2008/02/03 - 2008/02/09
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コロコロパッカーさん
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インフレなんて世界の果ての話だと思っていた。
例えば千円札がほんの数年で一円の価値も無くなった国が、実際世界には結構ある。
気がついたら何もかも値段が2倍になっている日本ももしかして。。。
とりあえずみなさん、選挙は行こう、日本終わる。
アフリカ>ジンバブエ>ハラレ
2008
2/3 ザンビア側リビングストからジンバブエ側ビクトリアフォールズへ国境越え
2/4 ビクトリアの滝ヘリコプターライド、ブラワヨへ移動
2/5 ブラワヨからハラレへ移動
★2/6-2/8 ハラレ
★2/9 ハラレからモザンビークのチモイヨへ(バス)
-
2/5 夕方前に、ジンバブエの首都ハラレに到着。ダウンタウンで降ろされる。
治安の悪さはナイロビに次ぐと言われていて緊張。 -
タクシーにはすぐ乗れたし、町がナイロビ以上に近代的!
というわけで、あっという間にハラレの虜。 -
宿もすぐ見つかった。
ここでナイロビで出会ったカップルに再会。
ヒッチした挙句、バックパックを背負って小一時間ハラレを彷徨った女子パッカーにも出会う。ここまで来るとみんなツワモノだ。 -
日が暮れてごはんを買いに行こうと思ったら、部屋の鍵が閉まらず留守番担当となる。(鍵が閉まらないのは伏線です。)
ムビラというアフリカの楽器をやっている女の子が油を貸してくれて、醤油味の野菜炒めを作った。しばらく食生活が乱れていたので久々の野菜はうれしい。
ムビラちゃんの豆の炊き込みご飯もおいしかった。
みんなそれぞれ工夫して自炊していた。
ここで、母から卒業祝いにもらったネックレスを無くしたことに気付く。
泣きながら探したけど見つからず。
多分ブラワヨの宿に置いてきてしまったんだろう。
なんでそんな大切な物を持って来ちゃったんだろうな。
この時以来、大切な物は旅に持っていかないルール。 -
夜は夜で大変。
自室の扉が開かなくなり、部屋から出られなくなった。
共用トイレに行けない!
部屋の鍵が閉まらなかった時点で気付けばよかった。
宿の人が大量の合鍵の束から合いそうなやつを探してみたものの、結局鍵は開かず。トイレ我慢して寝た。
2/6
朝になってもう一度助けを呼んで、窓から自分が持ってた鍵を投げて、外から自分の部屋の鍵を開けてもらった。
めちゃくちゃな宿だな。
あとでムビラ姉さんに聞いたら、この宿は2回泥棒に入られていたらしく、また泥棒だと思ったらしい。。。
めちゃくちゃだな、ハラレ。 -
そんなこんなで無事トイレに行けました。
ハラレは電力供給も不安定なようで、停電も多かった。
ブラワヨからハラレに来る途中に見た火力発電所は稼働しているのだろうか。
そしてこの宿、Gが多い。特に深夜のキッチン。もー。 -
朝ごはんはスーパーSPARでパンとサラダを買い、カフェで朝ごはん。
砂糖のかかったデニッシュもコーヒーもおいしかった。
サラダバーにはハムも入っていて、ハラレにはなんでもあるのではないかと錯覚してしまった。
そしてこれがレシート。
デニッシュ1個 2,500,000Z$なり。(250万ジンドル)
個人的にこのSPARが南アフリカ圏内の象徴。
スーパーインフレのジンバブエにしても、この辺りから明らかに欧米文化の臭いを感じ出した。 -
コショウ買った。
なんでパッチンがついてるのにその下のところをくっつけちゃうんだろう。
アフリカのふしぎ。 -
ジンバブエのお札。ケタがやばい
-
これが曲者!なぜか250,000札と750,000札!
