2018/10/15 - 2018/10/16
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itaruさん
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福岡出張を終えた10月16日。この日は東京に戻るだけ。せっかくだから、ちょっと足を伸ばそうか。福岡から地下鉄とJRを乗り継いでいける名護屋城が頭に浮かんだけれど、予想以上に時間がかかることが判明。ほかに何か目ぼしいところ、と思って探したら古代の山城が太宰府にあるらしい。天守閣のある城もいいけど、異色の山城にいくのも面白い。夕方の飛行機まで、太宰府の山を散策しよう。ということで、前日仕事の合間に訪ねた福岡城と一緒に旅行記をアップします
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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15日、午後の仕事の前の一時。福岡城跡の蓮の群生をみつつ
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天気も良く絶好の散歩日和
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1600年の関ヶ原の戦いの後、筑前50万石の領主となった黒田長政が築城したこの城。福岡の街中にあってロケーションは抜群です
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味のある木造の櫓は記念櫓。本丸北東に位置するこの櫓は、鬼門封じの祈念のために建設されたもの。一度は北九州の大正寺に移築されたものの、1983年に再び福岡城へ
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明治維新、廃藩置県を経て、今では現存している建物はごくわずか。天守台に登っても石垣はあるのだけれども、当然ながら天守閣は残っていない
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もっとも福岡城に天守閣があったか、論議の的になっているのだとか。関ヶ原の戦いの後の築城なので、幕府に配慮してつくらなかった、もしくは建設したもののすぐに解体されたなど。天守台からは福岡市街が一望できる
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北西に目を向けると福岡ヤフオクドーム。そうそうかつてのホームスタジアムだった平和台球場は福岡城跡の敷地内だっけ
舞鶴公園 (福岡城跡) 名所・史跡
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日本の名城100選に選ばれたこともあって
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平日のお昼時でも訪れる人が外国人を含めてちらほら
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二層の隅櫓とそれに連なる三十間の奥行きをもつ平櫓からなる多門櫓
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1607年に建てられた重要文化財
舞鶴公園 (福岡城跡) 名所・史跡
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下からこう見上げると城って感じ
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気持ちよく城めぐりを終えたら
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ヤフオクドームそばの川?沿いの
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遊歩道を歩いたら仕事へ
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翌16日、夕方の飛行機までの空き時間を利用して
西鉄福岡(天神)駅 駅
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天神から西鉄で大宰府へ
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で、太宰府駅前の観光案内所で大野城跡への行き方を確認すると、昨今の九州を襲った台風、豪雨の影響で道路が崩壊して通行止めになっているという。反対方向からはアクセスできるらしいけれど、大宰府からは公共交通手段はないらしい。それでも、いろいろ聞いてみると大宰府政庁跡の方面からなら遊歩道などでアクセスできそう
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大宰府政庁跡に向かって歩いていくと天智天皇が発願して建立した古刹の観世音寺
観世音寺 寺・神社・教会
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五重塔心礎。九州の仏教の中心だった寺も度重なる天災などの影響もあって創建時の建物は残っていない。今あるのは江戸時代に金堂と講堂といったもの。全体的に落ち着いた雰囲気はあるものの、こじんまりとした感じ
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ただ、ここの宝蔵(500円)は見逃せません。平安から鎌倉期に造られた仏像がずらり。503cmの馬頭観音菩薩立像をはじめ、16体もの重要文化財は見ごたえ十分。残念(当然)ながら撮影禁止なので宝蔵前の案内板の写真をアップします
観世音寺宝蔵 美術館・博物館
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そして観世音寺の隣にあるのが戒壇院
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戒壇とは僧尼が守るべき戒律を授ける所だそうで、奈良の東大寺、栃木の下野薬師寺とともに「天下の三戒壇」と呼ばれていたとのこと。元々は観世音寺に一部だったものが江戸時代に独立した。由緒ある寺で趣はあるものの、こんなものかなという感じ
戒壇院 寺・神社・教会
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本堂内の重要文化財の仏像は有料で拝観できるとのことだけれども今回はパス
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そして奈良、平安時代を通して九州を治め、西の守りの要となっていた大宰府政庁跡に到着。ん、大勢の小学生、課外授業だろうか
大宰府政庁跡 名所・史跡
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敷地の広さはかつての政治の中心地だったことを物語る。とはいえ、残っているものはほとんどないので想像力を働かせるしかないけど
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で、観光案内所でもらった簡単な地図を頼りに歩いていくと
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どうやら九州自然歩道を辿れば大野城跡へ行けるらしい
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舗装した道から遊歩道へ
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歩いてみると豪雨、台風の影響はそれほどなく
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整備された遊歩道を進んでいくと
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30分ほどで石垣が見えてきた。これが大石垣?
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663年の白村江の戦いで敗れた大和朝廷が唐・新羅連合軍の侵攻に対処するために築いた古代の城、大野城。城といえば、天守閣のある戦国期の城を思い出しがち。しかも石垣があったなんて。意外な感じ
大野城跡 名所・史跡
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さらに登っていくと
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大野城跡一帯の通称は四王寺山。奈良時代には四天王を祀る寺が建てられていた
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で、近くにあるのが四棟の建物跡が見つかっている増長天礎石群
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整備中なのかブルーシートで覆われている場所も
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大宰府の街を眺めて一息ついたら
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ここからは道路も通行止めにはなっていないので
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のんびりとした山間の集落を歩く
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のどかな光景が続く
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増長天地区から30分ほどで百間石垣
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ここは全長180mの大野城跡で最大の石垣
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周囲8kmにおよぶ土塁などで囲まれた大野城の範囲は広いのだけれど、案内標識はあまりない。それに天守閣など明確なシンボルがある戦国期の城と違って、残っているものは地味。何かインパクトあるものがないかな、と思っている中で北石垣の案内標識をみつける。ちょっと急な坂道を登る形だけれども、行ってみるか
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道を進むと主城原礎石群の案内が。ちょっと先にこっちをまわってみるか。んっ、そこにあるのは「大野城址」。こういうのがあると、歴史を感じることができる。とはいえ、これがなければ遺構というのは分からないんだけど
大野城跡 名所・史跡
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大野城中央部の高台にある主城原礎石群。確かに城の中心となる場所だったんだろうなあ、というのは理解できる
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遺構もしっかり整備されているのはありがたいんだけど
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寄り道しながら20分ほどで北石垣に到着。この石垣はすべて石で造られた百間石垣とは異なり、土塁の外側に張り付けるように石垣がつくられているのが特徴
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さて元来た道を戻り、さらに何かないかと思って進むものの、大野城の敷地は過ぎていたので特に見るものはなし
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午後3時を過ぎたので引き返しましょう。百間石垣をもう一度見たら
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25分ほどで大野城の南の山頂部にあたる焼米ヶ原まで戻ってきた。焼米の由来は遺構から多くの炭化した米が発見されたから。ここで生活していたのは防人の人たち。1300年以上も昔、彼らはどんな暮らしをしていたのだろうか
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何気ないただの道に見えるけれど
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これが城を囲んでいた土塁
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何だかはるか遠くに大宰府の街が見える。あそこまで戻らなきゃ
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土塁に沿って道を下り
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今一つ良く分からなかったけれど、この辺りが城門跡らしい
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なんだかんだで50分ほどで太宰府駅に到着。さすがに歩き疲れたので駅前の一蘭でとんこつラーメン。大宰府という土地柄なので、ラーメンが「合格ラーメン」、器の形が5画(合格)など、遊んでいるのが面白い。味も普通に一蘭の安定した味でした
一蘭 太宰府参道店 お土産屋・直売所・特産品
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