小田原に行き明治から昭和初期の政財界人・文人の邸宅跡などを巡った: 松永安左ヱ門邸,山縣有朋別邸(古稀庵),黒田長成別邸(清閑亭),報徳二宮神社,伊藤博文別邸跡(滄浪閣跡),小田原文学館(田中光顕別邸,北原白秋童謡館,尾崎一雄書斎)などと最後に小田原城
2019/02/03 - 2019/02/03
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この旅行記のスケジュール
2019/02/03
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香林寺
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小田原には縁があり何度も行ったことがあり,明治から昭和初期に多くの著名な政財界人・文人が邸宅,別邸を構えていたのは知ってました.その跡を散策するマップも小田原市により用意されているのも知ってました.ですがこれまで訪ねる機会がなかったのですが,行ってきました.箱根板橋駅より表題にあるようなところを訪れ,かなり歩きました.
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
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小田原駅から箱根登山鉄道で一駅の,箱根板橋駅へ.
箱根登山鉄道の車両は新しくなっているようだった.
=> 箱根登山鉄道車両は広軌だが,箱根湯本までは狭軌の小田急車両になっていた. -
箱根板橋駅.
箱根板橋駅 駅
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板橋の辺りのマップ.
板橋地区の山の南斜面は温暖で相模湾も望めるので,明治期から昭和初期に多くの著名人が邸宅,別邸を構えて,住んでました.
まず松永記念館(松永安左ヱ門邸)に向かいます. -
幾分坂を上って松永記念館 ― 松永安左ヱ門邸へ.
正面は松永記念館本館展示場. -
松永記念館のマップ.
松永安左ヱ門は電力王と称された明治の実業家.
現在の「電気事業分割民営化ー9電力体制」を築いた.
昭和21年(70歳)にこの地に居を構え,茶を愛した.今は小田原市の管理. -
松永記念館の池と,本館展示場(左)と別館展示場(中央奥).
松永記念館 美術館・博物館
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池の畔の茶室.
この茶室は松永安左ヱ門のものではなく,他から移設したもの.
斜面の坂を上って老欅荘(ろうきょそう)に行きます. -
欅(けやき)の大木と,下に黒部石.
老欅荘はこの欅から名付けられている. -
欅と黒部の石の説明,
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老欅荘へ上がる階段のところにある下り龍.
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松永安左ヱ門が71歳から96歳までの25年間(昭和21-46年)住んだ老欅荘(ろうきょそう).
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老欅荘の間取り. 逐次増築された.
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中に入るとガイドさんが案内してくれました(小田原市の職員でしょうか).
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松永安左ヱ門の略年譜,
71歳でこの地に住んでからも長く電力関係の要職を務めてました(東京に出向いたのでしょう). -
老欅荘の茶室(松下亭). 著名な茶人でもありました(近代日本三茶人の一人).
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茶室(松下亭)のにじり口から見た庭.
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別の茶室の水屋,
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鎖の間の独特な半楕円窓. 左はガイドさん.
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室内からの土塀.
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客を迎える玄関・腰掛待合の壁に開いた窓.
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老欅荘庭の土塀. 邸内から相模湾が望める高さになっている.
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庭の三重燈.
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庭からの老欅荘.
松永記念館 美術館・博物館
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坂を下って池のところへ戻る.
松永記念館本館展示場.
松永安左ヱ門の日本書画等のコレクションを展示. 内部は撮影禁止. -
本館展示室の入口部.
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隣の松永記念館別館展示場. こちらも展示室は撮影禁止.
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別館展示場2階で案内ビデオ上映あり.
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別館展示場2階から見た池と門.
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松永記念館を出ると立派そうな寺―香林寺―があったので,入ってみた.
これは山門. -
6地蔵.
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香林寺本堂.
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香林寺マップと説明. 何やらいろいろ有りそうです.
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香林寺の鐘楼.
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香林寺三層仏塔への経界門.
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三層仏塔・十二支守護尊の説明板.
