2019/04/02 - 2019/04/02
624位(同エリア1109件中)
杏仁豆腐さん
小石川の桜を巡る散策の後編です。
前編はこちら
小石川の桜①☆源覚寺・傳通院・小石川植物園☆2019/04/02
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- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄
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一般には「小石川植物園」と呼ばれていますが、正式には「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」です。
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植物園に入ると、桜が次々に目に飛び込んできます。
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本館です。本館には、東京大学大学院理学系研究科に属する研究室があります。
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見ごとに咲いています。
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ここは、植物学の研究・教育を目的とする東京大学の教育実習施設です。
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写真を撮っている人たちもたくさんいます。
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この植物園は日本でもっとも古い植物園であるだけでなく、世界でも有数の歴史を持つ植物園の一つです。
約320年前の貞享元年(1684)に徳川幕府が設けた「小石川御薬園」がこの植物園の遠い前身で、明治10年、東京大学が設立された直後に附属植物園となり一般にも公開されてきました。 -
面積は161,588m2(48,880坪)で、台地、傾斜地、低地、泉水地などの地形を利用して様々な植物が配置されています。
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きれいですねえ。
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早咲きの躑躅が咲いています。
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見事な咲きっぷりです。
園内には長い歴史を物語る数多くの由緒ある植物や遺構が今も残されており、国の史跡および名勝に指定されています。 -
精子発見のイチョウ
この大イチョウ(雌株)を研究材料として、明治29(1896)年に、理学部植物学教室の助手であった平瀬作五郎が、種子植物にも精子が存在することを発見しました。 これは日本の初期の生物学者による世界的な発見で、生物学史上の偉業とされています。 昭和31(1956)年にこの木の下に精子発見60周年記念碑が建立されました。 -
熊坂
この椿は古くからある江戸ツバキの名花です。
花付きが大変よく、精巧な花と濃い緑の葉のバランスがいいそうです。 -
スズカケノキ
この木は明治9年に導入された日本でもっとも古いスズカケノキのひとつです。街路樹として現在広く使われているモミジバスズカケノキはこのスズカケノキとアメリカスズカケノキの雑種であることが知られています。この広場ではこれら3種類を比較観察することができます。 -
ユリノキ
ユリノキとシナユリノキはそれぞれ北米と中国とに分布しており、近縁な種が隔離分布する例にあげられています。この木は明治の初め頃に植えられた我が国でもっとも古い株のひとつで、理学部植物学教室の員外教授として植物園で活躍した伊藤圭介が米国からもらい受けた種子を育てたものです。明治23年、大正天皇が皇太子の頃にご来園された際に、この木をみてユリノキと命名されたと言われています。 -
ツュンベリーのマツ
植物分類学の祖・リンネの直弟子で、リンネの分類体系を発展させたという
スウェーデンの植物分類学者・医者、ツュンベリー。
1775年、鎖国日本の長崎出島に到着、翌年、江戸参府に随行し、帰国後「日本植物誌(1784)」などを著して、日本の植物を広く世界に紹介したそうです。
1976年、スウェーデン大使館と日本植物学会の主催でツュンベリー来日200年記念行事が催され、ツュンベリーに献名されたクロマツが記念植樹されました。 -
園内を下ると日本庭園があります。
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憩いの場です。
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東京大学総合研究博物館 小石川分館(旧東京医学校)
明治9年(西暦1876)に建築されたこの建物は、旧東京医学校の本館で、東京大学に関係する建造物では現存する最古のものです。国の重要文化財に指定されています。昭和44年(西暦1969年)に本郷構内より移されました。 -
この辺りも見ごとな桜が咲いています。
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人も少なく、桜を見るにはいい場所です。
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春を感じる時です。
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ハナズオウ
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小石川植物園を出ました。
御殿町尋常小学校跡 白山3-3-1
