ちなみに、経清は、平将門を討ったことで知られる藤原秀郷の子孫ということですから俘囚ではないのですが、安倍氏の娘を妻にしたことで、東北との深い縁ができた人物。多賀城に詰めていたにしてはここはかなり北で、安倍氏の根拠地に深く入った場所。これをもってしても安倍氏との深い関係は明らかであるように思いました。
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もうけっこう時間が経ってしまいました。そろそろ肝心の藤原の郷の方に向かいましょう。
ただその前に。。旧後藤家住宅は、地図だと藤原の郷のそばだったのですが、峠を越えたような場所。何度か迷いながら見つけました。 -
殺風景な場所にこの建物だけが一つ建っていて、正直言えば、風情も何もないでしょう。土壁が重々しい寄棟建築。曲がり屋が多い南部と違うのは江刺が仙台藩に属していたからだとか。農家の建物にまで違いが出るというのは面白いことかと思います。
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えさし郷土文化館は、藤原の郷の隣り。藤原の郷は大規模な施設ですが、このえさし郷土文化館も資料館としてはかなり立派なものです。
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江刺金札米にりんごや馬などの農業の歴史を紹介するコーナーは、
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古代から現代までの壮大な年表で解説しているし、
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個人の発願で造られた中善観音の仏像群も圧巻。
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黄金に馬に仏教。力強い東北、江刺の文化をそのまま表現しているようでした。ここもなかなかいい施設です。
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さて、いよいよ、これがえさし藤原の郷です。
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敷地内の地図を確認すると、これは想像以上。奥州藤原氏の栄華を再現した建物群があちこちに配されて、けっこうなスケールじゃないですか。
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順路に従って、
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進みます。
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まずは、多賀城を参考にしたという政庁です。
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イチオシ
正面から見た姿は、奈良の大極殿を小さくしたような印象ですね。
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建物の手前から中に入ると、これは義経の鎧ですか。
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菊花展なんかも
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やっていて、
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これがさっきの中央の建物です。
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イチオシ
中央に座っているのは源頼義でしょうか。右手がその家来。左手の正装しているのは一見文官といった感じですが、藤原経清。俘囚の長、安倍氏の娘を嫁にとり、地元に根を張った人物。
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うやうやしく頭を下げていますが、大和朝廷に支配された俘囚の鬱積も十分理解している立場。頼義にその子義家は朝廷の威光を笠に着ていますが、一皮剥けば私利私欲にまみれた侵略者。面白いはずはないでしょう。
坂上田村麻呂が降した阿弖流為、モレも都に連れ出され無惨な処刑にあっている。そうした記憶も生々しかったはずですが、そもそも、頼義が着任したのは安倍氏が朝廷に反旗を翻した前九年の役が始まり、安倍氏との関係が膠着状態になったから。そして、藤原経清は体制側の役人だったのですが、頼義に付いたり、安倍氏に付いたり。清原氏の助けを借りて、安倍氏が滅ぼされると結局、頼義は経清をノコギリ引きの刑にして積年の恨みをはらしていますが、果たして頼義に正義があったのか。はなはだ疑問もあるのではないかと思います。 -
ただ、子の清衡は前九年役、後三年の役を経て、実質的には安倍氏と清原氏の統合をすることで俘囚最大の王となる。まだまだ辺境だった東北に希望を見いだし、その地に根付こうとした経清もこれなら本望。浮かばれたというものでしょう。
続いては、その奥州藤原氏の3代秀衡が造営したといわれる伽羅御所。 -
イチオシ
平泉ではあまり扱いがちゃんとしていませんでしたが、藤原の郷では目玉施設の一つです。
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栄華を極めた奥州藤原氏の私邸。平泉では柳の御所跡の近くに説明板と植込みがあるだけでした。
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しかし、こうして再現された建物を見ると
