2017/11/11 - 2017/11/12
2786位(同エリア22959件中)
エビルさん
今回行きたかった姫路城と竹田城跡に行ってきました。
宜しければご覧ください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
2日目です。
これから竹田城に向かうためにこちらのお土産100選で
観光バスからマイクロバスに乗り換えて竹田城が見れる
立雲峡に向かいます。 -
ここでマイクロバスを下車し、展望台へ向かいます。
ここの展望台は高い順に第1、第2、第3と3種類あります。
添乗員さんからは30分の時間だと言われ急いで登ります。
登れて第3展望台までと言われました。 -
竹田城って言ったらこれですよね。
雲海に囲まれた竹田城、バスガイドさんによると
前日が雨で、当日が晴れていると雲海バージョンが見れるそうです。
今回は前日、当日ともに晴れなため雲海は見れませんでした。
去年同じツアーの人によると霧に囲まれて見れなかったそうです。
それに比べればいい方かな。 -
まず第3展望台に着きました。
-
うーん。
木が邪魔でうまく見えません。
もう少し上まで向かいます。 -
この分岐を右に進みます。
-
第2展望台です。
-
おー!
これなら見ごたえありますね。
雲海がないのがやっぱりちょっと残念だね。
因みに虎が臥せているように見えていることから虎臥城とも言われます。 -
第一展望台に着きました。
札の写真撮るの忘れちゃいました。すみません。
ほぼ目線と同じ位置に見えますね。
ここまで約15分掛かりました。
途中戻らないといけないと思って戻ろうと思いましたが
降りてきた人に後少しだから行ってみなって言われたので
登ってきて正解ですね。
さあ!後は降りるだけだ。
降りた後は竹田城に向かいます。 -
マイクロバスでこちらの停留所までやってきました。
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人でいっぱいです。
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ここから竹田城まで歩いてきます。
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石垣が見えてきました。
もうすぐです。 -
こちらが入口になります。
-
入口過ぎてこの階段を昇っていくと
竹田城が見えてきます。 -
見えてきました。
この竹田城ですが、室町時代の武将山名宗全が1443年に基礎を築かせ
7代に渡り太田垣氏の支配を経て最後の城主赤松広秀が現在の石積みの城郭を
整備したと言われます。
竹田城の縄張りは南北400m東西100mに及び完存する石垣遺構としては
全国屈指とも言われます。 -
おー!
着きました。
見栄えも最高ですね。
ここから見える場所は三の丸で自然の地形を生かして
湾の様になっているので城の全景が良く見えます。 -
ここから立雲峡の展望台が見えます。
-
少し歩いて、ここから階段を登って本丸に向かいます。
-
本丸に着きましたー。
ここが一番高い所でいい景色です。 -
この景色、よく竹田城の紹介写真で見たところですね。
BOSSのCMでも見ましたね。
そしてこの天守の石垣は算木積みといって出角は大きな
直方体の石の長辺と短辺を交互に組み合わせています。 -
この通路を降りて出口へ向かいます。
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立派な一本松があります。
-
こちらは残念ながら観光客の増加に伴って枯れてしまいました。
現在このまま保存していますが、もうすぐ伐採してしまうそうです。
残念ですね。 -
出口にやってきました。
-
この階段を下りてきました。
-
お土産屋さんに戻ってきて
こちらのお弁当を頂きました。
これから赤穂城に向かいます。
今度来るときに雲海の状態が見れるといいな。 -
赤穂城にやってきました。
赤穂浪士で有名ですね。
地元では赤穂浪士とわ言わないで赤穂義士というんだそうです。
こちらの赤穂城は、1645年に常陸国笠間から入封した浅野長直が、近藤三郎左衛門正純に築城設計を命じ、1648年より13年以上に亘る歳月を費やして、1661年に完成しました。 -
こちらは三之丸大手門といい、赤穂城跡の玄関口で大手門の虎口は内枡形をなし、東面する高麗門と南面する櫓門で構成される、雄大な城門でした。
明治初期に消失しましたが、昭和30年に再建されました。 -
こちらは大手隅櫓といって
大手門の北にある二重櫓で、大手門を監視する到着櫓としての性格をもち、大手門防備の要となりました。 -
こちらは大石良雄(内蔵助)宅跡です。
屋敷は約42m、奥行約90m余りの広さを誇り、池泉も備えていました。 いわゆる「赤穂事件」では、1701年の刃傷事件を知らせる早籠が、この門を叩いたとの逸話が残されています。 -
こちらの板ですが、石垣の方が重要なので石垣の大きさに合わせて
板を微妙に変えているんです。
何で重要かは忘れてしまったのですが。 -
こちらは二之丸門跡で、この虎口の設計にあたっては、山鹿素行が自ら手を加えて手直しをしたと伝えられています。明治初期の写真を残し、現在は失われています。
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こちらは本丸御殿です。
本丸内の大部分は、藩邸である御殿が占めていました。御殿は、表、中奥、奥から構成され、表御殿は政務を行う公的な場、中奥は藩主の私的な場、奥は女中達の部屋として使用されました。
このあと高等学校が立ち、発掘調査が行われ記録は発掘されませんでしたが、
東京大学史料編さん所に見取り図が見つかり現在の様に再現されています。 -
こちらが天守台です。
本丸南東部に独立して築かれています。 -
こちらは本丸庭園です。
城主はここに座って庭園を見ていたんですかね。 -
こちらは赤穂大石神社です。
左右に赤穂浪士の銅像があります。
以上で赤穂城は終了です。
最後は明石城に向かいます。 -
明石城に着きました。
明石城は、徳川家康の曾孫で明石、三木、加古、加東の四郡10万石を領した小笠原忠真が将軍家と姫路藩本多家の強い支援をうけて築いた城である。 -
こちらの櫓は一般公開されているので
入ることが出来ます。 -
瓦も保管されています。
-
ここからの景色もいいですね。
-
景色その2です。
以上で明石城も終了しました。
後は帰るだけですね。 -
伊丹空港に戻ってきました。
以上で、こちらの旅行記は終了しました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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