2018/09/15 - 2018/09/15
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この旅行記のスケジュール
2018/09/15
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東京駅から豊橋駅
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豊橋駅から三河田原駅まで
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田原市街の散策
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三河田原駅から豊橋経由大府駅まで
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大府駅から御油経由、赤坂駅まで歩いて散策
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赤坂駅から諏訪町駅まで
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諏訪町駅から散策。牛久保駅まで
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牛久保駅から豊橋駅まで
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この旅行記スケジュールを元に
今回は渥美半島の田原祭りと岸和田のだんぢり祭りを絡めて、最後、高野山に回るという三日の旅。初日は、渥美半島の田原まつりから、旧御油宿、旧赤坂宿のちょこっと東海道を訪ねます。
田原祭りは、市街中心部を交通止めにして、街全体がお祭り会場。新町、本町、萱町の三基のカラクリ山車が町内を巡行して、最後はお祭り会館前に集結。それぞれが順番にお囃子とカラクリ芸を披露します。
ただ、カラクリは巡行の最中にもずっと演じられているので、慌てることはない。小さな女の子が笑ったり、目をひん剥いたり、舌を出してあっかんべーをしたり。決まった動きを繰り返すだけではあるのですが、そこは積み重ねられた技がある。やっぱり見飽きない独特の楽しさがあるように思いました。
後半は、豊橋に戻って、名鉄本線で国府まで。そこから、御油、名電赤坂まで歩けば、三河国分寺周辺を含めて東海道の二つの宿場町が回れます。
御油宿は、東海道五十三次の35番目の宿場。街道の面影を残す松並木が美しいで知られます。
街並みの方も緩いカーブの通りにところどころ町家が混じりながら、家々が軒を並べる。微妙に家の向きが重ならないように建っているのも窮屈に感じないようにするための伝統なのかもしれません。ただ、本陣とかの遺構はよく分からなくて、全体としての雰囲気を感じるべき街並みかなと思います。
赤坂宿は、東海道五十三次の36番目の宿場。隣りの旧御油宿から歩きましたが、これだけ近いので御油宿とは客を奪い合って競争が激しかったよう。飯盛女が多くいて、それを楽しみにしていた客も多かく、唄にも謳われていました。市街は、それなりに残っていますが、街並みは一部歯抜け。本陣跡の説明板とか赤坂宿場資料室が見どころです。
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東京から朝一番の新幹線で、豊橋経由、田原駅に到着。
まだ早いし、朝飯がてら駅の周辺を探索です。
はなうたパン屋って、妙な名前のようですが、これは本格的なパン屋さん。 -
イチオシ
工夫をこらした華やかなパンがあれこれ並んで見ているだけでも楽しいですね。朝早くから、家族連れが次々訪れてくるし、その気持ちよくわかります。
ただ、田原駅からは少し距離があるので、観光客には縁遠くなっているのが残念です。 -
で、今回のお目当ては、その先のティーズ。
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ここのモーニングは変わっていて、ドリンクを頼むとそれにプラスして、トーストやサラダのセットなどを追加する仕組み。トーストとたまごのシンプルなのだと無料なんですが、もう少し何かを付けると料金が上がっていく。
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私はグッドモーニングのプラス180円のをいただきました。珈琲が400円なので合計580円のモーニングです。華やかなお皿に盛られたセットは見ただけで元気が湧いてくる。幸先良い旅の始まりです。
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ここで、前回お休みだった田原市博物館へ。
今回は田原祭りが主目的なんですが、それに次ぐのはここのリベンジなんですよね。 -
田原城址の中にあって、幕末の画家であり、田原藩の家老であった地元のヒーロー渡辺崋山に関連する作品・資料を展示するための施設です。
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蛮社の獄で最期を迎える崋山ですが、作品は穏やかな味わいというか。。
蟄居の中、生きていくために精力的に描きはじめたという経緯もありますが、本来、律儀で研究熱心というタイプですから、画法の工夫もあれこれと余念がない。線を基本に写実的な画風や西洋画にならって線のない画法。その二つのミックスとか。それは解説にある通りなんですが、それでも実際のところ、花鳥画とか全体として受ける印象はどれもがほとんど同じ画風。こだわりというか癖があるというか、とにかく個性的な表現としかいいようがない。
有名な国宝、鷹見泉石も正直言えばどこか変わった雰囲気がある絵ですが、これまで、それは鷹見泉石の内面を映すためにもそうなったのだろうと理解していました。しかし、この作品群を見るどうもそうではない。どこか変わった雰囲気は、相当程度崋山の強烈な個性による画風だったことに気が付きました。そして、その個性は誤解を恐れにいうならば、あまりすがすがしくもないし気持ちのよいものでもない。おおらかさとか悲劇の生涯をどこかで緩和してくれるものも期待していたのですが、その期待は裏切られたような気がします。 -
画風と人となり。関係があるのは当然なんですが、それが一致しているのも楽しいし、全然違うのもまた楽しいもの。鑑賞者というのはどこまでも勝手ですよね。
ということで、この博物館は、単純に崋山の作品に触れるだけでも価値ありかなと思います。 -
