2018/08/12 - 2018/08/12
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dimeizaさん
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2018年8月に行った、北陸方面の旅行記です。
越前(福井)→加賀、能登(石川)→越中(富山)と回ってきました。
丸岡城→養浩館庭園→一乗谷朝倉氏遺跡→越前大野城→七尾城→(兼六園)→瑞龍寺→高岡城址→富山城。
さすがの酷暑だったので、今回は少しゆっくり目です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- ANAグループ 新幹線 JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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この旅行の計画を立案したのは2,3週間ぐらい前だったんですが、飛行機の運賃を見ていたら、それほど金額に差がないことが分かったので、行きはANAのプレミアムクラスで行ってみることにしました。
いつも通りバスで羽田に向かい、到着したら、いつもの手荷物預かりカウンターではなく、こんなところに向かいます。
プレミアムクラス専用のカウンター、プレミアムチェックインの入り口です。
プレミアムクラス搭乗者はこの中で、手荷物預かりと保安検査を受けることができます。羽田空港 第2旅客ターミナル 空港
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さぞかしスピーディーで快適なんだろうと入ってみたら、ご覧のありさまでして。
お盆前の日曜日という事もあって、プレミアムチェックイン側もかなり混んでました。これなら普通の窓口に並んでいた方が良かったかもしれません。
窓口がふさがり気味、ってのもあったんですが、出発が近い便が発生するたびに、その便に搭乗予定の乗客から優先的に手続きを済ませるために、列に割り込ませるという運用をしていて。それ自体は無理もない話ではあるんですが…。
しばし長蛇の列に並んでいたら、業を煮やした後ろの乗客が、『自分のせいで遅刻しておいて、こうも割り込まれると、長く待っている方としては迷惑だよなぁ』とこぼしていて、流石にちょっと同感でしたね。羽田空港 第2旅客ターミナル 空港
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そして保安検査場を抜けると、お待ちかねのANAラウンジが待っていました。
ここは本館北ラウンジ。ANAラウンジ 羽田空港 国内線 本館北 グルメ・レストラン
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実は私、先日Amazon Mastercardゴールド会員という首輪を付けてもらったAmazonの犬なので、カードラウンジを使用することもできたんですが、混雑しているという話だったので、快適と評判の航空会社ラウンジを見ておきたいな、と思ってもいたのです。
朝の7:00台で、先ほどのチェックインの混雑を見た後だったので面喰いましたが、かなり空いていて快適でした。ANAラウンジ 羽田空港 国内線 本館北 グルメ・レストラン
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窓の外はこんな感じ。
下半分がすりガラスで、座っているとよく見えませんが、立ち上がると機影が確認できます。この日は雲が多かったのであまり見映えはしませんでしたが。ANAラウンジ 羽田空港 国内線 本館北 グルメ・レストラン
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ただ、北ラウンジだと搭乗口からは遠いので、もう片方の南ラウンジに行って待機していようかと思って行ってみると、こっちは比較的人が多めでしたね。
羽田空港国内線ANAラウンジ (本館南) 空港ラウンジ
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こっちにはキッズラウンジなんてものもあって、子供連れでも安心。
羽田空港国内線ANAラウンジ (本館南) 空港ラウンジ
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ラウンジにはビール、ウィスキー、焼酎などのアルコールサーバもあったんですが、旅程をこれから始めようという私にはそんなものは不要なので、一口飲んでみたら意外に美味しかった青汁をお替りしながら、出発を待つことにしました。
羽田空港国内線ANAラウンジ (本館南) 空港ラウンジ
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プレミアムクラスは優先搭乗の優待も受けられます。
子供連れの方々の後に続いて(確かダイヤモンドメンバーはいなかった)機内に入って出迎えてくれたのがこの座席。電車で言うとグリーン車相当のシートという印象でした。
