2018/01/21 - 2018/01/21
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morino296さん
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鎌倉といえば「寺社巡り」が多くなりますが、この日は鎌倉市指定「景観重要建築物等」の25ヶ所を巡ってきました。
鎌倉の街歩きでよく見掛けている建物も多くありますが、全然見たこともない建物もありますので、別の日に訪ねたことのある建物等も含めてご紹介します。(ただし、ほとんどの建物が一般公開されていないため、外観のご紹介だけになります。)
鎌倉市では、明治から昭和の初め頃に建てられた洋風建築物が多く残されていますが、近年、次第にその姿が消えていくという状況のなかで、平成2年に「鎌倉市洋風建築物の保存のための要綱」が定められ、建物の保存と活用が図られてきました。
平成8年には「鎌倉市都市景観条例」が施行され、洋風建築物に加え和風建築物や門、塀などの工作物を含めた「景観重要建築物等」として保存と活用を図る制度が設けられました。
現在、この「景観重要建築物等」に指定されているのは次の31件です。
■:この日に訪ねたところ(25ヶ所)
◆:別の日に行ったことがあるところ(2ヶ所)
□:まだ行ったことがないところ(4ヶ所)
×:指定が解除されたところ(2ヶ所)
■(指定第1号)鎌倉文学館 長谷一丁目
□(指定第2号)伊藤邸(旧望洋楼) ―
■(指定第3号)篠田邸(旧村田邸) 由比ガ浜二丁目
■(指定第4号)寸松堂 笹目町
■(指定第5号)日本基督教団鎌倉教会会堂 由比ガ浜二丁目
■(指定第6号)日本基督教団鎌倉教会付属ハリス記念鎌倉幼稚園 由比ガ浜二丁目
■(指定第7号)かいひん荘鎌倉 由比ガ浜四丁目
■(指定第8号)石川邸(旧里見邸) 西御門一丁目
×(指定第9号)平成15年12月指定解除 ―
■(指定第10号)川合邸 雪ノ下二丁目
■(指定第11号)鎌倉聖ミカエル教会聖堂 小町二丁目
■(指定第12号)鎌倉市長谷子ども会館(旧諸戸邸) 長谷一丁目
■(指定第13号)白日堂 長谷三丁目
□(指定第14号)小池邸 大船二丁目
■(指定第15号)石島邸 雪ノ下一丁目
■(指定第16号)旧安保小児科医院 御成町
×(指定第17号)高野邸 平成29年6月指定解除 扇ガ谷一丁目
■(指定第18号)旧村上邸 西御門二丁目
■(指定第19号)旅館対僊閣 長谷三丁目
■(指定第20号)笹野邸 佐助
■(指定第21号)のり真安齋商店 長谷一丁目
■(指定第22号)三河屋本店 雪ノ下一丁目
■(指定第23号)東勝寺橋 小町三丁目
□(指定第24号)らい亭(旧清香園) 鎌倉山三丁目
■(指定第25号)湯浅物産館 雪ノ下一丁目
◆(指定第26号)去来庵 山ノ内
■(指定第27号)ホテル ニューカマクラ 御成町
□(指定第28号)平井家住宅・長屋門 城廻
■(指定第29号)旧華頂宮邸 浄明寺二丁目
■(指定第30号)野尻邸(旧大佛次郎茶亭) 雪ノ下一丁目
■(指定第31号)加賀谷邸 長谷一丁目
■(指定第32号)成瀬家住宅 手広二丁目
◆(指定第33号)極楽洞 極楽寺二丁目
また、これらとは別に、平成16年制定の景観法に基づき「景観重要建造物」に指定された、旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)があります。
*なお、説明内容は、鎌倉市のHPや現地に設置されている解説などを引用しています。
- 旅行の満足度
- 4.0
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(指定第6号)日本基督教団鎌倉教会付属ハリス記念鎌倉幼稚園
13:00頃、鎌倉駅からスタートしました。
若宮大路の下馬交差点から由比ヶ浜通り(観音大通り)へ入り、
江ノ電の踏切の脇にあります。
