2019/01/11 - 2019/01/11
88位(同エリア805件中)
TAKEおじさん
- TAKEおじさんTOP
- 旅行記937冊
- クチコミ132件
- Q&A回答0件
- 1,626,055アクセス
- フォロワー81人
2009(平成21)年3月に原因不明の出火により全焼した旧吉田茂邸は、2017(平成29)年4月1日、大磯町郷土資料館別館として、一般公開が始まった。
前回2012年に訪れたた時は、再建途上だった。
戦後政治史の舞台として知られる、大磯の旧吉田茂邸は応接間棟や新館を中心に大部分が再建されており、豪華な居室には目をみはるものが有る。日本庭園越しには、富士山や箱根連山が良く見える素晴らしい景観である。
旧吉田邸を含む、大磯城山公園も散策した。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- 自家用車
-
旧吉田茂邸
2009年に焼失に成ったが、2017年に再建された。
前回訪問したときは再建中だった。 -
大磯城山公園の一角に有る
大磯城山公園は旧吉田茂邸地区と旧三井別邸地区に国道1号を挟んで2つに分かれる。先ずは、旧吉田茂邸から見ていく。
駐車場は2つの地区両方に有り平日は無料。 -
内門(兜門)
形が兜のようなので兜門と呼ばれている。
サンフランシスコ講和条約締結を記念して建てられので「講話条約門」とも呼ばれる。 -
日本庭園
よく手入れされた日本庭園。
庭園を回って行く。 -
日本庭園
手前は心字池。 -
心字池
奥の方に邸宅が見られる。 -
七賢堂
兜門やサンルームとともに、焼失を免れた貴重な建築物。
当初、岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允を祀った四賢堂が、後に、伊藤博文・西園寺公望・吉田茂が祀られ、七賢堂となった。 -
七賢堂
正面の扁額「七賢堂」の文字は、佐藤栄作元首相が書いたもの。 -
七賢堂
日本庭園をバックに。 -
吉田茂銅像
地元有志によって昭和58年に建立された。
日米講和条約締結の地、サンフランシスコと首都ワシントンの方角に顔を向けている。 -
本邸に入って行く
左のサンルームは焼失を免れた。
右の本邸に入って行く。 -
本邸前から日本庭園を振り返る
-
富士山が見える
-
応接間棟 楓の間
昭和22年(1947)頃、当時内閣総理大臣であった吉田茂が執務室として建てた。
。 -
楓の間
ソファーもおかれ応接間も兼ねていた。
昭和54年(1979)には大平正芳首相とカーター大統領がこの部屋で日米首脳会談を行った。 -
吉田茂肖像画
立派な肖像画は生誕百年を記念して制作。 -
2階へ
2階部分は、限られた身内以外は許可なく入ることができない吉田の私的な部屋だった。 -
書斎
吉田茂の私室。
中に入って行く。 -
書斎
広い書斎である。 -
掘り炬燵
掘り炬燵は、吉田の書斎として使われていた。 -
舟形の風呂
この風呂の作成には、大磯の船大工が関わったといわれている。 -
書斎からは富士山
吉田茂邸からは富士山が綺麗に見える。 -
見事な富士山
-
書斎から食堂に移動
途中に展示物。 -
「バカヤロー」のモニュメント
バカヤロー解散でも有名な吉田茂の言葉のオブジェ。 -
白足袋
常に白足袋で正装して威厳や風格を保った。 -
大久保利通との系図
吉田茂の養父は、大久保利通の次男牧野伸顕(のぶあき)。
牧野伸顕は、政治家として活躍した。
さらに、麻生太郎は吉田茂の娘である和子の子供。
凄い家系図だ。 -
大久保利通の書簡
明治4年に鹿児島に住む妻子あてに書いた手紙。 -
食堂(ローズルーム)
アール・デコ調の室内が特徴。 -
日本庭園がよく見える
大きなガラス戸で庭園がよく見える。 -
隣のサンルームはガラス張り
焼失を免れた貴重な建物。 -
新館2階に上がる
-
金の間
賓客を迎えるための応接間として利用されていた。 -
富士山、箱根連山がよく見える
吉田茂お気に入りの風景だった。 -
太平洋も一望
-
銀の間
吉田茂が寝室として寝起きをしていた部屋。この部屋のベッドで吉田はその生涯を終えた。 -
銀の間からも
富士山がよく見える。 -
海岸に出てみる
真鶴、伊豆方面。 -
相模湾 三浦半島方面
江の島も見える。 -
光輝く
-
大磯城山公園 旧三井別邸地区
国道1号の反対側の「旧三井別邸地区」を訪れる。 -
展望台
南門から入るとすぐに展望台。 -
展望台からは
富士山、箱根連山、伊豆半島などのパノラマが開ける。 -
富士山、箱根連山
今日は、何処からでも美しい富士山を堪能できる。
ここからの展望は、関東の富士見百景になっている。 -
伊豆半島方面
-
北蔵ギャラリー
北蔵は、旧三井財閥別邸の一部として昭和16年に建てられたもので現存している貴重な建物。
この日は「花とみどりのフォトコンテスト」をやっていた。 -
「花とみどりのフォトコンテスト」
見ごたえのある写真が並んでいた。 -
大磯町郷土資料館
「湘南の丘陵と海」をテーマに、大磯の周辺地域の歴史、文化、風土の展示がされている。 -
エントランスホール
三井家の別荘であった城山荘の保存部材を再現展示。 -
ハコブネ
大磯では、こんな小さな船で漁をしていた。 -
大磯丘陵の動植物がいっぱい展示
-
政治家、文化人などの紹介
大磯ゆかりの政治家、文化人は多い。
初代内閣総理大臣の伊藤博文から吉田茂に至るまで8人の総理経験者が別荘を構えた。
島崎藤村も晩年に大磯に移り住んだ。 -
城山荘(模型)
建物の模型がいくつかあった。
大磯の城山には、昭和45年まで北三井家の別邸「城山荘」があった。北三井家10代当主高棟は、明治28年からこの土地を所有したが、大正12年の関東大震災によって建物が被害を受けた。 -
国府橋(こうのはし)
公園を再びぶらり。
公園のある国府本郷には、古代に国の役所が置かれていた国府があった。
下にはこゆるぎの滝へ流れていく小川。 -
紅葉もまだ
もみじの広場へと続く。 -
これが、小淘綾ノ滝(こゆるぎのたき)
こゆるぎの滝はもみじの広場、不動池へと流れてゆく。 -
もみじの広場
秋には156本のモミジが映える。
まだ落葉したモミジが残っている。 -
不動池
小淘綾ノ滝から水が流れ込む。もみじの広場に有り、秋には紅葉がライトアップされ、水面にモミジが映え幻想的。
秋にも来てみたい。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
平塚・大磯(神奈川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
58