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中央に三層仏塔と,周囲に十二支守護尊. 手前正面は千手観音.
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十二支守護尊の不動明王.
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十二支守護尊の大日如来.
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十二支守護尊の普賢菩薩.
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別の場所に大黒天もあり.
たまたま入った香林寺でしたが,なかなかでした.
これで古稀庵に向かいます. -
松永記念館から古稀庵へはこの細い竹の小路を通って300mほど.
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古稀庵の門. 開いているのは日曜のみです.
古稀庵 名所・史跡
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古稀庵の説明板.
元長州藩士で国軍の父と云われ,総理大臣(二度),枢密院議長,陸軍参謀総長などを歴任した明治の元勲・山縣有朋の別邸で,古稀の年(70歳,明治40年)から没する(83歳,大正11年)までここに住んだ.(東京の椿山荘は山縣有朋の本邸,京都の無鄰庵は別邸だった.) -
現在の古稀庵は,あおいニッセイ同和損保の小田原研修所になっている.
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研修所入口に無人だが入園料(100円)投入箱あり.
この入園料は全額小田原市ふるさとみどりの基金に寄付とのこと. -
古稀庵庭園の小川.
庭園は斜面を利用して流水を配した独特な形式 ― 自然主義的庭園形式と云うらしい.流水の水源として遠方から山縣水道を引いた. -
順路の標識ありで,聴潭泉ありとある.
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古稀庵の回廊を行ってみます.
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聴潭泉(小滝)あり.
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古稀庵の流水の庭と研修所の建物.
なお,山縣有朋の別邸の建物は山縣有朋記念館(栃木県矢板市)に移設られている.以下に見られるようになかなか洒落た木造西洋館です.
http://www.general-yamagata-foundation.or.jp/construction.html古稀庵 名所・史跡
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順路板.
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歌碑. 詠んだのは山縣有朋で,右下の金属板に老主・朋とある.
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滝と云うには小さすぎるが浸み滝,
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流水と石橋.
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地蔵像.
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斜面を下る流水.
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斜面と流水が特徴的な古稀庵の庭園でした.
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古稀庵の少し上にある共寿亭(山月は以前に営業していた割烹店名).
私有地で非公開.
大倉財閥の創業者・大倉喜八郎の別邸.
すぐ近くなので,山縣有朋もよく来たとのこと. -
共寿亭(山月)へ入る通路だが,立ち入り禁止.
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またすぐ近くにある皆春荘の門.こちらも私有地で非公開で入れません.
清浦奎吾(山縣有朋の側近で第23代内閣総理大臣)の別邸として造られたが,大正2年に山縣に譲られ,「皆春荘」と名付けられた.古稀庵とは地続き.
坂を下って東の静閑亭へ向かう. -
天神山からの小田原城.
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静閑亭への案内標識.
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清閑亭―黒田長成別邸―の門.
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清閑亭―黒田長成別邸―の説明板1.
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清閑亭―黒田長成別邸―の説明板2.
黒田長成侯爵(慶応4年―昭和14年)は貴族院副議長,枢密院顧問官などを務めた.この清閑亭は明治29年に別邸として設けられた.黒田官兵衛の子孫になり(途中に養子あり直系ではないよう),黒田家は福岡藩主だった. -
清閑亭―黒田長成別邸.
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黒田長成別邸の玄関.
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玄関を入った部分.
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記念品(売場).
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黒田長成別邸の間取.
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1階座敷. 大座卓はけやき一枚板.
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1階邸内からの庭.
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2階への階段.
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2階座敷.
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2階座敷.
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2階からの相模湾と真鶴半島の眺望.
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2階からの庭と眺望.
清閑亭 名所・史跡
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1階の喫茶室(有料).
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喫茶室窓側.
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蔵の中もこのようになっていた.
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小田原の邸園{邸宅+庭園}散歩ポスター:
松永記念館,清閑亭,小田原文学記念館が(小田原市管理の)3庭園. -
外に出て庭からの黒田長成別邸.
清閑亭 名所・史跡
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清閑亭の近くの報徳二宮神社も訪れた.