大混乱。
こんなにしょっちゅう0が増えてしまったらお札を刷る費用だけでも莫大にかかっただろう。
今ごろジンバブエはどうなったのかな。0が減って電子マネーになってるといいね。 -
帰ってからネットできるところを探し、親方夫婦と5thストリートから散歩してみる。
”何も無くてよかった”と日記に書いてあるから、きっと”やられる”ストリートだったんだろう。
大通りに出るとビル群があって、町行く人々も身なりが良い。
一見するとすごく近代的。
中国料理の店で台湾人が経営しているネット屋さんを教えてもらった。
”まぁあとで食べに来いよ”みたいなことを言ってくれた様子。
中国風のぼんぼりに妙にほっとした。
その帰り、ハラレ銀座で大行列を見る。
なんの列かと思ったら砂糖を求める人の列だったらしい。
やっぱりここはインフレ国なんだな。
帰りにガソリンスタンドで人工的な味のジュースを購入。
道で買ったコーラのほうが普通に安かった。
でもこの時はものがあるだけでありがたいと思わなきゃな、と思っていた。
街はいたって安心に感じた。
5thストリートを除いて。
6thも安心とは思えなかったけど・・・
夜は親方夫婦と中華に繰り出す。
時間が遅すぎてチャーハンと麺を作る人しかいないらしい。
たぶんジンバブエ人が作ってる。
肉チャーハン、野菜チャーハン、肉伴麺、蒸しギョーザをシェア、
中華料理屋さんは他の料理屋さんと比べてどこの国でも安定して食材が手に入ると聞いたことがあるが、こう物が不足している国だとそうもいかないらしい。
どれもお酢としょうゆをかければおしかったと書いてある。
ビールも飲んだし、まずまず満足。
しかし帰りは怖かった。いくらいかつい親方夫妻がいると言っても、夜のハラレ。
5thストリートは迂回し、親方に背後を守っていただき、無事宿に帰れたときにはほっとした。
隣のホテルで飲みなおそうかと思ったけど高かった。
エレベータに乗ったらドアが開かず、叩いて開けてもらった(笑)
アフリカらしい。
ちなみにビールはまぁまぁ安く、毎日飲めたジンバブエ。
ザンベジとかブラックラベルという名前だったみたい。 -
お札に期間が指定されている。best before 31st Julyか??
ハラレでは、元ジャイカ隊員の女性にも会った。
素敵な蝶々のカンガを身につけていて、素敵ですねと尋ねてみると、なるほど、その筋の人。
彼女はテイラーをしつつ、ジンバブエ人の夫の実家の農家を手伝っているんだそう。
物が少ないので日本から物資を送ってもらうも、関税が高くてしょうがないんだとか。
実家はポテト農家で、あらかじめ土地を持っている人たちは細々とやっているが、新規に苗や種を購入したい場合は大変らしい。
そしてジンバブエでは”女は朝から晩まで働くもの”とされいるらしく、その対応も大変なんだとか。。。今頃はどうしてるのかな。 -
2/7
昨日仕入れておいたドーナッツをG屋敷でなく庭で食べる。紅茶も入れてね。
クリームパンとか大きなレーズンパンなど、なかなかおいしくて気にいった。
食べてる途中にムビラちゃんに遭遇。
すごい個性の持ち主のムビラちゃん。大切なムビラを触らせてもらう。
ムビラはジンバブエで人気のすごく素朴な楽器。
細い鉄でできた鍵盤を指ではじいて音を鳴らす。
右のほうは鍵盤が小さくて、爪で下からはじいて音をならす。
左側は長いので、指の腹でしっかり押して。
子守歌のようにあったかいメロディ。
他にも昨日の夫婦たちにも会いたかったけど、なかなか来ないので外出することにした。
今日は忙しいのだ。
まずは5thストリートから郵便局へ。
写真は私書箱?がカラフルだし、建物も立派。 -
続いてナショナルアートギャラリー。
ここで忘れられないのが10ジンドル紙幣を何枚も何枚も集めて作った巨大なビクトリアの滝。
10ジンドルは、スーパーインフレのこの国では紙くず同然。
実際この札が道に落ちていても誰も拾わない、ティッシュ以下の存在になっている。
まさにこの国を象徴している絵だった。
ちなみに、両替商で小額紙幣がないか聞いてみたらゲットできた。言ってみるもんだ。
ジンバブエの人からすると、こんな小額紙幣は、不要なもの
他にも彫刻や日本のおじぞうさんのようなモチーフもよかった。
ポストカードを購入して帰る。
この国の人々は、本当に訴えなくてはいけないことがたくさんある。
プラス、南部アフリカを代表するモダンな都市。
音楽もアートも盛ん。
ジンバブエのアーティストには世界に羽ばたいてほしい。 -
バスでダウンタウンへ。
ハラレの街をカメラに納めながら歩く。
親方がビルを見ながら、こういうのは難しいんだよとか、ハツリ仕上げがこってるねとか、解説してくれて面白かった。
ダウンタウンから歩いてバスに乗りムベヤムサカマーケットへ。
この道から一気に道が汚くなり、歩く人が増える。
ここはスラムのような場所で、ゴミも散らかりバスターミナル汚い。さっきまでのハラレ銀座とは大違い。
ここがほんとにジンバブエか。