明治43年に創立された市内で最も歴史のある幼稚園。
この建物は、関東大震災により倒壊した前園舎にかわり、
大正14年に建てられた「梅鉢型園舎」と呼ばれる珍しいもの。
中央に遊戯室、それを囲むように舞台、教室が配されているそうです。 -
(指定第5号)日本基督教団鎌倉教会会堂
ハリス記念鎌倉幼稚園の隣になりますが、入り口は若宮大路側にあります。
大正15年にハリス記念鎌倉メソジスト教会会堂として建てられた戦前のプロテスタント教会会堂の代表例の一つ。
大きな尖頭アーチ窓など初期ゴシック的スタイルを持つ鐘塔が目を引きます。 -
鶴岡八幡宮 大鳥居(一の鳥居)
若宮大路の一の鳥居を過ぎて、もう少し海岸方向へ進みます。 -
ぶらり鎌倉マップ(若宮町内会)
若宮大路の道端にあった案内マップですが、
これから巡る「景観重要建築物等」の場所が書かれていて分かりやすかったです。
まず、由比ヶ浜から長谷方面(地図の左側)へ行き、その後は鎌倉駅(地図の中央)から右側を回る予定です。 -
(指定第3号)篠田邸(旧村田邸)
若宮大路の海岸橋交差点を右折すると直ぐ右手にこの建物が現れます。
昭和8年、横浜興信銀行(現横浜銀行)の常務取締役であった村田繁太氏邸増築部として建築され、昭和36年、国文学者の篠田太郎氏の所有となりました。
鎌倉のハーフティンバースタイル(*)の住宅を代表するもので、切妻屋根が目を引きます。
*ハーフティンバースタイルとは、
木造の骨組みを表に現し、その間に煉瓦や石などを充填して壁体とした建築様式。中世末から近世はじめにかけ流行、その後、19世紀のイギリスでリヴァイヴァルし、再び1920~1930年代にもしばしば採用され、日本でも用いられたそうです。 -
(指定第7号)かいひん荘鎌倉
江ノ電 由比ヶ浜駅方向へ歩き、駅の手前を左折して直ぐ左手にあります。
大正13年、富士製紙社長の村田一郎氏邸として建てられ、
現在は旅館の姿を整え、「かいひん荘鎌倉」として活用されています。 -
(指定第7号)かいひん荘鎌倉
大きな洋館部が独立した洋館のような印象を与え、
出窓の多さと急勾配の切妻屋根と円弧形の出窓の上の丸い屋根が特徴。 -
江ノ電 由比ケ浜駅
踏切を渡り、由比ヶ浜通りへ出ると、
文学館前となります。由比ケ浜駅 駅
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鎌倉文学館
ここは、建物も素晴らしいですが、バラも楽しめます。
時間の関係もあって、入館はしませんでしたので、
別の日に撮った写真でご紹介します。鎌倉文学館 美術館・博物館
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(指定第1号)鎌倉文学館
昭和11年旧加賀藩前田家第16代当主前田利為氏が建築したもので、相模湾を見下ろす谷戸の中腹に位置しており、当時の鎌倉の別荘を代表する建物の一つ。
昭和58年7月、前田家より鎌倉市が譲り受け、昭和60年11月に鎌倉文学館として開館しました。(鎌倉三大洋館の一つ)
ノーベル平和賞受賞の佐藤栄作元首相が別荘として利用したほか、作家三島由紀夫の小説「春の雪」の一場面として登場しています。
2015.5.13の旅行記
「鎌倉文学館バラまつり2015」
https://4travel.jp/travelogue/11012036鎌倉文学館 美術館・博物館
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(指定第12号)鎌倉市長谷子ども会館(旧諸戸邸)
鎌倉文学館から歩いて直ぐ。
明治41年に福島浪蔵氏邸として建てられ、大正10年に諸戸清六氏の所有となり、昭和55年に鎌倉市に寄贈されました。
外観は、バルコニーの柱にギリシア建築の様式を取り入れ、メダリオン飾りが付けられており、ドア枠と窓枠には手の込んだ装飾が施されています。
明治期の住宅建築の貴重な遺構であり、造形意匠は、県内でも最高のものといわれます。
