2017/10/31 - 2017/11/02
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エトランゼさん
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東北紅葉の旅の最終日は平泉を巡ります。ここでは専門ガイドの方に案内をお願いしたので、重要ポイントを逃すことなく、地元ならではの興味深いお話も聞きながら、歴史を辿ることができました。
奥州平泉は平安浄土の世界を体現した地として認識していましたが、それ以前に長い戦いの歴史がありました。
蝦夷と朝廷との覇権争い、その後の前九年の役、さらに後三年の役を経てようやく藤原氏の歴史が始まるのです。
さらに興味深いことに清衡には蝦夷の血が流れているとか、自害したという義経のその後など、地元に伝わる様々な物語も知りました。
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昨日のタクシーの運転手さんがホテルまで迎えに来てくれ、今日も一日お世話になります。
まず中尊寺へ向かいましたが、参道の前に弁慶のお墓があると聞き立ち寄ってもらいました。 -
武蔵坊弁慶の墓
主君義経を守りこの地の衣川で立往生した弁慶の遺骨が葬られています。 -
中尊寺へは参道の月見坂を登らずタクシーで山腹の駐車場まで運んでくれました。
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中尊寺は今も発掘調査がされています。
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中尊寺讃衝館の前で予約していた専属のガイドさんと落ち合い、この後平泉を案内していただきます。
紅葉はまさに今が見頃、美しい中尊寺が見られます。 -
讃衡蔵
奥州藤原氏の残した文化財3000点あまりを収蔵する宝物館で、平安期の諸仏、国宝中尊寺経、奥州藤原氏の御遺体の副葬品などが納められています。
特に目を引いたのは、紺色に染めた紙にお経の文句が一行ごとに金字と銀字で交互に書かれた中尊寺経でした。 -
宝物殿を出ると目の前に経蔵と美しい紅葉。
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松を芭蕉が 「五月雨の降残してや光堂 」と読んだ金色堂を拝観します。
金色堂は撮影できませんが、豪華絢爛でありながら厳かな気が漂う場所でした。 -
旧覆屋
室町時代中頃より500年以上に渡って金色堂を風雨から守ってきたかつての覆屋。 -
赤い鳥居の奥には白山神社と能楽殿があります。
白山神社に参拝して能楽堂を見学します。 -
能楽殿
1853年に仙台藩によって再建されたものです。
日本を代表する能舞台の遺構で現在もなお使われています。 -
菊花展も開催中でした。
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釈迦堂
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見事な紅葉に包まれた参道、月見坂を下りていきます。
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鐘楼
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月見坂は麓から金色堂までおよそ800mほどの上り坂の続く参道です。
来るときは別の道をタクシーで上りましたが、帰りはこの美しい参道を歩いて下ります。 -
月見坂の両側には多くのお堂が点在していますが、全てを参拝するのは時間的に無理でした。
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本堂
御本尊は釈迦如来 -
本堂境内
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さらに月見坂を下ります。
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月見坂の途中からは、かつて合戦が繰り広げられた北上川、衣川周辺や、義経最期の地など平泉の歴史を物語る風景が垣間見られます。
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弁慶堂と紅葉
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月見坂の両側には樹齢300年を越える杉の木が植えられていますが、この時期はどうしても紅葉に目が行ってしまいます。
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月見坂を下り中尊寺を出ます。
ガイドさんもタクシーに同乗し、これから次の遺跡を巡ります。 -
無量光院跡
藤原氏三代秀衡が宇治平等院の鳳凰堂を模して、さらに大きく造った寺院でしたが現在は建物は焼失し、礎石だけが残っています。発掘調査によると東西に走る伽藍の軸線が東門・橋・中島・橋・堂を貫いて、 その先に金鶏山が望まれたという壮大な寺院だったようです。 -
柳之御所遺跡
古くは清衡、基衡の屋敷跡と伝えられていましたが、近年の発掘調査により遺跡は「吾妻鏡」にみられる平泉館(政庁)と想定されました。平成22年4月から史跡公園として公開されています。 公園に立ってみるとまるで平城宮跡を思わせる空間でした。 -
最後に案内されたのは毛越寺です。
藤原氏二代基衡から三代秀衡の時代に多くの伽藍が造営され、往時には中尊寺をしのぐほどの規模であったとされています。すべての建物は焼失してしまいましたが、現在大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されています。 -
松尾芭蕉の句碑
左側の石に刻まれた文字は芭蕉の直筆といわれていますがうすれてほとんど読めません。
義経が自害した高館を訪れた折に芭蕉が読んだ句
「夏草や 兵どもが 夢の跡」 -
毛越寺も美しい紅葉に包まれています。
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本堂
本尊は薬師如来 -
南大門跡
かつて毛越寺の正門であった南大門。その前面には、大泉が池を中心とする浄土庭園が広がっていました。池には南大門から中島、さらには対岸の金堂円隆寺へと橋が架けられていたそうです。 -
築山
大泉が池は海を表現していて、水ぎわには海岸に突き出た岩山を表現した築山など、海浜の景観が造られています。 -
大泉が池を巡り対岸の遺跡へと歩いていきます。
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開山堂
毛越寺開山慈覚大師が祀られています。 -
嘉祥寺跡
二代基衡が建立を始め、三代秀衡が完成させた御堂です。
建物は焼失していますが礎石が残っています。 -
大泉が池の北側には焼失してしまった嘉祥寺、金堂円隆寺、講堂などの大きな御堂のあとが残されています。そしてその周りは紅葉に彩られとても美しい歴史を感じる空間となっています。
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講堂跡
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金堂円隆寺跡
毛越寺の中心的伽藍で、東西に翼廊が出ており、その先端には鐘楼と経楼がありました。金堂は金銀、紫檀をちりばめた荘厳な建物であったと伝わっています。 -
ここにも礎石が残っています。
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鐘楼
金堂東廊の南端に位置する建物になります。 -
遣水
山水を池に取り入れるための水路ですが、谷川を下りゆったりと平野を流れる川の姿を表しています。 -
遣水は当時の技法がそのまま見られる貴重な遺構です。
そして周りは美しい紅葉。 -
見事な紅葉についつい写真の数が増えてしまいます。
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常行堂
天台宗の修行の道場 -
常行堂から見る遣水の周辺。
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真っ赤
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大泉が池の周辺を4分の3ほど歩いてきました。
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杉木立と紅葉
左の生垣の隣は史跡の観自在王院跡です。 -
大泉が池に沿ってさらに歩き、もうすぐ池を一周します。
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州浜
池の東側から大きく突き出た州浜は、海岸の砂州を表現し、柔らかい曲線で入り江を形作っています。 -
出島と池中立石
州浜とは対照的に荒々しい磯を表現し、飛島には約2.5mの立石が聳えています。 -
大泉が池を巡りながら、藤原氏の歴史と偉業、遺構を見聞きし、たくさんのことを学びました。美しい紅葉とともに忘れられない寺院になりました。
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毛越寺門前でガイドさんと別れていよいよ旅の最終目的地に向かいます。
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