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イチオシ
京都にも負けない気品が漂います。
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ただ、開放感ある寝殿造を見事に取り入れているんですが、
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極寒の東北でこの建物が暮らしやすかったかどうかということになると、そこはちょっと疑問。
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もしかしたら、
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実際はもっと風を防ぐ工夫がいろいろしてあったようにも思います。
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それか、夏だけ使っていたとかもありかも。
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威厳を保つことと
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暮らしやすさとは必ずしも一致しませんからね。
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エリアを移って、
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お土産物屋さんを覗くと黒壁ガラス館の作品がありました。悪くないですね。
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最後に向かったのはロケ資料館。
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藤原の郷はテレビや映画のロケ現場として使われることも多いのだそうで、これまでここでロケをした作品が紹介されていました。
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特に、NHKの大河ドラマはかなりの数。
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懐かしいシーンが
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次々思い出されて、
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意外に楽しいですね。
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東北に関係ない真田丸や黒田官兵衛でここを使っていたというのにもちょっと驚きました。
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ちょこっとびっくりアートも拝見。
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杯が空中に浮いているように見えるんですが、わかりますか。
さて、以上で藤原の郷はおしまい。
このような施設が平泉になくて、どうして江刺にあるのかと初めはちょっと違和感もなくはなかったのですが、奥州藤原氏のルーツは藤原清経であり、また清衡の母方の安陪氏でもあると考えれば、納得できなくもない。これだけの施設だし、もう少し知られてもいい施設ではないかと思います。 -
江刺地区を後にして、金ヶ崎駅の近くまで帰ってきました。
もう一つの必見ポイントは金ケ崎要害歴史館も有する金ケ崎の重要伝統的建造物群保存地区です。 -
ちなみに、要害というのは、仙台藩がとっていた要害制という制度のこと。仙台藩の国境を固めるために、重臣とその家臣団を配置して外敵に備えさせたというのです。
そして、金ケ崎要害は仙台藩21要害の1つ。その歴史や仕組などをこの歴史館で紹介していました。これは私としても初めて知る内容。江戸時代は平和な時代だったと思いますが、意外な緊張関係があったんですね。なるほどという感じです。 -
歴史館を出て、武家屋敷城内諏訪小路の方へ。
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当時の武家屋敷がいくつか残っていて、これはお土産物屋さんなんかも入っています。
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ただ、武家屋敷は、散発的にポツンポツンとあるので、武家屋敷みたいなまとまった景観はありません。
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地図を頼りに一つ一つを探さないといけないのですが、けっこう見つけにくかったりします。
これは諏訪公園。桜が有名みたいですが、今は紅葉の季節。周囲は土塁に囲まれたような感じでした。 -
今日の宿は、古川なんですが、晩飯の関係もあって、水沢駅で途中下車します。
後藤屋 大町店は、水沢駅前通り。看板商品の麦つき節をいただきました。 -
包装とかを見ると、信玄餅みたいですねというと、笑いながらそれよりもっとおいしいですという答え。
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イチオシ
ちょっと気負ってるなあという感じもしなくはなかったのですが、いただいてみるとこの味は本格的な東京のくずもちですね。ふむ、これなら納得の味です。
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続いて、後藤新平記念館へ。
