1994/12/21 - 1994/12/25
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itaruさん
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1992年に南インド、93年にスリランカという感じで90年代前半、社会人になって余裕のある旅ができないというのにインド文化圏を目的地に選んでいた。94年の夏休みは中米グアテマラだったけれど、その年は年末にも旅に出る時間ができた。それならヒマラヤを観にネパールに行こう。ちょうど冬は空気が澄んでいて、カトマンズ周辺でもヒマラヤが良く見えるというし。ちょうど、ロイヤルネパール航空(現ネパール航空)が、10月に関空との直航便を就航したばかり。早速5日の日程でチケットを予約し、ヒマラヤの麓の国へ。バスに乗り遅れて20kmほど歩いたり、帰国後食中毒を発症して苦しんだりといったトラブルはあったものの、人々は穏やか。遠くにそびえるヒマラヤの高峰を眺めたり、現地の家に招いてもらって食事をご馳走になったり。短いながらも、充実した印象深い旅でした。
12月21日 RA412便 関空13時発→カトマンズ
12月22日 カトマンズ・パシュパティナート・ボダナート観光
12月23日 バクタプル観光後、徒歩でナガルコットへ
12月24日 ナガルコットで日の出鑑賞、パタン観光
12月25日 RA411便 カトマンズ0時5分発→関空
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- ネパール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ネパールへの直航便が就航したのはこの年開港した関西国際空港。まだまだバブルの余韻が残っていたころ。滑走路が1本しかない成田に乗り入れたいけれど、枠がないからということで日本未就航のエアラインが関空に飛んだりしたもの。懐かしの紙の航空券はロイヤルネパール航空。まだネパールが王制だったので名前にロイヤルがついていた。上海を経由して一路カトマンズへ
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カトマンズではアライバルビザ(15日)を取得。料金は15$だった
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カトマンズ到着は夕方だったので観光は翌22日から
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まずは定番のダルバール広場へ
ダルバール広場 広場・公園
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2015年のネパール大地震ではダルバール広場も甚大な被害を受けた。地震後の写真を見ると、多くの建物が崩壊している。決して豊かとはいえないだけに復興には長い時間がかかるだろうけど、早く活気を取り戻してほしい
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ツーリストはそれほど多くなく
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広場には露店が並び、地元の人たちで賑わう
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シヴァ神とパールヴァティ神の像をはじめ、緻密な彫刻で埋め尽くされたシヴァ・パールヴァティ寺院。地震での倒壊は免れたものの、つっかえ棒で支えている状態という
シヴァ パールヴァティ寺院 寺院・教会
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ダルバール広場では一際目立っていたマジュデガ。最近の旅行記で見るのは地震のために土台のみを残して廃墟と化してしまった姿をみることに……。かつて訪れた場所だけに悲しい気持ちになる
マジュ デガ 寺院・教会
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赤く塗られたハヌマン(猿神)が佇む門から
ハヌマンドカ (旧王宮) 史跡・遺跡
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旧王宮(ハヌマンドカ)の中庭や博物館を観光したら
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ぶらりとカトマンズの街歩き
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二階の窓から垂れ下がるカーペット、一階はタンカ(仏画)やサンダル
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さらに通りを進んでいくと
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セーターやら生地やら鍋やら。お土産というより日々の生活のため?