現在は、子ども会館として利用されていますが、残念ながら、内部の見学は出来ません。長谷子ども会館(旧諸戸邸) 名所・史跡
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(指定第31号)加賀谷邸
長谷子ども会館(旧諸戸邸)から歩いて直ぐ、甘縄神明神社の鳥居前にあります。
この辺り(長谷の旧市街地)には、景観重要建築物等に指定されている歴史的建造物や鎌倉ゆかりの由緒ある邸宅が集積しています。
加賀谷邸は、外から見るしかありませんが、
背の高い洋館と趣のある和風の主屋が和風庭園の豊かな緑と創り出す景観が特徴だそうです。 -
(指定第21号)のり真安齋商店
由比ヶ浜通りに出て、長谷観音バス停の前にあります。
安齊商店は、大正2年創業の農水産物加工問屋卸商店(乾物屋)で、
現在の建物は大正13年に建てられたもの。
店舗の奥には、倉庫兼住宅も残されています。 -
(指定第21号)のり真安齋商店
石造の基礎や土間、揚戸(あげど)など近世の商家を思わせるつくりは、
創建当初の姿をとどめ、長谷の商業地としての往時の賑わいを伝える貴重な建物。
現在は、店舗としては使われていませんが、ディスプレイ用に飾られています。のり真安齊商店 名所・史跡
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(指定第19号)旅館対僊閣
長谷寺の参道の左手にあります。
戦前の和風旅館としての佇まいを残す建物として貴重な存在で、現在も旅館として使われています。
参道に面した建物正面の2階部分には社寺建築などに見られる高欄が設けられ、これを支える持ち送り板や2階窓の上部に設けられた欄間窓などが特徴です。 -
(指定第13号)白日堂
江ノ電 長谷駅へ向かい右手にあります。
昭和15年に鎌倉彫の工房兼住宅として建てられたもの。
外観は、城郭風と寺院風を加味した重厚な意匠と、鉄平石張りの腰壁をもつショーウィンドーという近代的な要素が合体した独特の雰囲気の建物。
白日堂は、戦前の鎌倉彫の工房兼住宅を代表する貴重な遺構とされています。
この後は、由比ヶ浜通りを戻ります。 -
由比ヶ浜通り(長谷小路)にある牛乳屋さん
由比ヶ浜通りには、景観重要建築物等には指定されていませんが、雰囲気のある建物がいくつかあります。
ちょっと調べてみると、
「鎌倉の大工さんが刺激を受けた牛乳屋さん」
店内にバーカウンターがあるという一風変わった牛乳屋さん。
明治時代に創業し、当時は牧場を持っていたといいます。
昭和11年、現在の鎌倉文学館が出来たのを見た地元の大工さんたちから、同じような建物を建ててみたいとの声が上がり、昭和12年に出来たのがこの建物。
当時は、牛乳屋らしからぬ建物だった為、銀行と間違えた人が入ってきたとか。 (ぶらり途中下車の旅 2007.8.4放送の内容から) -
由比ヶ浜通り(長谷小路)にある建物「民家スタジオいしわたり」
築86年ほど経つ建物で、前身は、田嶋材木店だそうです。
木材を知る者が建てた家だけあり、家の柱や梁は太くて丈夫。
一方、部屋を仕切る欄間や窓枠は、繊細な和のデザインが施されており、ギャラリー&イベントスペースとして部屋が開放されています。
(「民家スタジオいしわたり」のHP参照) -
(指定第4号)寸松堂
由比ヶ浜通りでも特に目を引く建物です。
いつも思うのですが、電信柱と電線がなかったら良いですよね。
昭和11年、鎌倉彫の彫師佐藤宗岳氏の店舗併用住宅として、市内の大工西井喜一、正二親子によって建てられたもの。
1階店舗部分のガラス 戸、ショーウインドーなどに近代洋風建築技術が見られますが、全体としては寺院建築と城郭建築が合体したような建物となってます。 -
(指定第20号)笹野邸
寸松堂の右横の小路に入り進みます。
目的地は、ここのはずなのですが、それらしき建物が見当たりません。
こちらの新しい建物に建て替えられたのでしょうか?
