2018/08/08 - 2018/08/10
32位(同エリア1302件中)
旅行三昧さん
この旅行記スケジュールを元に
2018年夏の気分転換の旅。
短期間で行けて、まだちゃんと見てない所はどこだ?と考えて、以前から信長の焼き討ちにあって、それでも確りとした基盤があってすぐに立ち直った比叡山に行ったことがないことを思い出し、そうだ、琵琶湖周辺にはそれ以外にも見どころが結構あるぞ!ってことで、琵琶湖一周することに。
いつものことながら思い立ってすぐ出掛けたことで、事前調査が不十分な凸凹旅になったが、まぁ旅行三昧らしい旅かな。
☆☆☆
この旅4回目の最後の投稿。
まずは三井寺(園城寺)の後半から。
前半では、大門、食堂(じきどう)、金堂、三井の晩鐘、閼伽井屋、左甚五郎の作と伝わる龍の彫り物、等々、を投稿したが、後半では、
弁慶の引き摺り鐘、経蔵、三重塔、唐院灌頂堂、美しい青もみじの小道、等を掲載する。
また、硅灰石の上に建つ多宝塔が素晴らしい石山寺、近江商人を生んだ風光明媚な近江八幡の八幡堀をじっくりと見て回った。
☆☆☆
【1】戦国時代の重要拠点、海津浜の石積み、深緑のメタセコイア並木道と近江の厳島
https://4travel.jp/travelogue/11388092
【2】比叡山延暦寺と琵琶湖大橋
https://4travel.jp/travelogue/11388828
【3】近江八景”堅田の落雁”で名高い「浮御堂」、”ちはやふる”の「近江神宮」、通称”三井寺”の「園城寺」(前半)
https://4travel.jp/travelogue/11389432
【4】~ Fin ~ 通称”三井寺”の「園城寺」(後半)、硅灰石の上に国宝多宝塔が建つ「石山寺」、近江商人を生んだ風光明媚な近江八幡の「八幡堀」 <本投稿>
では、滋賀琵琶湖一周の凸凹旅。お楽しみ頂ければ幸いです。
旅旅旅-- 旅行三昧 --旅旅旅
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
三井寺の後半は、弁慶の引き摺り鐘から。
三井寺(園城寺) 寺・神社・教会
-
これが重文、弁慶鐘(弁慶の引き摺り鐘)。
「三井の晩鐘」とは全く別物で無銘。ただ、この梵鐘には色々な伝承があって面白い。
何と、奈良時代に龍宮城から届いた物!だとか。
史実的には、比叡山による三井寺焼き討ちの際に強奪されたが、後に返還され、その過程で多数の傷が付いたようだが。
延暦寺との抗争の際に弁慶がこの鐘を比叡山まで引き摺り上げたところ、関西弁でイノー・イノー(「去のう」=帰りたい)と響いたため、弁慶が「そんなに帰りたいのか!」と鐘を谷底へ投げ落としたとか。
高さ2m、口径123cmで、重さは2.25t。いくら怪力の弁慶でも流石に引きずることなんて、そんなバカな(笑)
何ともミステリアスな梵鐘で面白い。 -
弁慶の引き摺り鐘の横には、「弁慶の汁鍋」と呼ばれている大鍋も置かれている。
鋳造は鎌倉時代で、重量は450Kgで無茶苦茶重い。
江戸時代のガイドブック『近江名所図会』にも「弁慶の汁鍋」として紹介されているそうな。
弁慶所有の大鍋で、三井寺の大鐘を奪った代わりに置いていった物と伝わっているとのこと。
弁慶には色々面白い話があるものだな(笑) -
次は、経蔵。これも重文。
一切経蔵とも言われており、仏教の全ての経典が収められている施設だとのこと。 -
この経蔵は内部が興味深い。
一切経が収められた八角形の輪蔵(回転書架)がある。 -
一切経は版木で収められている。流石に回転するところは見られないが、ここに版木で一切経が収められているなんて。しかも見た目のインパクトも面白い。
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これもまた重文。三重塔。
この三重塔は、室町時代に奈良の比蘇寺に建てられた東塔を京都伏見に移建したものを、さらに家康が園城寺に移建したそうだ。 -
それにしても、歴史ある寺社ではよく移建された建造物を目にするが、移建って簡単じゃないだろうに、どうやってるんだろう?勿論財力も必要だろうが。
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三重塔の隣には、唐院灌頂堂(かんちょうどう)。
