2019/05/05 - 2019/05/05
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たびたびさん
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今日は、いよいよ最終日。愛知県の祭りを見た後は、浜松祭りです。浜松からだと東京へはそのまま新幹線であっという間。ここまでの旅を考えると浜松はけっこう帰ってきた感じです。気持ちに余裕をもって回れますね。
ところで、地方の伝統的な祭りは、たいがいは祭礼から始まったものなのですが、この浜松祭りは、一説によると450年の伝統を持っていてもそうではない。始めから都市の祭り、市民のまつりということのようです。ただ、それは不思議なことではない。基本は凧揚げですからね。子どもの誕生を祝う初凧の伝統とか。それは、祭礼とかとは無縁のものでしょう。
そして、遠州のからっ風と呼ばれる強い風が吹く自然条件とさらには気質。ちなみに、同じ静岡県でも、遠江国、遠州の気質は、駿府や伊豆とまったく違っていて、それぞれ三者三様。例えて言えば、いざ食えなくなったら、どうするか。駿河は優柔不断なので人に乞うてしのぐ「駿河の物乞い」、伊豆は何もできない「伊豆の餓死」。これに対して、遠州は気性が荒くシビアなので「遠州泥棒」なんだとか。凧揚げ合戦とか、その気質にも育まれた面が大きいのではないかと思います。
さて、浜松まつりの凧揚げ合戦が行われる会場は、遠州灘海浜公園。広々とした陸上のトラックみたいな感じですが、海岸側の堤防から見下ろすと全景がよくわかる。ただ、それだけではなくて、周囲は砂丘が遠くまで広がっているし、とにかく広大な地形。バス停から公園までの距離もそれなりにあるし、すべてのスケールが大きいです。 会場に近づくにつれて、無数の凧が見えてくるとだんだん興奮してきますね。海岸の会場では、空高くに悠々と揚がっている凧もいれば、そこに揚げるまで苦労して何度もトライしている凧もある。広い会場でそれぞれのチームが思い思いに楽しんでいました。ちょっと驚いたのはラッパの応援。軍隊の進軍ラッパのようなのが鳴り響いていて、会場の雰囲気を大いに盛り上げていました。それは、大凧を黙って操るイメージとは全く異なる雰囲気。大きな特徴かなと思います。
そして、浜松まつりのもう一つの華は夜の屋台の巡行。これは、後から加わったのもののようですが、ライトアップされた屋台は派手派手。思い切り明るい電気のライトで照らしていて、本当に迷いがない。これも遠州人気質の表現なのかもしれません。
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浜松駅に到着して、今日は一日たっぷりを使って浜松。
昼間の凧揚げ合戦と夜の御殿屋台の巡行なんですが、今から凧揚げを見ても、夜まではもたないかな。ということで、まずは、まだ散策をしたことがない浜松市の郊外、西のエリアを散策してみることにします。
この時間、浜松駅の周辺にはすでに御殿屋台が待機していましたが、まだまだ出番は先ですよね。 -
まずは、五社神社・諏訪神社へ。この神社は、徳川秀忠の産土神だった神社なので、地元では子守り、子育ての神として崇敬されています。楼門から
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本殿の構えは、朱色に統一されていて美しく、かなりの規模も備えます。
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ただ、現在の建物はすべて戦後の復興なので、まだ新しい感じ。情緒という意味では少し物足りないかもしれません。
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心造寺は五社神社・諏訪神社の北側にあって、坂をしばらく上った先。境内の境目とかはなくて、ざっとした感じです。
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秀忠の産土神として、五社神社が浜松城内から移された際、隣接地に開かれたのがこの寺。開基は秀忠の母、西郷局。それなりの由緒だと思うのですが、そんな感じはあまりしない。普通のお寺のように見えました。
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そして、ちょっと楽しみにしていたのは賀茂真淵の関係。賀茂真淵は、万葉集を研究し、和歌における古風の尊重を唱えた国学の大家。本居宣長に古事記の研究を勧めたのも賀茂真淵。本居宣長の古事記伝による「やまとごころ」や源氏物語の「もののあはれ」とか。日本の本来の精神性を探求する流れにつながる役割を果たしたように思います。
賀茂真淵記念館は、その出身地である浜松市にが建てられたもの。記念館の敷地内には真淵を祭った県居神社もあって、神格化されているのも自然なことかもしれません。 -
ところで、国学というと幕末に尊王攘夷の志士たちの思想的なバックボーンになったものというイメージが強いのですが、ここでいろんな展示物を見たりすると、むしろ国学の追及は和歌のため。和歌の人口は多いし、言葉の使い方とかは国学者による研究は欠かせないものだったのではないか。
つまり、それは経済的にも飯が食える分野の仕事だったのではないかと気が付きました。そんな国学を幕末の激しい尊王攘夷の思想と結びつけたのは、やっぱり政治的な要因からですよね。ちょっと国学の新しい視点が開けたような気がしました。 -
これが県居神社。最後に参拝です。
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さて、ここまで来たら、浜松市博物館へも足を延ばします。結果としては、かなり遠いですね。不便な場所ですが、隣りに蜆塚遺跡があって、それでこの地が選ばれたんでしょう。
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展示もメインは蜆塚遺跡でしょう。
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原始時代から
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古代への展示は、浜松を説明するものでもあるのですが、結局、もっと日本全体のこと。これで、浜松の特徴を理解しようとしても、そういうものではないでしょう。
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他目立ったものとしては賀茂真淵が少しくらい。鎌倉・室町・戦国時代以降の浜松の歴史を知りたかったのですが、そこは限界があったかも。それに、解説はちょっと子供向け。平易な解説ですが、突っ込んだ感がイマイチで、ちょっとストレスがたまりました。
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博物館を出て、蜆塚遺跡へ。これは、縄文時代後期から晩期頃の貝塚、集落遺跡で、国の指定史跡。やっぱり、浜松を代表する遺跡でしょう。
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丘の上のような開けた場所に竪穴式住居の復元や発掘現場の目印等が細かく残されていました。海にも近かった場所ですし、暮らしやすい自然条件に恵まれていたのかなと想像しました。
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さらに、進んで。
太刀洗の池は、浜松医療センターの向かいのバス停裏の辺り。池らしいものもよくわかりませんでしたが、藪の中のかなりわかりにくい場所に石碑と説明版がありました。
ここは、徳川家康の正妻、築山殿を殺めた太刀を洗ったとされる池。武田と通じたという疑いで、織田信長からとがめられ、妻と嫡男、信康を殺さざるを得なくなった有名な事件。