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街を歩いているとよく声をかけられた。特に何かを飼ったわけではないんだけど、一緒に記念写真をとることになったり
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ネパールらしさを感じられる街歩きを楽しみつつ
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東へてくてく歩いていくと
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聖なるバクマティ川沿いに面したパシュパティナート寺院へ。残念ながらヒンディー教徒以外は寺院の中に入ることはできないので
パシュパティナート寺院 寺院・教会
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バクマティ川沿いのガートへ
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ヒンディー教の聖なる川ガンジスと後に合流するバクマティ川はネパールの人にとって文字通りの聖地。ここで火葬され、遺灰を川に流すことを願う人々は数知れず。そして対岸に煙が、荼毘にふされたのはどんな人だったのだろう
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ガンジス川のような大河ではなく、普通の山間を流れるような川。そこに信者たちが訪れ、人生の最後の時を迎える
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時間帯もあったのか、衝撃を受けるほどの場面には出会わなかったけれど、ふだんはあまり考えることのない、生と死について考えさせられた
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もう日暮れ時、もう一カ所だけでもと急いで移動したのが
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世界最大の仏塔とされるボダナート。何とも巨大な目が印象的、というか少し怖い
ボーダナート 寺院・教会
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ボダナートでも現地の人と一緒に1枚を
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23日はカトマンズからトロリーバスに乗り
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のどかな田園風景を眺めながら
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中世バクタプル王国の古都バクタプルへ
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入域料50Rs(当時のレートで110円くらい)の歴史ある街、当時の地球の歩き方のは「訪れる観光客も多くない」とのことだったけど。街中に入ると目に入ってくるのが五層のニャタポラ寺院。しかし、木製の寺院が多いせいだろうけど、日本のお寺にも通じるような。ヒンディー教の寺院だけど親近感がわいてくる
ニャタポラ寺院 寺院・教会
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寺院の中には入れないけれど基壇には登ることができる。寺院前には広々したトウマディー広場
トウマディー広場 広場・公園
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その一角にはシヴァの化身の一つバイラワを祀るBhairavnath寺院
Bhairavnath Temple 寺院・教会
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そして隣接するダルバール広場に向かい
ダルバール広場 広場・公園
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ゴールデンゲートから55の窓を持つ宮殿、旧王宮へ
55 Window Palace (旧王宮) 史跡・遺跡
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王宮内の博物館で観た独特の宗教画、仏像はそれまで見たことのないものも多く興味深かった
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ダルバール広場から
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歴史ある建物を眺めながら
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タチュバル広場へ。三層の木造建築のダッタトラヤ寺院はバクタプルで最古の寺院
ダッタトラヤ寺院 寺院・教会
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そして寺院の裏手にはネパールで最も美しいとされるピーコックウインドウが
孔雀の窓 史跡・遺跡
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さて、この日の目的地はヒマラヤの展望台として有名なナガルコット。バクタプルから14時のバスで向かうはずだったのだけれども
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ゆっくり街歩きをしすぎて……、逃してしまう。次のバスは16時、路線バスなので時間がかかる。日没には間に合わない。で、なぜか無謀な考えが頭に浮かんでしまう。あるいて行こうか、距離は20kmぐらい。歩いたら4時間、急げばもう少し早いか
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バクタプルのバスターミナル(単なる乗り場)?で、声をかけてきた子どもと一緒にナガルコットを目指すことに。途中の売店?露天・で買った炭酸飲料を飲みながら、田舎の道をてくてくと歩く
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最初は調子よかったんだけど、さすがに20kmは遠すぎた。日が暮れるころには16時の路線バスに追い抜かれ、日もとっぷり暮れた18時過ぎにようやくナガルコットに到着。疲れたあ~
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夕暮れのヒマラヤは逃したので
ナガルコット 展望台 山・渓谷
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翌朝は早起きして
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朝陽を浴びるヒマラヤを
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ナガルコットの丘から
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眺めてみる
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白い雪をまとった山々。何千mの?・さなのだろうか
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太陽が姿を現し
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明るさが増していく
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澄んだ空気と冷気に
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気が引き締まる中
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神々の住む山々の息吹を感じたひと時でした
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ナガルコットでの日の出を楽しんだら、今度はバスに乗ってカトマンズに戻ります。帰国便は深夜なので時間はまだたっぷり。最後はもう一つの古都パタンへ
ダルバール広場 (パタン) 広場・公園
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広場でひときわ目を引く17世紀創建の石造りのクリシュナ寺院や
クリシュナ寺院 (1637年創建) 寺院・教会
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金色に輝く12世紀建造とされる仏教寺院のゴールデン寺院など
ゴールデン寺院(パタン) 寺院・教会
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パタンの街を気ままに散策
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インドのブッダガヤ―の大塔を真似たというマハボータ寺院。適当な撮影ポイントがなかったので見上げるような写真しかとれなかったけれど、精緻な彫刻はここでは素晴らしい限り
マハボーダ寺院 寺院・教会
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一通り街歩きを終えたものの、帰国便は深夜の0時5分。どうやって時間をつぶそうかなと思っていたら、日本語のできる青年から声をかけられる。なんでも父親が日本大使館のコックをやっているとかで、「遊びに来ない」とのお誘い。ありがたく招待を受けると、家族総出で歓迎してくれた。地元の料理、ローカルのお酒などをいただいた。あっという間に時間は過ぎ、空港へ向かう時間。みんなで記念写真を撮ってネパールを後にすることに
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