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甲府城、武田氏館跡に行って、最後は、<br />日本100名城の国宝・松本城に行ってきました。<br /><br />幼少時に親に連れて行ってもらった覚えはありましたが、それ以降行ってなくとても新鮮でした。行ってよかった。<br /><br /><松本城事前メモ><br />- 屋根が5重で、6階建ての天守を持つお城では日本最古の国宝<br />- 別名「烏城(からすじょう)」<br />- 黒を基調とした城<br />- 1504年小笠原氏の一族島立貞永が築城、深志城と称した<br />- 以後城主はしばしば変ったが1582年小笠原貞慶が旧領を回復すると深志城を松本城と改名、城郭および城下町の普請した<br />- 1590~1613年の間在封していた石川氏 (数正、康長)が、現存の桃山期寒冷地型連結式5層6階の天守とその周囲の縄張り、建造<br />- 以降近世を通じて小笠原、松平、堀田、水野諸氏の居城であった<br />

2018年3月:日本100名城の松本城

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2018/03/25 - 2018/03/26

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けんじ

けんじさん

甲府城、武田氏館跡に行って、最後は、
日本100名城の国宝・松本城に行ってきました。

幼少時に親に連れて行ってもらった覚えはありましたが、それ以降行ってなくとても新鮮でした。行ってよかった。

<松本城事前メモ>
- 屋根が5重で、6階建ての天守を持つお城では日本最古の国宝
- 別名「烏城(からすじょう)」
- 黒を基調とした城
- 1504年小笠原氏の一族島立貞永が築城、深志城と称した
- 以後城主はしばしば変ったが1582年小笠原貞慶が旧領を回復すると深志城を松本城と改名、城郭および城下町の普請した
- 1590~1613年の間在封していた石川氏 (数正、康長)が、現存の桃山期寒冷地型連結式5層6階の天守とその周囲の縄張り、建造
- 以降近世を通じて小笠原、松平、堀田、水野諸氏の居城であった

旅行の満足度
5.0
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄
  • 当日は松本駅の方から向かいました。<br />入口には、石碑が立っています。

    当日は松本駅の方から向かいました。
    入口には、石碑が立っています。

  • 城内には松本城の城主だった人の名前、家紋が記された灯籠があちこちにありました。夜にライトアップされたらキレイだろうな~。

    城内には松本城の城主だった人の名前、家紋が記された灯籠があちこちにありました。夜にライトアップされたらキレイだろうな~。

  • 城内を進むとすぐに、天守閣全体が見えました。<br />5重6階は、やはり存在感がありカッコイイ!

    城内を進むとすぐに、天守閣全体が見えました。
    5重6階は、やはり存在感がありカッコイイ!

  • もう少し近づいて見てみると、水堀に天守閣が逆さに映ってました。<br />逆さ松本城天守閣!

    もう少し近づいて見てみると、水堀に天守閣が逆さに映ってました。
    逆さ松本城天守閣!

  • この門から本丸御殿跡に行き、天守に向かいます。<br />門をくぐるとすぐに「観覧券売所」があり観覧料610円を支払います。<br />観覧券は「松本市立博物館」との共通券になっています。

    この門から本丸御殿跡に行き、天守に向かいます。
    門をくぐるとすぐに「観覧券売所」があり観覧料610円を支払います。
    観覧券は「松本市立博物館」との共通券になっています。

  • 門をくぐって観覧料を支払った後のすぐの景色です。<br />この門は黒門です。ここは枡形になっており、狭間があちこちにあります。

    門をくぐって観覧料を支払った後のすぐの景色です。
    この門は黒門です。ここは枡形になっており、狭間があちこちにあります。

  • 黒門に行くと、松本城の歴代城主一覧がありました。

    黒門に行くと、松本城の歴代城主一覧がありました。

  • 松本城保存の功労者の小林有也さん、市川量造さんの像があります。<br />小林有也さんは、松本城天守保存会を設立して、11年にも及ぶ大修理の中心になった人。市川量造さんは、松本城天守が競売で落札され壊される前に、買い戻した人。<br />今の松本城が現存しているのは、この2人のおかげ!

