2018/06/22 - 2018/06/24
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nichiさん
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北海道開拓村の農村群を巡ります。
旧田村家北誠館蚕種製造所から旧農商務省滝川種羊場機械庫、旧岩間家農家住宅を訪れました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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旧田村家北誠館蚕種製造所に向かいます。
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絹(糸)の原料になる蚕の卵(蚕種)をとる建物です。
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浦臼村養蚕伝習所教師であった田村忠誠が、当時模範とされた東京蚕業試験場の蚕室を参考に、明治34年(1901)から同38年にかけて建築したものです。
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蚕棚が並んでいます。
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広い部屋で綺麗に棚が並んでいます。
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蚕が繭をつくるまで30日間ここで世話をしました。
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蚕種と言われる蚕種製造の作業が行われた部屋です。
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根気のいる地味で大変な作業だったようです。
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大勢の作業をする方がいたんでしょうね。。
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養蚕の道具が並んでいます。
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これは何?
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さなぎになった蚕の雄と雌を仕分ける秤です。
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ここで絹糸にします。
繭を鍋で煮て、 -
糸口を集めて糸にします。
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西洋技術の導入で、新しい製糸技術による機械が家庭でも使用されるようになりました。
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ここでは蚕種の製造販売を行うかたわら、多くの養蚕技術者を養成していました。
ここを見て、皇后さまの皇居における養蚕を思い出しました。
皇后さまが皇居内で続けられている養蚕は、明治時代から代々の皇后が続けてきたもので、来年4月末の天皇陛下の退位後は新皇后となる皇太子妃雅子さまに引き継がれることが発表になったばかりです。 -
大きな建物です。
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卵から孵った蚕に桑の葉を与えます。
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4~5cmに桑の葉を重ね、包丁で短冊形に刻んでいました。
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こんな大きな建物です。
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さあ次の建物へ。
さらに奥に進んだ所にある、
旧農商務省滝川種羊場機械庫です。 -
ここも大きな木造の建物です。
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大正中期に建築された種羊場の代表的な施設です。
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そもそも種羊場とは?
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第1次世界大戦によって軍服の素材となる羊毛の輸入が止まったことから、政府は羊毛の国内自給を目指す「緬羊(めんよう)百万頭計画」を打ち出しました。
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1919(大正8)年、滝川や札幌・月寒など全国5カ所に種羊場が開設され、あわせて羊肉の活用法も研究されました。
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羊肉は「ジンギスカン」として、値段と味のバランスが評価され、北海道を代表する郷土料理になりました。
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羊を育てるために使われた昭和初期のトラクターが展示されています。
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こんなアメリカのトラクターが使われていたんですねー
昭和2年のことです。 -
羊を育てるための数々の昭和初期のトラクターが展示されています。
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これはアメリカ産の堀取り機。
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これはなんと大正時代のアメリカ製でした。
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次の建物である旧岩間家農家住宅にやってきました。
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岩間家は旧仙台藩亘理領(宮城県亘理町)の士族移民団の一員として、明治4年(1871)2月に北海道に入植した畑作農家です。
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この建物は明治15年(1882)に郷里の大工によって建築され、構造・間取り共に仙台地方の特徴を受け継いでいます。
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これが仙台式なんだーー
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日本古来の住宅に必ずある囲炉裏です。
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土間。
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たーくさんの食器。
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部屋によっては小さな囲炉裏も。
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かなり広い士族出身の家です。
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趣があります。
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客間として使われた奥座敷は、旧藩主であった伊達邦成が視察の際に立ち寄って休息した部屋です。
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広いです。
農家と言っても、元士族の家ですねーー -
凄い梁です。
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仙台藩の士族が農作の為に北海道に入植。。
仙台の大工がつくった仙台式の家とのことです。
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