2019/05/30 - 2019/05/31
2675位(同エリア11044件中)
旅ゆっけさん
この旅行記のスケジュール
2019/05/30
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バスでの移動
武家屋敷前ー鶴ヶ城入り口
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バスでの移動
鶴ヶ城入り口ー御薬園
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バスでの移動
御薬園ー七日町駅
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電車での移動
会津若松ー郡山ー東京
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この旅行記スケジュールを元に
久々にお城が見たいと思い、鶴ヶ城を見に行くことに。ということで車ナシひとり旅シリーズの会津編が決定しました。
いつも通り電車とバスを乗り継ぐひとり旅です。
1泊2日でしたが満足感たっぷりの楽しい旅となりました。
車を運転できない・したくない。けど旅がしたい、という方の参考に少しでもなれば嬉しいです。
1日目 旅行記
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11499846/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
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おはようございます。
温泉のおかげでぐっすり眠れ、心身共にすっきり目覚めました。
朝食はビュッフェスタイルです。 -
すごい品数で、半分も手を出せなかったと思います。
わたしのお気に入りは牛筋煮込みとフレンチトースト。
ずんだ餅も美味しかったです。
もう一度温泉に入り、10時ごろゆっくりチェックアウトして鶴ヶ城へ向かいます。 -
周遊バスあかべえを再び利用して、鶴ヶ城へ来ました。
バス停から歩いてすぐ外堀が見えてきます。 -
一帯は鶴ヶ城公園となっており、東京ドーム6個分の広さだそう。
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お城にたどり着く前に、高さ20メートルの石垣の道をくねくね進みます。これも、敵がまっすぐ進めないようにわざとこういう作りになっていたそう。
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見えてきました!
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会津若松 鶴ヶ城です。天守閣は昭和40年に復元されたもので、オリジナルではありません。
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美しい!
再建されてからも何度かの改修を繰り返し、現在の赤瓦に張り替えられ、より戊辰戦争当時の姿に近づいたそう。城の中は博物館になっていて、上りながら会津の歴史を学ぶことが出来ます。 -
特に戊辰戦争後のお城の写真が衝撃的でした。ダメージがひどく、壮絶な戦争だったことがうかがわれます。会津藩は降伏し、鶴ヶ城は取り壊されました。城内は撮影禁止なので写真がありませんが、とても充実した内容で楽しめます。最上階の手前の階から撮影OKになります。
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天守閣展望台からの眺めです。会津若松市内を一望できます。
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白虎隊で有名な飯盛山も見えます。
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カメラでズームして良く見ると昨日行った白虎隊のお墓のある一帯を見つけることができました。
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お城の前の広場で、小学生の遠足でしょうか、楽しそうにお弁当を食べています。
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来て良かった~。
階段で城内を上るのも、展示物を見ながらゆっくり上るから全然大変じゃなかった。 -
順路どおりに降りていくと、最後はお土産屋さんで締めくくるようになっていて、うまくできてる~。
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天守閣の入場券510円で茶室麟閣も見学できるようになっているので、お城の見学が終わったら茶室へ向かいましょう。
麟閣は、小学生がお弁当を食べていた芝生の向こう側にあります。 -
麟閣は、千利休の子である千小庵が建てた茶室と伝えられています。千利休が秀吉と不仲になり切腹に追い込まれた後、当時の会津藩主が千家の後継者である小庵をしばらくかくまっていたそうです。
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5分もあれば全体を回れる小さな庭園ですが、趣があって素敵です。
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てっきり復元かと思っていたのですが、戊辰戦争後に城が取り壊される際に、茶室が失われるのを恐れた茶道家の方が自宅に移築、その後平成2年に市制90年を記念して鶴ヶ城内に再び戻したそうです!
