2008/02/01 - 2008/02/01
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世界一周>アフリカ>モザンビーク>トホ
訳ありホームステイ
2008
2/9 ジンバブエのハラレから、チモイヨへ
2/10 チモイヨからマシシェ、マシシェからTOFOへ
2/11 トホ
2/12 トホ
2/13 ジンベイザメと泳ぐ
2/14 TOFOからマプト、マプトからスワジランド
-
ジンバブエ側の国境から歩いてモザンピーク入り。
国境でなぜか4ドル取られる。ビザも必要だったので、結局この国に入るだけで50USドルの出費。
両替をしてもらい、マタツを探す。
モザンビークは危険だと聞いていたが、雰囲気は普通だし、比較的きれいなマタツが捕まって一安心。
何より安心したのは客引き。
私たち外国人ツーリストだけじゃなくて、一般客に向けて一生懸命客引きしているところをみると、安心する。タクシーでもリキシャーでも、選ぶときのマイルールみたいなやつ。
コーラを飲んだら出発。
景色はブルンジやタンザニアを思わせるようなきれいな山岳地帯から、なだらかな丘が続く、見通しのいい丘陵地帯へ。
家がかなり多く、これまでの光景とは少し異なっていた。
昨晩あまり寝ていなかったこともあり、爆睡してしまったら1時間半程度で本日の宿泊地、チモイヨに到着。チモイヨ。名前がかわいい。 -
アフリカで何度か会っているカップルに書いてもらった地図のおかげで、無事フロールドボガへチェックイン。
教えてもらった通りの金額だし、スタッフが女性だけなのも安心。
レトロヨーロピアンな部屋もすごく広いし、リネン類に統一感があるのもさすが女性中心。
フットベンチまであるよ。 -
天井もおしゃれ。
モザンビークは初めてのポルトガル語圏でもあるので、ちょっと心配。
(実際ポル語を第一・もしくは第二言語とする人は全体の35%程度らしいけど)
ルワンダやブルンジ、マダガスカルなど、旧フランス植民地では英語があまり通じず、仏語じゃないと分からないと半ギレされたこともあるので、ちょっとトラウマなのです(-_-;) -
ATMもあったのでお金を下ろし、隣のバーでドラフトビール。ありがたや。
洗濯などを済ませ、夕ご飯はフライドポテトと毎度毎度のチキン。
ここで食べたフライドポテト、ケチャップじゃなくてビネガーが出てきてびっくり。すっぱムーチョやん!
ヨーロッパなどでは割と一般的みたいだけど、ヨーロッパに行ったことがなかった私には結構衝撃。すっぱむーちょ大好きだし、ケチャップよりローカロリーでヘルシー!日本でも浸透したらいいのにな。 -
チモイヨの街角。何もない。
根拠はないけど「モザンビークは危ないので行くな」という母の一言でなぜか怖い国だと思っていたモザンビーク。
でも全然そんなことはなく、のんびりした場所だった。
(77年から92年まで内戦があったから?) -
上のコンクリートむき出しなのも、下のカラフルなのも、どっちもアフリカンカラー。
-
場末感すごい。アフリカ感もすごい。町の向こうはたぶんサバンナ。
-
絞り染めを羽織るモザンピークのお母さん。派手だなー。
-
5時ぐらいにはホテルに帰って7時に就寝。
なぜならマシシェ行きのバスは、朝3時集合なの。
3時って。
3時ですよ??
