2019/04/20 - 2019/04/20
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たびたびさん
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二日目は、古川祭りの昼の部。
昨夜の起し太鼓に対して、本日、昼間のハイライトは屋台行列。高山祭と比べると規模は少し小さめかもしれませんが、街のスケールとちょうどあっていてほとんどそれを感じさせることはない。むしろ、高山祭と同じくらいのきらびやかだし、からくり人形の素晴らしさももしかしたら、それ以上かも。元気な獅子舞もパワー全開。あちこちで顔を出して、祭りの雰囲気を盛り上げていました。
(飛騨古川まつり会館 観光施設公式サイト(http://www.okosidaiko.com/event.html)より)
天下の奇祭といわれ全国に名を馳せる古川祭は、町内に鎮座する気多若宮神社の例祭で国指定重要無形文化財にも指定されている400年以上続く伝統神事です。祭は神社本殿での神事、および古式ゆかしい「御神輿行列」が中心となって、“動”の「起し(おこし)太鼓(だいこ)」と“静”の「屋台行列」が二大祭事として加わり、3つの行事により4月19日、20日と2日間に渡って盛大な時代絵巻が繰り広げられます。
2016年12月、全国の33件「山・鉾・屋台行事」のひとつとして「ユネスコ無形文化遺産」に登録がされました。
高山祭(昼の部)も参考まで
https://4travel.jp/travelogue/10674912
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早朝、高山の宿を出て、古川に向かう前に、高山市街を少し散策します。
まずは、高山城址へ。昨日、あんまり落ち着いて見れなかったんですよね。
高山の城跡公園の続きに建つ照蓮寺の境内。庫裏の建物の方に福来博士記念館の案内がありましたが、既に移転。ここからすぐ近くにすぎという喫茶店があって、その隣に記念館。昨日、それを拝見しています。 -
ただ、ここまで来たら、この本堂の建物は一見の価値あり。室町時代に建てられた純和風の落ち着いた建物です。
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さて、高山城は、飛騨3万3千石の領主となった金森長近が築城したもの。金森長近は、美濃源氏土岐氏の支流。織田信長の父、信秀時代から織田家に仕えますが、その後、信長が本能寺の変で倒れると、柴田勝家側につく。しかし、賤ヶ岳の戦いでは、前田利家と行動を共にし、秀吉の傘下に。小牧・長久手の戦いなどでも功績があり、飛騨一国を与えられました。金森長近は、築城と同時に城下町の整備も行い、現在に至る高山の基礎を作りました。
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城址は、城山公園として整備されています。日本の歴史公園100選にもなっているようですが、建物の遺構とかは全くなし。
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広場の真ん中に金森長近像があって、それが一つのアクセントとなっています。
そして、金森長近像の建つ広場からでもさらに奥の方に向かう小さな道があって、城跡のあちこちにつながっている感じでしたが、時間もないしこの辺にしておきましょう。 -
高山城址から日枝神社に向かって、途中に見えるのが高山神明神社。けっこうな急斜面に石段が続いた山すそに構える神社で、自然石を使った異様に大きな石碑が目立っています。
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こちらも、代々の国司、領主により信仰されてきた神社。ずんぐりした石の鳥居ほか、凛とした雰囲気があるように感じました。
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日枝神社は、秋の櫻山八幡宮の例祭とともに、春の例祭をつかさどって高山祭が成り立っている神社。
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ただ、櫻山八幡宮が市街中心部から距離がないのに対し、こちらは少し外れ。それなりに歩きます。
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始まりは、1141年(永治元年)。飛騨国国司の平時輔が、近江国日吉神社を勧請して創建しました。鳥居から山の斜面を上がっていく参道はそれなりに長く続いて、けっこうな構え。本殿の屋根の形が裳階みたいでかなり独特かなと思います。
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高山市街中心部に戻りつつ、これは松本家住宅。
明治8年の大火を免れた江戸時代の町家は、薬種商を営む屋号「原三」の店舗兼用住宅。その後、明治45年には蝋燭、練油、金貸なども営んだ松本家に引き継がれました。
格子を多用した意匠がちょっと几帳面な印象。外観を拝見しただけになりましたが、保存状態も悪くなさそうに感じました。近場に駐車場もあって、車で行っても大丈夫でしょう。 -
そこから、ほど近くにあるのは飛騨天満宮。
社伝によると、菅原道真の三男であった飛騨権掾菅原兼茂が父親の死を聞き、祠を建て、自らの手で彫った木像を祀ったのが始まり。兼茂も左遷されてこの地にあったようです。 -
私としては、高山の神社ですから、気になったのは社殿の意匠。なるほど中門から社殿の屋根の連なり方とかの優美さはなかなかです。一方で、境内には美しい梅。けっこうな数の梅があって、満開の花を楽しみました。
さて、高山の散策はこれでおしまいにして、古川の方に向かいましょう。 -
高山駅から古川駅に到着。
朝早く来過ぎましたかねえ。露店とかまだ人けは全くありません。
と、遠くで何やらお囃子が聞こえてきました。行ってみましょう。 -
あれれ。
市街の趣ある通りに -
獅子舞の一団。
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緑とオレンジの配色がなんとも鮮やか。