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昨日行った大内宿もそうですが、残してくださった努力に感謝です。
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せっかくなので600円で抹茶とお饅頭をいただき休憩。
このお饅頭、すっごく美味しいです。皮がふわふわ、中の餡がすごく上品。
薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)と言ってお土産としても買えます。
日持ちしないだろうと思って買わなかったのですが、あとで調べたら真空パックになっていて2週間もつとネットに書いてある。
買えばよかったなーー。 -
麟閣を後にし、公園内を少し散策。
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お城が再建される前から地元の人たちがよく散策にくる公園だったそう。
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デートコースとしても人気だそう。雰囲気あるもんね。
大満足で鶴ヶ城を去り、次は「ハイカラさん」に乗って御薬園へ向かいます。 -
御薬園は歴代藩主がこよなく愛した庭園で、薬草を栽培する薬草園があることから御薬園と呼ばれるようになったそうです。戊辰戦争時は怪我した兵士達の療養所としても使われました。
御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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入ってすぐに目に留まるのがすてきな和の豪邸ですが、こちらは「重陽閣」といい、秩父宮親王ご夫妻を会津の東山温泉でおもてなす際に新築した旅館の一部。秩父宮親王妃の勢津子様は最後の会津藩主、松平容保のお孫さん。ということで、松平家のゆかりのあるこの御薬園に移築されたそう。
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と、これに書いてある。
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蓮の池が綺麗。
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名前の由来である薬草園。
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お花もたくさん咲いてます。
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この辺からぐっと江戸時代の庭園ぽくなってきた。
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大きな池を中心にぐるっと回るように順路が整っていて、小さな島があったりして、都内の清澄庭園に似てるなーと思っていたら、どうやらそれが、江戸時代大名庭園の典型的なスタイルだったみたい。
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小さな滝など、細かい演出がすてき。
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さすが歴代藩主の自慢だった庭園。美しくて落ち着きます。
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ダック親子も居心地よさそう。
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150円で鯉に餌をあげることもできます。
前方を歩いていたご夫婦があげてました。 -
樹齢推定500年越の木も沢山あります。さすが、600年の歴史を誇る庭園。
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栽培した薬草を使ったお茶も売られています。
庭園を堪能し、御薬園をあとに。
このあと、すべてが順調だった旅にちょっとしたハプニングが起きます。 -
ちょうどこの時期は、修学旅行で会津若松市内は中学生だらけ。昨日から利用している周遊バスも中学生で大変混みあい、乗り降りに時間がかかるため全体的に時刻表より遅れがち。(中学生たちは全然悪くないんだけど。)
御薬園を出て再び「あかべえ」に乗ろうとしたところ、全然来ない。45分も待っている間に雨が降り始め、やっと来たと思ったら「満員でこれ以上乗れないので、次のに乗ってください」。えーー!後で気づいたのだけど、御薬園はおそらく二大人気スポットである武家屋敷と鶴ヶ城の中間点にあるため、バスが一番混んでいる状態で通過する場所なのです。仕方ないので、いつ来るかわからない次のバスを待つことに。地方なので当たり前ですが、タクシーも全然通らない。一緒にバスを待っていた小学生の遠足(たぶん)5人組は、あきらめて、首に下げていた携帯で先生らしき人に連絡しどこかへ消えて行った。思えば、あの子たちどうしたんだろう。激しくなる雨の中、さらに待つこと25分。やっと次のバスが来た!と思ったら、また満員の様子。
「次ので・・・」と運転手さんが言い終える前に「前のバスにも同じこと言われて、もう1時間以上待ってるんです」とちょっと声が大きくなる旅ゆっけ。
運転手「混んでるので増便していまして、次のがもうすぐ来ると思うんです」
旅ゆっけ「すぐっていつですか!」
たじたじの運転手、無線で増便の位置を確認し、
「まだ〇〇のほうで・・・あと15分は・・・」
旅ゆっけ「〇〇ってけっこう遠いですよね。15分では来ないんじゃないですか」
運転手「そう・・・ですね・・・・」
さっきまで雨だけだったのに、いつの間にか雷がゴロゴロゴロー!と響き渡る。
とうとう運転手さんが「じゃあ乗ってください。みなさん、もうちょっとだけ後ろに行ってくださーい」
粘ったおかげで乗せてもらえたけど、恥ずかしかった。会津弁の優しい運転手さんにもキツイ言い方してしまい、すみません・・・。 -
バスを待って1時間以上途方に暮れたけど、何とか市内の反対側の七日町に来れました。御薬園を出たときはちょうど13時だったのに、もう14時半回ってる。
気を取り直し、七日町駅の観光案内所で地図をもらい、散策開始。
朝ビュッフェのおかげでいつもの3倍くらい朝ごはん食べたけど、さすがにお腹が空いてきました。 -
七日町駅のすぐ目の前にある阿弥陀寺には、戊辰戦争で亡くなった藩士が眠る墓地があります。会津では3000人近い犠牲者が出ましたが、そのうちの1200人ほどがここに眠っているそう。
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新選組の斎藤一のお墓もここにあります。斎藤一は戊辰戦争を生き延び、のちに72歳で亡くなりましたが、本人の遺言でここにお墓が作られたそう。
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七日町通りをさらに進むと渋川問屋が現れます。
明治時代の建物です。渋川問屋 グルメ・レストラン
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物流の基地として栄えていた海産物問屋さん。
現在は会津郷土料理のフルコースが食べられるお食事処であり、旅館でもあります。 -
これは何屋さんだっけ・・・雨と空腹でやる気がかなり落ちています。せっかくだから喜多方ラーメン食べたいけど、近くにあるかな、ラーメン屋。
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ろうそく屋さん。この時点でラーメン以外は興味が持てなくなっています。
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これは酒蔵。大正浪漫なお店がたくさん並ぶ通りですが、雨も激しくてカメラを出したまま歩けないし、頭の中はラーメンラーメン・・・・。
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赤べこ専門のお店を通り過ぎて数分、とうとうラーメン屋が現れました!