田原市民俗資料館は、田原城址の桜門の向かい側。かつての役場の施設だったかのようなモダンでしっかりした建物。この建物自体も田原の歴史の一端を示しているような気もします。
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展示は江戸時代以降の田原の人々の暮らしを伝えるもの。
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スペースには余裕があるし、丁寧な展示だと思います。
しかし、ここでも戸田氏のことにほとんど触れていない。のちの家康、竹千代を今川氏に届けるはずが織田家に売り飛ばしてしまう愚挙なんて、なかなかない歴史のエピソードを引き起こした人物なんですが、地元ではノーコメントという扱いです。 -
表に出ると、お神輿ですか。
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イチオシ
交差点のところでちょっと景気付け。
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見物人はほとんどいませんが、
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えんや、えんや。
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体を温めるように揉みあっていました。
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中心部に戻ってきたら、なにやらパレード。これはなんでしょうねえ。田原祭りの雰囲気ではないような。
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聞くと、世界最高峰のサーフィン大会「2018 アーバンリサーチISAワールドサーフィンゲームス」が田原で行われるのだそう。その前夜祭みたいな感じ。
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国際色豊かな面々が
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思い思いに行進です。
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開催のセレモニーが始まって、
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小さな町なのに、田原もなかなか頑張ってますね。
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ただ、それはそれとして。
田原まつり会館では山車を据えて、お囃子と -
からくり人形の見世物が始まっていました。
これは、本町の神功皇后車。 -
イチオシ
からくり人形は、六代目玉屋庄兵衛作の「神宮皇后人形」、「武内宿祢人形」、「踊り子人形」。
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お囃子に合わせて
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前で激しく動くのは「踊り子人形」。
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手足を上げ下げ、
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顔も右左へ。
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イチオシ
その合間に目をひん剥いて、あかんべいもします。
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受け狙いの動きであるのは明らかなんですが、なかなかどうして見飽きない。
細かな動きやタイミングがやっぱり絶妙なんでしょう。さすがよくできています。 -
場所を移動して、これは巡航中の新町の應神天皇車。
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川沿いの道をゆっくりと近づいてきます。
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イチオシ
からくり人形は人形「応神天皇人形」、「官女人形」、「唐子の舞人形」。
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前面の「唐子の舞人形」が主役です。
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狭い道なので
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すり抜けるように過ぎていく。
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あー、行っちゃいましたね。
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大通りに出たところで、
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方向転換。
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イチオシ
担ぎ手は、ここが踏ん張りどころです。
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唐子は子孫繁栄とか、これ自体がおめでたいもの。
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もともとは中国のものなんですが、日本は古来、中国からいろんなことを学んできました。違和感はありません。
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少し疲れてきて、ここらで昼飯です。
田原市内にも渥美半島どんぶり街道というのがあって、グリル華もこれに参加しています。 -
魚・肉・野菜の賑やかなてんぷら丼をいただきました。ミニ丼にしたのは正解。それでも十分にボリュームがあって、満腹感が得られました。
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店内は余裕があるし、お孫さんの命名凧の飾りも見事でした。
