2018/08/12 - 2018/08/15
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East of Edenさん
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密度の濃いフィレンツェの1日半を終えて、ちょっと休憩。
車を借りて、フィレンツェの郊外ヴィラ・マキャベリ、そして、トスカーナを出て、ヴェローナでオペラを見て、避暑のためエミリオ・ロマーニャとトスカーナの州境の山へ。
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フィレンツェの街中のBudgetレンタカーで、ランチア・デルタの新車。
イタリア人の好きそうな車。固めだし、適度にパワーがなくて、ギアチェンジを上手にしないとうまく走れない、でもギアチェンジを上手にできると、運転していて楽しい。。。運転しているって感じがする。。。
9日間で、300ユーロ。 -
フィレンツェから南に車で20分くらい。
ヴィラ・マキャベリに向かう。 -
ヴィラ・マキャベリには、レストランがあって、マキャベリ博物館がある。
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マキャベリは、君主論(The Prince)で、人間や社会の鋭い観察から、人間、社会、政治、軍事に関する英知をリーダーたちに伝えようとした。
ガリレオ・ガリレイは自然科学のスーパースターとすれば、マキャベリは社会科学のスーパースターだったんだと思う。
ルネッサンスを、ギリシャ・ローマの英知の復活とすれば、彼らの知見は、ギリシャ・ローマのそれを超えて、現代にも通用する英知ではないかと思う。 -
マキャベリが、君主は、どちらかと言えば、愛されるよりも恐れられた方がいい、と述べている部分。
一見、世間知らずの学生や左翼に反発を食らいそうな内容だが、よく読んでみると、人間と社会の本質を鋭くとらえている。
愛する君主への服従は義務感からであり義務感が薄れれば服従を止める、恐れる君主への服従は服従をしないことで罰を受ける恐れるからであり服従を止めることは無い、と。税金ってそうだよな。払わないと、罰を受ける、財産没収される、だから払う。一方で、好きなチャリティへの寄付とかボランティアとか、今月忙しいとか、お金ないよってなれば、止めるし。
もっと気になる部分。軍の指揮官として、兵隊を指示通りに動かすには、"Unreasonable Cruelty"が必要だと。。合理性の無い残虐さ。。。。北朝鮮で将軍様の悪口とか言うと、粛清される。高射砲で撃たれたりとか、強制労働させられ殺される。思えば、アメリカ政府も、中国共産党政府も、ロシア政府も、みんなやっているな。アメリカ政府は、先制攻撃で、ミサイル撃ちこみ人を平気で殺すし、イスラム教徒をグアンタナモ刑務所で拷問したり。中国政府はチベットやウイグル、そして天安門で虐殺。これって合理性の無い残虐性。これが怖くて、いつか自分がやられるかもという恐怖から、政府に従うようになる。国際社会では、小国は大国に従属する。
小さな社会、例えば、小学校とかのちょい悪のグループのリーダー格のやつって、あるんじゃないか。合理性の無い残虐さが。 -
マキャベリは、メディチ家が亡命し、サヴォナローラが火あぶりになった後、フィレンツェ共和国政府高官になった。
外交官として、そして、軍の指揮官として、活躍したが、1512 に、メディチ家が、ローマ法王ジュリウス二世とスペイン軍のサポートを得て、フィレンツェ共和国に侵攻、その前哨戦としてフィレンツェの近郊のプラトーを急襲。多数の死者を出したSack of Prato.これにより、マキャベリの仕えるフィレンツェ共和国のトップ Piero Soderiniは辞任。メディチ家がフィレンツェに今度は君主として復活する。
マキャヴェリはメディチに拷問にかけられる。その後釈放され、マキャヴェリはこの村にフィレンツェから移り住んだ。君主論はそのころ書かれた。
君主論は、ロレンゾ・ディ・メディチ(il Magnifico)の孫のLorenzo(メディチ家から出たローマ法王レオ十世により、ウルビーノの君主に任命された)に向けられている。ひどい仕打ちを受けたメディチ家の子孫になぜ、君主の在り方を説いたのか?