道が汚いと言う事は、ごみ集積等の公共サービスが稼働していないと言う事。治安のバロメーター。 -
インフレじゃなかったらすごくステキな町、ハラレ
ナイロビ以来の大都会でおのぼりさん気分
この時社会は大混乱だったけど、改めて見かえすとすでにこれだけ立派なビルが建っていた国。
いつかまた行きたい国の一つです。 -
ムベヤ行きのバスの場所を確認してからお土産屋さんへ。
売ってるものは大体同じ。
唯一欲しかったのはニンニクを潰すやつ。
マーケットは生活雑貨や米が結構あって、合成着色料のチートスみたいなのがいっぱい売っていた。
虫(今風に言うと昆虫食)もいっぱい並んでいた。 -
余談ですが最近ジンバブエの英語の先生に聞いたミステリーツアーINジンバブエ。
地元の人に人気の観光地を2つ教えてもらいました。
①モザンピークとの国境に素敵な山があるが、コンパスやGPSが使えず、何人もの人が行方不明になっている。テロリストだってサバイブできないよって言ってた。
②Chinhoyiケイブというところにある真っ青な池は、飛び込んだら最後、二度と戻って来られない。マシーンでさえ行方をくらます。
写真で見るととっても素敵なんだけど、どちらも観光資源にはできなそうだわ・・・ -
写真を撮りながらGPOへ。
公定レートのGPOでは、箱代が2ドル、輸送費はなんとたったの1ドル。いつぞやのミャンマーのようだ。
あまりにも安いので無駄に物を入れたくなるも、特に入れるものもないのでその辺に落ちていた女性への暴力反対のポスターを入れた。 -
布を見たりしながらイーストゲートまで歩く。イーストゲートは小洒落た建物でびっくり。ちょっとしたヨーロッパだ。その後アフリカンスクエアに行ってやっとトイレに辿り着いた。
ハラレ銀座で昼飯を探して彷徨う。 -
緑も多いハラレ銀座
-
隣にあった文具店の棚。
何にも入っていなかった。 -
見つけたのはショップライト。
何もないなー。 -
昨日見た砂糖を求める列、背景はこういうこと。
チートスみたいなのだけ残っていた。絶対しけってそう。 -
ここで同行者がおばちゃんに黒芋虫を食べさてもらっていたら、おばちゃんがボスに怒られてしまった。
次は買ってね、と。
お味は唐揚げだったようです。 -
ショップライトで買ったのはでやたらと脂身なホットドックを買い、1リットルのコーラを分けて飲む。ポテトにはビネガーで大感動。
スーツとネクタイ姿の地元民も多い。さすがはハラレ銀座。
身なりのいいビジネスマンが歩いています。
道で食べているのは私たちだけ。 -
両替ついでに中央銀行にも行ってきた。
中に入るには荷物を預けなければいけなかった。
隣の人の札束を撮らせてもらう。
タイトル”インフレを見にジンバブエにいってきました。”
みんな札束をもってお買い物。
この経験はこの後もインフレの国で役に立った。 -
ここはたぶんイーストゲートというショッピングモール。
当時の歩き方にも載っていた。
ここにいる限り治安がいいので写真を撮る。 -
とても近代的です。ここまでのアフリカでもっとも近代的だった町。
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ここにいる時だけは安心できる。
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美容室。ジンバブエは美人が多い。
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すごいヘアスタイルだけど、ちゃんとシャツの兄貴。
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宿代に関しても、事件発生。インフレの進行で突然宿代が値上がってしまった。
ない話ではないな・・・
すでに2泊分は払っておいたのだが、突然”これじゃ足りない”と言うので他の宿泊客ががブチ切れた。
焦ったのか、その場では「オーナーに聞いてみる」と言って逃げていき、戻ってきたら「確認できた」と。
本当はその場で”こいつらからは巻き上げられない”と思ったんだろう。
わざわざ小芝居、おつ。
レシートをもらわなかったお前にも非があるみたいなことを言われて、またもや皆キレる。
こっちだって聞いてないわ。
結局最初の値段しか置いてこなかった。
ジンバブエのインフレ伝説、
今日と明日で宿代が変わる。 -
くたくたに疲れた。治安の都合であんまり歩けないアフリカで珍しくよく歩いた1日だった。
帰りはスパに寄って、買い出し。
ビールと翌朝のパンも忘れずに。 -
ウィキによるとその後も天文学的な超ハイパーインフレが続き、最終的には100兆ジンドル札まで現れたんだとか。
2009年、ついにジンドルは廃止、この旅の翌年のことです。
その後2019年、暫定通貨が現れるまでは、ドルやランドなど他国の通貨で取引が行われていたそう。
驚くべきは、ジンドルの交換レート。17.5京ジンドルまでの預金額に対して、受け取れる米ドルはわずか6ドルだったとか!!!!