2/10 2時半起き。あいにくの雨。長い長い一日の始まりです。
雨の中歩いてバス乗り場へ。同じくバス停に向かう女性がいて、追い越してしまったが、あまり離れないように、ゆっくり歩く。
街灯があったのでちょっとほっとした。
午前3時、ミニバスはほぼ満席って。どんだけ早起きなんだ。
午前3時に降ろされたことはあっても、午前3時に出発したのは後にも先にもここだけなので、この日ミニバスに座って出発を待つ光景、よく覚えている。
世間は眠りの中なのに、バスだけ灯がついていて、静かに人が行き来して、バスはなかなか出発しなくて。。。
そんなことも、今はいい思い出。
本日の目的地、マシシェまで、9時間の道のり。ミニバスはつらいよ。
座席ナンバーがあったので無事席はゲット。
日が昇るまで爆睡でした。
ジンバブエまで悪くなかった道、目が覚めるころにはポコポコ状態に。
道は見通しが効かず、何度目が覚めても同じ光景。
途中からバオバブみたいな木が見られたのは良かった。
マシシェが近づくにつれ、椰子の木が増え、海が近いことを知る。
途中でカシューナッツを買う。産地らしく安かった。
モザのコカコーラ。瓶だったコーラが缶になった。
南アフリカの風がわずかに吹いてきたってこと。
このデザインはモザオリジナルらしい。
どこかでごはん休憩があるかと思いきや、全然なし。
トイレに行った記憶すら、なし。
昨日買ったパンがゲロまず。これはもしかして、噂の酸化? -
昼過ぎにマシシェ着。バックパックをミニバスから降ろすときに、地元の兄ちゃんたちが助けてくれた。
お昼はいつものビーフシチュー。味はまぁまぁ。モザンピークで食べた外食はそこそこおいしかった記憶がある。
イギリスの植民地じゃなかったからかしら('ω')
コーヒーは無いと言われたのに、やっぱりあった、ネスカフェだけど。
コーヒーを飲むことがままらないアフリカでは、ネスカフェでもなんでもありがたい。
久々に中国人がいたレストランにて。ちなみにトイレは貯め水ね。
日曜日なのでスーパーは休み。
角の商店で食材を調達しておく。
コーヒーも安いし、何より、こんな辺境の街でもモノがあることが驚きだった。
ジンバブエの後遺症か。
ここで自炊用のパスタやティッシュ、おかしなどを補給。
島は物価が高いと思うから。 -
曇り空に掛かる虹は何を暗示しているのか。
-
マシシェ側の船着場。
-
エンジン付きのボートで荒れる海を渡る
みんな後ろのほうに座ろうとする、ということは、濡れるってことか?
天気が悪く波が荒かったが、ゆっくり運転してくれたおかげで大丈夫だった。 -
20分ぐらいで対岸のイニャンバネ船着場へ。
-
ミニバスに、バス停まで行きたいと言ったら、すごくふっかけられたので、疲れていたけどバス停まで1キロほど歩く。
マシシェで泊まりたいぐらい疲れていたけど、もうちょっとがんばろう・・・(これが凶と出る)
待機していたミニバスに乗って、すぐ出発。道は悪いが、ザンジバルを思い出させるような椰子の木の田舎道。遠くにマングローブが見える。 -
そして到着、因縁の町TOFO。
私はここに、ジンベイザメを見にきた。
ただそれだけである。
それだけのはずだったのに。。。 -
-
-
鍬と銃がモザの象徴か。
私は賄賂マークと呼びたいわ。
旅先で会ったスタチューマニアの人によると、社会主義の国はこういうのが好きらしい。 -
忌々しい証拠写真。
二度と忘れられぬ事件は、何気ない行動から始まった。
降車後、バックパックを乗せたままミニバスが発進してしまったため、慌てた友人が車のガラスを手のひらで叩いたら、なんとパリリとガラスが割れてしまったのです。
グーじゃないよ、パーだよ??
そこに偶然通りかかったのは、ミラと、片手にチキンを持ったミラの息子、坊や。
南アに住んでいるので英語がペラペラだという彼女が通訳に入ってくれた。
どうやら運転手は”金払え”の一点張り。
→地元警察へ
→埒が明かず、イニャンバネ本署で車のオーナーと話し合え、となる
→ミラの家で一休み、出前一丁をごちそうになる
→ミラの車でイニャンバネ署へ
→オーナー現る。マフィアか?警察とグル。
→払わないとサイバンにする、解決するまでパスポート没収。
→電話局に連れていかれ、保険会社に連絡。
→ガソリン代払え
→ミラの家に泊めてもらうことに・・・
ミラの家のベッドに横になる。
一体どのくらい時間がたったんだろう。
日が暮れる前にガラスが割れ、10時になっていた。(起きたの朝2時。)
ガラスは元からひびが入っていたし、保険会社の人も「その場合相手にも過失がある」と即答してきたぐらいで、過失割合はこちらが100%でもなく、100%お金が下りる案件でもないらしい。
ってのが、電話の向こうの日本人が言うところの”ジョーシキ”。
しかしここはモザ。
ここは社会主義。
ここは賄賂がまかり通るこの国。
若いオーナーと署長がグルなのはあきらかで、助けてくれた彼女がどれだけ説明しようとも全く無駄だったと教えてくれた。
しかも、たまたま彼女の夫が東アジア系だったので、身内を助けるため嘘を言っているんじゃないのか?と疑われてしまったらしい。
結局ガラスを叩いた友人が保険を使うことになったが、そしたら今度は、新品を用意しろ、だとか、ラインが入っているやつだとか、要求がエスカレート。
これがアフリカ。
いつだって常識や判例や良心や情けに守られ生きてきた日本人の私にとっては、自分の父親ほども年の離れた男が執拗に金銭を要求してくること自体が信じられなかった。
そしてそのオーナー。
金と権力さえあればなんでも思いのままになる人間って、ほんとに存在するんだね。。。
当時はまだ若かったこともあり、日記にはただただ悔しいと書かれていました。 -
2/11
朝ごはんにミラお手製のノリマキをいただく。
モザンピークで食べるノリマキの具はどんなもんかというと、ザワークラウトを炒めたやつ・たまごやきです。
これは泊めてもらっていた部屋。
現在内装の造り途中。
完成したらゲストハウスとして外国人ツーリストに貸し出す予定だとか。
名前は「ぼうやハウス」で、いつかロンプラに載る予定!?