これは一の鳥居.報徳二宮神社 (小田原市) 寺・神社・教会
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二の鳥居.
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成人の二宮尊徳像.
二宮尊徳(金次郎)(天明7年(1787)―安政3年(1856))は相模国足柄上郡栢山(現:小田原市)生まれ.少年期に父母を失い,災害で没落した家を独力で再興した.この体験をもとに天地人三才の徳に報いることを説く報徳思想を形成.また,家・村を復興して興国安民を実現する仕法を体系化した.小田原藩に取り立てられ,その後,幕府の普請役格の幕臣となる.関東とその周辺の諸藩領・旗本領・幕領・日光神領の復興や個別の家・村の再建を依頼されて指導した. -
手水舎.
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三の鳥居と本殿.
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少年時代の二宮金次郎像.
報徳二宮神社 (小田原市) 寺・神社・教会
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二宮金次郎像の説明板.
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報徳二宮神社本殿.
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本殿と社殿をつなぐ回廊. ここを潜ると小田原城天守閣へ行く.
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小田原城小峰曲輪の北堀 ― 報徳二宮神社の脇にあり.
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池と渡り回廊と社殿.
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境内に洒落た茶店あり.
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南に向かい国道1号を渡り,海岸近くに行きます.
目標は伊藤博文別邸・滄浪閣跡.
案内マップを持っていたのですが,その場所に行っても見つかりませんでした.
これは滄浪閣跡の前の位置になる正恩寺の鐘楼門.数少ない貴重な鐘楼門とのこと. -
滄浪閣跡を道を戻って探したら,生け垣の陰にどうにか胸像の後ろ姿を見つけることが出来ました.
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私有地ですが入れました.
一段と高いところにありました(小田原城の土塁だったところ). -
滄浪閣跡の伊藤博文像.
長州藩士で明治になり初代・7代・5代・10代の総理大臣,および初代枢密院議長,初代貴族院議長,初代韓国統監を務めた伊藤博文(天保12年(1841)―明治42年(1909))は,明治23年(1890)にこの地に別邸「滄浪閣」を建てた.
ここに落ち着こうという気があったようだが,同年に貴族院議長に就任,明治25年には第2次伊藤内閣を組閣,その間には日清戦争もあるなど、とても落ち着けない状況であった.7年後に建物の一部を大磯に移築して同名の滄浪閣として引っ越した. -
近くの海岸から相模湾,真鶴半島を望む.
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来た道を少し戻って西海子(さいかち)通リへ.
江戸時代は武家屋敷地区だった.西海子小路 名所・史跡
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この辺りのマップ.
滄浪閣は民法発祥の地となっているが,ここで民法の草案が練られ,起草された. -
小田原文学館の門.
田中光顕別邸,北原白秋童謡館,尾崎一雄邸書斎あり. -
小田原文学館のマップ.
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小田原文学館入口. 有料(250円)なので入らなかった.
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北村透谷碑.
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北村透谷碑の説明板.
平成22年にここに移設された. 北村透谷は明治元年に小田原藩士の家に生まれた.近代浪漫主義文学の先駆者だったが,明治27年に27歳で死去. -
庭からの田中光顕別邸の洋館で,小田原文学館になっている.
土佐出身の勤王の志士だった田中光顕伯爵は,明治期に宮内大臣などを歴任した. -
尾崎一雄邸書斎. 内部撮影禁止だった.
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尾崎一雄邸書斎の説明板.
小田原市曽我谷津にあった旧宅のうち,書斎のみをここに移設した. -
北原白秋童謡碑「赤い鳥小鳥」
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白秋童謡館. こちらも有料だったので入らなかった.
北原白秋(明治18年(1885)―昭和17年(1942))は詩人・童謡作家・歌人.大正7年(1818)に妻・章子の療養のため小田原に転居した.大正12年の関東大震災で家が半壊したことで大正15年に東京に転居した.小田原では十字町(現:南町)と,天神山の伝肇寺境内の家に8年間住んだ.小田原文学館 白秋童謡館 美術館・博物館
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小田原文学館エリアへの南門. 入ったところが北原白秋童謡館.
