2018/11/09 - 2018/11/09
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うんのつきさん
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今回の旅行は、J1リーグを観戦する事が
目的で長崎県に訪問しました。
観光に関しては、長崎市の市街地周辺や
ハウステンボスは、2回程行って観光をしました。
なので、今回はそれ以外の場所で観光をしようと
色々と探していました。
そんな折、池島炭鉱坑内体験ツアーを
見つけて、ツアーに参加しました。
池島を訪問した旅行記です。
今回訪れる池島とは、
(池島ウォーキングマップ裏面より引用)
池島の炭鉱開発は、昭和27年(1952)10月、
松島炭鉱株式会社により着手され、
昭和34年(1959)10月より営業出炭を開始しました。
以来、石炭産業が基幹産業として地域発展の中心的な
役割を果たすことはもちろん、優れた炭鉱技術で
日本ひいては世界エネルギー産業の発展に
多大な貢献をしてきました。
炭鉱開発前、小さな漁村集落しかなかった池島は、
炭鉱の操業開始とともに飛躍的に発展し、港湾、
道路、住宅などの基盤整備が次々と行われ、島の人口も
最大時には7,776人を数え【昭和45年住民基本台帳】
、出炭量は153万トンに達しました。【昭和60年】
国内の炭鉱は、昭和30年代から40年代にかけて、
エネルギー供給の主体が石油に移る「エネルギー革命」と
単価が安い外国炭に押されて、厳しい経営を強いられ、
残存炭鉱が次々と閉山に追い込まれていきました。
そのような中で、池島炭鉱は、炭質、採掘条件とともに
優れた国内有数の炭鉱として、国の石炭政策のもとで
最後まで生き残りを図り、労士協調のもと保安確保を
大前提として着実な操業を続けました。
しかし、約3倍にも及ぶ内外炭の価格差などにより
炭鉱の経営維持が困難となり、池島炭鉱は
平成13年(2001)11月29日に閉山しました。
なお、池島という島の名前は、現在港になっている
周囲1.2kmの大きな池(鏡が池)からとられています。
ちなみに2018年現在、戸数101戸 人口140人まで
減ってしまっています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3日目【11月9日(金)】
前日は、佐世保に宿泊していました。
佐世保発7時20分発の高速船で
池島へ向かいます。 -
佐世保の街並みに別れ、
船はどんどん進みます。 -
大島に来ました。
乗客の殆どが大島造船所で働く方々で
ここで、残り4人以外の全員が下船しました。 -
遠くに大島大橋と造船所が見えています。
-
続いて、松島に来ました。
ここでは、2人が下船しました。 -
目的地の池島が近くに
見えて来ました。 -
池島に到着しました。
最終地に池島まで乗ってきたのは、
自分ともう1人の男性2人だけでした。 -
長崎市池島港船客待合所にあった
ウォーキングマップを貰って
散策に出かけます。 -
炭鉱ツアーは11時に船発着所に集合です。
現在、8時30分頃です。
まだ集合時間まで2時間30分あります。
ウォーキングマップを元に
南側からぐるっと歩いて行きます。 -
池島港から島を眺めます。
-
島民の方を見かけるよりも
先にネコに会いました。 -
団地が何棟も見えていますが、
ベランダの干してある洗濯物などを
見る限り、1棟に1人か2人だけが
住んでいるみたいです。 -
このように誰も住んでいるとは
思えない1棟もあります。 -
散策途中に見つけました。
歓迎は受けているみたいです。 -
ここが炭鉱の入口かな?