時は、天正7年(1579年)。浜松城に呼び出されて岡崎城から向かう途中だったということです。 -
そして、これは佐鳴湖。西部にある周囲が5.5 kmもある大きな湖。対岸がはるか先に見えて、その大きさを実感しました。
ちなみに、浜名湖と同じように海から徐々に切り離されて出来たという湖ですが、浜名湖とつながっていて、わずかに塩分が認められるのだとか。蜆塚遺跡から回りましたが、これを見ると、この一帯が良好な自然環境に支えられていたことを実感します。 -
さて、ここからの帰りはさすがにバス。遠鉄バスなんですが、あまり人家がないような場所でもしっかりルートがあって、本数もまあまあ。なかなか頼りになるバスだと思います。
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ここで昼飯は、やっぱり浜松餃子。
五味八珍の浜松餃子はまだ食べたことなかったなあと思って寄ってみました。 -
しかし、ここの餃子は下味がしっかりついているし、全体にゴワッとした食感。ボリューム感はあるのですが、浜松餃子のライトな感じがほとんどない。つけ麺とか炒飯とかとのセットメニューが主体だし、むしろ、そうした中華メニューが主力なのかな。いわゆる浜松餃子を楽しみたいなら、このお店はちょっと違うかなと思います。
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ここから、凧揚げの会場に向かうのはシャトルバス。浜松アクトタワーの方から出ています。
ちなみに、アクトタワーは、アクトシティ浜松のBゾーン。浜松のシンボル的な存在で、浜松駅を降りてもすぐにこれが目に入るし、新幹線からでもよく見えます。
高さは、212.77m。途中から少し細くなる形は、さすが楽器の町、浜松。ハーモニカをモチーフにしたデザインです。 -
シャトルバスで15分くらいかな。
会場の遠州灘海浜公園に到着しました。 -
会場はお祭り気分。
お迎えの和太鼓も威勢よく、雰囲気を盛り上げます。 -
しかし、バス停から会場へはなかなか歩かせますねえ。これは思っていたより遠いですよ~
ただ、その途中に見えてきたのがこれ。中田島砂丘です。 -
イチオシ
天竜川以西にあって、約4kmに渡るなかなか大規模な砂丘。海岸に向かって、急こう配の砂の山を上ると海岸線に沿って、防波堤のような遊歩道が伸びる。鳥取砂丘に迫るくらいの規模感がありますね。
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ただ、私は会場に急ぎたいので、林間の道を行きます。
もう見物し終わって、帰る人もたくさんいますね。もしかして、もっと早く来た方がよかったのかな。 -
しかし、あれれ。
はるか上空に無数の凧。あー、あれですか。これは期待できそうですよ~ -
こんな美しい一角も過ぎますけど、気がせきますね。
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ようやく会場に到着。
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ほー、
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ほー、
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ほーーー。
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凧が元気よく揚がって、
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壮観、壮観。
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イチオシ
自慢の凧をそれぞれが楽しく操っていますね。
一心に凧のことに集中して、なんか子供に戻ったような気持ちかな。 -
これから揚げる組もいて、
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さあさあ、どうでしょうねえ。
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一気に高く揚がるでしょうか。
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スイーッと揚がる凧もあれば
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やっぱり、何度も失敗を繰り返す凧もある。
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この「船」の凧もちょっと苦戦しているかな。
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スイーッと揚がっていくようでも、また失速。
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何度も挑戦をしています。
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イチオシ
今度はどうかな。
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うん。
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うん。
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うん。やっと揚がった感じです。
ただ、ここはまだ低層。ここから、さらに風を読んで高層に持っていかないと本当の安定は得られません。まだまだ、戦いは続きますよ~ -
しかし、そうやって悪戦苦闘をしつつの凧がこんなにたくさん。
どんだけすごいか。推して知るべしですね。 -
そして、これはラッパ隊。
進軍ラッパのようなイケイケのノリ。会場の雰囲気が盛り上がって、応援合戦にも熱が入ります。 -
堤防の方で観戦している人も見えていて、気持ちよさそうですねえ。
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私もそっちの方に行ってみましょう。
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ほー。
ここからだと全景がよく見える。 -
この眺めも
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痛快ですねえ。
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イチオシ
さっきは、あの中にいて見ていたんですが、やっぱり邪魔になっていたかもしれません。ごめんなさい。
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手前の小屋には凧がかけてあるんですが、
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もう傷ついて役割を終えた凧もあるような。
なので、午前中には、もっと多くの凧が揚がっていたということでした。 -
凧揚げ合戦というのは確認できませんでしたが、凧揚げの方はこれでいいでしょう。堤防の道を帰りたいと思います。
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これが砂丘の堤防道。
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これもまた楽しいですよね。
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さてさて、再び戻ってきて。