明治45年(1912)4月、当時「氷川田園」と呼ばれたこの「小石川消防署」の地(旧 白山御殿町41) に「東京市御殿町尋常小学校 」が設立された。
校舎は、コの字形の木造2階建てで、開校当時の児童数1446名、25学級、教員数 26名であった。5月8日を開校記念日とする。
大正8年(1919)3月、昼間働く生徒のための「御殿町尋常夜学校」を併設。(昭和18 年廃校)
昭和12 年(1937)3月28日、近隣からの出火により校舎を全焼。4月から柳町、大 塚、林町の各小学校にて分散授業。10月に元の「跡見女学校 」(旧柳町27)を改修し た仮校舎に移転。
戦争激化により本校舎建設にいたらず、終戦間もない昭 和21年(1946)3月31日廃校.34年間におよぶ歴史 を閉じる。 -
歩いていると桜のきれいな神社。
簸川神社(ひかわじんじゃ)です。 -
創建は古く、植物園の東、御殿坂付近にあった古墳上に、第5代孝昭天皇の御世に創建されたと伝えられ、承応元年(1652)白山御殿造営のため原町に移されました。
さらに元禄12年(1699)景勝の地を選び現在地に移されました。 -
氷川神社の末社ですが、簸川と書く神社は非常に珍しいとのことです。
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珈琲焙煎所氷川下十番地
こちらで珈琲豆を購入します。 -
試飲で飲んだ珈琲はさくらブルボン。
春を思わせる味わいでした。 -
購入したさくらブルボン
甘さとほのかな華やかさを感じる香りです。
苦みが弱く、穏やかで飲みやすい珈琲です。
まさに春を感じる珈琲。産地はブラジルのサンタルジア農園です。 -
歩きまわり、13時頃になりました。
昼食は、紀庵 (きあん)でいただきます。 -
合盛です。そばとうどん。
汁は濃い汁と薄い汁が選べます。
薄い汁にしました。 -
とても歯ごたえのある蕎麦とうどんです。
あっさりとした汁で美味しくいただきました。 -
播磨坂に来ました。
第二次大戦後の区画整理でできた「環状3号線」の一部として整備されました。
この地にあった松平播磨守の上屋敷にちなみ、播磨坂と名付けられました。
昭和35年に坂の舗装が行われた際に、当時の花を植える運動の一つとして桜の木約150本が植えられました。
桜は、地元の人々の手で育てられ、立派な桜並木に成長しました。
また、中央部は緑道として整備され、憩いの場となっています。 -
第48回文京さくらまつりが開催中です。
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春の詩
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文京花の五大まつりの一つです。
昭和46年度から播磨坂さくら並木で行われているまつりです。
江戸時代、この辺りは松平播磨守の上屋敷であったこと、また、千川が流れる低地一帯には「播磨田んぼ」が広がっていたことから、この坂道が「播磨坂」と呼ばれるようになりました。 -
道路は戦災復興事業における付近一帯の土地区画整理によって、都市計画道路環状三号線の一部として造られました。
その後計画は変更されて、拡幅された道路には、昭和35年に「全区を花でうずめる運動」により桜の若木が植えられ、現在のさくら並木となりました。 -
桜は、ソメイヨシノを中心に約120本植えられ、淡い黄緑色で八重咲きの鬱金(うこん)桜などのめずらしい桜も見られます。
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午後になり、曇ってきました。
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やはり青空の桜がいいですね。
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何カ所か花見のブルーシートが貼られていました。
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播磨坂を上り切りました。
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一幸庵です。
有名な和菓子屋です。 -
創業昭和52年。
京都・名古屋などで修業を積んだご主人は、和菓子の次なる時代への架け橋になればと、多くの創作和菓子を作り続けています。 -
いろいろな生菓子があります。
どれも美味しそうです。 -
おっ、令和!!!
素早い! -
羽二重餅です。
今まであった和菓子をアレンジして販売。
とても柔らかい餅です。
ふわふわした食感です。 -
筑波大学東京キャンパス文京校舎
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湯立坂の桜
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教育の森公園の桜
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文京区立窪町小学校
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あちこちの桜がきれいです。
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ミルク酵母のパン マールツァイトです。
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こちらのパンはすべて、農薬がかけられていない野草を食べて育った健康な牛のミルクでつくった、100パーセント自家培養の「ミルク酵母」で焼かれています。
こちらでパンを何種類か購入しました。美味しいパンでした。
茗荷谷駅から帰宅しました。桜をたくさん見た一日でした。
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