これは、獅子舞を担当する宮本組ですね。 -
一軒一軒、お宅を回って、獅子舞を舞う。
悪鬼を退散させて、福を呼び込みます。 -
ありがとう、ありがとう。
はい、ご祝儀ですよ。 -
朝のさわやかな時間帯。
気持ちの良い触れ合いに心が和みます。 -
子供たちの笛、太鼓。
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獅子は、
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次々と
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舞い回ります。
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イチオシ
ピー、ピー。
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ドンドン。
-
ピー、ピー。
ドンドン。 -
この子の頭もガブリ。
悪い心は消えろ。いい子になあれって感じかな。 -
いい気分になったところで、少し、市街の散策。今日はいい天気です。
まずは、本光寺。こちらの本堂は、木造建築では飛騨地域で最大の規模。 -
ただ、その大きさだけではなくて、その意匠がすごい。
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イチオシ
梁や蟇股に透かし彫りの見事な彫刻が施されていて、目を見張るほどの華麗さ。何でしょうねえ。ちょっと間違うと華美というレベル。
それにしても、これだけのものは滅多にない。どういう意図があるのか。興味の沸くところです。 -
本光寺から千代の松原公園へ。川沿いの堤防の裾に開けた公園には、桜と松が程よく混じって、穏やかな眺め。
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公園としてみると、芝生のエリアも広いので、特に小さな子供たちにはかっこうのの遊び場になりそうですね。贅沢な自然の公園です。
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続いてのお寺は、真宗寺。浄土真宗本願寺派の寺で、三寺まいりの三つのお寺の一つです。
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厳めしい山門から本堂にかけては松の緑が美しい。
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そして、ちょうどこの時期、寺の周囲は見事な桜で埋め尽くされていて、これもなかなかの見応え。荘厳さと美しさを兼ね備えたお寺かと思います。
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さて、祭りの広場の方に向かいましょうか。
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絢爛豪華な屋台が並ぶ曳き揃えが行われるはずなんですよね。
あ~、並んでいますね。 -
麒麟台
見送り絵は前田青邨の風神雷神。 -
大正14年から昭和8年にかけて作成された屋台なので、まだピカピカですね。
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正面の彫り物は、名前の通り、麒麟です。
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イチオシ
鳳凰台
てっぺんに鳳凰が舞っています。 -
作成年代ははっきりしませんが、修復完成は対象11年。
こちらも、赤い緞帳と黒い漆のバランスが絢爛豪華な印象。彫り物は井波のもののようです。 -
神楽台
屋台行列の先頭を勤める屋台。 -
遠くから、笛と太鼓のドンドンという音が聞こえていて、急いで行ってみると。。
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屋台の上部には、二人の笛の奏者。
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そして、その横に太鼓の打ち手がいるんですが、
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あれれ~
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これは、なんですかあ。
屋台から体を乗り出して、のけぞったような姿勢から -
イチオシ
一転、元に戻るようにして
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ドーーン
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またまた、
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のけぞって、
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ドーーン
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またまたのけぞるんですが、このパーフォーマンスは昨日の起こし太鼓にも負けてないですよ~
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起き上がって、
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ドーーン
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またしても、ドーーン
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正面から見るとこんな感じ。完全に頭に血が上っちゃってます。
太鼓のドーーン、ドーーンは、ゆっくりしたリズムなんですが、実は過酷なパーフォーマンス。これには驚きました。 -
青龍台
