2017/11/03 - 2017/11/11
74位(同エリア278件中)
クリスさん
4回目のスペイン。今回タラゴナ県には立ち寄らなかったが、仏領カタルーニャを含めたカタルーニャ地方のロマネスクの教会を訪ね歩く。
【旅程】--------------------------------------------------
11/3(金)~11/11(土) 7泊9日
1日目 羽田→バルセロナ(カルドナ泊)
2日目 アルティエス
3日目 フォア
4日目 アルジュレス=シュール=ラメール
5日目 アルジュレス=シュール=ラメール
6日目 ベサルー
7日目 ペラタリャーダ
8日目 ペラタリャーダ→バルセロナ→フランクフルト→羽田
9日目 帰国
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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11月8日。アルジュレス=シュール=ラメールのホテルをチェックアウトして、D115号線を西に走る。前日はカニグー山の北麓に向かったが、この日は南麓を目指す。
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アルジュレス=シュール=ラメールからは39km。ピレネー山脈に水源を持つテッシュ川(Tech)の作った渓谷の上流に位置する町アルル=シュール=テッシュ(Arles sur Tech)。町は川の湾曲部にある。
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ここには、カタロニアでは最も古いといわれる修道院がある。
この地域の他の修道院同様、フランス革命以降に売却され、教会は町の教区教会になり修道院の建物は個人所有になった。
現在、修道院は町の運営で有料解放されており、入場料はひとり4エウロとなっている。 -
写真は、修道院の受付施設のエントランスである。
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歴史文書に現れたのは778年それもサラセン人にこの修道院が破壊されたという記録である。西ゴート族がそれ以前に築いた修道院の存在が知られ820年には、修道院が再建されたとある。
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9世紀に入るとノルマン人の襲撃を受ける。
エルヌ司教であるオリバ=カブレータ(Oliba Cabreta)とともにローマに渡った時の修道院長アルヌルフ(Arnulfe)が持ち帰った聖遺物を元に再建尽力し、11、12世紀にかけ大きく発展した。 -
12世紀に入ると面白い記録がある。修道院の所有する水車と、パン焼き窯を巡り町民との間に紛争があったという。
その仲介のためにルーションの領主が、城を建て守備隊を置いたとある。
また、サンチャゴ巡礼路の影響もあったという。 -
修道院の回廊は14世紀のゴシックだ。
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双柱の細い尖頭アーチが基調の回廊だが、均整のとれた美しい回廊となっている。
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教会内に入るとまず聖ミカエルの像が目に飛び込んでくる。木彫彩色の像である。
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この直ぐ横、正面扉の方になるが上部に18世紀のパイプオルガンがある。
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オルガンと扉口の間にある祭室には12世紀のフレスコ画が残されている。
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この部分は、聖ミカエルに捧げられたチャペルになっているが、どう登っていけるのかよくわからなかった。
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上部のフレスコ画は不鮮明であるが四伝道史家が描かれているとある。下部は天使たちである。
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主祭壇。後陣アプト以外はすべて後世の物である。
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この修道院、有料で入ってから内部ばかり見て、外の扉口への行き方が分からなかった。
正面扉口のタンパンには11世紀の栄光のキリストそれもギリシア十字の物が残されている。 -
それが見れなかったのは残念だ。もっともわからない人だと、ただの十字に見えてしまう古い初期スタイルの十字架かも。
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最後はこんな猫が飛び出してきました。
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写真ブレてますが、出口の扉を開けてくれと。
そのために出てきたんかい!
そうやはりここ外に出られない、閉鎖環境なんですよ。
外からは建物が邪魔で、回り込めなかったし。
知ってる人がいたら教えてください。
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