2018/07/07 - 2018/07/14
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nichiさん
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ワルシャワ蜂起とは何か??
第二次世界大戦後期、ナチス・ドイツ占領下のポーランドの首都ワルシャワで起こった武装蜂起です。
1944年6月22日からソビエト軍は東ヨーロッパにおけるドイツ征服エリアに侵攻し、ナチス・ドイツは敗走を重ねますが、ドイツ軍は再編成・治安維持のために駐屯する部隊をかき集めて防戦に努めました。
ソビエト軍の占領地域がポーランド東部一帯にまで及ぶと、ソ連はポーランドのレジスタンスに蜂起を呼びかけました。
ラジオで「ポーランドのみなさん!武器を持って立ち上がろう!」と。
ソ連軍はワルシャワ占領に向かい、約5万人のポーランド国内軍はそれに呼応するような形で、8月1日、午後5時に蜂起を開始。
国内軍は橋、官庁、駅、ドイツ軍の兵舎、補給所を襲撃しました。
この時刻は「W」と呼ばれ、現在でも毎年8月1日のこの時刻にワルシャワ市ではサイレンが鳴り渡り、各自で1分間の黙祷を捧げるのが恒例行事となっています。
しかしソ連軍は、ワルシャワ市街の東を流れるヴィスワ川対岸まで来て進軍をやめてしまいます。援軍を得られなかったポーランド市民による蜂起は失敗。
アドルフ・ヒトラーは、蜂起したポーランド国内軍の弾圧とワルシャワの徹底した破壊を命じ、ワルシャワの街はメチャメチャに破壊されてしまいました。
ワルシャワ市街は灰燼に帰して、10月2日には降伏しました。
蜂起参加者はテロリストとされ、レジスタンス・市民を合わせて約22万人が戦死・処刑で死亡したと言われています。
1,945年1月、ソ連軍は廃墟と化したワルシャワに進軍し、ヨーロッパにおける大戦は終焉を迎えます。
この博物館は当時の市民の生活を解説しています。
チケットは事前にネットで取得できます。
公式ホームページはこちら→http://www.1944.pl/en
このアドレス、ビックリですね。
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今日もホテルのビュッフェ形式の朝食を終えて出発!
ホテル近くのCENTRUM駅へ。 -
英語表記の選択ができます。
昨日悪戦苦闘しましたが、今回は大丈夫。
押してから反応するまでの時間が長めで、日本の販売機とテンポが違います。 -
20分券を2枚購入。
3.4zl=100円×2枚 -
ここから地下鉄1号線に乗って一駅乗って2号線に乗り換えます。
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エスカレーターのスピードが速いです。
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地下鉄が来ました。
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車内の路線案内図。
ワルシャワには2本の地下鉄が走ってます。 -
この駅で乗り換えます。
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2号線はかなり地下の深い所にあるようです。
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ここから2号線に乗って2駅。
Rondo Daszynskiego駅に向かいます。 -
着きました!
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Rondo Daszynskiego駅です。
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地上に出ます。
地下鉄の出入り口が派手です。 -
ここから徒歩で向かいます。
スマホのグーグルマップ様様です。 -
「ワルシャワ蜂起博物館」の表示が現われました。
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新市街の中を進ます。
近代的なビルの中ですね。 -
この先のようです。
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着きました。
ここがワルシャワ蜂起博物館です。 -
チケット売り場は?
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入場料は一人25zl=750円×2人分。
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オーディオガイドの案内ですが、日本語もあるようです。
勿論、借りました。 -
普段は8時にオープンするのですが、この日は何故か9時にオープン。
8時30分に到着していた私たちは、30分ほど待ってチケット購入。
事前にネットで予約してプリントアウトしてきた方々はチケット売り場に寄らずにどんどん入場して行きます。 -
一人25zl=750円×2人分
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ここから入ります。
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入ってすぐ左側の売店の中で音声ガイド機を借りました。
日本語の設定をお願いしました。
この音声ガイドのおかげで理解が深まりました。
但し、日本人でない方が読んでいるのか、少し漢字の読み方やイントネーションが間違っていることがありました。
そのたびに「ムムッ?」
原稿の読み方も棒読みで頭に入りづらいです。
ナレーターに読んで頂くだけでかなり理解は違うと思いました。 -
最初がこのテレフォンコーナー
一つのテレフォンブースに入ってみます。 -
受話器を取ると、当時ワルシャワ蜂起に参加した人たちの声が聞こえます。
苦労の数々を説明しているのですが、ポーランド語であるため全く判りません。 -
この部屋は子供たちに蜂起を学んでもらう部屋です。
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当時は子供たちも蜂起に参加しました。
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子供によるメモ。
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隣の部屋でも数々の市民による蜂起の記録です。
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市民がいかにしてナチスドイツに抵抗したか。
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ポーランド全土をナチスドイツは制圧していました。
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当時のワルシャワ市内の様子を表す写真です。
軍隊の行進の靴音や爆撃の効果音が臨場感を増していました。 -
当時の街の看板に弾痕があります。
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こちらも弾痕。
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日本語の詳しい説明に聞き入りながら進みます。
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ワルシャワの人たちの団結力、結束力を強く感じます。
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それは老人や子供まで。
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蜂起後のドイツ軍による報復爆撃はかなり厳しいものでした。
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「戦場のピアニスト」と言う映画を思い出しました。
ワルシャワを舞台にしたユダヤ人ピアニストによる体験記の映画化です。
当時のワルシャワの様子が描かれている映画です。
敵であったドイツ人将校が彼のピアノに感動し、密かに食料を差し入れるシーンが忘れられません。 -
館内の至る所に日めくりカレンダーがあります。
蜂起初日から66日まで毎日何があったのか?
