2017/05/11 - 2017/05/12
1647位(同エリア3134件中)
Giorgio Bianchiさん
- Giorgio BianchiさんTOP
- 旅行記89冊
- クチコミ54件
- Q&A回答0件
- 140,131アクセス
- フォロワー17人
初めてのミラノ旅行です。夕方にフレッチャロッサでミラノ着。メインはレオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館とドゥオーモ内部観光です。レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館は、両大戦期の軍事兵器が展示されており、メトロ駅から近くてアクセスの良い軍事博物館です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
夕方にフィレンツェを出発し、フレッチャロッサでミラノへ。
ミラノ中央駅 駅
-
ファシスト政権期に造られた建築なので、その時の名残も残っています。
ミラノ中央駅 駅
-
地下鉄でドゥオーモ広場へ。
-
ドゥオーモ広場。残念ながら雷雨です。
ドゥオーモ広場 (大聖堂広場) 広場・公園
-
夜のミラノのドゥオーモ!
天を突き刺すように延びる数多の尖塔が実に美しい!
夜も中々味があります。
雨が酷いので撮影は大変です。ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ヴィットーリオ エマヌエーレ2世のガッレリア 散歩・街歩き
-
夜のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアです。
夜でも結構人がいますが、怪しい連中に後ろから無理やりミサンガ巻かれて金巻き上げられそうになったので注意。ヴィットーリオ エマヌエーレ2世のガッレリア 散歩・街歩き
-
夜のスカラ座。
スカラ座と言うと、やはり大指揮者トスカニーニが監督を務めたことが有名。
現在のスカラ座は戦後に再建されたもので、1778年に建てられた以前のものは第二次世界大戦中の1943年の空襲で破壊されてしまいました。スカラ座 劇場・ホール・ショー
-
大都会の夜という感じ。結構明るいです。
夜の闇と灯り、そして雨という組み合わせが非常に美しい! -
夜のミラノ中央駅周辺。
ホテルに向かいます。ミラノ中央駅 駅
-
本来泊まれる「はず」だったホテル、Hotel Central Station(一つ星)。
中央駅すぐ近くで値段も安く、Wi-Fi無料だったんですが...泊まるはずだった部屋が雨漏りで「壊れた」そうで、夜10時過ぎに代替ホテルに向かう事に。そこが近いなら良いんですが、このホテルがある中央駅から地下鉄駅4駅離れてるので歩くと意外と距離があり...雨漏り by Giorgio Bianchiさんスマート ホテル ミラノ セントラル ステーション ホテル
-
-
代替として用意されたホテル"Hotel Porta Venezia"(一つ星)。
その名の通りヴェネツィア門近くにあります。
お世辞にもあまり良いホテルとは言えず、シャワーの出が悪く、Wi-Fiもありませんでした。 -
翌朝。
地下鉄駅に向かいます。 -
ヴィットーリオ エマヌエーレ2世のガッレリア 散歩・街歩き
-
朝のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア。
人も少なく静かでした。ヴィットーリオ エマヌエーレ2世のガッレリア 散歩・街歩き
-
朝のスカラ座。
スカラ座 劇場・ホール・ショー
-
朝のミラノのドゥオーモ。
お天気は曇りだったので微妙です。ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ミラノのドゥオーモ内部。
広い!
中に入る際は軍人さんによる非常に厳重な身体検査があるので、手荷物はホテルに置いてきたほうが良いです。お土産の中身まで確認されました。ドゥオーモ (ミラノ大聖堂) 寺院・教会
-
ドゥオーモ観光を終えて、国立科学技術博物館に向かいます。
-
今回のミラノ来訪の目玉、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館!
