2018/12/23 - 2018/12/23
643位(同エリア1334件中)
よっしーさん
出雲国巡りもいよいよ終盤戦。出雲市駅前の東横インを出発して一路、島根県の県庁所在地松江へ。目的は、出雲国の国庁があった意宇郡(おうぐん)の史跡を訪ねてきました。まずは情報収集のため、八雲立つ風土記の丘で展示物を堪能。古墳時代から奈良時代にかけての出雲国の様子を調べてから史跡巡りへ。
当地は大庭といい、奈良時代においては出雲国府がおかれた「意宇(おう)郡」の中心で、出雲国の政治経済の中心だった場所です。正倉跡や国府跡、国分寺、国分尼寺跡などが明らかになっています。
島根県最大の前方後方墳、山代二子塚古墳も非常に印象深かったです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 1.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
山陰自動車道の宍道湖SAにて。展望台から宍道湖を望めます。
宍道湖サービスエリア (上り) 道の駅
-
ひとまずは八雲立つ風土記の丘資料館で資料収集。
ラッキーなことに、特別展で「一支国(壱岐)と海の王都原の辻展」を見ることができました。魏志倭人伝の世界に触れることができました。八雲立つ風土記の丘資料館 美術館・博物館
-
鹿の埴輪が非常に印象に残りました。角や耳のあたりは、かなりいい仕事をしている印象です。
-
次に馬の埴輪。私の暮らす群馬県も馬の埴輪は多数出土していますが、群馬県のそれと比べると、島根のものは実に写実的です。目も切れ長でかっこいい。
-
山代郷北新造院跡で出土した鬼瓦
-
山代郷北新造院跡で出土した鴟尾の一部。
-
出雲国国分寺の瓦
-
墨書土器と文字の刻まれた瓦
「牛」と刻まれたものが多数。どういう意味なのでしょう。誰かの名前? -
国司館跡から出土した瓦
-
団原古墳から出土した子持壺
-
須恵器質の棺
-
山代郷正倉跡から出土した碧玉など。
-
出雲国府あとより出土。漆の付着した陶器。
-
国府跡から出土した、和同開珎と銅印
和同開珎は、忌部子首が着任した年に鋳造されたものだそう。 -
島田池横穴群で出土した玉類
-
岡田山一号墳の出土物。鉄剣と馬具。
-
岡田山一号墳で出土した「額田部臣」と刻まれた剣
-
拡大してみたけど、綺麗に取れていなかった
-
出雲国最大の前方後方墳「山代二子塚古墳」と周辺の方墳群
-
出土したもの
-
資料館の建物の上は展望台になっています。そこからはそばにある岡田山一号墳がよく見えます。立派な前方後方墳です。
-
岡田山一号墳の石室が鉄格子の外からのぞけます。
-
出雲風土記の丘を離れて、山代二子塚古墳へ来ました。
島根県最大の前方後方墳です。1925年、日本で初めて「前方後方墳」という名前を付けられたのがここだそうです。島根県内は、方墳や前方後方墳が多数あります。 -
後方部より撮ってみました。
-
後方部の墳庁より撮影
-
さらに角度を変えて。
-
後方部は展示室に。
-
完成当時の古墳の様子ですが、集合がめぐらされ、墳墓も二段築造になっているようです。
-
この地層断面に示される団子状のブロックは、古墳の築造過程を知る貴重な成果だったそうです。
-
山代二子塚古墳を見学した後は、出雲地方最大の方墳、大庭鶏塚です。
この古墳は、大庭地区に限らず周辺地域一帯を掌握した大豪族の墓ではないかと考えられているようです。 -
出雲国山代郷遺跡群正倉跡へ
-
正倉跡
-
山代郷南新造院瓦窯跡
-
出雲国国府跡。
-
雑舎跡
-
これらの溝からは木簡など多数の出土がありました。
-
条里遺構と推定されているあたり
-
出雲国国分寺跡へ
-
南大門跡より望む。私が暮らす群馬県の上野国分寺跡もかなり広範囲ですが、出雲国国分寺もかなり広大な国分寺だった印象です。
-
五重塔跡だったっけな?
雨でぬかるんで近づけなかったから不確実な情報です。 -
金堂跡。礎石がきれいに並んでいます。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
松江・松江しんじ湖温泉(島根) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 出雲大社と古代出雲国巡り
0
41