二台あるカラクリの屋台の一つ。 -
奉納が始まったようです。
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これは、大津絵十種にも選ばれる「外方の梯子削り」の題材をもとにしたからくり。福禄寿(寿老人)と唐子の はなれからくりです。
外方(げほう)は、寿老人のこと。
寿老人が出てきましたよ~ -
寿老人の後から、はしごを持った童も登場。
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寿老人の頭にめがけ、はしごをかける。
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そのはしごを童がよじ登り、
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イチオシ
寿老人の頭のてっぺんに。
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ここで、はしごが外れ、お見事です。
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さて、童は、ここで寿老人の頭を剃ってやるのですが、その長い禿げた頭に滑りそうになるのをこらえてなんとか剃ってやるというのがミソ。
寿老人にあやかって、おめでたい長寿を祝う意味があります。 -
無事に剃り上げて、パッと紙吹雪。
パッ、パッ。 -
パッ、パッ。
真っ青な青空を背景に、鮮やかに散りましたね。 -
寿老人はもそもそしてますが、
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イチオシ
懐から赤い帯をくわえた鶴が登場。
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鶴を手にした寿老人ですか。
おめでたい尽くしの取り合わせですね。 -
二人でお辞儀をして、はい終了です。
お疲れさまでした。
はしごを外すところなんかがカラクリとしては最高の腕の見せ所なんでしょうが、全体としては、やっぱり難しいことをしているのは観客には意識させない方がいいんでしょうね。そういう意味で、展開がスムーズだったのが一番よかったのかなと思います。 -
せっかくなので、ここで古川まつりのメイン会場の広場の脇、古川まつり会館ものぞいてみましょうか。
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古川まつりの映像と祭りの山車が中心なんですが、祭りの期間中なので、山車の方は空っぽ。
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一方で、子供たちが中心の子供歌舞伎は子供が少なくなってできなくなったんだそう。ガイドさんからはそんな話も聞きました。
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今度は、麒麟台。
もうひとつのカラクリも始まったようです。
どこから見たら、一番いいのか迷いましたが、 -
こんな感じ。ほとんど真下みたいなところに陣取って、見上げますよ~
こちらの演目は、石橋獅子舞。
石橋は、中国の天台山にかかる有名な石橋。ただ、能の世界では、日本から中国に渡った寂昭(じゃくじょう)法師が文殊菩薩の霊蹟で知られる清涼山を訪れるという設定。清涼山に石橋がかかっているとしていて。石橋の対岸には文殊の浄土があり、この橋を渡って浄土の世界に至るというお話です。
さて、カラクリは童子がかごをもって、しずしずと進みます。 -
先端にかごを置くと
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ちょっと顔を上げたかと思ったら、
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また覗き込む。
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と、かごから花が飛び出してきて、
大量の紙吹雪。 -
イチオシ
パーッ
-
パーーーッ
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童子は獅子のお面を被って
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くるくる回りだす。
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紙吹雪とくるくるで、嬉しい気持ちを表現します。
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そして、落ち着いたところで皆さんにお辞儀の挨拶。無事に終了です。
これも童子とかごが離れるので、離れカラクリかなあ。動きが単調といえば単調なのですが、やっぱりそれなりの技術は必要なんだと思います。
お疲れさまでした。 -
カラクリも終わって、
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屋台の彫刻もチェック。
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井波の彫刻もあるようですが、
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イチオシ
この辺りは、富山とのつながりも深いんですよね。
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ここで、宮本組の獅子舞も見ておきますか。
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二匹の獅子が互いにけん制しあうような感じ。
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雄同士かな。
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にらみ合って、威嚇するようなしぐさから。
