2019/02/03 - 2019/02/03
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sallyさん
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ことしは”節分の日”が日曜日にあたったので、”かみしも&袴姿のひとが神社で豆撒くやつを見たいね”となり、それでは、と自宅からそれほど遠くない範囲を探すと、福島県白河市の「南湖神社」で節分をやるらしい、、(結局見れなかったが)となり、週末ドライブは白河市へ。
白河市といえば、最近NHKの「日本の城」でやっていた”小峰城”も見ておきたい。それから、その昔関所になっていたという「白河の関」も以前から見たかったんだ、、、となり、この3つをまわることにしました。
思いつきで出掛けたわりには、気候が温かい日だったこともあり楽しい節分の日曜日となりました。
そうそう、白河ラーメンもいただきましたよ(!)
まずは「小峰城」編から。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
-
午前10時、東北自動車道「那須高原サービスエリア」です。
-
那須御”養”卵、20コ入り1,000円。
那須には皇太子の御”用”邸があるので、それの”あやかり商品”なのでしょうね。
ようは赤がらの卵なんですけども、早速お母さんがお買い上げ。
で、レジでわかったオチ。
産地をみたら「那須」ではなく、うちの地元の卵でした。(チャンチャン) -
那須サービスエリアから白河中央スマートICに向かいます。
-
10:30 白河小峰城(こみねじょう)に到着。
白河中央スマートICを出て、10分ほどでした。 -
このお城を知ったのは NHKのお城特集で。
”石垣が立派な城があるんだなぁ”と、行ってみたくなったのでした。 -
それからこのへん、そう福島といえば戊辰戦争で明治政府と戦ったところ。
戦死者の墓が史跡となっているようですね。 -
石垣、すごーい。
圧倒されてみていたら、近くにいたボランティアガイドのおじさんが、説明をしてくれました。 -
石垣は今はまだ修復の途中だそうです。
というのは、お城についてはそもそも1991年に完成した再建されたものだけれど、お城のこの石垣は2011年3月の地震まで現存していた堅固なものだったらしいです。
それが震度6強の揺れで崩れた。中央の石垣は修復されたあと。これをズームで見ると・・・ -
この上の方の部分は元のままの石垣、真ん中から下は専門家やその筋の職人やらが集まって、もとの写真やコンピューターを駆使して使って積み直したもの。
なぜ上の部分が残っているかというと、石垣の崩れ方が真ん中が崩れた上に、上の部分はそのまま下にずれるだけだからだそうです。 -
この角の部分のカーブは「武者返し」というのだそう。
そしてこの部分はオリジナルのまま残っていたことが、石の苔むし具合でわかりますね? 左側は積み直した部分。 -
どうしてこの角の部分は崩れなかったか?
地震に強い積み方になっていたから。それはどんな積み方かというと、長方形と正方形の断面を持つ「直方体」を下から、長い面、短い面、長い面、短い面、、と互い違いに積んでいく方法で、「三木積(さんぎづみ)」というのだそう。
”はぁーーーーなるほどぉおおおおお”
昔の方の知恵に感服してしまいました。
写っている方がボランティアガイドのおじさまです。
お話しがとてもわかりやすくて、優しい語り口なので思わず色々聞いてしまいました。 -
向こうの方の石垣はまだ修復で、大きくて重い石を持ちあげる機械でもってしても、積めるのは1日に数個だそうです。一番良い角度、バランスを整えてとやっているとそれくらいしか成果があがらないそうで。
昔のひとはどうやって積んでいたのでしょう。 -
ボランティアのおじさまに見せてもらった「内堀」「外堀」の図。
外堀は、城の北側に流れる阿武隈川(あぶくま川)を外堀がわりにしているそうです。
”はぁ~、なるほどぉぉぉぉ~”です。 自然の利を生かしているのは水戸城の外堀が那珂川だったり千波湖だったりするのと同じだそうで。
ボランティアのおじさまにもっと色々聞きたかったけれど、それもあれかなぁと思ったり遠慮していたら、おじさまも「んじゃ、あまり喋って適当なこと言っちゃうと”チコちゃんに叱られる”から戻るね」と(笑
お茶目な方でした。ありがとうございました。 -
こちらがその内堀のひとつね。
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三重櫓(さんじゅうやぐら)
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三重櫓(さんじゅうやぐらー右側)が1991年に、前御門(まえごもんー左側)が1994年に再建されたそうです。
もとのお城は、戊辰戦争(1868)で落城、よって”120年ぶり”にこの姿が復活したのですね。 -
前御門を支える石垣も角のところが、大きな大きな直方体の石が組まれています。
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前御門の梁、
梁の木材は杉だろうか。表面をなめらかに平らに仕上げているのではなく、ちょうな仕上げで、ウロコのようにわざと凸凹させている理由はなんだろう?
