2019/04/30 - 2019/05/03
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Non さん
大阪からの~
Cちゃんに会いに、奈良へ行きました。
奈良!!
修学旅行以来だ~
4月30日 薬師寺
5月 1日 氷室神社・興福寺・春日大社神苑「萬葉植物園」・春日大社
5月 2日 東大寺
5月 3日 若草山・法華寺・平城宮
- 交通手段
- 高速・路線バス 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
4月30日(火)
大阪から移動すること約45分
薬師寺に到着
天武天皇が680(天武天皇9)年に建立を発願したと伝えられ、
平城遷都とともに藤原京から移される。 -
国宝(白鳳時代)の東塔(とうとう)は、解体修理中でした
残念・・と思ったけど -
こんなに間近で見られるなんて・・・
ある意味ラッキー!!
だよね。 -
中門の二天王像
-
仁王像とは異なり、重厚な鎧などを身に着けた「武装」した姿が特徴的です
-
西塔(さいとう)
享禄元年に兵火で焼失し、
昭和56年に453年ぶりに復興されました。 -
金堂(こんどう)
二重二閣(にじゅうにかく)、
五間四面(ごかくしめん)、
瓦葺(かわらぶき)の建物で
各層に裳階(もこし)をつけた美しい堂で、
龍宮造りと呼ばれています。 -
玄奘三蔵院
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玄奘三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん)
礼門の鬼瓦 -
こっちも
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平成最後の夕食
鶏のお店で -
今日から『 令和 』
令和元年 5月1日(水) 雨です
Cちゃんと駅で待ち合わせ。
氷室神社『献氷祭』です。 -
氷柱が神前に奉納され、舞楽が演じられます。
-
奈良国立博物館に行きました。
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興福寺
五重塔 ≪国宝≫
天平2年(730)光明皇后が建立。
高さ50.1m。
国内で現存する古塔では、日本で2番目に高い。 -
南円堂(なんえんどう)≪重要文化財≫
藤原冬嗣が父、内麻呂追善のため
弘仁4年(813)に創建。
国宝
木造 不空羂索観音菩薩像(ふくうけんさくかんのん)
木造 法相六祖坐像(ほっそうろくそざぞう)
木造 四天王立像(してんのう) -
三重塔 ≪国宝≫
康治2年(1143)、崇徳天皇の中宮
皇嘉門院清子(こうかもんいんきよこ)が建立。 -
北円堂は
特別開扉の日でした -
北円堂(ほくえんどう) ≪国宝≫
興福寺を創建し、平城京造営を推進した藤原不比等の
1周忌にあたる養老5年(721)、
平城京を一望に見渡す最良の地に創建。
国宝
木造 弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)
木心乾漆造(もくしんかんしつづくり) 四天王立像
木造 無著菩薩立像(むじゃくぼさつ)
世親菩薩立像(せしんぼさつ) -
近くにキリスト教の幼稚園がありました。
建物が和風なんです。 -
中金堂(ちゅうこんどう)
藤原不比等により創建され、その規模は当時の奈良朝寺院の中でも第一級でした。
木造 釈迦如来坐像
重要文化財
木造 薬王菩薩(やくおうぼさつ)・薬上菩薩立像(やくじょうぼさつ)
木造 大黒天立像
厨子入り 木造 吉祥天倚像
国宝
木造 四天王像 -
五重塔の左側
東金堂(とうこんどう) ≪国宝≫
神亀3年(726)聖武天皇が造立。
重要文化財
銅造 薬師如来坐像
銅造 日光・月光菩薩像
国宝
木造 十二神将立像(じゅうにしんしょう)
木造 四天王立像
木造 維摩居士坐像(ゆいまこじ)
文殊菩薩坐像(もんじゅぼさつ) -
その他国宝館には
阿修羅立像が安置されています -
でっかい木
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春日大社神苑「萬葉植物園」
拝観料 一般¥500
開園時間 9時~16時30分
休園 1月・2月・12月の月曜(祝日等と重なる時は翌日) -
御衣黄(ぎょいこう)
『ウコン』と共に二種類ある緑の桜の一つ。
大島桜の系統の八重桜で花の中心から赤い筋が
花びらに入りピンク色に染まって花の形のまま
散り落ちる。
天皇陛下がお召しになられる衣装『衣黄(いこう)』
から名がつくほど昔から日本にある桜である
とのことです -
イヌビワ
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やまふじ
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春日大社のシンボル
藤 -
20品種、約200本もの藤があります
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花
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名前わかんなくなっちゃった
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春日大社