内部は非常に広く、じっくり見れば1日たっぷり楽しめます。
学生は€7.50。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
FIAT G.91R。
フィアットが開発した偵察機型戦闘爆撃機。
開発国イタリアだけでなく、ドイツやポルトガルでも採用され、特にポルトガル空軍は植民地の独立戦争に本機を投入しました。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
潜水艦 S506 エンリコ・トーティ。
1968年就役のイタリア海軍の潜水艦。イタリアに現存する三つの記念艦の潜水艦の一隻(残る二つはヴェネツィアとジェノヴァにある)。
敗戦後、イタリアは潜水艦の保有を禁止されていたが、トーティは条約失効後に初めて建造した潜水艦だった。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
「バルキーノ」の愛称で知られる、M.T.M.艇。
王国海軍、休戦後はRSI海軍で使用されました。王国海軍時代にはファッジョーニ中尉によるスダ湾での英国海軍の重巡「ヨーク」撃破で知られ、大戦末期にはRSI海軍のデンティ軍曹がフランス海軍の駆逐艦「トロンベ」を大破しました。マルタ島攻撃にも使用され、作戦自体は警戒を強めた英海軍の攻撃で失敗しましたが、軍港の設備にダメージを与えました。
戦後は米軍に接収されたM.T.M.艇がイスラエル海軍に渡り、第一次中東戦争時に特殊部隊によって使用、エジプト海軍の旗艦「エル・アミール・ファールーク」を撃沈する戦果を挙げています。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
毎度おなじみマイアーレ。
テゼイ少佐が開発したイタリアが誇る人間魚雷。最も有名な戦果はやはりアレクサンドリア港攻撃における戦艦「クイーン・エリザベス」及び戦艦」ヴァリアント」撃沈でしょう。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
練習帆船「エベ」。
1921年に「サン・ジョルジョ」として就任、当時は輸送船として使われました。第二次世界大戦勃発後、海軍に徴用されて掃海艇として改修。戦後、再び貨物船として使われた後、1952年に海軍はこれを購入して練習帆船に改修し、「エベ」と改称。1958年退役。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
WW1時のエース・バラッカ伯爵に撃墜された二重帝国の戦闘機の残骸らしい。
レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
1909年のドーヴァー海峡横断で知られるフランスの航空機「ブレリオ XI」。
フランスの航空パイオニアであるルイ・ブレリオが開発した。レオナルド ダ ヴィンチ記念国立科学技術博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
マッキ・ニューポール Ni.10。
WW1時のイタリアの戦闘機で、フランスの戦闘機「ニューポール10」をイタリアのアエルマッキ社がライセンス生産したもの。 -
ブレダ Ba.15。
1920年代にブレダ社が開発した軽航空機で、イタリア空軍の練習機としても使われた。水上機型のバリエーションも存在。
エチオピア帝国にも輸出されており、イタリア軍のエチオピア侵攻ではエチオピア帝国親衛隊の航空部隊で使われたとされる。 -
マニ P.M 3/4 ヴァレ。
ピエロ・マニ社によって開発された、1937年初飛行の単葉機。曲技飛行の練習機としてイタリア空軍が採用している。 -
マッキ MC.205V ”ヴェルトロ”。
1943年にアエルマッキ社が開発した戦闘機。休戦前にはシチリア防衛戦などで活躍した後、休戦後にイタリアが分裂した後もRSI空軍と王国空軍、ドイツ空軍でも使われたイタリアが誇る優秀な戦闘機。戦後もエジプトで運用されている。 -
SAIアンブロジーニ スーペル S7。
1951年にSAIアンブロジーニ社が開発した訓練機で、イタリア空軍が採用。当時は速度の世界記録を記録した。 -
リッチ R-6。
1918年に初飛行したイタリアの航空機で、リッチ社が開発。イタリア空軍にも採用された。 -
「フォルラニーニのヘリコプター」。
ヘリコプター草創期の航空パイオニア、エンリコ・フォルラニーニが1877年に開発した蒸気エンジンで稼働するヘリコプターの模型。垂直離陸、滞空に成功。
ヘリコプターで知られるフォルラニーニだが、それ以外にも飛行船、航空機、水中翼船の開発も行った。 -
シエルバ C.30。
スペインの航空パイオニアであるフアン・デ・ラ・シエルバが開発したオートジャイロで、シエルバ・オートジャイロ社で開発。1933年初飛行。 -
アグスタ A109。
1970年代にイタリアのアグスタ社が開発したヘリコプター。イタリア軍や警察組織で現役である他、イタリア本国だけでなく世界各国に輸出され、日本でも政府機関や警察などで使われている。 -
アンサルド da 90/53対空砲。
イタリア海軍の主力戦艦「アンドレア・ドーリア」に搭載された対空砲。 -
機関車とかもあります。
-
ダ・ヴィンチのスケッチを再現した「発明品」のコーナー。
-
かの有名な「レオナルドのヘリコプター」。
-
-
-
ダ・ヴィンチ国立科学博物館の中庭に期間限定展示されている謎の「戦闘ロボット」たち。「トランスフォーマー・アート」だそうです。
つよそう。 -
ビアンキ 8HP
現在では自転車メーカーとして知られるビアンキ社が1903年に開発した自動車(後に自動車部門はアウトビアンキ社として独立)。 -
アルファ・ロメオ 8C 2300。
-
"Bisiluro Damolnar"というヘンテコな形のクルマ。
カルロ・モリーノとエンリコ・ナルディという二人のエンジニアによって開発された車で、フェラーリやジャガーのようなチームに対抗するために作られた空気力学を考慮した超軽量のレースカー。 -
博物館の見学を終え、中央駅に向かいます。
-
ミラノ中央駅に残るファシスト政権期のファスケスのレリーフ。
-
ミラノ中央駅。
ファシスト政権期の1931年に改修された白亜の堂々とした駅で、駅自体が芸術品とも言える美しさを誇る。
当時のファシスト・モニュメントがところどころに残っています。ミラノ中央駅 駅
-
昼食はバーガーキング。
-
FS線でベルガモに向かいます。
ミラノ中央駅 駅
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
Giorgio Bianchiさんの関連旅行記
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
もっと見る
ミラノ(イタリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
56