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これまた重文。
唐院は、智証大師円珍が唐から持ち帰った経巻法具を収めたところだそう。 -
その唐院の中でも、灌頂堂は、密教を伝承する道場とのこと。
今で言うと、密教ってとても排他的な存在のような感じがするが、この頃もそうだったのだろうか。。 -
唐院灌頂堂から目を移すと、素晴らしい石灯籠と青もみじの景観があり、暫し時を忘れて見惚れた。
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意図的に造られたのだろうか。
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とても気に入ってしまい、ホワイトバランスやISO感度を変えて、暫しカメラ遊びに興じた。
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青もみじって、こんなに美しかったんだな。
秋の紅葉も良いけど、青もみじ散策ってのも、乙な物だなと思った。
京都の青もみじ散策にでも出掛けてみようかな。 -
灌頂堂近くの石灯籠と青もみじが美しい場所から、後ろ髪を引かれつつ離れ、次の場所へ。
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重文。毘沙門堂。
これと言って特徴はない(笑)。
このようなものを観ながら、琵琶湖を望める場所へ。 -
三井寺境内の一段と高い場所から、琵琶湖を望む。
風がそよぐこの場所で少し休憩し、三井寺を存分に堪能したことを実感し、次の目的に移動することにした。 -
次の目的地は、石山寺。
まずは八脚門の様式の東大門から。1190年鎌倉時代初期建造で、後に淀殿の寄進で大改修し、今に残る重文。石山寺 寺・神社・教会
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この石山寺は、紫式部が『源氏物語』の着想を得た場所として有名。
国宝も有し、日本有数の観音霊場で、蜻蛉日記、更級日記、枕草子などにも登場する古くから存在する寺院。 -
東大門(仁王門)の阿形。宇宙の始まり。
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吽形。宇宙の終わり。
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東大門(仁王門)の巨大草鞋。
いつまでも健脚で旅が出来ますように!! -
東大門を潜り石山寺の境内へ。
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東大門から境内へと真っ直ぐにのびる、青もみじが美しい石畳の参道をのんびり散策。
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参道の脇には胎内くぐりの岩もあった。
平日で参拝客も少なく、胎内くぐりをしている人はいなかった。 -
石畳の参道を抜けると、硅灰石(けいかいせき)の上に建つ多宝塔(国宝)が観える。
石山寺にはこの景観が観たくて訪れた。
本当は秋の紅葉シーズンに来ると良いのだが。青もみじの美しさを再認識したこの旅。青もみじを纏った硅灰石の景観もとても良い。
この硅灰石はとても貴重なもので、国の天然記念物。
石灰岩が地下から突出した花崗岩と接触すると熱作用で通常は大理石となるそうだが、ここ石山寺のように雄大な硅灰石になるのは珍しいとのこと。
石山寺の名前の由来になっている。 -
硅灰石の景観の右横にある階段を登り国宝指定されている本堂へ。
写真の左下に少し写っているが、本堂は清水寺で有名な舞台造りになっている。
因みにこの日は、石山寺境内の約半分は改修中で参拝できなかった。多分通行止めになっている場所から舞台造りの構造が確り観られただろう。残念。
本堂には「源氏の間」と呼ばれている部屋もあるが、その部屋の紫式部の人形にどうも胡散臭さを感じてしまい写真は撮らなかった。
紫式部がここ石山寺に籠もって源氏物語を起草したとの逸話もある。
加えて本堂内は撮影禁止なので、石山寺本堂の写真はこれのみ!
