2019/05/06 - 2019/05/08
448位(同エリア1002件中)
imiさん
明日香の宿は「ホテルウェルネス大和路」です
実は「飛鳥の宿 祝戸荘」を予定していましたが満室で
「ホテルウェルネス大和路」にお世話になりました。
緑豊かな高台にあります。またテニスコート4面ある観光ホテルです。
前日下見をしてあった、「明日香レンタサイクル飛鳥駅前営業所」で
電動自転車をレンタル(車は無料の駐車場に)。地図を見ながら
高松塚古墳、キトラ古墳四神の館、石造物、岡寺など巡りました。
翌日は橿原神宮、神武天皇陵に参拝。
国道368号で仁柿峠超えで伊勢神宮に。この日は皇族の方が神宮に
参拝者来られていました。なんと車で宇治橋をわたられました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
-
お世話になった「ホテルウェルネス大和路」です
-
飛鳥総合案内所 飛鳥びとの館(飛鳥駅前)で『飛鳥王国パスポート』を
100円で購入。
周遊モデルコース、観光ポイント、 インフォメーション、マップ情報などが
満載されています。
石舞台古墳、高松塚壁画館、県立万葉文化館、飛鳥寺、橘寺、岡寺、犬養万葉記念館、飛鳥資料館などの入山、入館割引券付きです…レンタサイクルも100円割引になりました。 -
地図を見ながら、高松塚壁画館にやって来ました
(45年前に来た事がありますが)随分変わりました)
壁画発見当時の現状模写をはじめ、棺を納めていた石槨の原寸模型のほか、副葬されていた太刀装飾金具、木棺金具、海獣葡萄鏡等のレプリカを展示し、高松塚古墳の全貌をわかりやすく紹介しています(HPより) -
高松塚古墳に葬られたのは、天武天皇につながる皇子の
ひとりが有力視されます -
築造当初の姿であった形に復元されています…発掘当時は雑木や竹林が古墳を覆っていました
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文武天皇 檜隈安古岡上陵
文武天皇は天智天皇・持統天皇の孫にあたる第42代天皇 -
緩やかな長い坂道を上り「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」に
やはり電動自転車で正解でした
(奥さんのお友達のお勧めで電動自転車にしました、その方は
普通の自転車をレンタルして疲れたと…) -
キトラ古墳壁画体験館 四神の館
地下1階の展示室は、キトラ古墳やキトラ古墳壁画を分かりやすく、
楽しく学べる施設になっています
また、1階の「キトラ古墳壁画保存管理施設」では、実物の壁画や出土遺物を
保存管理する施設となっています(HPより) -
石室の原寸大レプリカ
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キトラ古墳は、高松塚古墳に続き日本で2番目に発見された
大陸風の壁画古墳です
石室の天井には本格的天文図が、壁には四つの方位を守る神とされる
四神や十二支の美しい絵が描かれています。 -
天井には天文図が投影されます。
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鬼の雪隠…もともと古墳の石棺式石室の一組の石材であった
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鬼の爼…欽明天皇陵の石室の底石と蓋と説明されている。
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子供たちが遺跡を自転車で回っています
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亀石…長さ3.6メートル、幅2.1メートル、高さ1.8メートルの巨大な花崗岩に
亀に似た彫刻が彫られていることからこの名前で呼ばれている。
そのユーモラスな顔つきから明日香村観光のシンボルともなっている。
(HPより) -
橘寺…この地は聖徳太子の生誕の地でもあると伝えられています
寺院は聖徳太子建立七大寺の1つとされている。 -
橘寺にある二面石(にめんせき)
飛鳥の謎の石造物の一つであり、人の心の善悪二相を表わしたものであるとされています。 -
観音様を祭る観音堂
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子供たちも去り、静けさが戻りました
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境内に残る美しい花形の柱穴の塔心礎
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南大門跡から見た川原寺跡
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現在、中金堂跡の上には弘福寺が建っていて
この弘福寺は江戸時代中期に建てられたものです -
