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金瓜石(きんかせき)鉱山は、台湾北部の新北市瑞芳区(旧台北州基隆郡)にあった金鉱山。かつては、東北アジア第1の金山と呼ばれ、非常に栄えた。現在は廃鉱となっているものの、観光地化されている。<br /><br />当時の金瓜石の山の標高は海抜約660mで、現在よりも80m程高かったという。直径100m近い巨大な円筒型の岩山がそびえ立っていたことになる。その巨岩が瓜のような形をしており、また金を多く含んでいたので「金の瓜の石」即ち金瓜石と呼ばれ、それがそのまま地名となったと伝わる。<br /><br />1890年(明治23年)、基隆川に架ける鉄道橋工事の最中、作業員によって渓流から砂金が発見された。以後猴?溯から小粗坑溪、大粗坑溪に沿って上流への鉱脈探索が進められ、1893年には九份(きゅうふん)にて金鉱を発見、一躍ゴールドラッシュの様相を呈した。1902年(明治35年)頃には金瓜石鉱山の年産金量はすでに2万両(約750kg)を越すまでになっている。<br />1904年(明治37年)6月に獅子岩の麓で豊富な硫砒銅鉱が発見され、金瓜石は金ばかりでなく銅鉱としても大規模な鉱床であることが明らかになった。この新しい鉱床は「長仁鉱床」と命名された。1914年(大正3年)当時の従業員数は日本人599人、台湾人169人で、別に下請坑夫が2,000人近くいたという。当時の生産量は年平均で金11,000両(420kg)、銅700t程度であった。鉱石は基隆山の峠を越えて船積みされ、内地大分まで運ばれて佐賀関で精錬された。<br /><br />1925年秋、後宮信太郎が金瓜石鉱山株式会社を創設、そちらに経営権が移る。1930年(昭和5年)の金の生産量は33,800円(約1.2t)を記録し、銅、銀その他を含む営業額は4,000,000円を上回った。<br />1933年(昭和8年)、久原房之助の日本鉱業(久原鉱業)は、金瓜石鉱山を買収。た。台湾鉱業株式会社を設立、1935年(昭和10年)には1年に粗鉱量100万tを処理する名実ともに東洋一を誇る大鉱山を誕生させた。<br /><br />金瓜石は最盛期の1930年代半ばには住民15,000人を数えるまでなり、1936年の採掘量は金5t、銀15t、銅11,000t。 1938年(昭和13年)頃の産金量は7万両を突破し、1939年の従業員数は9,448人(日本人747人、台湾人6298人、出稼ぎ労働者2443人)に膨れ上がった。<br /><br />日本鉱業は金瓜石の地下をくまなく掘り尽くし、ついには海面下200mの深部にまで達した。これは山の本来の標高600mを加算すると、地表から800mの深さとなる。地表から約20m間隔で蜘蛛の巣のように張り巡らされた水平坑道は40数層にもなり、それを無数の大小立坑、斜坑が繋いでいた。しかし、1943年(昭和18年)に金の生産が中止、翌1944年には銅の生産も中止となり、やがて終戦を迎えると鉱山は一時閉山となった。<br /><br />第二次世界大戦後、中華民国政府は金瓜石を没収し、台湾金属鉱業股份有限公司が設立された。金瓜石は一時的に活気を取り戻したが、1985年に廃業を決めた。<br />およそ90年間に亘って掘られた坑道の総延長は600km以上に及ぶ。<br />確実な資料は残っていないが、金瓜石鉱山90年の総生産量は粗礦量約2,500万t、純金120t、純銀250t、銅25万tに上るものと推定される。<br /> <br />1930年代半ばの金瓜石鉱山は、日本鉱業のドル箱と言われており、福利厚生施設も行き届いていた。最盛期は人口約15,000人を数え、映画館だけでも3つもあり、学校、郵便局、合宿、病院、旅館、日用品供給所、プール、テニスコート、陸上競技場、武道館、相撲場、弓道場、神社、寺院、火葬場から共同墓地までありとあらゆる設備が整っていた。金瓜石鉱山の社宅では、燃料に当時高価だった電熱だけしか使わなかったと言う。<br />金瓜石鉱山には、開設当時の精錬施設、地下坑道、鉱山事務所、日本人宿舎など建造物がそのままの形で残っており、重要な近代化遺産である。<br /><br />現在、台湾政府では、金瓜石鉱山とそれに関連する集落を、世界遺産に登録する取り組みが進められている。2003年、行政院文化建設委員会文化資産管理処準備室において、「水金九礦業遺址」(Shuei-Jin-j-Jiou Mining Sites)として世界遺産へ推薦することを了承し、台湾の世界遺産候補のうちの1つに加えられた。<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br />

