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 伊藤六郎兵衛(文政12年(1829年)~明治27年(1894年))は、幕末・明治時代の宗教家で、丸山教の開祖である。丸山教本庁の横に「法聖地」とされる墓地に埋葬されている。この墓には鳥居が建っている。「法聖地」は光明寺の横にあり、光明寺からは近いが、丸山教本庁に行くにはぐるっと回らなければならないために距離がある。しかし、丸山教本庁側には柵があり、この柵を開けると丸山教本庁の境内からは近い。丸山教本庁の人はこの柵を開けて参拝するのだろう。<br />(表紙写真は法聖地)

法聖地(川崎市多摩区登戸)

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2018/10/14 - 2018/10/14

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 伊藤六郎兵衛(文政12年(1829年)~明治27年(1894年))は、幕末・明治時代の宗教家で、丸山教の開祖である。丸山教本庁の横に「法聖地」とされる墓地に埋葬されている。この墓には鳥居が建っている。「法聖地」は光明寺の横にあり、光明寺からは近いが、丸山教本庁に行くにはぐるっと回らなければならないために距離がある。しかし、丸山教本庁側には柵があり、この柵を開けると丸山教本庁の境内からは近い。丸山教本庁の人はこの柵を開けて参拝するのだろう。
(表紙写真は法聖地)

  • 石鳥居。

    石鳥居。

  • 奥にも石鳥居。

    奥にも石鳥居。

  • 「法聖地<br />教祖・伊藤六郎兵衛尊師は、丸山の御教えの大元「一分心より万灯開き」の雛形として、明治22年旧2月15日、「ご法塔」を建立し、その証を示さる。<br />私たちは、ここに丸山の理想とする「日の出に松の御代」の世界が開かれると信じで疑わず、かくて「ご法聖地」此処に定まる。 丸山教4世教主」。

    「法聖地
    教祖・伊藤六郎兵衛尊師は、丸山の御教えの大元「一分心より万灯開き」の雛形として、明治22年旧2月15日、「ご法塔」を建立し、その証を示さる。
    私たちは、ここに丸山の理想とする「日の出に松の御代」の世界が開かれると信じで疑わず、かくて「ご法聖地」此処に定まる。 丸山教4世教主」。

  • 手水舎。

    手水舎。

  • 二股の松。

    二股の松。

  • 墓地。

    墓地。

  • 二股の松の間に墓石。

    二股の松の間に墓石。

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