川原寺は、飛鳥時代の天武天皇期には飛鳥寺、大官大寺とともに飛鳥三大寺として、下って持統・文武天皇期では薬師寺を加えて飛鳥四大寺に数えられ、朝廷に重用されてきた大寺である。(HPより)
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石舞台の「農村レストラン 夢市茶屋」で昼食です
私は古代米カレーライス -
奥さんは古代米御膳をチョイス
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石舞台古墳で奥さんの記念撮影
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元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、
巨大な石を用いた横穴式石室が露出している…埋葬者としては蘇我馬子が
有力視されている。 -
羨道は長さ約11メートル、幅2.5メートルの規模を有し、
約30の石が積まれ、その総重量は2,300トンに達すると推定される -
横穴式石室で、西南方向に開口している。花崗岩で作られた石組みで、
玄室は、長さ約7.7メートル、幅約3.5メートル、高さ約4.7メートル、
羨道は長さ約11メートル、幅2.5メートルの規模を有する。
また、石室内部には排水施設がある -
子供たちでいっぱいです
-
「狐が女の姿に化けて古墳の上で踊ったことから石舞台と名付けられた」という
も説もあります -
岡寺
自転車を置いて急勾配の参道を登ると岡寺の山門があります
御本尊は如意輪観音坐像…中国、日本の土を混ぜて造ったとされる塑像です
日本三大仏のひとつに数えられ、高さは4.6メートル、塑像としては日本最大の大きです -
岡寺ではGW限定で境内にある池に奉納されたダリアを浮かべ
参拝者を迎えてくれました
(昨日まででしょうでしたがまだ残ってるいました) -
華の池にもありました
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昨夜、雨が降っていたのです番傘が干してありました
番傘の白色が妙に映えています -
龍玉願珠(りゅうぎょうねがいだま)は、木製のボール状になっており、
願いごとを書いた紙を中に入れて蓋をすると願いが叶うと言われます。
悪い龍を閉じ込め蓋をしたことで、いい龍に改心させたことからきています。
そのかわいらしいデザインから、持ち帰る人も多いんだとか。(HPより) -
日本で最初の厄除け観音として知られています
西国三十三観音 第七番札所でもあります
大和四寺巡礼の最後の御朱印も拝受いたしました -
石窟堂…弥勒菩薩が安置されています
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境内を巡ると高いとこらから本堂見渡せます
裏山は台風で崩れたそうです
境内は、いたるところで山肌があらわになっていました -
旧境内地に建っていた三重宝塔ですが、1472年に台風の被害にあい、倒壊。以降長く再建できませんでした。しかし、1984年の弘法大師千百五十年御遠忌を機に再建に着手、5年かけて514年ぶりに完成しました(HPより)
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岡寺の正式名は「東光山 真珠院 龍蓋寺」です
龍蓋寺の由来は、義淵僧正が飛鳥の地を荒らしていた龍(悪)を法力で池の中に封じ込め大きな石で蓋をしたということから、その名がつけられたとのこと。その池は現在も龍蓋池として岡寺の境内にあります(HPより) -
こちらが義淵僧正が龍を封じ込めた石の蓋
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酒船石…住宅街を抜けると小高い竹やぶの中にありました
実を言うと地元の人に聞いてたどり着きました
長さ5.3m、幅2.27m、厚さ1mの石の平坦な上面に奇妙な溝が彫られている。
昔、酒の醸造に使用されたという言い伝えから酒船石と言われるがいろいろな
説があります -
斉明天皇の時代に造られたとされる、長さ2.3メートル、幅約2メートルの
ユーモラスな亀の姿の石造物です。
円形の甲羅には深さ約0.2メートルの水槽が彫り込まれており、丸い目を持つ頭が取水口となり、甲羅にたまった水が溝の刻まれた尻尾から流れ出るようになっています。その南側には、この亀の頭部に水を供給する船形の貯水槽が、そのさらに南側にはレンガ状に加工された砂岩切石を積み上げた湧水施設が設けられており、この湧水施設から船形の貯水槽へ、貯水槽から亀形石造物へ水が流れる構造になっています。(旅する明日香ネットより) -
横から見ると亀の形をしているのがよくわかります
(近くに酒船石の矢印が…亀形石造物から直に酒船石に行けます)
(万葉文化会館入口の横にあります。万葉文化会館が休館でも
亀形石造物は見学でます)
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飛鳥寺は日本最古の本格的仏教寺院です