以前あった建物の解説では次のように書かれていました。
緑に囲まれた閑静な住宅地に建つ規模の大きな和風住宅です。
下見板張りの外壁、緑しょうの吹いた銅板葺きの屋根、背の高い外観は近代の邸宅として大変存在感があります。
また、広い敷地には多くの樹木が茂り、建物とともに魅力的な空間を創り出しています。 -
御成小学校旧講堂
鎌倉中央図書館の前から鎌倉駅方向へ歩くと、この建物が見えてきます。
昭和8年に建設された旧講堂は、平成29年6月に登録有形文化財に指定されました。鎌倉市立御成小学校 名所・史跡
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(指定第16号)旧安保小児科医院
御成通りの中ほど、三つの道路が交差する角にあります。
大正13年頃、医師の安保隆彦氏により建てられ、平成7年まで医院として使用されていました。
三方に設けられた切妻屋根と、ハーフティンバーの妻壁が特徴です。
建物内部は見れませんが、
兎や鶴をかたどった天井飾りをはじめ、照明器具、医療器具など当時のものが残されている貴重な医院建築だそうです。
(内部も見てみたいですね。) -
(指定第27号)ホテル ニューカマクラ
鎌倉駅から線路沿いに歩いて直ぐ。
木製の上げ下げ窓が並ぶ外観が特徴。
桜やシュロなどの敷地内の樹木や背景の山並みと一体となり、往事とかわらない姿を保ち、「鎌倉の原風景」を彷彿とさせる貴重な存在といわれます。 -
(指定第27号)ホテル ニューカマクラ
2棟がL字型に並びます。
駅前の立地で有料駐車場がいつも混みあっています。 -
(指定第27号)ホテル ニューカマクラ
玄関前に立つ狸
遠目には何か分かりませんでしたが、ズームしたら帽子とマフラー姿の狸でした。ホテル ニューカマクラ 宿・ホテル
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古我邸(旧荘清次郎別荘)
今小路通りを扇ガ谷方面へ歩き左折。
100年の歴史ある建物で、鎌倉三大洋館のひとつ。
(鎌倉三大洋館は、鎌倉文学館、旧華頂宮邸、古我邸)
2015年の改修工事を経てフレンチレストランとなっています。 -
古我邸(旧荘清次郎別荘)
(鎌倉・古我邸のHPより引用)
江戸時代末期に横浜の居留地に住む外国人が、避寒、避暑、海水浴ができるリゾート地として鎌倉に訪れるようになり西洋館が増えました。その後、明治22年(1889)に横須賀線が開通し、皇族や華族、富裕層が競うように洋風建築の別荘を建てたことで、鎌倉は一気に西洋館が建ち並ぶ別荘地となりました。
古我邸もこうした時代の中で、三菱合資会社(後の三菱財閥)の専務理事兼管事をしていた荘清次郎氏の別荘として、旧三菱銀行本店や丸ノ内ビルディングの設計を行った桜井小太郎氏(建築家ジョサイア・コンドルの弟子)が15年の歳月を費やして大正5年(1916)に完成したもの。
関東大震災でも損壊はなく、東京から鎌倉へ移り住む政治家達を受け入れ、内閣総理大臣を務めた濱口雄幸や近衛文麿が別荘として利用していたという記録が残っているそうです。
その後、昭和12年(1937)に日本土地建物(株)の経営者であった古我貞周氏が取得して以来、「古我邸」と呼ばれています。 -
(指定第17号)高野邸(平成29年6月指定解除)
古我邸の前になると思われますが、それらしき建物は見当たりません。
解説によれば、次のように紹介されていました。
昭和8年頃に建てられたもので、周辺には他にも歴史のある洋館が点在する質の高い住宅地の中で、高野邸の建物や敷地の規模、門のたたずまいや庭園の緑などは、鎌倉の昭和初期の邸宅を彷彿とさせます。
(取り壊す前の姿を見てみたかったですね。) -
(指定第11号)鎌倉聖ミカエル教会聖堂
小町通の中程にあります。
昭和8年に建てられ、その後増改築が行われ、現在、創建当時の姿をとどめているのは聖堂部のみ。
外観は、下見板張りの外壁に両開き窓を配した素朴なものですが、ブラケット、三連アーチ窓、垂木下端部の繰形に手の込んだ細工の美しさが見られます。
この聖堂を守ってきた信徒の知恵と鎌倉の大工の昭和初期の力量を示す貴重な建物です。鎌倉聖ミカエル教会 寺・神社・教会
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(指定第11号)鎌倉聖ミカエル教会
下見板張りの外壁に両開き窓。
窓ガラスの柄も良い感じです。鎌倉聖ミカエル教会 寺・神社・教会
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(指定第15号)石島邸