その日ごとに起きたことが記されています。
これはめくった1枚を持ち帰ることが可能です。
でも残念ながらポーランド語のみ。。。 -
壁のあちこちにモニターがあります。
蜂起前のワルシャワの様子を示す映像が見られます。
ナチスドイツ下で市民が苦労している様子が判ります。 -
壁面や床を巧みに使った展示です。
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ここは新聞の印刷所。
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入ってみます。
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その時の蜂起の状況をポーランドの人々に対して知ってもらう為、いくつもの新聞が作られました。
ここはその再現のひとつ。 -
この新聞は、蜂起に参加したポーランド人の精神的な支えとなり、人々の団結心を強くしました。
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古い輪転機が並んでいます。
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ナチスドイツのゲシュタポたちが使っていたバイク(サイドカー)の展示です。
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BMWです。
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ワルシャワ市民を苦しめたことでしょう。
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大きな部屋に出ました。
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イギリスにあったポーランド亡命政府によって組織されたポーランド人の空軍の輸送機です。
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この飛行機からポーランド蜂起軍に向けて支援の武器の投下が行われました。
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大きな爆音が館内に響いています。
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恐ろしいです。
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イギリスを中心とした連合軍によるワルシャワ蜂起群援助の為の武器投下計画。
パラシュートのマークが街のあちらこちらに。 -
イギリス軍がワルシャワ蜂起軍のために空から投下した武器です。
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隣には聖堂がありました。
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ポーランド民衆と共に戦ったカトリックの神父様。
市民を守るためナチス・ドイツの犠牲になりました。 -
ナチスドイツによるワルシャワの街の破壊行為です。
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蜂起に使われた数々の武器も展示されています。
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蜂起は情報が重要。
手紙が大きな役割を果たしました。 -
蜂起の為の情報交換、配達人の存在も重要になります。
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配達人の苦労を伝える映像が流れています。
配達人の中には、ワルシャワのために働きたいという子供たちの存在もありました。 -
壁には実際にやり取りされた多くの手紙が掲示されていました。
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これが配達人のユニフォーム。
誇りを持って人と人との間の情報のやり取りをしていました。 -
ワルシャワ蜂起の期間に亡くなった20万人の人々の写真と名前。
写真を見てビックリしたのはその年齢層の幅の広さ。
戦争に行くような若者だけでなく、老人や幼い子供も蜂起に参加して犠牲になっていました。 -
中央にはお墓。
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破壊されたワルシャワの街の写真。
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左から、ソ連のスターリン、アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチル3人によるヤルタ会談。
様々な戦後処理が検討されたヤルタ会談ですが、その中の議題の一つに
「ポーランドをどうするか?」
がありました。
ここで歴史的にメッチャ凄いことが起こります。
つまりこれをきっかけに米ソ冷戦がスタートすることになる重要なことが、、、
それは、
ヤルタ会談では、ロンドンにあるポーランド亡命政府とポーランド共産党によるルブリン政府のどちらが正式な政権であるかを巡ってイギリスとソ連が激しく対立しました。ソ連にとってポーランドは自国の安全保障上の重要地域であり、一方イギリスにとっては、社会主義の拡大への懸念から共産党政権を認めることはできませんでした。会談では結局アメリカの仲介により、ポーランドにおいて総選挙を実施し国民自身で政権を選ぶこと、国境線ではソ連の主張通りポーランドの国自体を西へ移動させることで決着しました。
ところが、スターリンは帰国した亡命政権の指導者を逮捕し、ルブリン共産党政権によるポーランドの社会主義国化を事実上の政府として認定してしまいました。後の米国大統領になったトルーマンはこれを知って激怒し、米ソの対立のスタートとなりました。 -
市民の苦しみがわかる展示。
ワルシャワ蜂起に対するポーランド人の思い入れの深さがわかります。 -
列車による強制収容
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ユダヤ人にとっては辛い過去です。
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ナチスドイツによるワルシャワ市民に対する厳しい取り調べも。
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ワルシャワの窓から見える破壊されたワルシャワの景色。
悲しいものがあります。 -
蜂起で亡くなられたワルシャワ市民の写真。。
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ナチスドイツによって廃墟になったワルシャワの街の映像が流れる前にはがれきの山。
激しい爆撃音が流れ臨場感があります。 -
当時の地下道の再現もありました。
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破壊された街の模型。
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痛ましい過去。
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終戦。。。
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戦後、ソ連による指導の下、ポーランド共産党がポーランドの政権を握りました。
ポーランド市民に対して蜂起を呼びかけておきながらポーランドの民衆を裏切ったソ連です。 -
戦前の優雅だったワルシャワの街は北のパリとも言われていました。
その時代の装飾がされたミュージアム喫茶。 -
こんな時代がワルシャワにはあったんですね。
ワルシャワ蜂起博物館
色々考えさせられました。
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