写真を撮っていたらフライトアテンダントのおねーさんが、『よろしければお客様が座っているところをお撮りしましょうか』と、声をかけてくれたので、別に1枚撮ってもらいました。 -
しばらくすると雲海を突き抜け、天上の人になりました。
離陸時、後ろに座っていたのであろう赤ちゃんたちが、まるでこの世の終わりであるかのように全力で泣き始め、せき込むまでずーっと泣き続けていたのは、ちょっと面白かったですね。
『泣くのが商売だしなぁ』というのと、『本能で恐怖を感じ取っているのだとしたら、確かに落ちたら死ぬのだから正しいよなぁ』と苦笑しながら、窓の外の景色を眺めていました。
高度が安定すると落ち着いたようです。離着陸が怖いのかしら。子連れは大変ですね。 -
羽田-小松間はフライト時間が1時間もないので、空の上にいる時間はあっという間なのですが、離陸前にドリンクを聞かれたあと、すぐにドリンクと軽食がサーブされます。
軽食を考えると朝食どうしようかなぁ、と思っていて、出ても出なくても良い程度に軽めに食べてきていたのですが、実際に出された量を見るとその選択は正解でした。
サンドイッチとスープぐらいなので量は少なめです。日頃から朝がっつり食べる人は、あまり量を期待せず、別に何か食べておいた方がいいと思います。 -
小松空港に降り立つのは2度目。1度目は金沢に向かったのですが、今回は福井駅行きのバスに乗ります。
数十分バスに揺られると、『丸岡IC』というバス停に停まるので、ここで降車。
ここからしばらく歩きます。 -
空は雲交じりとはいえ、すでに結構な暑さです。
今回も熱中症対策はいろいろしていたのですが、バスを降りた時点で水の備えがなかったので、近くの丸岡運動公園の自販機で水を調達して、ちびちび飲みながら20分ほど歩きます。
事前に経路は調べていたのですが、少し歩くとすぐに標識が出ていました。 -
どうやら到着のようです。
丸岡城 名所・史跡
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公園っぽいですね。
入り口と思しき門から入ってきます。丸岡城 名所・史跡
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早速見えてきました。最初の目的地です。
丸岡城。
現存12天守の一つにして、わが国に残っている現存天守の中で最古のものです。丸岡城 名所・史跡
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が、この時点で私は4日分の衣類を含む大荷物持ちで、このまま登城することは無理なので、ちょっと寄り道をする必要がありました。
丸岡城公園には一筆啓上茶屋という売店兼食堂が併設されているので、まずはそこに向かいます。
茶屋の前にそれっぽい庭園があったので1枚。丸岡城 名所・史跡
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そのまま茶屋の正面に回り込もうとすると、こんなのぼりが。
『古城まつり』…?丸岡城 名所・史跡
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茶屋の正面にはこんな看板が。
『丸岡城を国宝にしよう』
そういえば松江城も最近国宝化されたわけで、現存天守としてはそうしたいんだろうなぁ、と、この時はその程度の感覚でした。丸岡城 名所・史跡
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ここが"一筆啓上"茶屋。
『一筆啓上』は、ある程度の戦国野郎であれば大体知っているフレーズかとは思いますが、徳川家康の家臣である本多作左衛門重次という武将が妻に送った、こんな短い手紙が由来とされています。
『一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ』
たったこれだけなのですが、家内安全と子息(お仙)への配慮、武家の嗜み(馬を大事にする)を簡潔に伝えた、『日本一短い手紙』として高名です。
ところで、なぜその『一筆啓上』が茶屋の名前になっているかというと、この手紙で『お仙』と呼ばれていた本多成重は、後にこの丸岡城に入り、丸岡藩の初代藩主になっているからです。
さて、この時点で11時、食事にはちょっと早いこの時分に私がここに来たのは、手荷物を預けるためです。
実は後述するように、丸岡城は手荷物を持ったまま入れるような生易しい城ではありません。ところがこの城にはコインロッカーの備えがないので、手荷物を持っていると入城できず立ち往生してしまいます。
旅行前にWebで調べても『コインロッカーがないので福井駅から行きましょう』とか、なんとも頼りない情報しかなかったのですが、1つだけ『一筆啓上茶屋のレジで手荷物を預かってもらえる』という情報がありまして。
そこで中に入ってみると、『手荷物預かります』の張り紙が大きく張り出されていたので、安心しました。
『荷物を預かってほしいんですが』と声をかけると、氏名を控えた上で快諾してもらえました。
どのみち下城した後ここでお昼を食べる予定なので、その時まで預かってもらうことにします。
というわけで、丸岡城に荷物持ちでお越しの予定の方は、覚えておくとよいと思います。一筆啓上茶屋 そば処 グルメ・レストラン