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表に出るとここでは餅まきですね。
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大勢の人が集まって、すごい熱気。
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箱ごとブン投げるくらいまきまくってました。
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最後にチェックしたのは、萱町の総代車 (そうだいしゃ)。
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からくり人形は「日本武尊人形」
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前面には、「惣代人形」と文楽人形「女人形」が並んで
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二人が掛け合い、からんで動くのが特徴。
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関西だと二人そろえば、そこにはぼけとつっこみが生まれるのですが、
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そういう目で見るとどうなんでしょうか。
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静かな動きの時はわかりませんが、
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イチオシ
隠れた一瞬、「惣代人形」の方は長いべろを出す。
なるほど、こっちがボケでしたかね。 -
そして、三台が祭り会館に集合します。
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次々と入ってきて、
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イチオシ
はい、
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無事に三台が並びました。
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ここで順番にお囃子の披露。
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笛、鐘、太鼓。
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それにからくり人形が絡みます。
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関東だと一斉にやって、競演といった趣向が多いんですが、
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イチオシ
三台しかないし、そこは丁寧に扱うしかないでしょう。
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観客も順番に
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眺めることになる。
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からくり人形と
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お囃子のコラボを静かに楽しみます。
ちなみに、観客は目の前でじっと見ることになるので、若い女性とかやりにくかったかもしれません。ごめんなさい。 -
さて、一応、これが祭りの華。無事に見終わって、ここから後半は東海道の宿場町、御油宿、赤坂宿の方に向かいます。
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田原駅から、一気に国府駅へ。
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ところで、名鉄本線国府駅の国府は「こう」。他県の人間にはちょっと読めませんよね。
駅を出てすぐの姫街道は、古くは東海道の本道とされた道。御油宿から見附宿まで浜名湖の北側を通って結びます。
国府駅から北に向かうとすぐにこの道に出るんですが、ただ、雰囲気としてはトラックがぶんぶん通る産業道路といった感じ。交差点のそばに船山古墳というのがありましたが、姫街道と直接は関係ないかも。しかし、これくらいしか見どころはありません。 -
そして、まず向かったのは、八幡宮。
こちらは、白鳳時代、大分県の宇佐八幡宮から勧請された社。奈良時代、三河国分寺が造立された際は、その鎮守の神となりました。 -
本殿は、室町時代(1477年)の建立。優美で流れるような曲線の屋根が特徴。境内は中門から入って本殿までは小さな建物がいくつかあって、少しごちゃごちゃっとした感じです。
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国府の名前の通り、この辺りは三河国の中心だった場所なんです。
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ほどなく、三河国分寺跡。
天平時代、聖武天皇の勅願によって全国に建てられた国分寺。 -
塔跡や南大門跡、講堂跡など広い範囲に渡って発掘されていましたが、
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全体に荒地みたいな感じが残っていて、あまりきれいには整備されていないですね。
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ここがまあまあ整っていて、
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現在の国分寺といったところ。
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一角に国の重要文化財という無名の梵鐘もありました。
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三河天平の里資料館は、国分尼寺跡の隣りに建つ資料館。