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ついでに、浜松まつり会館へも行ってみます。
こちらは、昼の部の凧揚げと夜の部の絢爛豪華な御殿屋台の両方の浜松まつりを紹介をする施設。 -
大きな施設なので、凧の展示も御殿屋台の展示もまるごとみたいな感じですよね。
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イチオシ
凧揚げの実物を見た後に伺ですが、
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ここでもう一度その経緯について勉強したり。
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御殿屋台よりも凧揚げの方がもともとだったのもこちらで知ることになりました。
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遠州灘海浜公園から浜松駅まで戻ってきて。
まだ、夜の御殿屋台巡行までは時間がある。ということで、今度は浜松市の北側を散策したいと思います。
遠州信貴山は、聖徳太子が開いた奈良県の信貴山の分霊を祀っている神社。 -
通りから少し高台に上がった境内には、赤い立派な本殿がドーンと建っていてちょっと圧巻。ほか、毘沙門天を祀る毘沙門堂に、弘法大師を祀る大師堂なども備えています。
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天林寺は、曹洞宗の古刹。室町時代の初期、傑堂義俊禅師が亀鶴山万歳院として、引馬城近くに開いたのが始まりで、普済寺を本山とする十三門のひとつ。
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普済寺は徳川幕府から朱印状を与えられていますが、こちらも楼門形式の山門から、本堂の豪壮さとか。権力者の庇護がとても厚かったのではないかという感じがしました。十三門のひとつといっても、ここは特別のような気がします。
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そして、気になっていたのがこちらの犀ケ崖古戦場跡。敷地の中にの犀ケ崖資料館という施設があって、戦場跡の解説など。
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つまり、ここの戦いは三方ヶ原で勝ち誇る武田軍に家康軍が一矢を報いたという犀ケ崖の戦い。
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資料館では、それだけではなくて、
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三方ヶ原の戦いのジオラマ展示も。両軍の布陣が細かく再現してあって、けこうリアル。家康の最大のピンチだった戦いに思いを馳せました。ボランティアの人も複数いて、時間があればいろんな説明をしてくれます。
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改めて、外に出て犀ケ崖を確認します。
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家康軍はこの崖に布の橋を掛け、武田軍の目をあざむき誘い込む。勝ち誇る武田軍でしたが、次々とこの崖下に転げ落ち大損害を受けたというのです。崖を臨む平地は公園風に整備されていて、いますが、この崖はやっぱり険しい。始めは何が崖なのかなと思うくらいでしたが、公園の端っこに行ってみるとぱっくりと深い谷になった崖がいきなり現れる。なるほど、これなら地理に不案内な兵士が欺かれれば転げ落ちることもあっただろうという感じ。そんなに馬鹿にしたものではありません。
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そろそろ、日が暮れてきました。どうでしょうねえ。
と、これはラッパ隊。 -
凧揚げ会場でも応援合戦で目立っていたラッパ隊ですが、これからは夜の屋台巡行なんですけどねえ。露払い的な役割なのかな。
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イチオシ
妙なのは、足の運び。
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歩幅が少なくて、すり足なんです。まあ、急いで進行する必要はないけど、力は有り余っている。そんな感じでしょうか。
いずれにしても、ラッパと太鼓で、ちょっとレトロ。戦時中みたいな集団です。 -
駅前から始まる大通りは、御殿屋台巡行の会場。
通りはもう車を止めて、ところどころに、屋台が待機しています。 -
ただ、まだ時間があるので、早めに晩飯といきますか。
こちらの幸楽は、とんかつの名店。店内はカウンターだけで、老夫婦がやっている小さなお店です。 -
豚の脂身なんかなんとも思っていないんでしょう。しっかり脂身があって。。
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イチオシ
極端な話。時として脂をチューチュー吸っているような感じがなくもないんですが、それこそがここのトンカツのうまさ。豚肉のおいしさに自信を持っているからこその仕業。納得のトンカツです。
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通りは、また屋台が増えてますね。
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屋台の数もけっこう多いですよ~
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待つことしばし。
一台の屋台が動き出しました。 -
お囃子が乗って、これは小粋な印象。
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和の雰囲気を醸します。
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と、そこへまた例のラッパ隊。プープー、ドンドン。
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プープー、ドンドン。
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屋台のお囃子の雰囲気を切り裂く集団。協調なんかまったくお構いなし。
とにかく賑やかにすればいいんだろ見たいな集団です。しかし、これが浜松まつりの起源。凧揚げから引き揚げてきた応援隊を花街の人たちがねぎらったというのが御殿屋台の始まりですからね。こっちがもともとの主役です。 -
さて、日が暮れて
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暗くなってくると
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御殿屋台の美しさが増してくる。
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なるほどねー
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屋台は、
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思い切り電気のライトでライトアップ。
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そこには、