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さて、荷物を預けて城へ向かおうとすると、看板が。
というわけで、丸岡城の案内。
織田信長の家臣、柴田勝家は信長から北国平定の命を受けて越前を与えられているのですが、そのころに甥の柴田勝豊が築いたのがこの城です。別名霞が城。
戦前に一度国宝指定を受けているんですが、終戦直後の福井大震災で倒壊。その後重文指定を受け、元の古材を用いて建て直したという経緯があります。
日本最古の天守であるはずの丸岡城が、国宝指定を受けていないのは、ひょっとしてこの辺に理由があるのではないか、とちょっと思いました。一から建物を作り直す復元天守ではないのですが、古材とはいえ一度手が入っているのが弱いのかもしれません。丸岡城 名所・史跡
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もう一つは看板の地図にもある通り、現存する城郭の小ささでしょうか。
国宝天守を有する5つの城郭のうち、比較的小さめの犬山と比べても、なお小さいです。
往時の丸岡城には内堀と外堀があって、公園より広い縄張りを有していたはずなので、それが残っていたら、もっと見ごたえのある城だったのだろうと思います。丸岡城 名所・史跡
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さて、ここから登城するには、丸岡歴史民俗資料館の裏手の階段から登っていきます。
ちなみに、私は資料館に入ってから登城しました。
資料館には丸岡城と共通の入場券で入れるのですが、『丸岡城行きますか?』と聞かれたので、『これから登城する』と伝えたら、そのまま入れてくれました。丸岡城 名所・史跡
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階段を上っていくと、何やらこんな看板が至る所にあります。
どうやら、『一筆啓上賞』というコンテストをやっているらしく、入選作が掲示されてました。
笑いを誘うもの、胸を突かれるもの、いろいろありました。丸岡城 名所・史跡
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この階段を上りきると、広場に出るのですが、私が行ったとき、その広場で声をかけられまして。
『一筆書くと1名様入城無料で、タオルとドリンクをプレゼントするよ』と。
何だろうと思って張られていたテントの前に行ってみると『丸岡城を国宝にするための署名』だったんですね。これなら一も二もなく協力するよ、とすぐに署名しました。
すると入場券と共に、汗拭きタオル、500mlのお茶、うちわをトートバッグに入れて渡してくれました。
うちわは最終日、ずぶぬれになって紙が剥げるまでの間、酷暑下の私に涼をもたらしてくれることになります。丸岡城 名所・史跡
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さて、いよいよ天守が見えてきました。
丸岡城 名所・史跡
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『日本一短い手紙』の石碑もあります。
丸岡城 名所・史跡
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早速天守に…と思いきや、私は天守の周りを歩き始めます。
建造物のない城跡をいくつか見てくると、石垣に興味が出てくるんですよね。
安土城址辺りから、どうやら石垣に目覚めたらしく、堪能しながら天守の周りを一周します。丸岡城 名所・史跡
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野面積み。この武骨さが何ともいいですよね。
…と言っても周りにあまり共感してくれる人がいないのですが。丸岡城 名所・史跡
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自然石を加工せずに積んでいるのに、カーブや直線を構成しつつ、しかも崩れないのがまた良い。
丸岡城 名所・史跡
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天守に登らなくても、本丸からこれぐらいの見通しがあります。
丸岡城 名所・史跡
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では、そろそろ行きましょうか。
丸岡城 名所・史跡
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入り口はこれぐらいの大きさ。
ここで靴を脱ぎます。丸岡城 名所・史跡
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ちょっと見えづらいですが、石落し。
丸岡城 名所・史跡
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建物を出張らせて、そこから石を落として寄せ手を退ける仕組みです。
丸岡城 名所・史跡
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狭間も当然あります。