いずれにしても、テンポが速くて、小気味いい。 -
天気もいいし、絶好調って感じ。
お囃子があたりに響いて、祭りの気分をめちゃめちゃ盛り上げます。 -
さて、屋台行列が出発するようです。
神楽台の例の叩き手は、屋台が動き出してもあのパーフォーマンス。なかなか大変ですねえ。 -
屋台に綱がかけられて
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それをみんなで引っ張ります。
ただ、屋台は車が付いているので、比較的軽快かな。 -
屋台を先導する獅子たち。
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ここでも
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腰高の姿勢を取って
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アピール、アピール。
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イチオシ
思い切りの
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演技を披露。
まったく疲れ知らずの獅子たちですね。
私はここでこの場を離れて、まだ少し気になっているスポットへ。 -
日根野美術館は、ちょっといい感じの個人住宅を活用した喫茶店。
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玄関で靴を脱いで奥に上がると座敷が喫茶コーナーになっていて、その周囲にまあまあの美術品が置いていありました。
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床の間には川合玉堂の掛け軸。それがメインのようでしたが、玉堂って古川とは関係ないし。そういうものをここで見たって仕方ないような。
いずれにしても、これは美術館ではなくて美術喫茶ですよね。ちょっとモヤモヤ感が残りました。女将さんとちょっと話をすると、ここは、高山城の支城として古川に築かれた増島城の重臣の末裔なんだそうです。
いずれにしても、古川は、富山市と高山市を結ぶ飛騨街道の宿場町というだけでなく、増島城という城があった特別な町なんだという強い自負を感じました。まあ、1万石ではあるんですが、へー、そうですかあというところです。 -
さらに散策を続けて。。
三嶋和ろうそく店も名物店。古川では外せないお店です。 -
なんと、240年以上続く手作り和ろうそくの老舗。原料が天然の植物性なので、ススがでにくく風が吹いても消えにくいのが特徴なんだとか。開けっぴろげの店頭には赤と白の何だか存在感のある蝋燭。
-
イチオシ
なお、奥には作業場もあって、こちらも気軽にのぞけます。
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その向かいは、由布衣工房。
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立派なお屋敷といった邸宅の
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奥に工房がありました。
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気軽にお立ち寄りくださいとあったので、玄関を上がって売り場兼作業場に入りましたが。。
女将さんと話をしようと思っても、何しに来たの?みたいなちょっと気まずい感じ。藍の染物もそう珍しくはないし、居心地は悪かったかなと思います。 -
ところで、古川市街には限られたエリアに目を見張るような立派な酒蔵がいくつかあって、北アルプスの伏流水を使うという蒲酒造場もその一つ。創業は宝永元年(1704年)で、銘柄は白真弓です。
通り沿いに長く続く黒光りのするような店構えは、それだけで老舗の匂いがプンプン。眺めているだけで気持ちが落ち着いてくるような気分です。 -
ここで、昼飯。そばのなかやにしたんですが、リストに書いておいて、呼び出しを待つことに。今日は、混みあっていて、待ち時間がけっこうあるんです。でも、その間に、屋台の方を改めて見物しましょう。
通りでは、屋台の方も休憩時間。これなら、ゆっくりと拝見できますね。
「主事」と書いてあるのは、取りまとめの当番町。三光台です -
曲がり角を曲がるのにちょっと技が必要。
あらよっと、調子をつけて曲がります。 -
はいできました。ガラガラガラ~
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鳳凰台(以下、飛騨古川会館のホームぺージから)
「文化年間の屋台は明治二四年に廃台となり、大正十一年に改築
完成した大正期を代表する屋台です。名前のとおり屋根の前後
に大鳳凰が金色に輝き目を引きます。
下段には初代村山群鳳の竜と越中井波の大島五雲の竜の白彫
が競作の形となっていて、これらの彫刻を防護する金綱は、一本
ごとに溶接という高度な技術によって作られています。
見送り?長谷川玉純?「鳳凰飛舞の図」??大正十一年」 -
龍笛台
「明治十九年(一八八六)竣工の古川で最も大きい屋台です。
大きな昇龍、降龍の彫刻がひときわ目をひきますが、下段に信濃
国諏訪清水寅吉の竜の彫刻があり、屋台建造当時の信州との交
流をうかがわせます。中段側面にはこま回しや凧上げなどの昔の
子供達の遊びが克明に彫られていて、楽しさも合わせ持つ屋台
です。
見送り?垣内雲燐?「雲龍図」明治十九年」 -
青龍台
「金森氏の家紋の梅鉢を台紋とするこの屋台は、黒塗りに金箔模様
の優雅で美しい外御所車が特徴です。
また樹齢千年のけやき材の牡丹獅子も見事です。謡曲「鶴亀」に
合わせてあやつられるからくり人形は大津絵「外方の梯子剃り」を
題材としたもので、福禄寿の肩にかけた梯子を唐子が登り、亀が
鶴に変わる巧妙な糸からくりです。
見送り 堂本印象「昇天龍」 昭和十五年」 -
三光台
「日、月、星の三光に因んで名づけられたこの屋台は、当町の蜂矢
理八の設計のもとに、名工石田春皐により文久二年(一八六二)
に完成したものです。やや小ぶりの形は、こじんまりとした町並み