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館内では三河国分寺、国分尼寺からの発掘品の展示と調査・整備の解説といった内容。
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素直に考えるとこうしたことになるんでしょうが、三河国でこの場所がどのような意味を持った場所なのかといった切込みがないと物足りない。これでは全国の国分寺の一つといった理解以上ものは得られないように思いますね。
もう少し工夫が必要でしょう。 -
ところで、三河国分寺跡の方は荒地の感じがあってちょっと引きましたが、三河国分尼寺跡の方は朱色の中門が復元され、金堂の建っていたと思われる一段高い壇など当時の様子が鮮やかに想像される場所でした。
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国分寺跡の方が広さ的には広いんですが、ここを見た方が天平時代への思いは膨らみます。
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周囲は三河国分尼寺跡史跡公園としてきれいに整備した公園。
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この日は史跡の通路や芝生のエリアに紙で作ったとうろうがずらりと並べられて、何かのイベントが行われる様子。
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夜になって灯りがともされたらさぞ壮観だろうなあと想像しました。
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国分寺跡と国分尼寺跡を拝見して、まあまあ一つの目的は達せられました。
続いて向かったのは、西明寺。 -
こちらは、平安時代の寛和年間(985~987年)に三河国司大江定基が六光寺を開いたのが始まり。
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鎌倉幕府、北条時頼が諸国巡歴の際に立ち寄って、天台宗から禅宗に変わり、最明寺となったとか。歴史が詳しく説明されていました。
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さて、見どころは庭園。本堂の真裏に回ります。
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すると。。
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山に囲まれた一角は池の背後に立石と植栽がぎっしり配置された見事な景観。
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イチオシ
これだけぎっしり配置されているのに、不思議に窮屈というか、過剰な印象は受けない。むしろ、ギュッと詰まっていることが自然でとっても気持ちよく思えるんですね。名園の名園たる証でしょう。シンプルイズベストという言葉がありますが、シンプルなのは見た目のことで、京都の庭園でも見た目はシンプルでも、実際には庭石とか驚くほどの量が使われている。むしろ、そうじゃないと自然な姿は表現できないということかもしれません。
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いずれにしても、これだけのものを作るのは容易ではないし、維持するのも並大抵ではないでしょう。
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事前の情報でもここは少しメジャーな観光スポットだという感じがありましたが、確かに素晴らしい庭園です。
まったくいいものを見つけてしまいました。これは大きな収穫です。 -
さて、ここから御油の宿へ移動します。
ちなみに、御油宿は、東海道五十三次の35番目の宿場。 -
御油の松並木資料館は、名前からして松並木のことを詳しく解説しているマニアックな内容なのかと思ったら、そうではなくて、東海道の御油宿全般について解説している資料館でした。
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展示室は一つしかありませんが、展示品は豊富だし、展示の仕方も美しい。
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強引に客引きをする宿の女たちの活き活きした姿を描いた浮世絵も、ここで見るとまたいっそう迫力を感じる。
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かつての東海道の雰囲気に酔わされるような資料館です。
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さて、街並みを抜けて。。
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御油の松並木は、御油の赤坂宿側。
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国の天然記念物に指定された松並木はたぶん松の根を傷めないように道路はかなり細めに制限されているし、
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ところどころポールも立っているで、ここを通行する車はスピードを出せません。歩いている方も狭い場所に気をつけながら歩きました。
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関川神社は、旧赤坂宿に向かう途中。
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小さな神社ですが境内に推定樹齢800年の大きな楠木が立っていて、それがシンボル。少し遠くからでも、よく見えているので、もしかして、旅人にとっては、当時、これを見ると宿場がもうすぐと思ってほっとしていたかもしれません。
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なお、楠木の根元にえぐれた場所があって、慶長14年(1609年)の大火の際に火の粉が飛んできたものだそう。
