1982/01/15 - 1983/01/18
122位(同エリア129件中)
タケさん
業務活動で一年間あまり滞在したアチェでの生活状況を紹介する。
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[インドネシアに滞在]
1982年1月から一年間あまりLNG(液化天然ガス)プラント施設(日本および韓国向け)地盤改良工事他の施工監理業務で、インドネシア・スマトラ島北端のアチェに滞在 (中で自活出来る 広大なパイオニア・キャンプ内に居住)。 第二次世界大戦終戦後も帰国出来なかった元日本軍人も少なからず滞在しており、"見よ東海の空明けて…^^♪(愛国行進曲)"を歌いだす年配の現地人もいた。 帰途時には、家族を呼び寄せて 居住していたキャンプ地(親しくてしいたカナダ人が キッチン付きの部屋を用意してくれた)や バリ島に滞在。 また1986年7月から 数回にわたり、台湾の最南端にある墾丁(ケンディン)国家公園での開発業務に携わった。 台湾には、銘茶,カニ肉入り小籠包,日本では高価なカラスミ,マンゴーが載ったかき氷,夜市での臭豆腐 等々 美味しい飲食物がいっぱいあり、行く度に堪能している。 家内は軽度のひざ痛で 「障碍者手帳」を持っていて、台湾では 鉄道や美術館等ほとんどの公共施設が、付き添い者を含めて 大幅な割引料金に(時には無料に)なるので、重宝した。 -
インドネシアは1949年にオランダから独立。
赤道にまたがる1万3,400あまりもの大小の島から成り、面積は約189万km2で日本の約5倍、人口は約2.55億人(2015年現在)。 時差は日本より2時間遅れ。 このうちスマトラ島最北端のアチェ州は、人口500万人を占める。
2004年末のスマトラ島沖地震に伴う大津波で、州都バンダ・アチェを含む西海岸が甚大な被害を受けた。現地で知りあった華僑のインドネシア人と帰国後も年賀状交換等していたが、この災害後 連絡が取れなくなった。 -
[現地状況]
1982年1月~1983年1月にかけて約一年間、州都バンダアチェの南方にLNGプラント施設 の施工監理業務で滞在した。
当時アチェ州は「アチェ特別州」と呼ばれ、インドネシアの中でもイスラーム信仰が特 別に強い地域で、独立志向が強かった。
古来より外部の支配者に対する激しい抵抗で知られ、建設機器の搬入や労働者の雇用に際しては厳しい許可制限があった。
オランダからの独立に際しては、日本政府も助力を惜しまなかったため、対日感情 は良好。
当地には、先の第二次世界大戦終戦後も帰国出来なかった元日本軍人も少なからず滞在しており、また "見よ東海の空明けて……(^^♪(愛国行進曲)" を歌いだす年配の現地人もいた。
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[LNG(液化天然ガス)運搬船]
日本および韓国へ供給とのこと。 -
[鉄筋コンクリート工事でアメリカ人担当者と]
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[アスファルト用砂採取現場にて]
大部分が女性作業員。
* 近辺の椰子林内でのLNG用の井戸設置現場では、すぐ横で牛が寝そべっている、と いうようなのどかな情景が見られた。 -
[パイオニア・キャンプ内での生活]
現場に隣接した箇所にアメリカの建設業者が設置したキャンプがあり、そこに世界の各地から集まった建設担当者やその家族等が当方を含め1,000人ほど生活している。外部は危険なのでキャンプ敷地の周りは柵で囲まれており、門衛が居て勝手に外出は出来ない。
キャンプ内には学校や映画館,プール,テニスコート,スーパー他種々の娯楽施設やutilityがあっ て、キャンプ内で自活出来るようになっている。 散髪屋も在り。
各国の独立記念日などの行事がしょっちゅうあるので、ダンスパーティー等にも積極的に参加して、欧米人やオーストラリア人,ニュージーランド人たちの家族とも親しくなり、よく彼らの家を訪れお茶をよばれて談笑したりした。
外部では制限されているアルコール類を自由にたしなむことも出来る。 南十字星 の下で飲むビールやワインも乙なもの。
現場は原則として日曜日が休みになっているが、イスラム国なので金曜日の午後はJobsite内に設けられたモスクでのお祈りがあるので、30分遅れで仕事開始となっている。
食事はインドネシア食と洋食が主体であるが、時々中国人コックによる日本食らしきも のもあって、鯛の刺身をナイフとフォークで食べたりした。
