2018/07/27 - 2018/08/02
621位(同エリア1707件中)
きれいさん
三内丸山遺跡では10メートル以上の大型竪穴式住居跡がいくつも柱跡で検出されています。六本柱建物跡は建物があったと推測されるその脇に建てられました。考証ではただ柱が立っていただけではないか?という意見やまた装飾具を飾ったとても凝ったものではないか?と色々と意見が出た様です。大林組のプロジェクトチームによって建てられました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 交通手段
- 高速・路線バス
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住居跡
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遥か大昔の柱の跡
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野ざらしで柱跡があるのですがその内消えてしまうのでは?と一人心配しています。
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掘っ立て柱跡と推測される柱穴群が見つかりました。この周辺や内部では生活の痕跡が確認出来なかったので高床式倉庫であった可能性大として復元されました。かっては内部も見学できる状態でしたが2001年9月27日に放火事件がありまして只今は立ち入りが出来ません。
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縄文時代の子供たちもこうして走り回っていたのかな?
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土坑墓が見つかっています。大人たちが埋葬されたようですね。
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副葬品もそのままに残っています。これらの場所も縄文人によって計画的に配置されています。
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高床式倉庫の足元
縄文時代でも高床式倉庫があったのですね。
まだ稲作はない時代ですから栗とかを保存したのかな? -
高床式倉庫の入り口です。ネズミが入らないように階段にはすき間を開けたのたのでしょうか?
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お待たせしました。三内丸山遺跡のハイライト大型掘っ立て柱跡の復元が見えて来ました。
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大型掘っ立て柱跡の手前には長さ32メートル、幅10メートルの大型竪穴式住居が復元されています。内部も自由に見学が出来ます。
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大型竪穴式住居の入り口です。弥生時代のそのものと私は見分けがつかないです。
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大型竪穴式住居の内部です。本当に広いです。ここで何人も住んでいたのでしょうね。このような大型竪穴式住居跡がいくつも見つかっています。
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六本柱の巨大な建物があったと推測されています。1994年には直径1メートルの栗の柱が6本検出されてるので復元されています。ただまだまだ謎だらけの建物跡です。特に注目されるのは[縄文尺]と言われる長さの単位が広範囲にわたって共通規格として共有されていたようです。
賢いなあ!縄文人 -
色々な意見が出ていますが屋根があるのに床が無いか床があるのに屋根が無いという中途半端な感じなり後々までこれで良かったのか?と疑問の声がでる要因らしいです。
柱本体には腐食を防ぐために周囲を焦がすという技術が使われていて長い間腐食を防いだ一因となっています。 -
大型竪穴式住居の復元
屋根には茅葺き、樹皮葺き、土葺と想定して復元されています。 -
縄文時代のゴミ捨て場です。
時間が経つと大事な遺跡となります。 -
縄文時代の住民が捨てたゴミからは考古学の宝庫となる物が見つかります。
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ゴミ塚の断層を見せてくれています。ここは保存のために空調が入っています。
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出口では大きな縄文土器のレプリカが
触りたい放題で展示されています。
遺跡から出土した栗のDNAを調べると栽培されていたこともわかって来ました。最盛期には500人くらいの人々が住んでいたと推測されてる。
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