2017/11/14 - 2017/11/16
82位(同エリア217件中)
naoさん
旅の行程
11月14日 塩竈、松島
11月15日 登米、富谷
11月16日 白石、村田
宮城県白石市は、中世以来伊達家が所領していましたが、天正19年(1590年)の奥州仕置により会津や米沢とともに豊臣秀吉に没収され、代わって領主となった秀吉の重臣蒲生氏は、その後の白石の礎となる白石城と城下町を築きます。
その蒲生氏が宇都宮に国替えになると、越後から上杉氏が国替えしてきますが、関ヶ原の戦いの後再び伊達氏の所領となり、伊達家随一の名参謀と呼ばれた片倉氏が慶長7年(1602年)に入封し、仙台藩の南の防衛拠点として幕末までの260年間白石は片倉氏の城下町としての歴史を歩みます。
明治新政府軍と旧幕府勢力が戦った戊辰戦争の際には、白石で仙台藩を盟主として奥羽越列藩同盟が結ばれ新政府軍に対抗しますが敗退し、大きく領土を削減された伊達藩の多くの藩士が禄を追われ、北海道の開拓に従事することになります。
城下町は武家町の「郭内」と町人町の「郭外」に区分され、城を取り巻くように「郭内」を配置し、その外周部に「郭外」が置かれ、特に、「郭外」の主要部は「六町」と呼ばれ、奥州街道の白石宿を形成していました。
現在の白石市には、武家屋敷や商家が残されるとともに、明治維新の後に解体された白石城の城門が移築されるなど、城下町の風情を随所に留める反面、宿場町の面影がほとんど残っていないのが残念に思いました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ホテルから見た朝焼けです。
普段は朝焼けが見られるような時間に起きたことがないのに、なぜかこの日は早くから目が覚めました。 -
テレビや写真できれいな朝焼けが紹介されているのは見たことがあるんですが、直接自分の目で見てその美しさを認識しました。
さて最終日、身支度を整えて出かけます。 -
JR東北本線白石駅にやって来ました。
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プラットホームに小じんまりしたレンガ造の油庫がありました。
これは明治20年(1887年)の白石駅開設当初から設けられたもので、列車の灯火用の油を保管していたそうです。 -
白石駅の駅前ロータリーです。
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駅前通りの歩道に埋められた白石城のタイル絵。
白石城は平成7年に復元されています。 -
昭和の看板建築の名残を留める店舗。
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白石市の汚水桝の蓋。
市の花「ヤマブキ」がモチーフになっています。 -
駅前通りの正面に白石城が見えています。
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大きな広場に面するお屋敷は・・・
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明治時代中期以降に建てられた豪商の壽丸(すまる)屋敷です。
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家主さんが一時は取り壊そうとしたところ、貴重な文化遺産として保存を求める市民運動が起こり、白石市に寄贈されたそうです。
現在は、イベント会場などまちづくりの拠点の1つとして活用されています。 -
壽丸(すまる)屋敷の西角には、宿場町の名残を留める枡形があります。
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商店街に面する壽丸(すまる)屋敷は、アーケードで遮られているので全容が見えないんですが・・・
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重厚な土蔵造2階建ての建物から想像するに、かなりの豪商だっただろうと思われます。
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商店街に連なる妻入りの風情ある町家も、アーケードで遮られているので三角屋根しか見えません。
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ナマコ壁をしつらえた土蔵造りの建物が見えています。
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商店街の一本西側にある奥州街道の光景です。
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奥州街道に面して大きな造り酒屋さんがあります。
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白石の町並み。
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この先に白石の地名の由来になった「神石しろいし」と呼ばれる石があるとのことなので向かいます。
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黒板塀で囲まれた中にある、灰褐色の凝灰岩が「神石しろいし」です。
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見かけは小さな「神石しろいし」ですが、その根っこは深く、ここから仙台市泉区の「根白石」まで、地中深く繋がっていると伝えられています。
そんな言い伝えから、現在は『白石の縁結びスポット』として注目されているそうです。 -
先に見たのと違うデザインの白石市の汚水桝の蓋です。
市の花「ヤマブキ」が、市章の周りを埋め尽くすようにデザインされています。 -
白石城の外濠にあたる沢端川にやって来ました。
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正式には桜橋というこの橋は、こけしが欄干に付けられていることから、通称こけし橋と呼ばれています。
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四体あるこけしは・・・
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全て姿かたちが異なります。
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水面に紅葉の姿を映す沢端川添いの町並みです。
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かつてこの辺りは「郭内」と呼ばれる武家屋敷だったので、立派な構えの屋敷門が城下町の風情をたたえています。
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沢端川の光景です。
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この門には、瓦葺の控え壁が備えられています。
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沢端川を振り返った光景です。
左手に瓦葺の控え壁のある門が見えています。 -
またまたデザインが異なる白石市の汚水桝の蓋がありました。
この蓋は白石城をメインに、市の花「ヤマブキ」があしらわれています。 -
仙台藩の南の防衛拠点である白石城に入府していた片倉家の家臣、旧小関家の屋敷に差し掛かりました。
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旧小関家は中級の武士にあたる家柄で、宝暦11年(1761年)の白石城下絵図に「小関右衛門七」と記載されています。
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このお屋敷は、農家住宅を基礎として、次第に武家住宅としての体裁が整えられる過程を知ることができる貴重なもので、平成3年に小関家から寄贈された白石市が全面的に修復し、一般に公開しています。