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もう全然迷いがない。
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昼間見ていた
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どちらかというとぼんやりした屋台が
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一気に
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キラキラ
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輝きだす。
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御殿屋台って、
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実は
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こんなにきれいだったんですね。
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しっぽりとした
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お囃子も
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あいまって、
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浜松まつりの
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もう一つの
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ハイライト。
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とっても
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見ごたえありますね。
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通りは広いので、
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屋台が行きかうにも十分。
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引手も多いですが、
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優雅に
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余裕を持って
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進みます。
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ほー、
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ほー、
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ほーーー。
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目が慣れてくると
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少しづつ
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屋台それぞれの個性も分かってくる。
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イチオシ
各町内、自慢の屋台であることを
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感じます。
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屋台の数は多いのですが
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そういう意味だと
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どの屋台も確認したくなる。
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説明は省きますが、
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それぞれの
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屋台の個性も
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味わってみてください。
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イチオシ
こんなのもあるし、
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あんなのもある。
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微妙なところで
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違いを楽しむのも
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面白いと思います。
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私もうっとりと
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最後の最後まで
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楽しむことが
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できました。
これで、浜松まつりは終了です。 -
あとは、東京に帰るだけなんですが、昼間の餃子がイマイチだったので、浜松餃子をもう少し。
濱松たんとは、居酒屋ではあるのですが、子供や女性客も多くて、気軽な食事だけもできる店。ここの浜松餃子も試しましょう。 -
イチオシ
期待通り、餡がネッチョリ系の浜松餃子のおいしさ。表面のカリカリ感はイマイチですが、それは必ずしも必要なし。これでいいと思います。
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もう一つは、浜太郎餃子。ここは香辛料を効かせたり、あれこれの変わり餃子がウリのようですが、しかし、基本の浜松餃子をいただいてみると。。
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これはいい。浜松餃子のネッチョリ餡とカリカリの皮の対比は、これぞ浜松餃子という仕上がり。飲み物なしでも遠慮なく気持ちよくいただけて、そこも好感を持ちました。
さて、これで浜松の旅。そして、九日間の放浪旅も無事終了。新幹線で、東京まで帰ります。お疲れさまでした。
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