「でも何かあっても絶対の警察は信用しない!」 -
何もないブッシュからはじまった、ミラのお城は、まだ作り途中。
メイドのジアは、外のテント、この後登場するガードマンは、外に小屋がある。
そとのお風呂にはヘビが出るらしく、同じく離れのトイレはボットン。雨の日は傘を差して。夜は星空か、またはホタル。素敵でしょ? -
町にガラスを買いに行った友人とミラ。
私は体調を壊し外出できず、本当に申し訳ない。
ミラは”大丈夫、タオルを買いに行かなくちゃいけなかったから”と笑っていた。
女神。
写真はぼうやの友達・レックのお父さんが作ってくれた風車。
南ア育ちでMP3やゲーム機に慣れているぼうやは見向きもしない。せっかく作ってくれたのに壊して捨てちゃった。
お父さんはぼうや用にもち手を作って回しやすくしてくれたし、レックは年上らしくぼうやにこれをあげたりしてくれたのに。
ぼうやはわがままなやつだ。
ミラが外出する時、大泣きして洗濯物の山につっこんで行ったくせに、何この変わりよう。
飴をもらったらすぐ泣き止んだ。わいろの国のお子だもの。
しばらく日記書いたりしていたら体調回復。ちょっと外に出てみた。
メイドのジアが水を汲みに行ったので、ぼうやとマンツーマン。
昨日ちょっと追っかけっこしたりしたので、ちょっとぐらいはなついてくれたらしい。
一緒に海に行ったら、皆ぼうやのことを知っているではないか。
ぼうやはチキン屋の常連らしく、店主から、”お金はあとでミラが払う”と、ツケでチキンをゲットしていた。
海の砂で遊びたそうにしていたのでちょっと見ていたら、レックに砂をかけだしたので、強制終了。撤収させる。 -
夕方無事ミラと知人が戻る。
さすがは中古ハイエース社会。
中古でも300ドルは覚悟していたが、新品が100ドルで手に入ったとのこと。
マシシェのマーケットで購入したという海老で、今夜のごはん。
トマトエビパスタと、海老の殻でダシをとったスープ。
日本人にはこの磯くささがたまらないのですが、外国人のミラ用に長ネギを入れてくさみを減らしてみました。
ビールも飲む彼女。色んなことを話した。
「あとは直すだけ、直ったら、みんなでビーチに行こう!!」 -
2/12
朝一でラーメンを作って食べる
その間電話でやつらとやり取りしていたら、”休業補償を払え”とな!!
”ほんとありえない”、と日記に書いてあるが、ま、ニッポンレンタカーでも、事故ったら休業補償は払うよね。(しつこいが、この度の過失は100%ではない)
ぼうやも一緒に、ガラスを持って車でマシシェへ。
今日のミラ、警察署では笑顔だった。
お昼は外食。モザはどこでもスープが置いてあるらしく、スープ好きなぼうやにスープを注文。
でも、ほとんど食べない。もう、お菓子食べすぎ。
ほとんど手をつけていないのに、ミラは気にせず店をあとにする。おかねもち・・・
写真は警察署に通ったイニャンバネの町。
くそー! -
車屋に行ったが部品がない
→市場へ買いにいく
→領収書がない
→ミラの妹の家へ行き、もらう
→やっとガラスがはまり、サインをもらう
修理やはもぐりらしく、サイン渋られる
→ドライバーのサインをもらう
→署で没収されたパスポートを救出。
→バス停に送ってもらい、マタツでTOFOに戻る。
そういえば、ミラの旦那さんが交通事故を起こした際も、それは大変だったと言っていた。
子供は全く無事だったのに、家族からかなりの金額を要求されたらしい。
こういう国では相手も必死に取りに来る。本当に旅行保険は重要だと思った。 -
ぱらだいすだとぉ????
