2019/01/11 - 2019/01/11
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シマちゃんさん
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新年1月10日に所用があり、2年ぶりに京都へ。
団体としての行事を済ませ、市内泊。翌11日は朝食後自由解散なので、かねてより行きたかった京都鉄道博物館へ足を運びました。
冬休みも終わり、入場者も少ない館内で、「鉄」を堪能してきました。
「鉄分」100%の一冊ですので、【閲覧注意】!?(笑)です!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 新幹線
-
市内ホテルからタクシー利用。
京都駅からだと市バスに頼らざるを得ないので、現状のアクセスはちょっと不便。
今春、山陰本線に新駅「梅小路京都西」駅が開業予定。博物館の目の前ですので、利便性が向上します。 -
入口を入ったプロムナードで、SL(C62)、湘南色80系(クハ86)、0系新幹線がお出迎え。
-
0系は運転室に上れます。
居住性はお世辞にも……。
当然ながら、計器はすべてアナログです。 -
反対側には、DD54。
山陰本線で寝台特急「出雲」を牽引し、絵になる機関車でしたが、故障が多く、活躍は短命に終わりました。 -
通勤電車の代表格103系。
現代の車両とは違って、編成の組み換えもしばしば行われたので、所属区転属直後には、混色編成を目にすることもありましたね。今から40年以上も昔の話です。 -
103系の運転台。
0系新幹線同様、アナログ100%。 -
車内に入れます。
昨今の車両に比べると、至ってシンプル。 -
トワイライトプラザには、機関車が3両。
まずはEF81。トワイライト塗装機。
直流-交流60Hz-直流-交流50Hzと電化方式が変わる日本海縦貫線を踏破できる、国鉄時代最強、最新鋭の機関車でした。 -
戦後の直流電化伸長を支えたと言えるEF58。
西日本、東日本の直流区間では、どこでも目にした名機でした。 -
EF65(一般形)。
番台区分の多かった機関車でもありました。
0番台、500番台P形(旅客用)、500番台F形(貨物用)、1000番台PF形。
500番台P形牽引のブルトレの編成美、500番台F形の連結器周りの重厚美が印象に残っています。 -
本館に入ります。
500系新幹線、581系、489系と、歴史に名を残す特急電車が並びます。 -
489系(クハ489-1)。
歴史に名を残す特急形式は485系でしょ!、とおっしゃる皆さま。ご無理、ごもっともです。
しかし、毎夏特急「白山」に乗って、母の郷里の富山県へ行っていた私にとっては、この489系こそ、一番の思い入れのある車両であり、 “架線があればどこでも走れる” 最強の電車なのです! (厳密には、トンネル断面の制限がある中央本線の一部や身延線には入線できませんが)
489系ファンとしては、横軽補機EF63用に、連結器カバーなし、ジャンパ連結器搭載のクハ489-501を残して欲しかったなぁ。
JR西日本運営の博物館だから、仕方ないけど………。 -
【横軽よもやま話】
昔を思い出しながらの話ですので、記憶違いがありましたらご容赦ください。
信越本線、横川-軽井沢間の碓氷峠、通称横軽(よこかる)間は、国鉄最大の勾配が立ちはだかる難所でした。最大数値は、66.7パーミル。すなわち水平方向1000メートルに対し、垂直方向66.7メートルという急勾配です。
歴史については割愛しますが、長野新幹線開通に伴い廃線となるまで、全ての列車の横川方(峠下側)に2両の電気機関車(EF63)を連結し、長野方面行は押し上げ、高崎方面行は速度を抑制して通過していました。
機関車の連結・解放のため、全列車が横川、軽井沢に3~5分停車。日本有数の避暑地である軽井沢はともかく、群馬県西端の、周囲に何もない横川駅(近隣の方、ごめんなさい)。そこに生まれたのが、あの「峠の釜めし」です。横軽を通過するとは、イコール釜めしを食べることであったのです(笑)
EF63のデビュー当初、登坂は機関車の力で押し上げ、降坂は重しとなって抑速するだけであり、編成両数も速度も厳しい制限がありました。輸送力増強のために、機関車と協調運転のできる、つまり電車と機関車のモーター、ブレーキを一括制御できる車両として開発されたのが、急行形169系、特急形189系、そしてこの489系です。