    松本城保存の功労者の小林有也さん、市川量造さんの像があります。
    小林有也さんは、松本城天守保存会を設立して、11年にも及ぶ大修理の中心になった人。市川量造さんは、松本城天守が競売で落札され壊される前に、買い戻した人。
    今の松本城が現存しているのは、この2人のおかげ!

  • 本丸御殿跡、今は庭になっています。<br />天守の真正面の位置に「松本城」と記された小看板がありました。<br />撮影ポイント?!<br />この近くには売店や管理事務所があります。<br />100名城スタンプは管理事務所で押すことが出来ます。<br /><br />

    本丸御殿跡、今は庭になっています。
    天守の真正面の位置に「松本城」と記された小看板がありました。
    撮影ポイント?!
    この近くには売店や管理事務所があります。
    100名城スタンプは管理事務所で押すことが出来ます。

  • 5重6階の天守閣に近づくと迫力十分です。<br />真ん中に見えるのが天守、右に見えるのが乾小天守、左に見えるのが辰巳附櫓と月見櫓。

    5重6階の天守閣に近づくと迫力十分です。
    真ん中に見えるのが天守、右に見えるのが乾小天守、左に見えるのが辰巳附櫓と月見櫓。

  • 近くで見ると、狭間や石落としがあるのが分かります。<br />さっそく、天守閣の中に入ります。<br />入るためには、観覧券を見せます。<br />入ってすぐに階段があるのですが、自分にはとても傾斜のきつく感じました。

    近くで見ると、狭間や石落としがあるのが分かります。
    さっそく、天守閣の中に入ります。
    入るためには、観覧券を見せます。
    入ってすぐに階段があるのですが、自分にはとても傾斜のきつく感じました。

  • 天守閣1階です。周りは内側の床よりも少し低くなっています。<br />これは武者走りと呼ぶそうです。

    天守閣1階です。周りは内側の床よりも少し低くなっています。
    これは武者走りと呼ぶそうです。

  • 天守閣1階から2階への階段です。<br />この後の4階から5階への階段は、61度の傾斜があると言われているもっともキツイ階段がありました。(写真は無し)<br />

    天守閣1階から2階への階段です。
    この後の4階から5階への階段は、61度の傾斜があると言われているもっともキツイ階段がありました。(写真は無し)

  • 天守2階には火縄銃の展示がありました。<br />火縄銃にも種類があり、玉の重さ・口径、働き、発火機構によって分類されるそうです。

    天守2階には火縄銃の展示がありました。
    火縄銃にも種類があり、玉の重さ・口径、働き、発火機構によって分類されるそうです。

  • 3階から6階まで一気に階段を登り続けました。<br />そして最上階6階です。<br />広さはないですが、柱がないためか、開放感があります。

    3階から6階まで一気に階段を登り続けました。
    そして最上階6階です。
    広さはないですが、柱がないためか、開放感があります。

  • 6階から下を見下ろした時の景色は素敵でした。<br />水堀、橋、遠くの方には雪化粧した山々が見えます。

    6階から下を見下ろした時の景色は素敵でした。
    水堀、橋、遠くの方には雪化粧した山々が見えます。

  • 国宝指定書がここにありました。<br />国宝に指定されたのは昭和27年3月です。ちょうど66年前です。

    国宝指定書がここにありました。
    国宝に指定されたのは昭和27年3月です。ちょうど66年前です。

  • 6階からの帰りは、今度は下りになります。<br />写真は一番傾斜のきつい階段ではないですが、それでも結構な傾斜があります。

    6階からの帰りは、今度は下りになります。
    写真は一番傾斜のきつい階段ではないですが、それでも結構な傾斜があります。

  • 花頭窓(かとうまど)です。<br />本来は「火灯窓」のようですが、火を嫌うことから「花頭窓」となったそうです。<br />形が素敵!