ツアーではここをトロッコで通って
坑内へ行きました。 -
道をてくてく歩いて行きます。
-
石炭船積み機トリンマーだそうです。
(ウォーキングマップより) -
龍神のほこらとその説明。
-
ジブローダーだそうです。
(ウォーキングマップより) -
後ろを振り返って撮りました。
-
坂を登っていきます。
天気も良く、歩いていると
汗ばんできます。 -
坂を登って来て、
団地群のある場所へ来ました。 -
長崎市役所外海地域センター池島事務所と
池島簡易郵便局です。 -
島内を散策する人のために
公共トイレマップがありました。 -
地域センターがあるこの辺りが
街の中心部だったみたいです。
けども、開いていない商店街があり、 -
消防署はありました。
正式名所は、
長崎市役所長崎市消防局北消防署池島派出所
だそうです。(グーグルマップより) -
島で唯一の宿泊施設の
池島中央会館。 -
信号がありました。
島で唯一の信号とのこと。
(午後にガイドさんに確認しました。)
目的は交通整理ではなく、
教育用のためとのこと。 -
なので、近くには、学校があります。
-
さらに団地群を見ながら
歩いて行きます。 -
行き止まりの場所まで来ました。
これからは戻りながら、
島の北側方面を歩いて行きます。 -
池島神社に来ました。
-
池島神社は、
昭和38年(1963)に郷地区の白山比咩神社と
松島炭鉱株式会社池島鉱業所の守護神である
大山衹神社を合祀し、建立された。
(ウォーキングマップより) -
松島炭鉱株式会社 池島鉱業所
とあります。
会社の正門だったのかな? -
旧発電造水施設
昭和41年(1966)、日本で初めて設置された
海水を真水に変える装置。
(ウォーキングマップより) -
煙突と共に。
-
続いて、繁華街のあったと
思われる場所に来ました。
パチンコ台が何台も捨てられています。 -
さらに奥の方へ進んで行きます。
この辺りの地区は、炭鉱の出来る前から
ある集落みたいです。 -
美容室があったり、
-
レストランがあったりしました。
-
最後に海辺に出て来ました。
そろそろ集合時間に近くになって
来たので集合場所へ戻ります。 -
炭鉱ツアーの集合場所に
戻って来ました。
船に乗ってきたツアー参加者と共に
案内人さんを先頭に池島総合開発センターへ
行きます。 -
今日、参加するツアーのチラシと参加証
-
まず、映像にて池島炭鉱概要など
10分程見ました。
次にちょっと早めですが、
昼食タイムで、一時解散になります。 -
オプションの池島炭鉱弁当
800円(お茶付)です。
高いと言えば、高いと思います。 -
昼食を食べ終えて、周りを散策します。
ショッピングセンターとありますが
お店は開いていませんでした。 -
再集合の後、
ヘルメット(ヘッドランプ付)を装着して、
ヘッドランプ用電池を背負いました。
坑外トロッコ電車停留所(ツアーチラシより)
からトロッコに乗車します。 -
脇に大きな物体がありました。
石炭かと思われますが、 -
説明を見ると、石炭では無いみたいです。
-
トロッコに乗車しています。
-
坑内に入って来ました。
-
水平坑道奥部電車停留所(ツアーチラシより)
で下車しました。 -
パネルによる池島炭鉱の歴史。
案内人さんが解説をしてくれます。
その① -
その②
-
いかにも、昭和の電話と温度計です。
自分のヘッドランプが
電話機に当たっています。
これからの写真には同じような
ものが続きますので、ご了承下さい。 -
池島は、周辺の海底に広がる
炭鉱だったので、その坑道地図。 -
ヘッドランプを照らしながら
坑内を進んで行きますが、
後ろを振り向いて撮りました。 -
坑道堀進跡に来ました。
-
採炭機ドラムカッター(ツアーチラシより)
が展示されています。 -
そのドラムカッターを動かしてくれました。
-
穿孔機オーガー(ツアーチラシより)
操作体験が出来ました。 -
今回の坑道見学で一番奥にある場所まで
来ました。角度のある道になっていますが、
何でかと言うと、 -
この坑道の先、写真の一番先で
地上と繋がっているからです。 -
さらに進んで行きます。
-
坑内救急センター跡【緊急避難所】
(ツアーチラシより)
その① -
その②.部屋全体。
-
続いて、坑内発破の映像・説明
(ツアーチラシより)
写真には、ローマ字とカタカナが
ありますが、この炭鉱では閉山したのち
インドネシア・ベトナムの方々が
この炭鉱で研修をしたからとのこと。 -
最後にトロッコに乗車して
戻っていきます。
その① -
その②
-
戻って来ました。
ここから、池島開発総合センターに戻り
ヘルメット等を外して坑内探検ツアーは
終了です。 -
島内観光オプションツアーにも
参加しました。
まず、バスに乗って(運賃100円)
