2018/02/14 - 2018/02/14
110位(同エリア133件中)
tohshiさん
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中山道ぎふ17宿踏破スタンプラリーと言う企画に参加すべく、岐阜県の中山道を歩いてみることにしました。今回は御嵩町の御嶽宿から恵那市の大井宿まで歩きました。
1:今須~加納 https://4travel.jp/travelogue/11309132
2:加納~太田 https://4travel.jp/travelogue/11319358/
3:太田~御嶽 https://4travel.jp/travelogue/11322133/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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御嶽宿の最寄駅、名鉄広見線の御嵩駅にやってきました。
御嵩駅 駅
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駅前には願興寺という立派なお寺があります。
8:45 旅の安全を願い、出発です。 -
少し歩くと和泉式部廟所がありました。
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いまから1000年前に、和泉式部はこの地で没したそうです。
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目指すは細久手宿です。道標に従って左に進みます。
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のどかな道です。
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急坂が現れました。
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ここから牛の鼻欠け坂です。ここを境に、西側が平坦地、東側が山間地になるそうです。
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急な曲り坂です。
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牛の鼻欠け坂という名は、牛の鼻がすれて欠けるほどの急な上り坂であったことに由来するそうです。おもしろい名前ですね。鼻が欠けるかは分かりませんが、確かに急坂でした。
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その先に耳神社という神社がありました。全国的に見ても珍しい耳の病気にご利益がある神社だそうです。
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またまた急坂が現れました。謡坂です。上り坂がとても急であるため、旅人達が歌を唄い苦しさを紛らわしていたことに由来するそうです。昔の人に倣い、鼻唄を歌い、急坂に挑みました。
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謡坂を少し外れたところに、聖母マリア像がありました。かつてこの地に多くの隠れキリシタンが住んでいたことから、建立されたそうです。中山道沿いにキリスト教の史跡が存在するとは思っておらず、驚きました。
聖母マリア像 名所・史跡
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その先に、安藤広重が描写したモデルの地がありました。当時はここに木賃宿があったそうです。当時の賑やかさはなく、ひっそりとした場所でした。
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十本木茶屋跡です。現在は住宅になっています。
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そして、十本木立場跡です。旅人の休憩所だったそうですが、当時の名残は無く、現在畑が生い茂っています。
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十本木立場の前に、和宮も気に入ったとされる、一呑清水がありました。
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岐阜県の名水50選だそうですが、生水の引用はできません。
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少し歩くと、唄清水がありました。こちらも中山道を往く人々の渇きを潤したそうです。
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和宮一行が休憩するために作られた、御殿があった場所の近くに…
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なんと、カフェがありました。
ラ・プロヴァンス グルメ・レストラン
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紅茶とケーキのセットを注文しました。上品な甘さでとてもおいしかったです。こんな山奥にカフェがあるとは思わなかったため、驚きましたが、英気を養うことができました。これぞ現代版茶屋でしょうか、、、。
ラ・プロヴァンス グルメ・レストラン
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カフェのすぐそばにある、馬の水飲み場です。
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津橋の集落を抜け少し進むと、瑞浪市に入りました。
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瑞浪市に入ってすぐ、両脇に小高い山が見えました。
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鴨之巣一里塚です。2つの塚が綺麗に残っている一里塚に出会えたのは、細畑の一里塚以来でしょうか。
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この一里塚の特徴は16メートルずれて築かれている点だそうです。それにしてもきれいな一里塚ですね。
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その先に秋葉坂の三尊石窟がありました。右から馬頭観音立像、観音坐像、石仏が安置されているそうです。
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細久手の穴観音まで来ると、細久手宿はもうすぐです。なんとこの観音様、縁日の日に拝むと9万9千回分のご利益があるそうです。縁日の日にもう一度来なければ…。
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細久手宿に入りました。
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のどかな街並みです。
細久手宿 名所・史跡
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細久手宿本陣跡です。残念ながら、現存していません。
細久手宿 名所・史跡
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細久手宿のスタンプ設置箇所である、大黒屋に到着しました。
細久手宿大黒屋 名所・史跡
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建物は国登録有形文化財に登録されており、現在も旅館として営業されているそうです。次回は宿泊してみたいですね。
細久手宿大黒屋 名所・史跡
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細久手宿は尾張藩によって設置された宿場町で当初は小さな仮宿だったようです。3度の大火に襲われ、大きな被害を受けたそうです。
細久手宿 名所・史跡
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12:30 次の大湫宿に向かいましょう。残すスタンプはあと5つです。
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細久手宿を出て、すぐに一里塚がありました。