丸岡城 名所・史跡
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この辺は攻城を意識した城郭ならば、当然のたしなみ。
丸岡城 名所・史跡
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往時の城郭を再現したジオラマがあったので、思わず撮影してしまいました。
丸岡城 名所・史跡
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この構成を見ると、残っているのは本丸の高台だけのようですね。
丸岡城 名所・史跡
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平山城、というには若干勾配が緩い感じ。本丸の規模から二の丸までの広さを想像しても、そんなに大きな城ではないので、やや少なめの軍勢を籠める支城的な位置づけかもしれません。
私が見てきた城の中では比較的落としやすそうです。
本丸まで寄せるまでの道筋として、枡形のような要所を経ないルートがいくつもある気がするんですよね。城壁の狭間の数にもよるでしょうが、櫓も少ないので、普通に堀から攻めても城壁に取り付けそうな気もします。
城塞というよりも政務の中心と考えた方がしっくりくる気がします。丸岡城 名所・史跡
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ちなみに、このジオラマには忍者やくノ一が隠れているらしいので、お暇な方は探してみてもいいかもしれません。
丸岡城 名所・史跡
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ところでこの丸岡城の天守は3層構成。上層に上がるには階段を上っていく必要があるのですが…。
これが3層目に上がるための階段です。丸岡城 名所・史跡
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いい勾配だと思いませんか?
もはや壁と言っても良いほどの斜度です。
しかも段の高さが結構高く、踏み外す危険があるので、左右の縄をしっかり持って上がる必要があります。丸岡城 名所・史跡
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ちなみにこれが上から見下ろしたときの長め。
そう、『丸岡城は手荷物を持ったまま上がれるほど生易しい城ではない』の理由はこれ。
他の現存天守でもたいていそうなんですが、武士、すなわち現在で言うところの職業軍人が籠る軍事設備なので、大の男が上り下りすることだけを考えた作りなわけです。
多くの人が行く姫路辺りもまずまずの勾配ですが、この丸岡城の階段は私が見た城の中でも最もきつく、正直お年寄りの入城は避けた方がいいと思いました。
(事故を起こしてもすべて自己責任、と城内にも張り紙がしてあります)
私も足腰が強い方ではないので、ビクビクしながらも意を決し、綱をしっかり握りしめて登っていきます。丸岡城 名所・史跡
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というわけで3層目に到着したので、天守から四方を見渡します。
丸岡城 名所・史跡
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丸岡城 名所・史跡
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丸岡城 名所・史跡
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丸岡城 名所・史跡
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丸岡城 名所・史跡
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大体一円が見通せますね。
望楼としては文句のない出来。丸岡城 名所・史跡
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現存最古の天守の技巧を写真に残しておきます。
丸岡城 名所・史跡
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材木の色にばらつきがあるのは、古材に交じって最近の材木が入っているんでしょうか。
丸岡城 名所・史跡
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丸岡城の年表。
勝豊は丸岡城築城後、近江長浜に移り、家臣に城を任せるものの、秀吉が北ノ庄で柴田勝家を敗死させ、その後丹羽長秀の家臣、青山氏が城主に。
関ケ原で青山氏が改易されたのち、結城秀康の家臣今村盛次が城主になるも失脚。
その後、先ほどの本多成重が城主になり、しばらく丸岡藩は本多で続きますが、お家騒動で改易され、代わって有馬氏が入り明治維新まで続く、という流れだそうです。
譜代が入っているのに、維新まで命脈を保ち続けるのは難しいんですねぇ。丸岡城 名所・史跡