小町通の奥の左手にあります。
大正末から昭和初期に建てられたといわれ、映画を通じて国際交流に尽力した川喜多長政・かしこ夫妻の別邸として長く使用されていました。
生け垣と門柱は魅力的な小径の景観をつくり出しており、大樹が点在する広い敷地とともに、戦前の鎌倉に見られた住宅のたたずまいを今に伝えています。 -
「景観重要建造物」指定の旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)
石島邸から少し先の右側にあります。
写真は2017年2月1日に撮影したもの。
映画文化を伝える川喜多映画記念館の敷地内に建ち、往時の文化人の暮らしを伝える、桟瓦葺き寄棟の木造平屋建ての和風建築物。
旧市街地の谷戸の高台に建つこの建物は、背後の山並みと桟瓦葺きの屋根が調和し、地域を代表する魅力的な景観を形成している点を評価し指定されたそうです。
昭和36年、哲学者・故和辻哲郎氏の主屋を東京都練馬区から移築(もとは昭和13年に神奈川県の大山の麓にあった古民家を解体移築)。
春と秋の年2回、一般公開されています。旧川喜多邸別邸 名所・史跡
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鉄の井
小町通の一番奥にあります。
鎌倉十井のひとつ。
かつて扇ヶ谷にあった新清水寺の鉄観音像の首が
この井戸の中から掘り出されたことから名付けられたそうです。 -
(指定第10号)川合邸
鉄の井の前にある干物店の隣。
大正11年に小菅久徳氏邸として建てられ、昭和15年に川合氏の所有となりました。
創建年の記載された棟札を持つ古い形式をとどめた由緒ある住宅です。
外観の特徴は、二方向をアーチによる吹き放ちとした玄関ポーチと大きなベイウィンドーを持つ中央の部屋で戦前の本格的な洋館のたたずまいを保っています。
この建物は、鎌倉市内に現存する関東大震災前の建築物として希少な存在です。
(非公開) -
鶴岡八幡宮 旗上弁財天社
鎌倉七福神のひとつですね。
次の目的地へ向かう近道なので八幡宮の中を通らせてもらいました。旗上弁財天社 寺・神社・教会
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鶴岡八幡宮 斎館横の白梅
早咲きの白梅、蕾も膨らんでいて、今にも咲き揃いそうな感じです。 -
(指定第8号)石川邸(旧里見邸)
鶴岡八幡宮の裏側、結構な距離を歩きます。
大正15年に作家里見とん氏(とんの字が文字化けするのでひらがなで)の住宅として自ら設計に携わり建築された建物。
建築家ライトの造形を鎌倉にいち早く取り入れた建物で、閑静な住宅地の中でひときわ印象的な外観です。西御門サローネ 名所・史跡
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(指定第8号)石川邸(旧里見邸)
昭和4年に建てられた和風別棟(書斎)。
洋風建築物とマッチした景観から、一体のものとして指定されています。 -
来迎時
石川邸(旧里見邸)から直ぐなので、目印になるかな。 -
(指定第18号)旧村上邸
荏柄天神社にほど近い所です。
立派な竹囲いの建物が見えてきました。 -
(指定第18号)旧村上邸(市所有)
旧村上邸の主屋は、昭和16年以前に建てられた建物に、現在まで幾度か増改築を行いながら使われ続けてきた、和風木造住宅です。
昭和16年に村上氏の所有となった後に主屋の一部を改造したという能舞台の存在が特徴的です。敷地内には別棟の茶室もあり、能や謡曲の会、茶会などが行われてきました。
東御門という地名の静かな谷戸に建ち、広い敷地、雰囲気ある竹垣や門などを持つ村上邸は、鎌倉の典型的なお屋敷として存在感があります。
平成26年4月に、所有者の村上梅子氏が逝去し、その後平成28年に土地及び建物が鎌倉市に遺贈されました。 -
荏柄天神社 16:25頃
折角、近くまで来ているので、ちょっとお邪魔してみました。
紅梅はそろそろ見頃のようですが、白梅はまだでした。
時間が遅かったので、お参りされている人も少なかったです。 -
(指定第23号)東勝寺橋
宝戒寺の前の道を歩いて2本目を左折。
大正13年に建造されたアーチ橋です。
関東大震災の復興期には、このようなアーチ橋が多く建造されましたが、そのほとんどが撤去され、当時の姿を保つ東勝寺橋は希少なものです。東勝寺橋 名所・史跡
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(指定第23号)東勝寺橋