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奥之田の一里塚です。高さ4メートル、直径12メートルあり、ほぼ完全に元の姿をとどめているそうです。
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その先に弁天池がありました。中央の小島に石洞があり、弁天様を祀っているそうです。
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左の道を進むと…
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琵琶峠に突入です。
琵琶峠 名所・史跡
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雪であまり見えませんが、日本最長級の石畳が残っているそうです。
琵琶峠 名所・史跡
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またまた、一里塚の登場です。
琵琶峠 名所・史跡
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八瀬沢の一里塚です。こちらもほぼ完全な形で残っています。
琵琶峠 名所・史跡
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さらに石畳を登って行くと…
琵琶峠 名所・史跡
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頂上に到達しました。頂上には琵琶峠の馬頭様と
琵琶峠 名所・史跡
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和宮歌碑があります。
琵琶峠 名所・史跡
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琵琶峠を下ると、大湫宿はもうすぐです。
琵琶峠 名所・史跡
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母衣岩と鳥帽子岩です。大きな岩だ。
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大湫宿に到着しました。
大湫宿 名所・史跡
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大湫神明神社です。奥に見える大きな杉は天然記念物だそうです。
大湫宿 名所・史跡
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脇本陣跡です。部屋数19、畳数153畳、別棟6という広大な建物だったそうですが、今は壊されて半分程度の規模になっているそうです。中には入れませんでした。
大湫宿脇本陣 名所・史跡
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大湫宿のスタンプがある、おもだか屋に到着しました。営業時間は過ぎていましたが、スタンプは押せました。夕方くらいまでは押せるようです。
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休憩所があったので少し休憩しました。温かいお茶をいただきました。体力回復です。
大湫宿お休み処 グルメ・レストラン
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14:30 大湫宿を出発です。次に待ち構えるのは十三峠です。
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八丁坂の観音碑としゃれこ坂の碑です。
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尻冷やしの地蔵尊です。旅人にとって貴重な清水に感謝して建てられたものだそうです。
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三十三所観音です。道中安全を祈って建立されたそうです。
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中山道曽根松坂です。
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十三峠の巡礼水です。
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両側に一里塚が見えてきました。
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権現山の一里塚です。慶長8~9年に築かれたそうです。
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大久後の観音堂と弘法様です。
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そして、観音坂の馬頭様です。
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中山道の碑を通ると、恵那市に入ります。
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国道との交差点に藤村高札場が復元されています。
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さらに進んで行くと、ぼたん岩がありました。その名の通り、ぼたんの花が開いたように見える岩です。どこかに飾られているのではなく、道路上の石畳にあったので、驚きました。
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すぐ近くに紅坂の一里塚がありました。
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この一里塚も両側に残っていました。
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乱れ橋という橋です。当時は有料だったそうです。
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首なし地蔵です。少し怖いですね…。
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急に視界が開けました。恵那山が綺麗に見えます。
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槇ヶ根一里塚です。大井宿まであと少し。
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大きな道を少し進み、長島橋を渡ると、大井宿です。
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この小路の奥に尾張藩の白木番所があったそうです。
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市神神社です。
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明治天皇行在所です。中は工事中で入れませんでした。
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そして、大井宿下問屋場あとです。
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宿役人の家です。もう日が暮れそうなので今日はここまでです。本日の宿に向かいましょう。
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17:00 本日の宿のルートイン恵那に到着です。
今回は約30キロを8時間ほどかけて歩きました。距離は長かったですが、たくさんの遺構があったため、飽きることなく歩けました。個人的には、多くの一里塚が残っていた点に感動しました。また、足元には若干雪が残っている箇所もありましたが、天気が良かったため難なく歩くことができました。明日はゴールの馬籠まで(行けたら妻籠まで)歩きたいと思います。快適に過ごすことができました by tohshiさんホテルルートイン恵那 宿・ホテル
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