門外には中華レストランがあって、何故かリカーも置いてある。 そこで初めて蛙の 腿肉を食べたが、鶏肉のような感触で容易に食べられた。
* 現場は蒸し暑くて、ちょっと歩くと汗ビッショリになるぐらいで、しもやけで痒かった手が当地に着いたとたんに元に戻ったのが不思議だった。 -
[近隣の町 ロクスマウエー1]
毎週日曜日には、15kmほど離れたところにあるロクスマウエ行きのバスが運行される。 テニスのラケットや運動着等を含めて種々の日用品があって
、買い物には何の不自由もなかった。カラー写真が安くきれいに出来上がるのには驚いた。 -
[近隣の町 ロクスマウエー2]
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[Hashに参加]
キャンプ生活者を募って日曜日にはよく近くにあるジャングル内で催された10kmほどのクロスカントリー(Hash)に参加して、村民と覚えたてのアチェ語(インドネシア語の方言)で会話を交わしたりして楽しんだ(一年間も住んでいると 必要上アチェ語をかなり話せるようになり、ジャカルタから来たインドネシア人に アチェ語の通訳をしてあげたこともあった)。
初めての参加者は氷水の洗礼を受ける。 -
[盛大に催される独立記念日の行事のひとコマ]
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[現地人の結婚式]
現場の事務所で業者の事務員をしていた女性が、後日 数枚の結婚写真を送ってくれた。 -
[休日にビーチの桟橋で魚釣り]
サヨリがよく釣れた。 -
[ビーチでの地曳網]
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[温泉場にて(タケンゴン)]
パイオニア・キャンプから少し離れた所に温泉がある(インドネシアは火山列島)が、入っているすぐそばで地元の女性が洗濯している。 -
[バンダアチェにある聖地モスク]
*1 当時インドネシアは賄賂天国で、入国時には検査官にお土産(?)を請求され、お金を都合して欲しい と公然と要求されたりした。 また、帰途 バリ島の空港ではチェック・カウンターに預けたパスポートを返してくれず、別室で数人の係員から賄賂を要求されたりした(領収書を請求したら、ノートの一ページを切り取って手書きで渡された )。
*2 現地で受け取った封書は封筒の上下が破られた形跡があって、何処かで中身を調べられているいるようだった。
*3 現場事務所では、ちょっと席を外す時でも机の上のものは全て引き出しに入れて lockをしてから……という具合いで、油断もスキもならない国柄だった。
*4 当地には、先の第二次世界大戦終戦後も帰国出来なかった元日本軍人も少なからず滞在しており、また "見よ東海の空明けて……?(愛国行進曲)"を歌いだす年配の現地人もいた。
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[パイオニア・キャンプでカナダ人家を訪問]
業務完了後、家族を呼び寄せて旅行。
子供たちはすぐに仲良くなる。 -
[バリ島 クタ・ビーチにて]
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[バリ島 厳かなケチャック・ダンス]
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[バリ島 優雅なバロン・ダンス]
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[バリ島 舞踊学校にて]
*インドネシアは賄賂王国で、バリ島の空港ではチェック・カウンターに預けたパスポートを返してくれず、別室で数人の係員から賄賂を要求されたりした(領収書を請求したら、ノートの1ページを切り取って 手書きで渡された)。 -
[マレーシア ペナン島でアリさん家族と再会]
大学院で同じ研究室に居たインドネシアからの留学生で、帰国後 イポー(マレーシア)の錫工場で働いていたアリさんとペナン島で久し振りに再会(家族とも;奥さんは カナダのトロント大学に留学していたインドネシア人)。 -
[インドネシアのキャンプ地で親しくしていたカナダ人からの賀状]
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