2017/12/02 - 2017/12/02
289位(同エリア396件中)
ドクターキムルさん
- ドクターキムルさんTOP
- 旅行記7569冊
- クチコミ134件
- Q&A回答247件
- 7,180,092アクセス
- フォロワー40人
温故館では弥生時代の村からの出土品を展示した河原口坊中遺跡展が開催されている。上野の東京国立博物館(東博)では見たことがない臼や杵、梯子や刃まで残った鉄斧、小銅鐸まで展示されている。小銅鐸のレプリカは出土品と同程度の厚さ(薄さ)でできており、鳴らした音は当時の弥生時代のそれに近いのかも知れない。東博や山梨県立博物館、横浜市歴史博物館の銅鐸のレプリカのように、出土品の銅鐸が厚さ2mm程度なのに対し、レプリカでは5mm程度と2倍以上の厚さがあり、音色が近いなどということはあり得ない代物ばかりだ。
展示品の中で直ぐに気付いたのことは、杵に「未製品」とあったことだ。展示されている杵は1つだけであるが、配布された企画展の資料には他に2つの杵の写真が掲載されており、突く面は角が取れて丸みを帯びている。しかし、展示されている杵はそこが平面になっており、角が少しも削れていない。しかし、これは明らかに完成品である。日本における鋸の初見は古墳時代の出土品である。鋸がない弥生時代であるから、石斧か鉄斧を使用するのである。したがって、木の下と先を切った状態では、杭の先ほどではないにしろ平にはならない。その尖がった、あるいは丸まったところを削って平面に加工したのである。
河原の地中に真空パックされたような状態で出土した河原口坊中遺跡では、これだけ保存状態が良く、鉄斧の刃がはっきりとまで残っているほどなので、薄い鉄製の金属片でも、当時あったのであれば出土してもおかしくはない。しかし、現実にはそうした鋸は出土していない。鋸はこの時代には使われてはいなかったのだろう。実際には木を切るための石斧や刃まで残っていてそれが見える鉄斧が出土品として展示されているのであるから、石斧か鉄斧を使って木を切っていたはずだ。
こうしたことを間違える市の文化財課か教育委員会の学芸員のレベルも相当に低いと断じられよう。これは、地方都市の学芸員だからなのか、ロジックができない文学部出だからなのかと考えると後者が原因であろう。
(表紙写真は河原口坊中遺跡展のポスター)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドクターキムルさんの関連旅行記
海老名・座間・綾瀬(神奈川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
11