地域センター付近に来ました。 -
池島炭鉱第一立坑。
自分がメモした所から要約すると、
人や石炭をエレベーター状の箱に
運搬するために垂直に掘られた坑道
となりました。 -
これは、水道水(飲料水)の
パイプだそうです。
地下にあるわけではないので、
夏と冬の水温の差が激しいとのこと。 -
食堂だった場所。
-
炭鉱社宅(団地)へ入って行きます。
-
炭鉱は、24時間操業で3交代で
行われていたそうです。
なので、睡眠時間が不規則なので
出しているのと、訪れるセールスマン
お断りのためでもあるそうです。
(ガイドさんの話を聞いてまとめると) -
部屋に入ることが出来ました。
昭和の部屋の再現です。
その① -
その②
-
その③
-
ベランダから団地の屋上へ行きます。
-
団地の屋上からの展望。
何棟もあります。
実際にあった数は○○○棟で
その内7棟は解体したとのことです。
○○○はガイドさんのクイズネタなので、
正解は記載しないでおきます。 -
屋上から向かいにある団地。
-
ちょっとアップにして
撮りました。
島なので、台風などの影響により
劣化していくとのこと。 -
団地群の中を歩いて行きます。
-
銭湯。
今でも営業しているとのことです。
(16時00分~20時30分) -
さらに団地群を進んで行きます。
-
蔦に覆われた団地。
-
確か、工場長とか施設長の住む家
要は、一番偉い人が住む家です。
ガイドさんの話しによると、
島の中では、幹部と一般労働者は
徹底して分かれていたそうです。
(家や食堂とかその他諸々) -
慰霊碑のある所に来ました。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
慰霊碑のすぐ近くに展望台があります。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
展望台より第二立坑方面を眺めます。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
その第二立坑方面へ行きます。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。)
午前中に来た時は、立入禁止でしたが、
ガイドさんが鍵を開けてくれ、堂々と
入って行きます。 -
階段を下って行きます。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
階段を降りて来ました。
第二立坑の事務所。
時計は、まだ現役で動いており
時を刻み続けています。 -
池島炭鉱第二立坑と女神像。
-
続いて、8階建てアパートの裏側に来ました。
裏側なので、写真に写っているのは、5階から
上の部分だけです。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。)
その① -
その②
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
団地の正面に来ました。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
団地は8階建てとのこと。その①
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
その②。(写真は、午前の散策中に撮ったものです。)
-
団地の渡り廊下。
そう長くないうちに崩壊する可能性が
あるとのこと。なので逆側からは
立ち入り禁止になっています。 -
こうやって並んでいるのを見ると、
この島に約8,000人がいたかを
思い知ることが出来ます。 -
8階建てアパートの説明。
-
学校のある場所へ来ました。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。)
手前が小学校で奥が中学校とのこと。 -
池島総合食料品小売センターに来ました。
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。)
ここで、島内探検ツアーは終了となります。 -
奥にはかあちゃんの店が
【飲食店:8時~18時】が営業中です。
(ウォーキングマップチラシより)
(写真は、午前の散策中に撮ったものです。) -
フェリー発着場へ行くバスが来るまで
お店の前にいるネコと戯れながら待ちます。 -
隠れていたネコを撮りました。
-
バスに乗って(運賃100円)
フェリー発着所まで来ました。
15時47分発の船で神ノ浦港へ行きます。
さらに港からバスを乗り継いで、
長崎駅まで行きました。
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