2018/04/06 - 2018/04/06
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belleduneさん
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以前車で通っただけなので、今回初めて古い町並みを歩いて見学してきました。土砂降りの中、水の町、郡上八幡らしい雰囲気を感じました。司馬遼太郎が日本で一番美しい山城と称えた郡上八幡城が雨に煙っていました。
- 旅行の満足度
- 4.0
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長敬寺は、慶長6年(1601)郡上藩初代藩主・遠藤慶隆が東常縁の玄孫・正勧坊正欽を招請して、当寺を創建し、遠藤家の菩提寺となったそうです。
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正面本堂横の枝垂れ桜は、紅桜ごして有名。この辺りは東京より少し開花が遅く、ちょうど満開から散り始めでした。
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この山門は、流石初代藩主の菩提寺らしい凝った彫りのある造りでした。
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職人町・鍛冶屋町を歩いて行きます。新しく修理改築しても、道路に面した側はなるべく以前の形態を保つようにされています。
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道路脇に溝がある通りは、郡上おどりの際に溝に落ちる可能性があるため、ルートになっていません。
必ず、防火用水の設備が家の前に備えられています。 -
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このお店はお豆腐屋さんです。この白い木箱はお豆腐を表しています。
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女性の髪結いさん
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本町辺り
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酒屋
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この赤い玉は、難を転ずる縁起物の南天玉と言い、郡上八幡だけのものらしいです。商売繁盛を願って、吊るします。酒屋の杉玉とは異なり、酒屋以外の商店先に吊します。木の枝を編んだ玉に5kg~6kgもの南天の房を差し込んで作るそうです。
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八幡町本町にある宗祇水を見に行きます。郡上八幡地域は、年間2800mmの降雨量がある水源林を持ち、カルスト地形の石灰岩を浸透して、この辺りには多くの湧水があります。
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文明3年(1472)篠脇城主東常縁が宗祇に古今伝授を終えて、帰京する際、この泉水で詠んだ歌を贈っています。
もみじ葉の流るる竜田 白雲の花のみよしの思ひ忘るる
江戸時代、郡上藩主・金森頼錦、遠藤常友らによって、泉の保存と古今伝授が顕彰され、石の水場が整備されたそうです。 -
白雲水とも呼ばれています。
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雨も降っているし、色んな菌が入っていると思われるので、飲みませんでしたが...
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雨に濡れた石畳の坂道はしっとりとしていて良いですね。
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吉田川沿の景色
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宮ヶ瀬橋を渡って左京町、新町、橋本町が交わる通りは郡上おどりのコースです。溝がありませんから誰も落ちませんね。
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左京町にある郡上八幡楽藝館。旧林療院は、明治37年に林吉蔵氏によって建てられました。明治、大正、昭和、平成と医院として存続してきましたが、平成9年に林家より八幡町に寄贈され、教育、文化施設として活用されるようになりました。
本館は、イオニア式オーダーの円柱や窓枠頂部にあるペディメントなどに擬似洋風建築の特徴が見られます。 -
雨がかなりひどくなってきたので、入館しましたが、今日初めての来訪者でした。
郡上八幡で、赤痢や腸チフスが蔓延したことから、城主・青山幸哉(ゆきしげ)が西洋医療を取り入れ、藩校に医学講座を設け、優秀な人材を江戸に派遣するほどでした。明治時代になって、医療は重視されるようになり、農村で働いていた医療従事者は、医療行政に位置付けられて、立法化されるようになりました。岐阜県では殆どの村に医師が勤務しており、当時として医療機関は非常に充実していました。 -
正面玄関上部
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玄関辺り
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玄関を入った扉上部の半円窓
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スリッパに履き替えて、入館します。
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診察室
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本館裏手のレントゲン棟には大正時代に使われていた機械が展示してありました。
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看護婦の白衣
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中庭を通して、向こうに簾の掛かったレントゲン室があります。
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この奥は、現在
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2階は展覧会室となっていました。結構急な階段でした。
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2階へ上ったところにあった整理棚
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2階からの景色
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急なため、一番下に立てられた握り棒
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後付けかもしれませんね。よく転ぶ人があったために。
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昔の郡上八幡
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隣接した看護婦棟との連絡口
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隣接する看護婦棟は足柄屋敷の古材を使用したものだそうです。
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今夜遇ひませう 宮ヶ瀬橋で 月の出るころ のほるころ 野口雨情
宮ヶ瀬橋から見る月がとてもきれいだそうです。 -
奥が宮ヶ瀬川です。手前には湧き水が流れています。
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いがわ小径は、寛文年間に造られた用水で、現在も住民によって管理され、生活に利用されています。多くのアマゴ、イワナなどの渓流魚や鯉が泳いでいるそうです。
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この郡上八幡旧庁舎記念館は、昭和11年(1936)に製糸会社「開祥社」の跡地を整備して、木造2階建ての建物を建てました。床面積約800平方m、正面と南側に玄関ポーチを備え、外壁は板張りで、縦長の窓があります。屋根組はトラスト工法。
平成6年(1994)まで本庁として使用されていました。 -
1階は、特産物、土産物の販売コーナー、観光案内カウンター、軽食コーナー、魅了休憩所があります。2階は大小会議場となっています。
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南側の玄関ポーチ
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軒周り
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正面玄関ポーチ
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新橋沿いに建っているので、ここからの景色はいいです。
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新橋方向
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桜も満開を過ぎ、この雨で散り始めています。
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新橋を渡って、旧庁舎方向を振り返っています。
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すぐのところにある神農薬師です。天明元年(1781)に安置されました。商売繁盛、諸難諸病を取り払うものとして信仰があついとのことです。
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郡上八幡最古の老舗旅館「潜竜館」は、江戸期青山時代の藩校でした。ネットで検索すると、部屋の設いや庭園など素晴らしいものでした。
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安養寺
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昔、郡上藩御會所跡
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今回は郡上八幡城へは行けませんでした。次回を楽しみにして帰ります。
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