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この手の登り系、登るのはまだ比較的楽なんです。降りる方がはるかに怖くて。
滑らないようにゆっくり降りていきましょう。丸岡城 名所・史跡
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場外に出たところで全景を映します。
石垣まで入れるといい見映えですね。丸岡城 名所・史跡
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本丸広場に上ってきた道と逆方向に降りていく道があったので、その道を降りていくと、城壁に沿って城の外周を回ることができます。
丸岡城 名所・史跡
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いい感じの石垣です。
丸岡城 名所・史跡
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こうして下から見ると、なかなかの落差を感じます。
丸岡城 名所・史跡
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さて、下城して駐車場に出ると、山車が止まっていました。
丸岡城 名所・史跡
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一筆啓上茶屋の前の道路を挟んで向かいの広場では、何やら祭りをやっている模様。
丸岡城 名所・史跡
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暑いのに、こんな調子でステージも出ていました。
丸岡城 名所・史跡
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丸岡古城まつりだそうです。
ちょうど8/12の開催日に当たっていました。 -
『一筆啓上茶屋も平常通り営業しております』と祭りのステージで言っていたのを聞いて、昼食のことを思い出しました。
荷物を預かってくれたお礼もかねて、越前名物おろしそばを大盛で注文。丸岡城 名所・史跡
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冷房の効いた室内で食べたかったのですが、あいにくの昼食時、しかも祭り開催中で非常にごった返していたので、屋外に出て、この庭園を見ながら食べていました。
一筆啓上茶屋 そば処 グルメ・レストラン
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とても暑かったので、ついでに外で売っていた『そばソフトクリーム』を注文。
そば感はほとんどなかったですが、美味しく頂きました。丸岡城 名所・史跡
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とりあえず最初の目的は達したので、次はバスに乗って福井駅へ向かう予定でしたが、バスの時刻までまだ間があるので、隣接している『日本一短い手紙の館』へ。
ここでは、先ほど出てきた『一筆啓上賞』の作品がずらりと展示してあります。
次の一筆啓上賞は『先生』をテーマとして募集中だそうですよ。一筆啓上日本一短い手紙の館 美術館・博物館
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この館の2階から表に出ることができて、こんな感じで広場を含めた丸岡城の景色を見ることができます。
一筆啓上日本一短い手紙の館 美術館・博物館
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よし、そろそろバスの時刻。
一筆啓上茶屋から荷物を受け取って、茶屋前のバス停からバスに…と思った時、こんな看板の存在を思い出しました。
あれ…? この通行止めだと茶屋前のバス停にバスが来れないのでは…?
慌てて茶屋前のバス停を見ると、『通行止めで今日はここにバスが来ないから、代わりに丸岡バスターミナルまで来てね』って書いてあってですね。
これは完全に計算外でした。私の計算通りなら、ここから冷房付きのバスに乗って、快適に福井駅まで行く予定だったので。
予想外の酷暑行軍ですが、福井に行くには選択肢もないので、バスターミナルに向かうことにします。 -
折しも時は13:00。最も過酷な時間帯で、しかもこのタイミングで全力晴れ。
バスターミナルに向かいながら丸岡城を振り返ると、青空の中に雄々しくそびえる城が、私を見送ってくれました。丸岡城 名所・史跡
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ターミナルにつくまでは結構きつかったのですが、何とかバスを捕まえ福井駅へ。
福井駅 (福井県) 駅
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汗だくの私を迎えてくれたのは、たくさんの恐竜たちでした。
福井駅 (福井県) 駅
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Welcome to Dinosaur Kingdom Fukui.
