2018/05/29 - 2018/05/29
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ドクターキムルさん
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成願寺墓地と成願寺の間の法面には青の紫陽花が植えられており、石碑には「見返し坂」と刻まれている。2基の石碑の傍らにはお地蔵さまが安置されており、「總持寺 入口」と刻まれている。青の紫陽花の植込みを通って総持寺境内に入る出入口になっているのである。お地蔵さまはまるでこの出入口で温かく迎えてくれているかのようだ。
紫陽花を写真に収めていると、総持寺墓地に入ろうとしている男性が来た。階段で道を譲ると寺の境内へと入っていった。
(表紙写真は見返し坂のお地蔵さま)
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「山神塔」。関東大震災の翌年の大正13年(1924)頃に建立か?
この鶴見獅子ケ谷道路は 大正11年に開通したが,2年がかりの 難工事だったという。それを犠牲者なしに竣工したことを記念して 建てられたのが「山神塔」である。
「山神塔」背面碑文
「大正九年十月に鶴見耕作地組合が起工した鶴見、御子ケ原線の道路工事の最大難所であるお墓山開削工事は、大雨や大風に見舞われながら十八ケ月もかかった。県下まれにみる大工事であった。しかし、諸神の加護により一人の死者も出さなかった。この恩を永遠に忘れないために山神の加護への感謝とお墓山の供養のために山神塔が建てられた。」 -
「見返し坂」(平成10年(1998年)銘)。旧見返し坂の碑は大正13年(1924年)に建てられた。
「當工事ハ鶴見耕地整理組合ノ経営ニ関ワリ県下稀ニ観ル大工事ニシテ大正九年十月 工ヲ起シ?風沐雨戮力シテ其ノ任ニ當リ大正十一年三月竣成ス其間十有八ヶ月然モ一人ノ死者ヲモ出サゞリシハ是全ク諸神ノ守護ニ依ル以所ニシテ永遠ニ忘難シ扔テ慈ニ山神塔一宇建立ス」
明治5年(1872年)、新橋から横浜までの鉄道が開通して 鶴見駅の営業も始まった年、西郷従道(西郷隆盛の実弟、当時 陸軍少輔)が,「鶴見の丘は京浜間随一の眺望地だ」と聞き富士山を見るべく 鶴見停車場の向いにある 通称“お墓山”に向かったところ、坂の途中で 駅の方から汽車の汽笛が聞こえてきた。すると 従道は 後ろをふりむき 駅に入る汽車を見ながら、「この坂は汽車を見返す坂だ」とつぶやいた。これを契機に「見返し坂」と命名された。(『鶴見の坂道』 による) -
見返し坂のお地蔵さま。この石段は総持寺墓地への出入口になっている。
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青の紫陽花。
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青の紫陽花。
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向いのお宅にこの大木。
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