この美しい田舎に居ても、やっぱり、国のトップが誰であれ、そのアドバイザーとして生きていきたかったんだろうか。 -
ブドウ畑に囲まれた古いマンション
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古い井戸もある。
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マキャベリの村、S. Casciano
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BBCのもう一つの名作 Who's Afraid of Machavelliで見た景色。
残念ながら、レストランが夜8時から営業、というだけで、博物館は開いてなかった。
イタリアの休日Assumption Dayの直前だから、しょうがないね。 -
夜までいるわけにはいかないので、あきらめ、
フィレンツェの南から高速に入り、ヴェローナへ向かう -
が、ボローニャを過ぎたあたりで、お腹がすいたので、寄り道
最近のおいしいレストランを見つけるルール。
大都市はさける。車を停めにくいし、高いし、観光客が多い所はまずい店が多い。
大都市の近郊の小さな店で、地元のお客さんが入ってそうな店をグーグル・レビューで探す。比較対象は、マクドとかバーガーキングとか。それよりもどれだけ上か、っていうのがポイントで。 -
と探したお店、当るかね。。Trattoria Anna
なんと、キノコとトリュフ専門店らしい。。。 -
いい雰囲気。。
お店の人もイタリア語話してくれるし。。。。
そう、フィレンツェだと、イタリア語で話しかけても、英語で返されること多かったから。。。 -
お通し。。。チーズのブルスケッタ
どんどん人が入ってきて。。。このお店人気店だということがわかる。 -
お勧めの生トリュフのパスタ パスタが見えないほど、生トリュフのスライスが。。。
味は。。。。最高 パスタも自家製、歯ごたえがあって。。うまいもの食べちゃった。。
これで18ユーロだったと思う。安い。。。 -
野菜の盛り合わせもおいしく。。。
得した気分。。
そう、イタリアではグリル野菜の盛り合わせを頼むことにしている。おいしいし安い。 -
ヴェローナに着いて、旧市街のゲートの
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直ぐそばのB&B、Al Filarmonico
ここにしたのは、アリア・ディ・ヴェローナから歩いて5分、オペラの後、遅い時間にすぐに帰れるから。
このB&B、本当によかった。部屋も埃一つ落ちていないきれい
若い女性のレセプションの人、すごくいい人で、イタリア語勉強してます、っていったら、イタリア語で対応してくれた。簡単な言葉を選んでくれて。。。なんと15分くらい話が続いた。。。新記録。
レセプションの横の部屋の人、大きなシェパードを連れていた。ペットOKらしい。その人とは上手な英語を話していた。 -
近所のスーパーでカシスを買って、部屋で食べる。
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オペラまで、ちょっと散歩に。。。
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キャストル・ベッキオ
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中は博物館になっているが。。時間がないので、入らず。
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前回ヴェローナで観光したので、今回はスキップ。
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開始時間まで10分、アリア・ディ・ヴェローナに。
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いくつか入口があり。
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アイーダは、このアリア・ディ・ヴェローナの大きなステージで見てみたかった。
プッチーニのトゥーランドットもいいだろうね、ここ。
巨大なセット -
エジプト軍の若き兵士、ラダメスは、人質となっているエチオピア王の娘アイーダに恋をする。アイーダもラダメスに恋をしていて。。
エジプト王ラミフェスは、迫りくるエチオピア軍との戦いにおいて、ラダメスをエジプト軍の指揮官にする。
エジプト王の娘アムネリスは、ラダメスに恋をするが、ラダメスは他の女性が好きであることを察する。
エジプト軍がエチオピア軍に戦いを挑み。。。エチオピア王の娘アイーダは、ラダメス、祖国エチオピア、父であるエチオピア王、皆失いたくない、という葛藤に悩む。
エジプト王の娘アムネリスは、ラダメスとアイーダが愛し合っているのではないか、疑う。。。 -
第一幕、アイーダ役のマリアのソプラノがさえず、アムネリスやラダメスの素晴らしい声に圧倒されてしまう。
第二幕で、マリアの声、ちょっと復活して一安心。 -
マリア 最初はどうなるかと思ったけど、よかったね。
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ユダヤの帽子をかぶった指揮者、Daniel Oren