    花頭窓(かとうまど)です。
    本来は「火灯窓」のようですが、火を嫌うことから「花頭窓」となったそうです。
    形が素敵!

  • 天守閣から辰巳櫓、月見櫓へと見ていきました。<br />最後は月見櫓です。外から天守閣を見た時に、赤い高欄があった場所です。

    天守閣から辰巳櫓、月見櫓へと見ていきました。
    最後は月見櫓です。外から天守閣を見た時に、赤い高欄があった場所です。

  • 月見櫓からの景色です。<br />当時はこういう目線で本丸御殿を眺めていたんだなと感じました。

    月見櫓からの景色です。
    当時はこういう目線で本丸御殿を眺めていたんだなと感じました。

  • 天守閣内の見学が終わった後に、外から月見櫓を見ました。<br />赤い高欄、その下の石垣が際立ってます。

    天守閣内の見学が終わった後に、外から月見櫓を見ました。
    赤い高欄、その下の石垣が際立ってます。

  • 北からの天守閣。<br />手前の木は桜のようです。花が咲いて見頃の時には、桜と天守閣の両方を楽しむことができそうです。

    北からの天守閣。
    手前の木は桜のようです。花が咲いて見頃の時には、桜と天守閣の両方を楽しむことができそうです。

  • 北東からの天守閣。<br />見る位置によって印象が変わり様々な姿を楽しむことが出来るという話は聞いていましたが、それを実感しました。

    北東からの天守閣。
    見る位置によって印象が変わり様々な姿を楽しむことが出来るという話は聞いていましたが、それを実感しました。

  • 本丸跡を離れ、天守閣がある方とは反対方向に向かいました。<br />水堀がこちらもキレイに残っていました。

    本丸跡を離れ、天守閣がある方とは反対方向に向かいました。
    水堀がこちらもキレイに残っていました。

  • 東の方に進むと太鼓門があります。<br />太鼓門は明治初期に一度破却され、その後平成初期に復元されたそうです。<br />写真は、太鼓門をくぐり城外に出て、もう一度入城した時のものです。<br />

    東の方に進むと太鼓門があります。
    太鼓門は明治初期に一度破却され、その後平成初期に復元されたそうです。
    写真は、太鼓門をくぐり城外に出て、もう一度入城した時のものです。

  • 太鼓門の脇にある巨大な石、玄蕃石(げんばいし)です。<br />石垣の石の大きさにも驚きますが、これは他の石の何倍もの大きさでびっくり!<br />重さは約22.5トンあるそうです。

    太鼓門の脇にある巨大な石、玄蕃石(げんばいし)です。
    石垣の石の大きさにも驚きますが、これは他の石の何倍もの大きさでびっくり!
    重さは約22.5トンあるそうです。

  • 二の丸御殿跡です。<br />玄関や廊下、書院などがどこにあるのか、当時の二の丸御殿内の配置が分かります。<br />建物としてはとても広いです。<br />ここから天守閣を見ると、結構小さく見えます。

    二の丸御殿跡です。
    玄関や廊下、書院などがどこにあるのか、当時の二の丸御殿内の配置が分かります。
    建物としてはとても広いです。
    ここから天守閣を見ると、結構小さく見えます。

  • 旧開智学校の方を通り、ぐるっと周り、西の方から天守閣を見ました。<br />手前の埋橋(うづみばし)とあわせって、さらに飛行機雲とあわさって、<br />とても素敵にかっこよく見えました。<br /><br />

    旧開智学校の方を通り、ぐるっと周り、西の方から天守閣を見ました。
    手前の埋橋(うづみばし)とあわせって、さらに飛行機雲とあわさって、
    とても素敵にかっこよく見えました。

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