に見事に調和しており古川の屋台の特色を最も表しているといわ
れています。
越中井波の名工大島五雲の白彫のぼたん獅子と、網代に獅子
紋散らしの浮彫が見事です。
見送り?幸野楳嶺「素戔鳴尊八岐大蛇退治の図」明治二十一年
替見送り?松村梅宰「虎図」文久二年」 -
神楽台
「祭りの朝、気多若宮神社より御分霊をお迎えし、これを屋台の上段
正面に御幣と共に安置します。この屋台だけが屋根がなくて、上部
に金色の大太鼓を吊り、烏帽子、直垂姿の五人が奏する神楽囃子
に合わせて二頭の獅子が舞い、屋台行列の先頭に立ちます。
また外御所車と中車で三輪という珍しい屋台で、金色に輝く鳳凰が
乗った大太鼓を大きく体を反らせて打つ様子は圧巻です。」 -
白虎台
「天保十三年(一八四二)に完成した屋台を昭和五十六年から三
年の月日をかけて大改修したものです。
上段正面には源義経の武者人形を飾り、中段の舞台では子供
歌舞伎「橋弁慶」が華やかに可愛らしく奉納されます。
また彫刻や金具による装飾が少ないことや、下段が立ち姿で出
入りできるほど高いことなど、唯一古い形態を残していて、たい
へん貴重な屋台となっています。」 -
青曜台
「文政初年(一八一六)創建ですが改築を重ね、現在のものは大工
上谷彦次郎により八年間の歳月をかけて昭和十六年に完成しまし
た。中段の蜂矢理八の牡丹と唐草の彫刻は一木彫の見事なもの
で、この屋台の自慢です。清曜とは清く輝くという意味で、華やかな
中にも清楚な感じのする屋台です。
見送り?今尾景祥「海浜老松図」昭和二十一年」
休憩時間でも台の前にはちゃんと留守を預かる人がいて、お疲れ様ですね~ -
さて、これがなかやさん。古川市街の地元そば屋さんです。
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いただいたのは、エゴマのそば。これでもかというくらい大量のエゴマを振りかけて、かなり豪快。しかし、そばのキレに出汁のうまさもなかなかなので、それを消しているような気がしなくもない。体にいいのは間違いないし、そこは両面あるかなとは思います。
-
再び街歩きと行きますか。
古川の市街には目を見張るような立派な老舗の酒蔵がいくつかあって、渡辺酒造店もそのひとつ。銘柄は、蓬莱。店先にその大きな看板と杉玉が下がって、長い歴史を感じさせてくれます。岐阜県でも一番多く飲まれている銘柄のようですが、やっぱり古川は水がいいからなんでしょうか。どっしりした店構えにも自信が漂うような雰囲気を感じます。 -
そして、古川を代表する老舗のお菓子屋さんと言えば、誰もが認めるのが創業明治41年というこの井之廣製菓舗。
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看板商品は味噌煎餅。味噌煎餅というと静岡とか固い煎餅をイメージしてしまいますが、ここのは薄手で爽やかタイプ。生姜入りのタイプもあって、味の変化が楽しめます。
なお、少し壊れたお徳用の袋もあるので、自分用にはそれを買いました。 -
続いて。
壱之町珈琲店は、本光寺裏手の町家カフェ。メロンパン焼けましたの看板が出ていて、寄ってみました。店内は常連さんでいっぱい。人気のカフェであることが分かります。 -
ただ、看板の出ていたメロンパンは既に売り切れ。代わりにくるみのパンを買いましたが、パン自体としてはほどほどかな。しかし、これを食べながらあの店でコーヒーを飲んだら。それを想像するとかなりリッチな光景が想像されました。
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ここから川沿いに向かって歩くと弁財天堂。
-
一枚板に彫られた弁財天。全然予想していなかったので、ちょっとびっくり。驚きの姿でしたね~
-
そして、これが増島城。古川駅から線路に沿って東へ歩いたところ。ちょっとした濠があって、その奥に小さな山の城跡が見えます。
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そこから反対側に回ると、今は神社の正面。桜の花が満開で小山が桜に包まれていました。
この城は、北飛騨唯一の平城。三木氏の治めていた飛騨国を攻略した金森長近が本城高山城の支城として築いたということです。 -
林昌寺は、古川市街から増島城跡を過ぎてさらに進んだ市街の端。
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古くは飛騨国司であった姉小路家代々の菩提寺だったところ、
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飛騨国の領主、金森可重が実父母の追善のために再興。
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本堂裏手の墓地には金森家の墓碑も建立されています。
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古川の駅に戻って、帰りの列車を待っていると。
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これは闘鶏楽組。
神様の神輿行列の順路を大きな鉦(かね)の音で清める役目。行列の先頭を勤めます。最後に、すべてののパーツを確認したことになったようです。
さて、これで心おきなく、まずは高山まで帰ります。 -
晩飯は、萬代角店。高山の料亭の一つ、萬代がやっているお店で、こちらはリーズナブルな値段設定です。
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飛騨牛のメニューも豊富ですが、ここは、郷土の山菜料理を中心とするお弁当をいただいてみました。煮物に天ぷらなど、確かにそこはかとなく手が込んだ風の味わい。脂っこい飛騨牛をけっこう食べた後だったので、ちょっとした気分転換ができました。
以上で、二日間の旅は終了。期待以上にポイントをきちんと押さえることができた旅だったような。高山から東京までは4時間ちょっとなので、もう気は楽。落ち着いて帰りましょう。お疲れさまでした。
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