十分-2 金瓜石鉱山跡付近 金/銅の産出多量に ☆日本統治時代繁栄の遺跡

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2018/03/15 - 2018/03/15

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マキタン

マキタンさん

金瓜石(きんかせき)鉱山は、台湾北部の新北市瑞芳区(旧台北州基隆郡)にあった金鉱山。かつては、東北アジア第1の金山と呼ばれ、非常に栄えた。現在は廃鉱となっているものの、観光地化されている。

当時の金瓜石の山の標高は海抜約660mで、現在よりも80m程高かったという。直径100m近い巨大な円筒型の岩山がそびえ立っていたことになる。その巨岩が瓜のような形をしており、また金を多く含んでいたので「金の瓜の石」即ち金瓜石と呼ばれ、それがそのまま地名となったと伝わる。

1890年(明治23年)、基隆川に架ける鉄道橋工事の最中、作業員によって渓流から砂金が発見された。以後猴?溯から小粗坑溪、大粗坑溪に沿って上流への鉱脈探索が進められ、1893年には九份(きゅうふん)にて金鉱を発見、一躍ゴールドラッシュの様相を呈した。1902年(明治35年)頃には金瓜石鉱山の年産金量はすでに2万両(約750kg)を越すまでになっている。
1904年(明治37年)6月に獅子岩の麓で豊富な硫砒銅鉱が発見され、金瓜石は金ばかりでなく銅鉱としても大規模な鉱床であることが明らかになった。この新しい鉱床は「長仁鉱床」と命名された。1914年(大正3年)当時の従業員数は日本人599人、台湾人169人で、別に下請坑夫が2,000人近くいたという。当時の生産量は年平均で金11,000両(420kg)、銅700t程度であった。鉱石は基隆山の峠を越えて船積みされ、内地大分まで運ばれて佐賀関で精錬された。

1925年秋、後宮信太郎が金瓜石鉱山株式会社を創設、そちらに経営権が移る。1930年(昭和5年)の金の生産量は33,800円(約1.2t)を記録し、銅、銀その他を含む営業額は4,000,000円を上回った。
1933年(昭和8年)、久原房之助の日本鉱業(久原鉱業)は、金瓜石鉱山を買収。た。台湾鉱業株式会社を設立、1935年(昭和10年)には1年に粗鉱量100万tを処理する名実ともに東洋一を誇る大鉱山を誕生させた。

金瓜石は最盛期の1930年代半ばには住民15,000人を数えるまでなり、1936年の採掘量は金5t、銀15t、銅11,000t。 1938年(昭和13年)頃の産金量は7万両を突破し、1939年の従業員数は9,448人(日本人747人、台湾人6298人、出稼ぎ労働者2443人)に膨れ上がった。

日本鉱業は金瓜石の地下をくまなく掘り尽くし、ついには海面下200mの深部にまで達した。これは山の本来の標高600mを加算すると、地表から800mの深さとなる。地表から約20m間隔で蜘蛛の巣のように張り巡らされた水平坑道は40数層にもなり、それを無数の大小立坑、斜坑が繋いでいた。しかし、1943年(昭和18年)に金の生産が中止、翌1944年には銅の生産も中止となり、やがて終戦を迎えると鉱山は一時閉山となった。

第二次世界大戦後、中華民国政府は金瓜石を没収し、台湾金属鉱業股份有限公司が設立された。金瓜石は一時的に活気を取り戻したが、1985年に廃業を決めた。
およそ90年間に亘って掘られた坑道の総延長は600km以上に及ぶ。
確実な資料は残っていないが、金瓜石鉱山90年の総生産量は粗礦量約2,500万t、純金120t、純銀250t、銅25万tに上るものと推定される。

1930年代半ばの金瓜石鉱山は、日本鉱業のドル箱と言われており、福利厚生施設も行き届いていた。最盛期は人口約15,000人を数え、映画館だけでも3つもあり、学校、郵便局、合宿、病院、旅館、日用品供給所、プール、テニスコート、陸上競技場、武道館、相撲場、弓道場、神社、寺院、火葬場から共同墓地までありとあらゆる設備が整っていた。金瓜石鉱山の社宅では、燃料に当時高価だった電熱だけしか使わなかったと言う。
金瓜石鉱山には、開設当時の精錬施設、地下坑道、鉱山事務所、日本人宿舎など建造物がそのままの形で残っており、重要な近代化遺産である。

現在、台湾政府では、金瓜石鉱山とそれに関連する集落を、世界遺産に登録する取り組みが進められている。2003年、行政院文化建設委員会文化資産管理処準備室において、「水金九礦業遺址」(Shuei-Jin-j-Jiou Mining Sites)として世界遺産へ推薦することを了承し、台湾の世界遺産候補のうちの1つに加えられた。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
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    十分観光大橋 建造物

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    キューフン コマチ ホテル

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