福井駅 (福井県) 駅
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あまり知らなかったんですが、この福井は恐竜の発掘で有名だそうで。
福井駅 (福井県) 駅
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しかもこのオブジェ、動くのでなかなかの迫力です。
恐竜好きにとっては聖地みたいなところですね。
残念ながら私には恐竜属性はないので、汗だくの体を引きずりながら宿に入り、一息ついてから、次の目的地へ向かいます。福井駅 (福井県) 駅
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15:30頃。暑さは全く手を緩めてくれません。
ホテルに到着した私は、製氷機から大量の氷を取り出してキャメルバッグに詰め、水をつぎ込んで冷水を作って背負うとともに、氷を小袋に入れて即席の保冷剤を作り、冷感スカーフに仕込み、首に巻き付け、氷の力で頸動脈を冷却しながら歩きます。
そして歩きながら、頻繁に冷水と塩タブレットを口に運びます。
正直今年の暑さは尋常ではないので、私の熱中症対策も尋常ではありません。福井城址 名所・史跡
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先ほどから見えている堀の向こう側の石垣は、かつて福井城と呼ばれていた城の跡です。現在は福井県庁など、地方自治体の施設が建てられています。
福井城址 名所・史跡
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歴史を記した案内板がありました。
この時、福井は幕末に深いゆかりのある地であることを思い出しました。
そうか、確かに春嶽は越前福井藩主だった。福井城址 名所・史跡
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晴れ渡る空の下、その春嶽にも縁のある場所を目指します。
福井駅から歩いて10分程度ですかね。それほど遠くはないのですが、夏場だとこの距離もなかなか。
ちょっと道の景色が変わってきました。 -
次の目的地は、国指定名勝とされている養浩館庭園です。
近くにこんなマップがありました。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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養浩館庭園の向かいに郷土博物館があって、そこに松平春嶽(慶永)像と、彼の歌碑がありました。
幕末の四賢候として有名な人物です。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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郷土博物館へは後で行くとして、まずは庭園へ足を踏み入れます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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まっすぐ進むと、すぐに木立が。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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木陰に日を遮ってもらいながら進みます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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この辺はまぁ普通の公園程度。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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水遣りの向こうに何やら館が見えます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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このまま水に引き寄せられるのを我慢して、あえて逆側から庭の外周を回っていきます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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暑い。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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容赦なく日が照り付けてきますが、緑が美しい。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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しばらく行くと、何やらお堂のようなものが見えました。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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清廉と及ばれる小さな亭のようです。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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先ほど木陰から垣間見えた屋敷が正面に。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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左手に進むと州浜。
そのまま進んでいったら、最初に向かった道にぶつかったで、踵を返します。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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再び清廉まで戻り、今度は右手に歩いていきます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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途中には臼の御茶屋跡。
ここに茶亭があって、池を眺めながら優雅に茶を喫することができたようです。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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近くに"つくばい"(手水鉢)がありました。臼の御茶屋跡のものでしょう。
こんこんと水が湧き出ていました。往時も水が湧き出ていたのだとか。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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右回りに、館に徐々に近づいてきています。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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お、何やらあの石橋を渡ると館まで行けそうです。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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橋の近くまで言って振り返ると、小川が湖に注ぎ込むかのような、趣のある水の流れが。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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そしてこの石橋を渡るわけですが…。
この石、手を加えていない自然石だというのがすごいですね。
しかもこの石、水遣りを飛び越して橋として掛け渡しているわけではないんです。
石は単に置かれているだけで、水は石の下をしみこむように流れている。
これはこの養浩館庭園にだけ存在する珍しい仕組みなのだそうです。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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珍しい仕組みと言えば、実はこれもそうで。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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私もここを見て『おや?』と思ったんですよ。