このあと登る三重櫓にいた方にお聞きしてみたが、昔はみんなそんな風に仕上げてたんでしょうね。という事だったけれども、どうなのだろう。 -
前御門をくぐると、広い原っぱになっていて、昔の「本丸」が立っていたところ。
こちらの本丸は高さのない建物だったので、「三重櫓」の方に天守閣を持たせていたという説明が書かれていた。 -
南方向、城のすぐ前がJR白河駅だ。
-
「三重櫓」に登ってみよう。
”はて、この御紋は?” -
白河藩の代々継いだ大名の家紋。
さきほどの瓦の家紋は、これをみると「松平」さんのものらしいですね。
この代々の大名のなかで、再建されたお城の御紋が何故「松平」さんなのかは聞いてませんが、気になりますね。再建の資料に残っていたものが松平さん時代のものだったから、というのが推測として妥当でしょうか。 -
三重櫓と天守
この案内板によると、東日本の城は「三重櫓」を「天守」として城の象徴とするところが多かったらしいですね。その理由は江戸時代の発布により高さが何か制限されたのでしょうか。 -
一枚杉の材が、幅広で豪華な具合に床に張られていました。
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「三重櫓」は正方形の平面を三段かさねた建物でした。
そして例によってここも急な階段がついています。 -
それからここにも、戊辰戦争の傷跡が。
床にしようと地元の杉を集めた際に、戊辰の戦いに巻き込まれたこのへんの杉には驚くべきことに、当時の鉄砲玉が杉の身中に残っていて、その部分が材にしたときに穴に残ったという事の”証明”ですね。あえて、そういう材をこの部分に張っているという。
”リメンバーパールハーバー 真珠湾を忘れない” ってありますが、ここらへんの人にすれば「リメンバー 戊辰戦争」なのでしょうね。
歴史が息づいた町なのだなぁ。。感慨。 -
昔の城郭
三重櫓を降りて、お城をあとにします。 -
このお城は、丹羽長重(にわながしげ)という江戸時代の初めの藩主が、大きく改修し今に残る城郭を建立したというのですが、こんな立派な石垣が作れるなんて、財政が豊かだったのでしょうか。
あ、ちなみに石は、凝灰岩で「白河石」というそうです。
地元の大谷石(おおやいし)も凝灰岩ですが、凝灰岩にも色々あるのですね。 -
お城の周辺は公園になっており、石垣のまわり、内堀には桜が、公園には梅が植えられていました。もうちょっと暖かくなると綺麗でしょうね。
こんなカフェもありましたよ、「二の丸茶屋」。 -
かわいらしかったのは、「だるまバーガー」
バンズが米粉で作られていて、ここ「白河だるま」をモチーフにしたお顔が付いていました。お肉は地元の豚肉で”地産地消”バーガーに仕上がっているらしい。 -
小峰城、気に入りました。
また来たい。
さて、それでは次のスポット、お昼ご飯♪
”白河らーめん”へ
(続く)
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