2018/11/25 - 2018/11/27
114位(同エリア452件中)
愛吉さん
26日朝倉敷を発ち、福山経由で鞆の浦に来ています。
鞆の浦は初めて訪ねる処。
昔から汐待の港として知られ、数多くの歴史の舞台に登場します。
楽しみにしていた場所です。
それでは歩いて回りましょう。
表紙は鞆のシンボル 常夜灯。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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先ずは鞆港の説明から。
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岬の突端に建つ常夜灯、灯台を兼ねていました。
正面には航海安全を願う金毘羅大権現の額が掲げられています。
1859年に再建されたものです。 -
鞆の浦の船溜り。
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雁木を途中まで降りてみました。
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常夜灯近くにある、 いろは丸展示館。
1867年4月、坂本龍馬の海援隊が回航していたいろは丸が、ここ鞆の沖で紀州藩の船と衝突沈没、その積荷の一部を引揚げ展示している場所です、竜馬の等身大人形もあるそうです。
建物は昔大倉と呼ばれた倉庫でした。 -
突堤を振り返ります。
鞆を代表する場所です。 -
次に訪れたのが太田家住宅、国の重文に指定されます。
瀬戸内を代表する往時の商家跡で保命酒の醸造元でもありました。
又幕末、七卿都落ちの際、その宿舎となった事でも有名です。
軒上には杉玉があります。
中に入りたかったのですが、10時オープン、今は未だ9時半なのです。 -
それではと、丁度通りかかった福山市の観光小型電気自動車(潮待ちモビリティ)に乗せてもらい,鞆の展望台医王寺に連れて行ってもらいます。
流星ワゴンの舞台になった処です。 -
医王寺は鞆の背後に聳える後山の中腹にあり、平安時代の826年に弘法太師により創建されました。
中腹なので展望が利きます。 -
鞆港の展望。
幕末シーボルトも江戸行の途中ここに立寄りました。
シーボルトが見た風景でもあります。 -
鐘楼を入れて見ました。
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寺には仁王門があります。
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仁王さんが履く草履が奉納されていました。
普通の草履と比較して下さい。 -
柿の葉と石垣、風情を感じたので1枚。
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坂を下る途中、宮崎駿監督が「崖の上のポニョ」の構想を練った家が残されて居ます。
2ヶ月間住みこみました、舞台の構想も鞆の浦だそうです。 -
街中は細い路地にベンガラ色の建物が残り往時を偲ばせます。
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路地の奥に対潮楼があります。
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正式名称は海岸山千手院福禅寺といい、950年頃の創建と伝えられます。
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こちらは本堂。
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対潮楼からの眺め。
本堂に隣接する対潮楼は、元禄時代に創建された客殿で、座敷からの海の眺めが素晴らしい事で知られます。
特に朝鮮通信使の迎賓館となり、1711年の使節が日東第一形勝と大毫し、又1748年の使節はこの客殿を対潮楼と名付けた事で有名になります。
この景色如何でしょうか。 -
日東第一形勝の木版と説明書。
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それでは日東第一の木版も入れてもう一枚。
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こんな写真も展示されています、西郷さんが写っているとかいわれる写真です。
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紅葉が綺麗でした。
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海辺に建つ看板、俯瞰しないと駄目ですね。
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これで鞆の浦は終了です。
本来ならもう少し街中を散策し、太田家にも入りたかったのですが、海沿いに街中に戻る途中バス停があり、丁度バスが停車していたので乗込んでしまいました。
バス停から写した名残の一枚です。
終
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