ぱっと横を見ると、もうあの直した車は営業を再開していた。
56歳にもなって、あの若いオーナーの下で働く運転手には同情する。
こうするしか方法がなかったはず。
帰る途中、なんだかとても疲れてうとうとしてしまった。 -
さぁ、ここからが本当のTOFOライフ。
3日目にして、やっとバカンス。みんなでビーチに行った。
私はござを敷いて、ビール。
全て終わってビーチで飲むビールは格別。
もしもあの事件が起きていなかったら、この海がこんなに美しく見えることはなかっただろう。
ってことにしておきます。 -
-
ミラは旦那さんがいかにやさしいかをこれでもかというほど教えてくれた。
もともとは彼がモザにいたころ、ミラが英語を教えていたらしい。
その後猛アタックされて結婚したのだとか。
今は南アで有名なカメラ系のお店をやっていると言っていたっけ。
子供はぼうやの他に2人。お兄ちゃんはとても優秀で、ベストスチューデントに選ばれたんだとか。
ミラ自身はインド系ハーフ。
妹の旦那さんもお金もちで、カシューナッツ工場と車の部品屋さんをやっていて、大成功、ミラもうらやむほどのお金もちなんだとか。
家も店も一等地で、車もいいものだった。 -
-
-
ぼうやのみ、災難が続く。
海が怖いぼうや、ママに強制連行されてギャン泣き。 -
逃走。
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もう、やんなっちゃう。
ママっ子だけど、それだけはかんべん。 -
やっぱ海は見るに限るね。
究極の末っ子ママボーイ、ぼうやは若干二歳半で「Shit!」連発。でもこれはママの口癖なんだよね。ママは使うなって怒るけど。 -
お、ヒトが落ちてる、喰っちゃおうぜ
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ビーチで食べた昼ごはん。
メイド・ジアが作ってくれたもの。 -
これはジアではないけど。左の人みたいに、いつも布を頭に巻いていた。
TOFOに来た目的であるジンベイザメと泳ぐツアーについて問い合わせて帰る。
本日は昨日ジアが作っていたココナツの魚カレー。ジアは問題児だが、これはおいしい。
2/13
朝起きたらまたしても事件が!
ジアが音楽プレーヤーかなんかを盗んだ容疑をかけられて、怒って出ていってしまったらしい。
実は以前からジアを信用していないミラ。
出かけるときは、貴重品を化粧台の下にしまっていた。
出ていったジアはというと、ジンベイのツアーショップの男の子に会いに行っていたらしい。
問題はここから。
ジアを連れ戻そうと、ミラが家族のもとに向かったところで、なんと彼女の妊娠が発覚、彼氏はマプトで今は別の彼女がいるのでどーでもいいような感じ。
仕事を放棄し何をしているかと思えばダイブショップで働く男の子に会いに行ったり、チュッパチャップスなめながら木陰で友達とぼけーっとしてたり。
もともと男遊びが激しく、病気感染を心配していたらしいが、まさかの妊娠とは。
ミラはもし妊娠を打ち分けてくれていれば、子供服をあげたり、とにかく彼女を助けていたと思うと言っていたし、望むならマプトに行って彼を探してもいいとさえ言っていたのに、恩知らずの小娘め。
なんだか人生に何も期待していないような女の子で、あっけらかんと子供を生み育てていくんだろう。
彼女の家は貧しく、月40ドルの給料を家族に入れているのを知っているミラ。
ミラが彼女を雇うことはすなわち彼女の家族を助けることでもあり、そのことをよくわかっているミラは、さぼるし、盗むし、ぼうやに大やけどを負わせたりした彼女を今もなお雇い続けている。
彼女の夫も、ぼうやの上の兄弟たちも、解雇してほしいらしいのに。
こんなに面倒見てもらっていたって、新しいBFのところにさぼりに行ってしまう。
ミラがジアに厳しく当たる理由がやっと分かってきた。
ジアの性格じゃ、同じラインに立っていてはだめ、ボスとして、毅然としてなければいけない。
ご飯の炊き方もサラダの作り方も、風呂の用意の仕方もやっと覚えたところ。
「一から新しいことを教える苦労を思うと」とミラは言うけれど・・・
とにかく、さすがに子連れのメイドは要らないので今度ばかりは本気で解雇するだろうと言う。それでも、納得がいかないので話し合いたいとも言っていた。
ジアに仕事があるありがたみを教えるためには、もう解雇しかないんじゃないのかな。。。。
朝ごはんに作ったサンドイッチを持ってでかけてしまったミラ
ジアがやり残した皿洗いをしながら待っていたら、知らんおっちゃんがヨロヨロと入ってきた。
誰も入れるなと言われていたので、地元のお兄ちゃんを呼んできて通訳を頼んだら、帰省していたガードマンだった。先に言ってよー。
実はおじさんのほうがいろいろ手際もいいし、ご飯も作れたのだった。
彼だけでもいいんじゃない?