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喜多方ラーメン空山 というお店で、醤油ラーメンを注文!640円でした。
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太めのちぢれ?跟が美味しいです!
スープはあっさりだけど、少し甘みがある感じでした。
具も美味しかった。チャーシューはトロトロに柔らかいし、ひき肉は逆にさっぱりしてた。
これで心身共に蘇り、七日町の地図を眺めながら、このあとの数時間をどうしようか検討していると目に入ってきたのが「末廣」。昨日ホテルで飲んだ美味しいお酒を造っている酒造の蔵があるとのこと。
七日町通りからちょっと奥へ入った別の通りにあるのですが、ラーメン店の方に聞いてみると、歩いてすぐとのこと。無料の蔵ツアーもあると書いてあるので、行ってみることに。 -
末廣に向かって歩いているといきなり住宅街の中に現れた「野口英世洗礼(初恋)の地」。野口英世がこの辺りに住んでいたというのは来る前に調べて知っていたけど、どういうことかしら。この看板があるのみで、特に何もない。
後で調べてみると、野口英世が通っていた教会の跡地でした。もう移転してしまったけれどここにあった教会で洗礼を受け、この教会で初恋の女性にも会ったそう。 -
末廣酒造 嘉永蔵に到着。
末廣酒造 嘉永蔵 名所・史跡
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入り口の門を入っていくと、観光客は私だけの様子。
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まっすぐ進んでいくと、いきなり吹き抜けの素敵なホールにたどり着きます。うわー素敵。
次のツアーは10分後の15時半にスタートすると書いてあります! -
タイムトリップしたようなこの雰囲気。
ツアーが始まる前からすでに魅了されています。
15時半になり、結局ツアー参加者はわたしだけ。
ガイドさんとマンツーマンの贅沢なツアーです。 -
丁寧に酒造工程を説明してくれるツアー。
大部分の生産は別のロケーションにある工場で行われているので、昔はこういう機械や道具を使って生産したんですよ、的なツアー。
これは確か、搾り機だったかと。 -
これは確か、お米をここに入れて蒸した・・・ような気がする。 蒸す部屋。
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昔ながらの道具は展示用なので、今は使われていません。
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昔、末廣さんが製造、販売していた秤だそうです。今はお酒ひとすじ。
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大正時代、当時は新しく画期的な「山廃仕込み」という手法が、写真の嘉儀金一郎さんによってこの蔵で考案、実験を繰り返し、完成させたそう。
このあと二階の縦長の部屋に案内され、突如現れたのは・・・ -
ステージと、グランドピアノ。天井が高く、音響が良い土蔵のためコンサートホールとして貸し出しているそう。ジャズの渡辺貞夫さんや日野照正さんも演奏にくるという!
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この天井!素敵~~~!
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このあとは住居として使われていた部分を見せていただきました。
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大広間は大切なゲストをもてなく時などに使われていた様子で、当時の様子の写真なども飾ってあります。
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こちらは最後の会津藩主 松平容保の直筆です。
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最後の将軍 徳川慶喜のも。すごい人脈!