国宝殿の?蹈太鼓(だだいこ) -
若宮の大楠(わかみやのおおくす)
県下で1,2位を争う巨樹であるこのクスノキは、もとは3本の苗木が成長に伴って合着したものといわれており、神功皇后お手植えと伝えられる。
記録によれば享保4年(1719)の大雪で幹上部が折損し、そのため低い樹形になったとされる。 -
若宮神社
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境内・境内外も含めて、61もの関連する摂社・末社があります。
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釣燈籠が
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たくさんあります
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5月2日
奈良駅の観光案内所
建物が奈良っぽいね -
バスで東大寺に行きます。
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轉害門
762年に建立され、
三間一戸八脚門という形式を持つ門で国宝に指定されている。
この門は、東大寺の建築物の多くに損害を生んだ平安末期、1180年の重衡の兵火、また戦国時代、1567年の三好・松永の戦いにおいても致命的なダメージを受けることがなく、一部修理されたとはいえ、現在に至るまで基本的には「奈良時代の建築」を維持しており、東大寺境内では非常に貴重な存在となっているそうです。 -
大湯屋
(重要文化財)
僧侶らが身を清めるために使用した「お寺のお風呂」です。 -
「二月堂供田(くでん)」
お寺で使う、お正月の鏡餅やお水取り行事で使用されるお供えの餅を作るための「餅米」を栽培しているそうです。 -
「二月堂裏参道」沿いのおうち
かっこいい -
二月堂裏参道
土塀に囲まれた「石畳」の道です -
屋根の上で見守ってます
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二月堂
修二絵(お水取り)が行われる舞台造りのお堂 -
白い吊り提灯
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二月堂の上から
いい景色です -
二月堂良弁杉(ろうべんすぎ・りょうべんすぎ)
この大木には、東大寺開山の祖、初代別当である「良弁」の名前が付けられています。
良弁がまだ赤ん坊の頃に、「トンビ」にさらわれてしまった後、この杉の木に引っかかっているところを保護され、僧侶として育てられることになり、最終的には成長した後に母親との再開も果たしたというなエピソードに由来するものとなっています。 -
そのエピソードがこんな所に
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トンビです
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ここにも
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白い吊り提灯がならんでいます
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反対側からの二月堂
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法華堂(三月堂) 国宝
左四間が天平建築、右四間が鎌倉建築。 -
お水取りの「おたいまつ」です
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さあ、いよいよ「大仏殿」
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八角燈籠(国宝)
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大仏(盧舎那仏坐像)るしゃなぶつざぞう
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中門の兜跋毘沙門天。
下に「天女」や「鬼」がいます。 -
大仏様の右手(実物大)
手の大きさは縦が約3メートルで、中指の長さは約1.5メートルもあります。この手の形は施無畏印(せむいいん)とよばれるもので、手のひらを前に向けて「恐れなくてもよい」と相手を励ますサインです。東大寺の大仏さまは、右手で私たちを励ましているのです。
大仏様の左手(実物大)
中指の先から手のひらまで含めた長さは約3.3メートルもあります。この手の形は与願印(よがんいん)とよばれるもので、手のひらを上に向けて、人びとの「願いをかなえる」ことを表しています。東大寺の大仏さまは、左手で私たちの願いを受けとめているのです。 -
南大門
高さ25メートル
日本国内で最大規模の実に巨大な山門(国宝)です。
建築様式は「大仏様(だいぶつよう)」(※天竺様(てんじくよう)とも呼ばれる)と呼ばれるものを取り入れています。 -
鎌倉時代の天才的仏師(仏像を造る職人)である運慶が指揮をとり、快慶らとともに彫り上げたもの。
門が完成した後、建仁3年(1203年)にわずか69日間の製作期間で造り上げられたと言われています。
この位置からだと -
目が合いますよ