おじさんは、ジアがめちゃくちゃにした自分のベッドを無言で整えていた。
お昼はミラが作ったスープをいただく。
ガードマンは別に作ったスクマを食べるのかと思いきや、私たちの食事が済むまでは食べないでいた。
できたお方である。ほんと、このお方だけでいいのでは??
ただし、大食らいであった。
ミラが帰って事の次第を聞いたあとは、TOFO本来の目的であったジンベイツアーに出かけた。
ボートは頼りないゴム製ボート。
参加者皆でボートを押して出航。
の、乗れない、最後まで乗れなかった・・・
波が高く、その度にGを感じてしばらく目も開けられなかったが、動きがパターン化してくるとだんだん慣れてきた。
やがて、相当沖に出た。もはや岸辺とは言えない沖合。
波がものすごーーーく高くて、まさかここでか!?と思ったら、まさかのここでだった。
最初は何も見れず、皆に遅れをとった。
次に海に入ったら、しっぽの横!急いで追いかけるも、ジンベイが速すぎてぜんぜん追いつけない。マダラ模様はしっかり確認できた。
気が付いたらボートからかなり離れてしまって、急に怖くなった。
すでにボートには、怖くて海に入れなくなった人もいた。
(ライフジャケットはなし、シュノーケルとフィンのみ)
3回目で、でーーーん!ジンベイの顔の真ん前に入ってしまった!
慌てて逃げたら、またしても出遅れてしまった!
ずっと背びれは確認できた。
ほんとにおっきかった。
最後は、またしても正面にIN。
ぎゃーと叫んだら船の上の人たちが笑ってた。いやまじで食われると思ったわ。
もっと速く泳げたらいいのになー。
慣れてる人たちはずっとジンベイと並走していた。
結局彼女は最後に下のほうに行ってしまったらしい。
ちょこっと遊んでくれたのかもしれないね。
結局4回しか一緒に泳げなかったけど、あの正面の顔は忘れれない。おとぼけ顔。
その後、もっとでっかいのを探してくれたけど、見つからず。
船酔いの人を多数抱えて無事帰還。
帰りにジアが木陰で休んでいるのを見た。
気付かないふりしようかなと思っていたら、彼女から”ハーイ”と声をかけてきた。
ミラには黙っておこう・・・
考えてみたら、日本人二人も世話することになり、仕事を増やしてしまって悪かったな。
日本の業務量基準からするとかなり少ないけど。
そういえば、こんなことも。
余ったパスタを捨てたと咎められたジア。
実は捨ててはおらず、2日後にレンジの上から腐ったパスタが発見された。
やってないならやってないと言えばいいのに。
ほんとに、何もかもあきらめたかのような、はたまた興味がないような、不思議な子だった。 -
帰ってミラの家の庭で水浴び。ぼうやが水を出してくれた。
ここで洗濯してるとき、ぼうやがビスケットを口につっこんできた。何度も。そんなにいらん。
明日の朝、マプト行きのバスがあるということで、もう一泊お世話になることにした。
ビールを買いに外に出たら、タイが水揚げされていた。
とりたての鯛は、ピンと身がしまっててプリプリ。
思わずご購入。
今日は刺身だー!!