長野方面行の場合、横川での機関車連結前に電車の空気バネをパンク(解放)させます。機関車との台車高を揃えるためです。よって横軽間では、低速でありながら、乗り心地が極端に悪くなります。また走行中の本務機(操作する運転室)は、2両の機関車の最後尾です。先頭の特急車両の運転席は、信号確認がメインとなり、車内放送の回線を使って、最後尾の本務機と交信します。従って横軽間では車内放送が使えません(横川到着前に、軽井沢到着の案内放送はない旨がアナウンスされます。その理由を詳細に述べる人、あっさり済ませる人、車掌さんの個性が表れていました。)。
軽井沢に到着し、機関車が解放されると、空気バネ充填のため、コンプレッサーがフル稼働。30分にも及ぶ峠越えの終了を告げていました。
運行技術として難しいのは、登坂より降坂だったといいます。横軽間の所要時間も降坂の方が多くかかっていました。
写真の車両番号の前にある●印が、横軽対策対応車である証しです。協調運転はできないものの、台車強化などの対策を施した、115系や183系にも●を印した車両があります。 -
489系の方向幕。
利便性や情報量を考慮するとデジタルに軍配が上がります。今の車両はほとんど電光表示ですが、やはり絵になるのは “幕” です。
限られた字幕欄を節約するため、「大阪 ← L特急雷鳥 → 金沢」という体裁のものもありましたね。 -
金サワは、車両の所属基地略号。金沢運転所を表します。
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こちらは、クハネ581の略号。
近キトは、京都総合運転所。
運転所や電車区の統廃合により、所在地は変わらなくても、略号は変わります。西日本の特急車両基地といえば、やはり大ムコ(向日町電車区)ですよね。 -
「月光」ヘッドマークの581系。
昼行、夜行兼用の画期的な車両でした。月光型との呼び名も。
高度成長期、勤勉な日本人は、電車にも昼夜問わずに働くことを求めたのでしょうか。 -
性能といい、スタイルといい、一世を風靡した新幹線500系。
詳細については、私の過去の旅行記をご覧下されば幸いです。
https://4travel.jp/travelogue/10289026 -
旅行記に登場した第1編成と、このような場所で再会できるとは!
厳密にいえば、この車両は1号車に当たる521-1。私の旅行記の表紙は16号車の522-1ですが。
余談ながら……、
映画『シンゴジラ』に登場した新幹線爆弾。ゴジラに突入した先頭車両の表示が1号車になっていたミスを、「鉄」は見逃していません(笑) -
列車ばかり続きましたので、少々お口直し。
昭和の駅を模した展示。 -
駅舎内も再現されています。
折しも、今年は平成最後の年。あと数十年したら、平成の駅を模した展示物が飾られる時代が来るのでしょうか。 -
駅にあった伝言板。
チョークで、「○○君へ 先に行ってます」などと書き込んだものです。
今の十代、二十代の方には想像つかないかも。先日高校生にこの話をする機会がありましたが、ピンと来てない感じでした。 -
ちょっとブレてしまいましたが、出札窓口(←この表現も死語ですね)内側の様子です。
奥にあるのが硬券切符のラック。手前が日付刻印器です。
窓口で「どこどこまで、大人一枚」と言うと、駅員さんがそれに見合った切符を取り出し、日付を刻印します。
ラックには、該当する駅名の手書きメモが張られていたっけなぁ。 -
ブルトレ機関車のヘッドマーク(違うのもありますが)。
「さくら」と「はやぶさ」が併結になった時は、「由緒あるブルトレもついに!」と、話題になったものです(上段右から3番目)。 -
博物館ですから、鉄道を学習するコーナーも多くあります。
線路脇にある各種標識。
左から、勾配標、距離標(二種)、曲線標(二種)。 -
こちらは信号システムについて。
「鉄」にとっては馴染みでも、閉塞区間なんて、確かに特殊な用語ですよね。 -
本館一番奥の留置線二線は、
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扉を挟んで、
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外へ延び、
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梅小路運転区へ繋がっています。
つまり、理論上は、全国の線路から搬入可能ですし、車両の入れ替えも容易。現役車両の展示もできる構造になっています。
自分のポリシーとして、旅行記一冊の写真数は30枚前後が適切、と思っています。
えっ、もう30枚??
一冊じゃ収まり切らないの??
ま、ま、まさかの二冊目突入??
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