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日本文学館の斜め前の西海子(さいかち)通リに面する松本剛吉別邸.
松本剛吉は衆議院議員,貴族院議員で,山縣有朋の側近だった. -
私有地だが特別公開期間なので入ります.
現所有者の岡田正吉氏から小田原市が借りて公開しているとのこと. -
松本剛吉別邸.
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松本剛吉別邸の庭. 右の主屋は非公開.
松本剛吉は山縣有朋の側近だったので,古稀庵の流水の庭を倣ったよう.
でも今は水路に水なし. -
松本剛吉別邸の茶室「雨香亭」
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茶室「雨香亭」内部.
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一段高い丘の上に建物あり.
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一段高い丘の上の建物. ここで庭を眺め,茶室への待合にしたのか.
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日本文学館の反対側の斜め前の静山荘―望月軍四郎別邸. 私有地で非公開です.
特別な公開日に入った写真は以下にありました.
http://chez-tomoko.com/?p=1698 -
静山荘 ― 望月軍四郎別邸の説明板.
望月軍四郎(明治12-昭和15)は実業家. -
国道1号線に出ます. 丁度ガストがあったので遅いランチ.
この後は小田原城を通って小田原駅に行くことにします. -
国道1号沿いにあった面白いお店を何軒か.
これは桶屋さん.桶修理もしてました. -
梅干し・佃煮屋だが,街かど博物館も.
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立派なお城は老舗ういろう店.
ういろう グルメ・レストラン
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ういろう店の入口, 菓子と薬あり(元々は薬だった).
後で知ったら博物館も併設されていた.
外郎(ういろう)家は戦国時代に北条早雲に招かれて京都からやって来た. -
ういろう別館のレストラン. どういう訳か(和食でなく)中華だった.
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忍者がいた,
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忍者がいたのは最中工房店.
小田原は北条早雲から氏直まで北条五代を影で支えた風魔忍者の里だった. -
レトロな済生堂小西薬局は薬博物館にもなっていた.
江戸時代からとのこと. -
小田原城の堀方向に行きます.
これは馬出門土橋(めがね橋)で,小田原城への正面入口になる. -
小田原城マップ.
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一つ目の馬出門(うまだしもん). 銃眼がある. 平成21年に復元.
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桝形で中で曲がって,二つ目の馬出門(うまだしもん).
マップには書いてないのですが,この二つ目の馬出門は内冠木門という名前があるようです. -
住吉橋と後ろは銅(あかがね)門.
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銅(あかがね)門. 平成9年に復元.
小田原城 銅門 名所・史跡
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常盤木門と天守閣を望む.
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小田原城標識,
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花菖蒲園と赤い橋. 季節でないので花菖蒲はなし.
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秀吉の小田原城攻めの合戦攻防図.
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常盤木門標.
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常盤木門説明板.
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桝形の常盤木門. 昭和46年再建.
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常盤木門.
小田原城 常盤木門(SAMURAI館) 名所・史跡
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常盤木門のサムライ館. 2階の展示室に入るのは有料.
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サムライ館の貸衣装.忍者以外にも甲冑や着物あり.
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平安のコスプレ衣装で記念写真.
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小田原城本丸広場と天守閣.
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小田原城マップ(再度ですが).
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小田原城天守閣. 石垣からの高さは27.2mで,全国7位の高さ.
以前に上ったことあるので,今回は上らず.
(2016年にリニューアルされたとのことです.)小田原城 名所・史跡
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小田原駅に向かう途中にあった.
鶴に加えて下に亀もあったので,縁起が良いので写真に撮った. -
小田原駅ビル.
小田原駅 駅
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小田原駅の二宮金次郎像.
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小田原駅コンコース. JRの改札上には大小田原提灯あり.
ここから小田急で帰りました.
おしまいです. 長い散策記にお付き合いいただき有難うございました.
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