帰って早速鱗を取る。初体験。
5mm大の大きな鱗が飛びまくる!
アーミーナイフでは3枚には下せず、ぶったぎり、こそげ落としてなんとかさばく。
食べてみたら、新鮮!プリプリ!うまーい! -
これは自信作、鯛のあらのお吸い物。
本当は煮付けにしたかったけど、甘辛い料理はミラには難しいかもと思ってスープに変更。しょうがとねぎとしょうゆで臭みをとって、ほんの少しお砂糖を入れてみました。ぼうやがすごく気に入っておかわりしてくれてよかった。 -
あまった皮を炭火焼。日本人にしか分かるまい。
日本酒ください。(ザンジバルには白鶴があったな) -
お刺身を自分で作って食べたのは初めてだし、包丁もないから惨殺現場みたいになってしまったけどなんとか形になりました。葉っぱをガーニッシュに。
まさか、鯛の吸い物をモザンピークで作る日が来るとは。
素晴らしいことにミラのお宅にわさびと醤油があったので完璧なお刺身を堪能することができました。 -
こちらはミラの手料理。お豆と海老のカレー。
モザ&インドのミックス料理。
父親がインド人だけあり、マサラの扱いもお手の物。
出前一丁やキンパブもどきもおいしかったな。
酔っぱらったミラは、たばこを吸いながらぼけっとしていた。
この数日間いろいろあって、疲れさせてしまったんだろうな。
私たちが去ったら、自分でプロデュースしているこの家をメンテナンスしなければならない。
床のできが悪いことを伝えて修理させて、新しいメイドも探して。
夜は家の外で素っ裸で水浴び。ほぼ暗いので、あまり支障がない。
ろうそくと石鹸を、石の上に置いてもらって。
これをメイドに教えるのも大変だろう。 -
陽気でビール好きなミラとの食事は楽しく、いやなことをちょっとだけ忘れさせてくれる。
たまたま通りかかって、ポルトガル語の通訳をしてもらっているうちに部屋まで貸してくれ、結局最後まで私たちの面倒を見てくれたミラ。
正義感が強く、汚職警察にも一生懸命事態を説明してくれたにもかかわらず、最後には署長にまで「身内(彼女の旦那さんは韓国人)を助けるため嘘を言っているんじゃないのか?」とまで言われてしまい、本当につらい思いをさせてしまったと思う。
それでも最後まで私たちの味方でいてくれたミラは、本当に女神のような存在だった。
最後にこんなことがあってミラが嫌がらせをうけないか心配だと話すと、「大丈夫!私有名だから誰も私に手出しなんてできないわ!」と笑っていた。
「こんなことがあってもこの町のことを嫌いにならないで」と。
彼女のこの強さに私たちは何度も励まされてきたんだと思う。
ぼうや、母は偉大なり。
きみは早く保育園に行って社会の荒波にもまれてきなさい。 -
2/14
ミラとお別れし、朝4時半ごろTOFOを離れる。 -
ポルトガル風なきれいな街をいくつか越えて、昼過ぎ、リトルポルトと言われているマプトへ。
ん?りとるぽると??? -
ぽると。。。
-
バス停しか見てないから、何とも言えないが。
ま、アフリカですし、こんなもんか? -
マプトのバス停で食べた、いつものチキンとライス。
いつも食べてるんだけど、ここのはタレに凝っていてすごくおいしかった。
バーベキューみたい!一番おいしかったかも。
ご飯も○
「アフリカ 沿岸部は若干ごはんがマシ」 説は結構合っていると思う。
他に串さしのケバブみたいなのも食べてみる。 -
首都マプトのバス停
バスを待つ間、石鹸やらパンを買ってお金を使い切る努力を。 -
布を見せてもらったんだけど、ちょっとイマイチで断ったら、物売り同士で言い合いになってしまった。”おまえがゴリ押しするからだ”みたな感じで。
-
柄柄のアフリカンスタイル。
-
-
あの時は大変だったけど、思った通り終わってみれば事件よりもミラという素晴らしい女性との出会いのほうが忘れえぬ貴重な体験だったよね??
最高の思い出をありがとう!ミラ、大好きです!
2時頃、マプト出発、一路スワジランドへ!
最後はモザンビークTシャツできめたイケメン兄ちゃんです。
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