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発掘調査(昭和31年)の結果では、束西約200m、南北約300mの寺域をもち、その西南に塔を中心として三金堂を置く大寺院であったことが判明しています。造営には百済の工人が当り、伽藍配置や瓦の文様などにも、当時の朝鮮の仏教文化の影響が色濃く出ています(観光協会HPより)
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御本尊である銅造釈迦如来坐像は「飛鳥大仏」の通称で親しまれています
(写真撮影OKです) -
鎌倉時代の火災で顔と手以外が失われ、補修されたと記す文献があり、当初の部分が少ないと考えられ、国宝には指定されていません。
残存部分を巡っては大部分が後世の補作だとするなど諸説があったが、2016年大阪大の蛍光X線分析を使った科学的な調査で右手と顔の部分が造立当初のものと考えられることが分かりました(観光協会HPより) -
飛鳥大仏の左奥に「聖徳太子像」が祀られています
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聖徳太子が16歳の時、病気になった父用明天皇のために病気平癒の
ご祈祷をされているお姿と言われています -
蘇我入鹿の首塚
飛鳥寺を西側に抜けたところに五輪塔があります。
これは645年、大化の改新の時に中大兄皇子に暗殺されてしまった蘇我入鹿(創建者・蘇我馬子の孫)の首が飛鳥板蓋宮からここまで飛んできたという伝説があり、襲ってきた入鹿の首を供養しようと埋められ石塔が置かれたと言われています。 -
蘇我入鹿の首塚の先には甘樫丘が見えます
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飛鳥坐神社
子宝、安産、縁結びに御利益があると言われています -
毎年2月の第1日曜日午後2時より、例祭「おんだ祭」が斎行されます
三河の「てんてこ祭」、尾張の「田県祭」、大和江包の「網かけ祭」とともに西日本における四大性神事のうち、一番露骨なのはこの「おんだ祭」で、まさに日本一の奇祭として折り紙をつけても良い。 -
これは陰陽石ですね
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五穀豊穣と子孫繁栄を祈願するお祭りがあるのであちらこちらに
「マ〇石」ありました -
甘樫丘(あまかしのおか)
大化の改新以前には蘇我蝦夷と蘇我入鹿の親子が権勢を示すために丘の麓に
邸宅を構えました
甘樫丘から飛鳥寺がよくみえます -
欽明天皇陵…全長約138mの前方後円墳
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猿石(さるいし)は、奈良県高市郡明日香村の吉備姫王墓内にある奇石。
平田村池田という場所の田んぼから掘り出されて古墳の南側に置かれていたが、明治初年ごろに現在の場所に移されたらしい。4体の像にはその外見から左から順に「女」・「山王権現」・「僧(法師)」・「男」とそれぞれに愛称がつけられている。僧以外は像の背面にも顔が彫られている二面石で、僧の背面には肋骨らしきものが彫られている。(Wikipediaより) -
「ホテルウェルネス大和路」の道路際で撮影しました
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翌朝、橿原神宮に参拝
初代天皇とされている神武天皇と皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命を祀るため、
民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年(明治23年)4月2日に
官幣大社として創建された。 -
南神門をくぐると、大和三山のひとつである畝傍山を背に外拝殿が建っています
外拝殿から右へ歩いて行くと、初代天皇とされる神武天皇陵がありました -
国道368号で仁柿峠超えで伊勢神宮にやって来ました
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おや?門が開いている。ここは皇室方が参拝されるときに
使われる休憩所。 -
五十鈴川で清めて参拝に行きます
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正殿…多くの参拝者です
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宇治橋に戻って来ると交通規制がありました
黒塗りの高級車がやって来ました -
この方は神宮祭主の○○さんです
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お付きの方は下車され、運転手と神宮祭主の○○さんはの二方は
車で宇治橋をわたって行きました
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