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イチオシ
後藤新平は、地元の生んだ英雄といった感じ。
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確かに、そのキャリアは、外務大臣、内務大臣、満鉄初代総裁など華麗というほかありません。
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本人の愛用した遺品も含めて、展示品は多数。何でもこなした天才の足跡が丁寧に解説されています。
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もう一つの高野長英生誕地は、小さな公園のような場所。水沢市街には高野長英旧宅もありますが、もう遅い時間だったので、せめてこちらに回ってみた次第。公園ですから、ここなら時間制限はありません。
さて、生誕地碑は、ひょろっと長い石碑。西日本だと元寇の碇を利用したものがありますが、それにもちょっと似ていますね。
ちなみに、高野長英は、文化元年(1804年)生まれ。医者・蘭学者でありながら、異国船打払令など幕府の批判を「戊戌夢物語」にまとめたりして、蛮社の獄では牢屋入り。その後、脱獄して全国あちこちを逃げ回ったりしました。早いうちから世界に目を向けた人物です。 -
さて、これが晩飯を食べる龍園。前沢牛のうまい肉を食わせてくれるお店として、絶対的な人気を誇るお店。前日は予約でいっぱいということで、予約を取りなおして出直した次第です。
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この美しい肉は確かにすごいんでしょうね。しかし、私は普段あまり焼肉とか食べていないので、いくらおいしくても、これが絶対的においしいのかそこまでの見極めがつくかというとちょっと心もとないのが正直なところ。
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イチオシ
一方の締めで頼んだ冷麺。これは驚異のおいしさ間違いなし。盛岡のナンバーワンはやっぱり食道園ですが、無造作に出されたこの一杯はそれに匹敵するかもしかしたら上回るかもというレベル。これにはまったく驚くしかありませんでした。
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満足したところで、古川駅に到着。
今夜の宿のホテルセレクトイン古川は、地図で調べていた時は古川駅前からさほどの距離ではないと思ったのですが、駅前の道が分かりにくいので実際はけっこう距離があるように思いました。和室のタイプを利用しましたが、古くてもゆったりしたスペースがありがたい。無料の朝食もついてます。
宮城県に入って、明日は伊達政宗が雌伏の時代を過ごした岩出山の辺りを回ります。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ateruiさん 2020/04/26 22:51:43
- すんばらしい
- たびたびさん こんばんは
私は何年か前に アテルイ号に乗りに行きました
早い時間に一本だけしか走らないので
どこから乗ろうか どこまで乗ろうか 大変でした
時間がなくて アテルイ モレ に纏わる場所は
駅近くしか回れませんでした
たびたびさんの旅行記をじっくりと見させていただきました
また今度はゆっくりと回りたいと思います
ありがとうございました
aterui
- たびたびさん からの返信 2020/05/01 22:31:11
- RE: すんばらしい
- 京都だと坂上田村麻呂ゆかりの清水寺ですよね。境内にアテル・イモレの碑があります。
少し遡ると、白村江の戦いで朝鮮における足がかりを失ってから、東北経営に軸足が移っていくことになる。天智天皇の命を受けた阿倍比羅夫(あべのひらふ)から桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂。源頼義・義家の前九年の役、後三年の役とか。
こうした東北の歴史は壮大だし、独特の悲しみがある。今の東北人の気質につながっているのかどうかはわかりませんが、本当に独特。味わえば味わうだけ心に沁みるような気がします。
たびたび
-
- fuzzさん 2017/12/14 12:53:01
- 岩手さ、よぐおでってけだがねぇ
- たびたびさん、こんにちは
岩手県南旅さ、お邪魔してます。
大作に驚きと感謝です。
何かうまぐねぇ事はながったべが?とヒヤヒヤしながら読み進めました。
満足頂だいた様なお話で、ホッとしています。
岩手県人はアピール下手で「これ、おいしいですか?」と聞くと「うんまぐねぇ、オメさんの口さ合わねぇ」等と、謙遜はなはだしい事もしょっちゅうです。
たびたびさんの旅行記で逆に岩手の事を教えられる事が多くたまげました。
fuzz(*^_^*)
- たびたびさん からの返信 2017/12/14 14:10:07
- RE: 岩手さ、よぐおでってけだがねぇ
- ちょうど、この秋に回った八幡平の口コミを整理していたところでした。
水沢江刺や平泉の旅も、気が付くともう一年前になっていまして、月日の経つのは早いものです。
ところで、岩手は、盛岡に限らずどこに行っても宮沢賢治と石川啄木みたいなところがあって、割と単純なイメージもあるんですが、やはりそんなに単純ではない。この旅行記も、岩手には多相な歴史と文化のあることがだんだんと実感できてきたきっかけになったような気がします。
fuzzさんのコメントもちょっと味わい深い。なるほど。。またより深い探索の気持ちが湧いてきたように思います。ありがとうございました。
たびたび
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