アリア・ディ・ヴェローナのアイーダの指揮者として、何度かYoutubeで見たが、やっぱり、すごかった。 -
130ユーロの価値、あった。。
アリア・ディ・ヴェローナは、すごいセット、いい歌手、いい楽団をそろえている。。 -
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アリーナを後に。。
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終わったのは12時半過ぎ
ホテルが近かったので、本当によかった。
でも寝たのは2時ごろ。 -
8時前に目が覚め。。。
このB&B 朝ごはんもすごい。。
パンも果物も、本当においしかった。
こういう果物、桃とか梨とかリンゴ、って、誰が食べるんだろう、皮むいて、めんどくさいよね、ひょっとして飾りのため置いてあるだけ?と思う人かいるかもしれんが、
オレです。オレみたいなちょっと変わった人がいただいています。食べにくそうな果物ほど、食べてみたくなる。テーブルナイフをうまく使って。。桃とかは、皮ごとかぶりついているけど。 -
外が気持ちいいので、テラスで。。
この時期の桃、スモモ、杏子、この辺で取れたやつ見たいだけど、最高だね。
あと、途中で成っていたキウイフルーツも最高。ボローニャはキウイフルーツの産地でもある。 -
クラシックな朝食テーブル。
ここで、昨日、大きなシェパードを連れていたおばちゃんとしばらくお話し。
自分はLAで生まれたけどクロアチア人。娘さんが学校を卒業したので、ボストンで卒業式に参加して、その後シェパードと一緒にヨーロッパを旅行、最後には親戚の居るクロアチアに定住するそうだ。
ベロナにはオペラを見に来たと。
娘さんは就職したが、音楽の夢を捨てられず、35歳になって、バークリー音楽院に入学したと。今はミュージカルとかの台本作者を目指しているそうだ。
アメリカって35歳から新なキャリアを始められるってところがすごいよね。
オレに、アイーダどうだったか、って話が聞きたかったんだって。おばちゃんは、観客のリアクションが好きなんだって。
そう、アイーダ役のマリアが、いい声が出ない、でも、2幕目のソロで、調子が上がってきた。お客さんがBravaって言った、あのタイミングで、あの掛け声が最高だって。
いや、本当に、オレも、最初、冷や冷やして、マリア落ち込んでるだろうなって思って、2幕目で復活して、オレだけでなく、みんなほっとして、よかってね、って思ったよ。本当にBravaって叫びたい気分だった、あんときは。
息子さんはドラマー。ご主人も音楽家。音楽一家なんだって。いいね! -
ヴェローナを出て、山へ向かう。トスカーナとエミリオ・ロマーニャの州境の山脈地帯へ向かう。この後、プラトーまで、アジア人に会うことは一度もなかった。
レンズの先に、油がついて、途中採った、果樹園の写真が良く見えなかったけど、
桃園、杏園、キウイフルーツ園、梨園、いろんなフルーツがいっぱいなっていた。
途中、お腹がすいたので、ボローニアの東の小さな町で、レストランを探す -
途中、お腹がすいたので、Castro San Pietro Termeという街へ
ボローニアとイモラの間
観光客もほとんどいない、小さな町
セミがいっぱい鳴いていた。 -
ここはまあまあだったか。
でも野菜はおいしかった。 -
果樹園がいっぱいあって、
桃とかスモモとか -
キウイフルーツとか
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Forliから山を登っていくと、一気に温度が下がる。ボローニア30度以上あったけど。。。
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キャンピニア到着
当初は、山で3泊してトレッキングをするつもりだったのだが、大雨が降るらしく、予定を変更し1泊に。 -
ここHotel Granducaで一泊。
森に囲まれている。
このホテル、家族経営で、おばちゃんが一番偉いみたいで、予約とかお金の支払いは全部おばちゃんの仕事。
おばちゃんは、イタリア語だけ。オレのイタリア語が通じないと、なぜか無言になる。翌朝も、最初はイタリア語で話していたんだが、途中で、オレのイタリア語が通じなかったら、その後、無言。
お客さんは、イタリア人がほとんどだと思う。お年寄りが多い。 -
ホテルのそばに、公園案内所兼博物館があって、そこにマッシモというおじさんがいる。このおじさんは英語が話せる。ハイキングはどこに行けばいい、ってアドバイスしてくれる。クラリネットが趣味らしく、吹いていた。
夕方なので、近場のコースを教えてくれた。 -
深い森になっていて
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日焼けすることはまずない。
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どんどん歩いていくと
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養蜂箱があり。
そういやあ、キャンピニアの森って、どこに行っても、聞こえる、蜂がぶんぶんいう音。 -
一周コースなんだけど、皆戻ってくるもんで、どうしたもんか、と歩き続けるが、まだコースの半分も行っていないことを知り、自分も逆戻り。