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檜皮葺の門に竹の塀を巡らせた町家です。
いずれも風雨にさらされると腐りやすい素材ですが、趣があって良いですね。 -
かつての佇まいを感じさせてくれる門構えです。
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白石城の外濠にあたる沢端川沿いの道は、今も武家屋敷の面影が色濃く残っていて・・・
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伊達62万石の繁栄を支えた片倉家の歴史を知るうえで貴重な散策路となっています。
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内濠から流れ出る沢端川の取水口。
白石城の森を背景に素晴らしい景観を見せています。 -
沢端川沿いの一本北側の道も武家屋敷になっているようで・・・
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立派な塀を巡らせたお屋敷が点在しています。
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もちろん門構えも重厚で・・・
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威厳に満ちた風情をたたえています。
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塀越しに紅葉がのぞいています。
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浅黄色の土壁が、落ち着いた雰囲気を見せています。
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こちらは染物屋さん。
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お屋敷の見事な紅葉が・・・
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道路上に降り注いでいます。
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そのお屋敷は、武家屋敷然とした威厳に満ちています。
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瓦葺の塀を巡らせたお屋敷は・・・
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銅板葺の門がしつらえられています。
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こちらの町家は色とりどりの紅葉を見せています。
この後、国道113号線沿いを歩きます。 -
国道113号線沿いは、武家屋敷の外周部に設けられた商家町や奥州街道の白石宿だったところで、「郭外」と呼ばれていました。
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歩道に植えられたドウダンツツジが真っ赤に紅葉しています。
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土塀を巡らせた立派な町家です。
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国道113号線の光景です。
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ちらっと見える、ナマコ壁の土蔵に引き寄せられてしまいました。
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土造りの分厚い防火扉のある町家です。
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昭和レトロな洋館の散髪屋さん。
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国道113号線の町並みです。
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ここにもレトロな洋風町家がありました。
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この町家は千本格子が見所になっています。
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見事なナマコ壁を身にまとった土蔵のある町家です。
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看板から察するにお米屋さんのようです。
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こちらは国道113号線を少し南に下ったところにあるお屋敷です。
入母屋造りの立派な町家が目を引きます。 -
国道113号線へ戻ってきました。
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外壁を下見板で覆った板蔵です。
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浅黄色の土壁に虫籠窓のような窓をしつらえたのは・・・
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旅館でした。
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左手に風情のある町家が見えてきました。
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1階全面に木戸を入れたこちらの町家は酒販店さんです。
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信号柱が建物の真正面に立っているのは艶消しですね。
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こちらは商店街のアーケードの北の端にある和菓子屋さん。
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通常なら交差点の四つ角にある信号機を、真ん中の1ケ所にまとめた珍しい信号機です。
アーケードを設置する関係でこうなったんでしょうね・・・。 -
切妻屋根の小屋組みと板庇に趣があります。
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この門は、白石城の城門を移築したものだそうです。
元々奥州街道に立っていた道標が、この先の市立白石中学校の正門前に移転されているとのことなので行ってみます。 -
市立白石中学校の正門前の町家の角に、その道標は移設されていました。
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「東京街道道標」と書かれた案内標識は読めましたが、道標に彫られた文字はほとんど読めませんでした。
では、駅へ戻ります。 -
お昼時なので、こちらのお店で名物の白石温麺(うーめん)を戴こうと思っていたんですが、残念、定休日の張り紙が・・・。
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そこで、駅前まで戻って牡蠣の温麺を戴きました。
温麺は素麺の一種ということなので、いわゆる「にゅうめん」のことでした。
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