上路式鉄筋コンクリートアーチ橋
橋長/10.65m
幅員/3.84m
桁下高さ/3.7m -
(指定第23号)東勝寺橋
周囲の緑や滑川の川面と調和し、美しい渓谷風景の一部となっています。東勝寺橋 名所・史跡
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(指定第30号)野尻邸(旧大佛次郎茶亭)
東勝寺橋から戻り細い道に入ります。(ちょっと分かり難いかも)
鎌倉文士であり、古都保存法 の成立に寄与した大佛次郎ゆかりの建物です。
大佛茶廊は、土日・祭日のみ営業しています。 -
(指定第30号)野尻邸(旧大佛次郎茶亭)
周辺の土地利用が変わる中心市街地にありながら、
広い庭園とともに残る茅葺き屋根の建物、
趣きある板塀・ 門が一体となった野尻邸。
鎌倉の文化を伝え、鎌倉らしさを体感できる貴重な建物。大佛次郎茶亭 名所・史跡
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(指定第30号)野尻邸(旧大佛次郎茶亭)
大佛次郎は猫好きだったそうです。大佛次郎茶亭 名所・史跡
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(指定第22号)三河屋本店
若宮大路に戻り、段葛の中ほどにあります。
明治33年創業の酒店で、現在の建物は昭和2年に建てられました。
伝統的な出桁造りの店構えは、若宮大路の沿道でひときわ目を引く存在です。
敷地の奥にある蔵や商品の運搬に使うトロッコなど、昔ながらの商文化が大切にまもられています。
鎌倉の戦前の商店建築を代表するものとして貴重な建物です。 -
(指定第25号)湯浅物産館
三河屋本店の近くに並びます。
明治30年(1897)に貝細工の製造加工・卸売りの店舗として創業。
横浜の貿易商社を模したという外観は、木造の建物の前に装飾を施した「看板建築」 と呼ばれるもの。
道路に広く開放された店舗空間、店舗中央に設けられたトップライトなど建物内部も大変特徴的な建物です。 -
夕暮れの段葛
着物姿の女性が、楽しそうに夕暮れをバックに写真を撮っていました。
(ちなみに、話している言葉は日本語でした。) -
日本基督教団鎌倉雪ノ下教会
若宮大路に面しています。
景観重要建築物等とは関係がありません。
鎌倉が別荘地・静養地としての面影が濃かった大正初期、この地に移り住んできた日本基督教會に属する信徒たちで、礼拝が行われたことに始まります。
現在の建物は、1984年竣工。鎌倉雪ノ下教会 寺・神社・教会
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JR鎌倉駅 17:08頃
少し日が伸びましたね。
この日の散歩は、約4時間、歩数計は2万3千歩余りとなっていました。
これでこの日の「景観重要建築物等」巡りは終了ですが、
別の日に行ったところをご紹介します。
まだ行ったことがないところは、機会があれば訪ねてみるつもりです。鎌倉駅 駅
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(指定第29号)旧華頂宮邸
竹の寺として知られる報国寺の奥にあります。
昭和4年に華頂宮博信侯爵邸として建てられたもので、 市内の戦前の洋風住宅建築物としては鎌倉文学館に次ぐ大規模なものです。外観は、洋風民家に設けられるハーフティンバースタイルで、洋風の門、敷地内の樹木、幾何学式庭園と一体となり、往時の華やかな暮らしを彷彿させます。
緑で囲まれた落ち着きのある谷戸の景観を形成する貴重な洋風建築物です。
2010.10.02の旅行記
「鎌倉散歩:旧華頂宮邸~報国寺・杉本寺など」
https://4travel.jp/travelogue/10506436旧華頂宮邸 名所・史跡
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(指定第33号)極楽洞
極楽洞は、江ノ島電鉄極楽寺駅―長谷駅間にあるトンネルの極楽寺駅側にある煉瓦造りの坑門です。
電気鉄道のトンネルとして、今なお建設当時の原型をとどめているものは全国的に極めて希少で、桜橋から見下ろす景観は、古都鎌倉に近代化の息吹を伝えた江ノ島電鉄の歴史を偲ばせています。
2016.12.10撮影
(おしまい)極楽洞 名所・史跡
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