今私たちが使っている1万円が、1円の価値にもならなくなるということ。。。
日本円だけで貯金しておくことが不安でたまらない昨今です。 -
夕ご飯はたっぷり、野菜のラーメン。
ネギと卵は路上で買った。
ビールを飲んで寝る。
ちなみに今日のシャワーは水。
昨日はちょろちょろのお湯。 -
今朝はクリームパンと紅茶で、朝食。淀台でもめた後、日記を書く。宿のゆりかごはグット。
国際結婚夫婦に会ってみんなで写真を撮ったりした。旦那さんの日本人好きに苦笑していたり、いい夫婦だ。
旦那さんはムガベ対統領のことが好きらしい。
知識層は独裁政権だと分かっていても、半分の農民や何も知らない人々の支持があることで体制が続いてしまうのだろう。 -
ジンバブエ最後の食事はTボーンステーキ。
付け合わせに野菜の炒め物やらサラダ。
米を探したがあまり米はなかった。
ビールも買い込み、早々に準備に取り掛かる。
いつの間にか早く宿に帰って自炊することが一番のリラックス時間になっていた(笑)
ニンニクと醤油でソースを作る。醤油、これにて終了。
ステーキなんて焼いた事なかったから心配だったけど、結構よくできた。
筋も切っておいた。
おいしい肉だったおかげで良い食事だった。
しかしこのプラ皿w アフリカでもっとも苦手だったことの一つはこれですね。
その反動か。皿にはこだわるようになった。 -
夜は皆さんでムビラライブに出かけた。
動物の皮で作った服を着たラスタの人が6人ぐらい。
ムビラ弾きは3人ぐらいでダンサーと太鼓の人がいた。
ダンサーはものごっつい筋肉で、すごい動きだった。
観客の男も女もみんな信じられないほどの運動神経でダンスしていた。
ヒップホップという感じでなく、もっとプリミティブな雰囲気のアフリカンダンス。最高にかっこよかった、アフリカで一度は本格的なダンスも見たかったので、本当にいい経験だった。
ムビラも素晴らしくかった。メロディーとリズムが不協和音のようで日本では絶対にない音楽。
アフリカ独特で、吸い込まれていくような感じ。
デジカメを持って来られなかったことが悔やまれる(治安悪いから)
ボーカルの人はなんか叫んでて、とにかくダンサーが盛り上げ上手。
アフリカ人の音楽はやっぱりライブが1番! -
2/9 名残惜しいですがハラレを離れてモザンビークに向かいます。
ラーメン食べて親方と記念写真撮って、タクシーで出発。
見送られることは少ないので、いい記念。
その時の写真を見ると、おじさんだと思っていた親方がなんと若いこと・・・
今の私よりも若いのかも。
バスはすぐに出発。
またも補助席。
なぜか横から二人、二人、一人の並び順。つまり補助席に二人という。
しかも椅子には段差があり、服を敷いて平行を保つ。
もうめちゃくちゃ。
道中はなかなかの絶景。デカン高原のような、岩場が続く。
その後国境へと続く山岳地帯へ。
タンザニア・ブルンジ間の山岳地帯よりももう少し山が高い感じがした。
街がぱーっと広がったかと思ったら、ムベヤの街だった。
街を望むあたりはすごくきれいなビューポイント。
ここからタクシーに乗り換え。
いつも通り、すぐ出発すると言われていたタクシーはいつまでたっても出発せず。
後部座席は4人乗りかと思ったら6人詰め込んだ。
助手席には二人詰めこみ、いざ出発。
あ、ここで持ち金全部で手を打ってもらい、アフリカ人からまけてもらった。
それはとても珍しいことです。
国境までタクり、ほどなくしてモザンビーク国境へ。
国境でジンバブエ人のおばちゃんとおじさんに「インフレが終わったらまた来る」と言ったら笑われた。
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