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そろそろお腹がすいたので。。。。。。
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ホテルのレストランへ。そういえば、おばちゃんに夕食どうするか、って聞かれて、まだわからない、って答えた。夕食食べるって言っていれば、皆と同じコースメニューが食べれたんだが。ということで、メニューからパスタを選んで。。。
アジア人はオレだけ、目立つね。
Campignaのレストランとなりに座った老夫婦は、イタリアとフランスを行ったり来たりして、今はパリに暮らしているそうだ。
急にフランス語になり、頭がとっ散らかる。フランス語オペレーティングシステムに変わるまで5分くらいかかった。ボローニアに娘さんがいて、17歳の孫がいるので、よく行くんだけど、あまりにも暑くて、キャンピニアに来たと、20日位滞在する、ということだ。
そういやお年寄りがいっぱい。トレッキングすることも無く、椅子に座って山を眺めている。いや、あの暑さじゃ、40度近いんだもん、あれじゃあ死んじゃうかもね。キャンピニアは、最高でも25度、夜は15度以下に下がる。ボローニアやフィレンツェに比べて10度は低い。
フランスとイタリアしか行かないんだって。他の外国にはいかない。ドイツにも、ドイツ語難しくてわからないんだって。 -
朝早く起きて、散歩
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朝は特に涼しい、というか冷える
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郵便局とか警察とかもあって
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そう、ここがマッシモがいるところ。
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日の出
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朝日がきれい
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きれいな景色なんだが、ちょっと憂鬱になって、楽しめなくなってきた。
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休暇前にやり残してきた仕事が急に気になって。。。
マッシモに6時間トレッキングコースを勧められたんだけど、
昼過ぎまで、部屋とカフェで仕事 -
お昼ご飯を食べて
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ついに仕事が完成。うれしくて、うれしくて、
原生林の中のトレッキングコース -
楽しいハイキング
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どんどん登っていく。
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目的地に着いたが(往復3時間の)
本当は、Monte Falteronaに登りたかったんだけど。。
雷雲が出てきて、ゴロゴロ言っているので、速足で引き返す。
ホテル直前にちょっと雨に降られたけど。
この翌日、翌々日も雨の予報。 -
ここがトスカーナとエミリア・ロマーノの州境
どこに行くか考えて、プラトーに行くことにした。フィレンツェの郊外。ホテルは現地で探すことにして。
プラトーに行くのは、フィリッポ・リッピのフレスコが見て、ドナッテロの作品を見たかったから。ジョルジオ・ヴァザーリのフィリッポ・リッピの話には、プラトーの話がいっぱい出てくるので。。。 -
あんまりいい写真が取れなかったけど、フィレンツェまでの道、すごくきれいな山道だった。
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Consumaという街で、おばあちゃんがヒッチハイクしようとしていた。
イタリア語レッスンもかねて、乗せてあげた。 -
ちょっと俺には上級すぎた。中々話が通じない。おばあちゃん、たぶん外国人と話したことないんだろうね。容赦なく、難しい言葉が出てくる。
分かったことは、
バスが行ってしまって困っていた、Consumaという村に住んでいて、鉄道の駅に行くところだと。
飼っている犬の話、ネコの話、引っかかれた傷跡見せてくれた。
今からプラトーに行って、フィリッポ・リッピのフレスコを見に行くんだって言ったら、誰それって。昔の人なんだって、15世紀の画家なんだって、言ったけど、通じたかな。
道沿いのブドウ畑、フレスコバルディのブドウ畑なんだよって教えてくれた。。。そうかここがそうなのか。フレスコバルディは大好きで、よく飲むんだよって、言った。
ちょっとだけ回り道したけど。。おばあちゃん、すごく喜んでいた。何度もありがとうって。こちらこそ、へたくそなイタリア語につきあってくれてありがとう。
ちょっといい思い出。
この後フィレンツェの郊外を通って、プラトーに。
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