水を配した泉水庭園には、浜辺を模して造られた『州浜』という作りが大抵あります。先ほども通りましたね。
この『州浜』、大抵の庭園では比較的大きな小石で構成されていることが多いのです。都内の有名な庭園に行っても大体そうなってます。
ところが、この州浜は小さな砂利で構成されていて、まるで本当の河原のような景観を醸しだしているのです。ちょっとこれは見たことないな、と。
後でパンフレットを見たら、これは平安期の手法で、現存しているのはこの庭園だけなのだそうです。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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橋に注ぎ込む水遣りをさかのぼっていきます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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館の裏手に出ます。
敷石があるので、入れるかな、と思いきや。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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黒い縄を十文字にかけた『止め石』があります。
茶室のある庭園を歩くと、時折見かけるものですが、この石の意味は、『ここから中に入ってはならない』。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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どうやらここは入り口ではないようなので、通路を先へ進みます。
ふと見上げると、目の前の建物は茅葺。
ところが左側の建物は杮葺で、屋根を葺いている材質が違っています。なかなか面白い。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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で、その茅葺の建物に入り口がありました。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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中に入ると、まずは御台所。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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左手にはまっすぐ伸びる廊下があったので、先に進んでみます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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ここは御湯殿。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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この御湯殿にはこんなものが。
これは風呂です。当時の風呂は蒸し風呂なんですね。
『御湯殿の床板が中央に向かって傾斜しているのは、ここで使用した水を流すためです』とあるので、床を見てみると…。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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なるほど確かに、傾いています。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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御湯殿から振り返ると、こんな感じの廊下になっています。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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廊下を抜け切るとこんな部屋に出ます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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『櫛型の御間』。
窓の形が櫛を連想させることからこの名がついています。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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湯殿側の窓から外を見てみるとこんな眺め。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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櫛型の間から続く御次の間の先に、こんな部屋が。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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『御座の間』藩主が座する間ですね。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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御座の間の外には敷石があって、縁側から降りて庭を歩ける作りになっていますが、訪問者である我々は靴を脱いでしまっているので、降りることはできません。
という事で、縁側をたどって行くと、もう一つ部屋があるようです。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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こんなところに出ます。
ここもまた良い部屋ですね。 -
ここは『御月見の間』。
東、西、南の三方に窓が開けていて、庭と月と水を愛でることができる、最も景観に富んだ一室です。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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御月見の間の奥に向かうと、『鎖の御間』という部屋。
茶室と書院をつなぐ、という意味で鎖という名が使われているという説もあるのだとか。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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さらに奥に行くと、『金砂子の御間』という部屋に出ます。
ここが御次の間や御台所につながっていて、これで館を一周したことになります。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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何で金砂子なんだろうと思ったら、壁がきらりと光ったので近づいてみるとこんな感じでした。壁に金粉が埋め込んであるというわけです。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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ぐるっと一周したので、再び御月見の間に戻って、調度を見てみます。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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袋戸がなかなかの趣向です。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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そして確かに、この御月見の間からの眺めは贅沢なものです。
南には砂利州浜と石橋が作るせせらぎが。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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東にも涼やかな遣水が。
この写真は東側に突き出した月見台から撮っていて、おそらく夜にここから空を見上げると、よい月が見えるのでしょう。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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そして西からは、出書院(机)を通して池の眺めが。