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今日は聖武天皇祭
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東大寺慶讚能
「聖武天皇のみこころをしのび、大仏様に似品を代表する伝統芸能である『能楽』を奉納することで、共に生きる喜びを表現しよう」
ということだそうです。 -
戒壇堂
僧侶になるためにそれぞれが守るべき行動規範とも言える「戒」を授けるための施設。
奈良時代の仏教美術を代表する国宝四天王立像は、持国天・増長天・広目天・多聞天のいずれも像高1.6~1.7メートルほどの塑像(そぞう)となっています。 -
鐘楼(国宝)鎌倉時代
鎌倉時代の東大寺復興に大きな足跡を残した重源上人を継ぎ、大歓進となった栄西禅師が承元年間(1207~1210)に再建したもので、大仏様にやや禅宗様要素を加味した豪放な建物である。
梵鐘(国宝)奈良時代
重さ26.3トンもある梵鐘は東大寺創建当初のもので、鐘声の振幅は非常に長く、日本三明鐘のひとつに数えられている。 -
そろそろCちゃんとお別れです。
3日間ありがとう!! -
馬刺し、
あとなんだったっけな~!? -
5月3日
今日は、車で移動です。
奈良駅の観光案内所 -
屋根の上に!
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ここから登っていきます。
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鹿 注意!!
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若草山~
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いい景色
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大仏殿と平城京跡が見えます
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法華寺
赤門です -
国史跡 名勝庭園 特別公開中でした
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本堂
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きれいです
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「光月亭」
市内月ヶ瀬地区で18世紀に建てられた農家(庄屋)の住居建築を移築して来たもの。
お寺では少し珍しい「茅葺き屋根」が目ちます。 -
「鐘楼堂」
「袴腰」と呼ばれる美麗な建築様式を持つ法華寺の「梵鐘」を吊り下げる建物であり、本堂と同時期にあたる慶長年間(江戸時代が始まる直前頃)に建立されたものと考えられています。 -
法華寺から30分
平城京跡にやって来ました。 -
「造酒司井戸」
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「東院庭園」の隅楼
東院庭園は、
称徳天皇の時代に宴会や儀式を催した庭園を復原したもの。 -
令和を祝い
大凧を上げるそうですよ -
「朱雀門(すざくもん)」
奈良時代の平城宮における南面の「正門」として機能していた堂々たる門です。
朱色に塗られた入母屋二層構造と言われる建築様式を持ち、東西25m、高さ20mに及ぶ堂々たる風格を示しています。 -
「朱雀門」
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第一次大極殿 南門
復元工事中 -
若草山・春日山・高円山、奈良を代表する山々が見えました。
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さっきの大凧
そろそろ揚がるかな!?
ん~~~~
待ってたけどなかなか揚がらない -
第一次大極殿
奈良時代には「朝議」の空間、すなわち天皇の即位式や、外交使節に対する謁見を行うなど、国家機構を支える最も重要な儀式を行う場所として機能していたとされています。 -
高欄
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「高御座(たかみくら)」
この高御座は京都御所に現存する高御座を参考に造られたもので、八角形の特徴的な形状が印象的なものとなっています。
「即位礼正殿の儀」で見ましたね。 -
「鴟尾」の模型
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屋根の中央に設けられている「大棟中央飾り」
古代中国で当初の「鳥形」からこのような「宝珠型」に変化していったと言われる飾りは、実は平城宮跡では発見されていない状況となっており、存在が確認されている訳ではありませんが、当時の技術水準などを踏まえ、復元大極殿では法隆寺の「夢殿」の宝珠を参考に製作、設置されることになりました。 -
奈良ともお別れ
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ぼちぼち帰りますか。
2019年ゴールデンウィーク 焼津編へ!
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