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こちらは野口英世博士がアメリカから帰国した際に末廣に来て残していったものだそう。野口英世が恩師として慕った小林栄さんという方が末廣さんと親戚関係にあるので、野口英世のお母さんも含め、末廣さんとは家族ぐるみの付き合いがあったのだそう。
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素敵な漆器。
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ぐるっと回ってツアーの最後は入り口に戻ってくるようになっています。
こちらは昔、とっくり単位でお酒を売っていた小窓。
一升瓶のお酒を買うほど裕福でないお客さんがとっくりを持参してお酒を買うことができたそう。顔が見えないように低い窓になっていたそうです。
なるほど~と感心。 -
素敵なカフェもあります。
仕込み水でいれたおいしいコーヒー、大吟醸を使ったシフォンケーキなどがあります。ラーメン食べたばかりでなければ、立ち寄ってみたかったです。 -
試飲ができる直売店。
全部美味しい~。 -
すっかり末廣ファンです。
会津近辺に来たら、末廣の日本酒を是非お勧めします。 -
末廣嘉永蔵のあとは、野口英世青春通りを歩きました。
医師になろうと決意した10代後半の野口英世がこの近辺に数年間住んでいたので、青春通りと呼ばれているようです。 -
青春通りはこの広場から始まり、赤レンガの道が続きます。
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思ったより静かな通りです。まっすぐ行くと会津若松駅にたどり着きます。
今日のあかべえはあてにならないので、歩いて駅まで向かうことにします。 -
歩いていると現れたのが野口英世青春館。旧會陽医院であったここで野口氏は左手の手術を受け、幼少時代に火傷で大けがした指を初めて使えるようになります。
野口英世青春館 美術館・博物館
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医学の可能性に感動し、医師になる決意をした野口氏は書生としてここに住み込み、医師になるための勉強をはじめました。現在は1階がカフェ、2階は有料で見学できるようになっています。
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さらに駅に近づいていくと現れるこの素敵な洋館は白木屋漆器店。1720年代から漆器業を営んでいる会津塗の老舗。この洋館は大正時代に建てられたもの。
白木屋漆器店 美術館・博物館
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外から写真だけでも良いかなと思ったのですが、ちょっと中をのぞいてみることに。
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素敵な漆器が並びます。
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高級なものばかりなのかなと思っていたのですが、リーズナブル価格のものもあります。
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お店の奥は資料館になっていて、自由に見学することができます。
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資料館では会津漆器の工程をわかりやすく説明するビデオが流れています。
こちらは工程ごとのお椀が順にならんでいます。
左端の木のお椀に何度も何度も漆が塗られて、右のような姿に。 -
さらに麦をつかって表面に模様をつけて、さらに漆を塗っていきます。
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二階も見学できます。高級な漆器がケースに入って展示されています。
すべて商品なので購入も可能ですが、高価なもの中心です。 -
花瓶でしょうか。左のものは40万円以上のお値段がついているようです。
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商談ができるお部屋?
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真ん中の重箱はなんと百万円。個人的には手前の金色のお重箱が好きです。
購入は一生無理ですが、鑑賞するだけでも楽しかったです。 -
このあと徒歩15分ほどで会津若松駅に到着しましたが、なんと磐越西線に乗り遅れてしまい、郡山から予約していた新幹線を一本ずらすことになりました。磐越西線は1時間に1本とかの頻度なので気を付けましょう・・・。
郡山で全然時間がなさそうだったので、会津若松駅でお土産を買って帰りました。
ちょっとしたハプニングはありましたが、とても充実した2日間で、大満足でした。会津は幕末浪漫にあふれていて、歴史好きにはたまらない街だし、山に囲まれた自然美も楽しめます。
充実度のおかげで、旅行記を書くのがいつもより大変でした 笑
ご精読ありがとうございました。まだ予定ありませんが、今後も車ナシの旅を続けて行きたいと思います。会津若松駅 駅
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この旅行記へのコメント (2)
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- ねもさん 2019/07/23 10:52:43
- お久しぶりです
- 旅ゆっけさん
わが家も2013年夏に会津を訪ねました。ちょうど『八重の桜』をやっていて、あちこち混雑。鶴ヶ城の天守閣なんか、パンダ舎状態(立ち止まらないで!)でした(笑)
連続の満員バス、災難でしたね。こういうときは率直に「1人なので悪いけど乗せて」と頼むほうがスマートのように思います。このごろの運転手は乗客の反発を懸念してか「詰めて」と厳しく言わないようです(旅ゆっけさんは若いから知らないかもしれませんが、昔の公共交通機関の車掌とか運転手とか高圧的な人が結構いました)
塔のへつりや大内宿も懐かしく拝見しました。これくらいの季節のほうが、暑くなくゆっくり見られるようで、羨ましいです。
- 旅ゆっけさん からの返信 2019/07/23 20:47:15
- Re: お久しぶりです
- ねもさん コメントありがとうございます! そして、以前もコメントを頂いたにもかかわらずお返事を書いておらず、大変失礼しました。(特に通知が来なく、コメントに気づかないことが度々ありまして。。。)
会津の旅はとても楽しく、満員バスも今となってはいい思い出です(笑)。そうですね、最初から「ひとりなので」とお願いした方が早かったですね!貴重なアドバイスをありがとうございます😊
また懲りずに車なし旅、頑張りますので今後とも宜しくお願い致します😄
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