名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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御座の間からも、出書院を通して敷石と遣水の景観を楽しむことができます。
出書院の先に景観が広がっている、というのが印象的で、これは好学をそそるのではないか、と。ひょっとすると、幕末四賢候と呼ばれるほどの名君を輩出したのは、この館の功あってかもしれないなぁ、と、ちょっと思いました。
そういえば、『養浩館』という名を付けたのは、そもそも春嶽でした。名勝 養浩館庭園 名所・史跡
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養浩館庭園を出た後、郷土博物館にも行ってきました。
福井の歴史や、幕末に輩出された偉人達の展示の中、福井城のジオラマがあったので見てみました。
ただし、これは本丸だけなので、この外周に別途郭があって、もっと堅固な作りだったようです。福井市立郷土歴史博物館 美術館・博物館
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博物館の窓から、城門っぽいものが。
後で行ってみることにします。福井市立郷土歴史博物館 美術館・博物館
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行ってみると、福井城の舎人門という門の復元なのだとか。
福井市立郷土歴史博物館 美術館・博物館
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なるほど、なかなか立派です。
福井市立郷土歴史博物館 美術館・博物館
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この積み方は切込接(きりこみはぎ)ですね。四角く成型した石を隙間なく積んでいます。
という事は戦国以降、江戸期の石垣っぽいですね。福井市立郷土歴史博物館 美術館・博物館
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帰りは福井城址を通っていきます。
こんな感じで、堀を渡った先には福井県庁が建っています。福井城址 名所・史跡
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一応城址としての散策路はあるようでした。
桜の季節だともう少し見映えがいいのかも。福井城址 名所・史跡
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散策路から石垣と堀を見下ろす。
福井城址 名所・史跡
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福井城下の説明が残っていました。
かつて柴田勝家が北ノ庄として築いた城下を、福井藩祖結城秀康(徳川家康の次男)が改修整備。
今の本丸の周りに堀がさらに二重に張り巡らされていたようです。となると、平城ながらも割と重厚な作りですね。福井城址 名所・史跡
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何やらこっちでも祭りの最中のようでした。
県庁前で何やらパフォーマンスをしていましたね。福井城址 名所・史跡
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広場まで下りてくると、福井藩祖 結城秀康の像が。
家康の次男(長男は切腹させられた信康)として生まれながらも、一度秀吉の養子に出され、秀吉に実施が誕生するや、結城家に養子に出されるという、流れによっては江戸幕府の二代将軍になるかもしれなかったのに、親の意図で転々とさせられた人ですね。
秀忠からは兄として遇されはしたものの、結局若死にしてしまうという、個人的には不遇感のある人でしたが、越前松平家の祖として福井の礎を築いたとあれば、まぁ立派なものです。福井城址 名所・史跡
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というわけで、福井城址を去り際に1枚。
なかなか美しい石垣と堀でした。福井城址 名所・史跡
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流石に疲れたのですが、夕食を取るついでにここにも寄っておくことにしました。
越前北ノ庄城跡。
本来の北ノ庄城はこの辺にあったそうです。
平山郁夫氏は北ノ庄に思い入れがあって、自ら揮毫して碑を置いたというのは初めて知りました。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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神社らしき建物の前に、武将の像が。
誰だかすぐに想像がつきます。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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織田家中随一の猛将、柴田勝家。
『鬼柴田』『甕割り柴田』など、彼の猛将ぶりを語る言葉は数知れません。
彼の末路は知っての通りですが、現在でも同輩を膝下に置くことには当然置かれる側の抵抗があるわけで、成りあがり者の秀吉に臣従させられるというのは、仮に自分の末路を予見できたとしても、きっと耐え難いことだったろうなぁとは思いましたね。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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北ノ庄城の復元図。
立派な天守があったっぽい話は聞いていたので、かくあらんかな、という感じですね。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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発掘調査で見つかった堀跡とかもあります。
北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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で、これが露出展示されている石列。
往時の石垣だそうです。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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北陸には九十九橋という珍しい橋があったそうですが、柴田勝家もこれをかけた一人だったのだとか。
北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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後ろにある橋が半石半木で再現された橋だそうです。
北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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浅井の三姉妹の像。
彼女たちにとっては2度目の落城と父親の死でした。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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こんな感じでちらほら石垣があります。
北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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この写真の正面にあるのが柴田神社の本殿らしいんですが、どうもここには直接行くことができないらしく、お参りは拝殿からするようでした。
ちなみに右側の建物は三姉妹神社。
先ほどの三姉妹が祭神ですね。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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お市の方。彼女の終わりの地もここでしたね。
北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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というわけで、ぼちぼち腹も減って限界だったので、福井駅前観光はこれにておしまい。帰りに駅前でソースカツどんとおろしそばを食べて宿に戻りました。
初日から酷暑の過酷な旅路だったのですが、実は翌日が最も過酷だったと、後で知ることになります。
以下、次号。北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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