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赤坂休憩所のよらまいかんは、旧赤坂宿の端っこ。
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かつての町家を活用した無人の休憩所です。中は木の腰掛があるだけですが、赤坂の文化財というパネルが一つあって、長福寺、正法寺といった地元の寺に伝わる仏画や仏像を紹介。旧赤坂宿の文化の香りも学べます。
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少し進んで。赤坂宿場資料室は、生涯学習会館の二階。一階で声をかけると係の人が鍵を開けてくれました。
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展示室は一室ですが、真新しくてきれいな部屋。
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展示品は少ないですが、御油宿との距離の近さやそのためのの競合で活気があったことなど。活き活きした浮世絵も含めて、実感をもって楽しめます
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。地元に伝わった木や土の人形も
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まあまあ見応えがある。それなりに楽しめる施設です。
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街角にあった赤坂を紹介する看板。
宿場の名残はあんまりありませんが、それでも何とか伝えようとする気持ちは伝わります。 -
赤坂から、豊川の方に移動して、せっかくなのでもう少し頑張ります。
豊川公園は、諏訪町駅から大通りを北に向かったところ。さほどの距離ではないと思っていましたが、ちょっと歩きます。
公園は、手前の体育館、奥には陸上競技場も備える総合運動公園となっていて、規模もなかなか。桜の並木も有名なようでしたが、体育館の辺りの文化ゾーン的な雰囲気の方が印象的です。 -
体育館と通りを挟んだ豊川公園側の一角にある平和の像。傍らに「平和都市宣言」という碑があって、太平洋戦争の末期、豊川海軍工廠の被爆によって動員学徒や女子隊員2500名が命を落としたとありました。核被害のことにも触れられていて心が痛みました。
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そして、そこから長躯。山本勘助関連の牛久保エリアに向かいます。
山本勘助の墓は長谷寺の境内。もう日が暮れていましたが、墓の位置を示す地図と道案内で簡単に墓を見つけることができました。
山本勘助は、川中島の戦いで命を落としますが、生前、親交のあった当寺の住職が遺髪を収めた五輪塔を建立したのだそうです。墓は生家が手向けられていて、今でも地元で慕われる存在であることが感じられました。 -
ここで、こんな店を発見。
三河でさぬき路って、ちょっと場違いなイメージもなくはないんですが、セルフサービスで気軽そうだし、お客さんの出入りもそれなりにあるようなので寄ってみました。 -
柔らかめのうどんですが、讃岐うどんのコシの方はまあまあ。お店の看板にあったこだわりというほどではないかも。しかし、セルフなのに女将さんが親切に手助けしてくれたり、なにかと感じのいいお店です。
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さて、最後もう少し。。
大林勘左衛門貞次屋敷跡は、牛久保市街にある寺町公園という小さな公園の入口通路に「大林勘左衛門貞次屋敷跡」という杭が立っていました。 -
大林勘左衛門貞次は子がなかったため、後の山本勘助を養子に迎えます。ただ、屋敷跡はこの公園そのものが跡なのですが、杭の位置が微妙なので、それを見ただけでは屋敷跡がどこかがよく分からない。もう少し説明がほしいところでしょう。
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今川義元は、桶狭間の戦いで織田信長に討たれますが、墓はこんなところにあったんですね。首を取られた義元の体を家臣がここに運び弔ったのだそう。
大聖寺という小さな寺の境内ですが、門のところには「今川義元公御廟所」と目立つ看板があるし -
門から入るとすぐに墓への参道が分かります。ひっそりと生花が手向けられていました。
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牛久保城跡は、牛久保駅の目と鼻の先。こんなところに城なんてという感じですが、説明板には、享禄2年(1529年)、一色城主、牧野成勝が吉田城主、信成の命を受けて築城とありまして、城を取り囲むように城下町も築かれたということです。ただ、城跡はほんの空地みたいなもの。今ではその名残はほとんどありません。
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牛久保駅周辺を何んとか終えて、今夜の宿は豊橋。豊橋駅に帰ってきました。
ボン千賀は、豊橋駅から駅前大通りを歩いていて気が付いたパン屋さん。夜の暗い街にここの看板が煌々と明るくて、とっても目立っていました。もう店じまいが近いようでしたが、もう品数が少ない中で翌日の朝飯にアンパンを買いまして、準備完了。お勤め品も少しあったりして、地元密着のパン屋さんだと思います。 -
そして、晩飯はここ一福食堂。豊橋駅前すぐの大衆食堂です。安くてうまいのお店なので、この日も大賑わい。店内は常連さんでいっぱいでした。
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いただいたのは、親子丼。塩っけが薄くて、これはいい。一方で、甘さでカバーしているのかと思うとそうでもないし、これなら外食が続く人にも悪くない。お客の健康にもさりげなく気配りしている風なのがいいと思いました。
これで、初日は終了です。 -
今夜の豊橋ビジネスホテルは、豊橋駅からは歩いて15分ほど。碁盤の目のような市街の中です。
建物は大きいのですが、建物の上層に掲げられた看板が目立たないので、ちょっと探しにくいのが難点かも。
建物は古びていますが、しっかりした感じはあるのでまあいいでしょう。
さて、明日は朝一番の新幹線で一気に岸和田のだんぢり祭りに向かいます。
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