石山寺の改修はいつ終わるだろう。。 -
高床式の経蔵の下には、「安産の腰掛け岩」と呼ばれるものもある。
座布団を置き、それらしく見せている。
が、消化器が誠に残念な配置。。少しぐらい設置場所を変えられないものだろうか。。 -
この建物は鐘楼。重文。
普段は写真の通り鐘楼の扉は閉ざされていて鐘は突けない。
除夜の鐘は108人のみ。8月15日の世界平和祈願法要は地元大津の子供と保護者のみ。残るは33年に1度の本尊御開帳の時だが、前回が2016年だったので次回は2049年。。
石山寺の鐘突きは諦めよう(笑) -
続いては、国宝「多宝塔」。
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鎌倉時代1194年建造で、建造年が明確な多宝塔として日本最古で、大変貴重な建造物。
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下層が方形、上層が円形で、均整が取れていてとても優美。
ただ、とても残念なことに、写真には撮らなかったが、壁面に参拝客と思しき人の名前が彫り刻まれていた。
平成の大修理終了から6年の間に悪戯されたのだろう。何とも残念な。。罪になるとかどうとかぢゃなくて、、言葉を失い目を覆った。。 -
多宝塔前の階段から境内を見下ろしたり、
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歴史を感じられる建物が自然に溶け込む美しさに感動し、
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硅灰石の稀有な自然美に魅せられながら、
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改めて硅灰石の上に建つ多宝塔を見上げてみた。
やはり美しい景観。見に来てよかった。
ただ、改修中で見られないものも多かったので、是非再訪したい。 -
この琵琶湖一周の旅の締め括りとして選んだのは、近江八幡。
八幡堀を散策したくて訪れた。八幡堀 名所・史跡
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八幡堀に沿う石畳の道から堀に降りてみると、素晴らしい景観に出会えた。
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八幡堀の水郷めぐりができる小型エンジンが付いた遊覧船も並んでいる。
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その名も「船橋」。浮橋だそうだが、全く揺れたりはしないので、何かしら固定されているのだろうと思うが、小舟を使った移動可能なこんな橋も堀ならではで面白い。
ちょうど、ここが八幡堀の端。ここから堀づたいに散策してみる。 -
八幡堀の水面が斜陽で光り輝く。
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八幡堀にある柳の葉は、まるで今年の猛暑に負けたかのように夏バテ気味に観える。
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人工用水路の八幡堀では、堀に溜まった汚泥を船の運航に影響がある前に浚渫し、田畑の肥料として利用していた。
八幡瓦は、その田の粘土を使って作られていたそうだ。 -
八幡堀は、戦前まで用水路として確り機能していたが、戦後の経済成長で運河の機能を失ったため、それまで行われていた汚泥を掬う「川ざらえ」は行われなくなり、住民の生活排水などでヘドロが溜まり、悪臭を放つまでになってしまったそうだ。
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そんな状況であったため、地元自治会は八幡堀を埋め立てて、公園と駐車場にする計画を立てたこともあったそうだ。
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八幡堀の埋め立て計画に反対した近江八幡青年会議所などが、八幡堀復活に向けて自主清掃など精力的に活動し、見事1979年(昭和54年)に堀の全面浚渫工事を完了させたそうだ。
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それ以降も様々な活動が行われ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されただけでなく、2006年には重要文化的景観の第1号に選ばれるなど、時代劇のロケ地として多数使われるような、素晴らしい復活を遂げた。
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この明治橋はコンクリート製だが、良い風情。
ここからの景観は、八幡堀を紹介するパンフレットに使われるなど、眺めが良い。 -
明治橋からの八幡堀。
最も樹が枝を張る時期というものあるのだろうか、日牟禮八幡宮の参道に架かる白雲橋は、枝葉の隙間から垣間見える程度。それでも八幡堀の美しさが際立つ。 -
明治橋からもう少し下ると、堀が広くなり荷揚げ場として使われる新町浜。
新町浜から明治橋方向の景観も遊覧船が並び風情がある。 -
船頭が竹1本で操る小舟で水郷めぐりをするのも乙なモノだろうな。
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明治橋の下から白雲橋方向の景色を観ようと、そこにあった飛び石を渡ってみた。
一部グラグラしていて、全力で堀に落ちそうになったが、何とか渡り切ることができた(笑)
近江八幡の城下町の都市計画として琵琶湖と連結するために造られた近江堀。軍事的役割だけでなく、この水運を利用した商業的役割から有名な近江商人を生み、江戸時代には大阪と江戸を結ぶ重要な交易地として大いに発展した。
重要伝統的建造物保存地区、重要文化的景観に選定された近江八幡。存分に堪能させてもらった。
さて、今回の琵琶湖一周の旅はこれでおしまい。琵琶湖周辺には既に何度か訪問したことがある彦根城も含め、まだまだ見どころは山ほど。
次はいつ訪れてみようかな。
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この旅行記へのコメント (1)
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- salsaladyさん 2018/12/03 10:36:29
- 阿吽の呼吸~
- ☆比叡山ー石山寺。。。学生時代の歴史の教科書を紐解く気分~
☆人っけの無いお寺歩きは清々しい。。。けれど近年何処へ行っても人人人ね!
☆関西在住ならば早朝でも行けそうな距離で羨ましゅうござんす(夫が関西なのに、年に一、二度しか行かないからなかなか。。。)充分堪能して下さいませ~see you~
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